妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial62 金色の悪魔

 青く晴れ渡った空を見上げながら、コーネリアはランベス区の歩道をぼーっと歩いていた。右手には日本土産の饅頭が入った袋が提げられていて、左手は行儀悪くもジーンズのポケットに入れられている。態度だけなら捻くれた不良少年なのだが、顔立ちが生粋の美少女顔なので如何せん『ちょっと悪ぶってみた女の子』という印象から脱せないでいたりする。

 そんな、身体はオンナで頭脳はオトコな聖人原石は石畳の上を進みながら、小一時間ほど前に最愛の恋人・神裂火織から言われたことを思い出していた。

 

『ユーロトンネルの水没事故。事故と銘打ってはいますが、実際は人為的な爆破事件だと推測されます。他にも、イギリス国内に存在する多数の魔術結社の不穏な動きも確認されていまして……』

 

『つまり、イギリスを中心として、大規模な面倒事が起きろうとしてるって事なんか?』

 

『大まかに掻い摘んで言えば、ですが』

 

 秋も半ばとなったイギリスは既に肌寒く、白の長袖シャツの上に黒のジャケットを羽織ることで初めてちょうど良いと思える気温となっている。灰色のジーンズはややくたびれていて、黒のスニーカーなんかはやや煤けているものの、それでも寒さを防ぐ役割ぐらいは果たしてくれている。まあ、見た目よりも機能性を重視する傾向にあるコーネリアにとって、防寒さえ出来ればどんな服でも構わないのだが。

 

『イギリスにとってユーロトンネルはヨーロッパへと繋がる唯一の通路です。そこを爆破されたことにより現在、英国市場は混乱に包まれています。これ以上の騒動を避けるためにも、早く手を打たなければならないのですが……』

 

『爆破犯は何処の国の奴なんだ?』

 

『フランス人という情報が入ってきていますね。ですが、どうやら「ユーロトンネル爆破はイギリス人によるもの。フランスは被害者でしかない」と供述しているようで……一応、真意についての取り調べを行ってはいますが、知らんぷりの完全黙秘だそうです』

 

『拷問もしくは自白剤でも使わねえと駄目って事か……』

 

『……そういう発想がすぐに浮かぶところ、本当にあなたらしいですよね』

 

『卑劣だろうが卑怯だろうが、必要なものは必要な時に使わねえと意味がねえかんな』

 

『…………これは私が真人間に戻してあげる必要がありますね』

 

 背の曲がった老人と擦れ違ったところで、コーネリアは小さく溜め息を吐く。

 

「学園都市でもイギリスでも、何処に居ても面倒事ってのは付いて回るもんなんだなぁ」

 

 そう言って見上げた先には、何処にでもある平凡なアパートメントが。あまり訪れたくはない場所であるが、訪れる必要が出来てしまった。今後の自分の立ち位置を定めるためにも、『彼女』とは詳しい話をしなくてはならない。

 アパートメントの入り口を潜り、汚れた階段を上っていく。一応の掃除は行き届いているが、それでも所々の汚れが目立つ。多数の人間が利用するアパートメントの共有スペースをわざわざ率先して掃除するようなお人好しはどうやらここには住んでいないらしい。

 階段の中央を上りに上り、目的のフロアへとたどり着く。無造作な金髪を掻きながら足を進め、古ぼけた扉の前に立つ。

 そして、ノックもせずに扉を開く――小柄な金髪少女が仁王立ちしていた。

 

「遅かったな、ああ、実に遅かった。お前がこの部屋を訪れるのを今か今かと待ち続けていた身としては、待ちくたびれて仕方が無かったぞ」

 

 煌びやかな金髪と邪悪な印象を持つ碧眼。シックなブラウスやスカート、ストッキングなどの配色がピアノを彷彿とさせる、十二歳ほどの少女。

 玄関を抜けた奥の間で黒服の青年が「また意味の分からん問答してる……」とげんなりする中、少女はコーネリアに悪意と愛情に満ちた笑みを湛えながら、

 

「よく戻って来たな、我が愛しの愚兄よ」

 

「……早速嫌な予感しかしねえ」

 

 レイヴィニア=バードウェイ。

 魔術結社『明け色の陽射し』のボスでありコーネリアの実妹でもある少女の普段通りの偉そうな態度に、コーネリアは大きな溜め息を吐き出していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 部屋に上がってから間もなくして、コーネリアはレイヴィニアと向かい合っていた。

 空間の中央に佇む炬燵の中に足を突っ込み、冷えた足先が温まっていく感覚に身を震わせる。足の裏に当たっているのはレイヴィニアの爪先だろうか、コーネリアに甘えるように指を絡めようと蠢いているのがよく分かる。しかし、実妹といちゃつく為にここに来た訳じゃないコーネリアは彼女の足を軽く蹴り、早速話を進めることにした。

 

「まず、お前に言っておかなくちゃならない事がある」

 

「ほう? それはお前が聖人であるということか? それとも後方のアックアを撃破したということか? どれも興味深い話ではあるが、私にとっては新鮮味のない話題でしかない。この私の時間を奪ってまで話すのだ、さぞ新鮮で興味深い話題なのだろう? 楽しみだよ」

 

「……え、なに、なんでコイツこんなに怒ってんの?」

 

「……コーネリアさんと離れ離れになる期間が少し長かったので、苛立っているんですよ」

 

「……子供かよ」

 

「マーク。世界で最も愉快な死に方で身を滅ぼしたくなかったら、そのお喋りな口をすぐさま閉じろ」

 

 額に浮かんだ青筋をぴくぴくと痙攣させながら言うレイヴィニアにマークは顔面蒼白になりながら、彼女の命令通りの行動に移った。思わず言葉が飛び出ないように手で口を覆ってまでいるが、果たしてそこまでする必要があるのかどうか。結局は喋っちゃうんだろうなあ、と憐れな黒服の部下を見ながらコーネリアは溜め息交じりに苦笑を浮かべる。

 さて。

 五月蠅い部下が黙ったところで、レイヴィニアは炬燵の上のミカンを手に取り、皮を剥き始めた。そして、慣れた手つきで皮を撤去し終えた頃、ようやく彼女は話の続きに乗り出した。

 

「原石でありながら聖人としての力にも目覚めてしまった今のお前は、世界でも特に希少な存在と言える。しかも私に次ぐ程の魔術師の才能まで持ち合わせている始末だ。私が第三者なら、喜んでお前を捕獲しに行くだろうな」

 

「聖人の身体を取り戻す前から割と毎日のように狙われてたんだけど……」

 

「それじゃあ次からは半日毎に命の危機だ、良かったな」

 

「うわーお……」

 

 あっさりと告げられた最悪な未来にコーネリアは思わず頬を引き攣らせる。

 果肉の半分を口に頬張って胃の中に流し込み、マークに口元をハンカチで拭わせた後、レイヴィニアは邪悪な笑みを浮かべて言った。

 

「そんなに死ぬのが嫌なら私の傍に四六時中居ると良い。なに、心配は要らない。この私がお前を直々に護ってやるんだ、命の危機に脅えることはなくなるぞ?」

 

「貞操の危機に脅える日々が始まりそうなんで、それは却下で頼む」

 

「……自分で言うのもなんだが、実の兄から貞操を狙う獣だと思われているのには些か問題があるな。まあ、こんなにもキュートでプリティな完璧シスターを前にして興奮の一つも覚えないお前にも問題があるような気もするがな」

 

「問題があるのはお前とパトリシアの偏愛だっての。俺は至ってノーマルだし、常識外れな訳でも愛を知らないロボットヒューマンな訳でもねえよ」

 

「私がお前の童貞を卒業させてやると言ったら?」

 

「手足を縛って精神病院にダンクシュートだな」

 

「SMプレイと来たか……私は責める方が好きなのだがな」

 

 どうしよう、妹の言っている事が微塵も理解できない。

 鞭でシバかれるという行為に快感を覚えられるだろうか、とかいう意味の分からない不安に首を擡げている可愛い妹に割と本気で心配しつつも、これ以上の脱線は願うところではなかったため、コーネリアは話の軌道修正を図る事にした。

 レイヴィニアの足を爪先で軽く突き、「そんな事より」とワザとらしく話の手綱を掴み取る。

 

「お前がさっき言ってた通り、今の俺は世界的にも魔術界的にも割とグレーな立場に居る。何てったって魔術と科学の融合体・聖人原石だからな、その価値は素人でも分かるぐらいに稀少で強大なモンだと言える」

 

「だろうな。学園都市のイカレ科学者共に解剖されるか、もしくは世界中のマヌケ魔術師共に実験体にされるか……少なくとも人並みの生活を送れなくなる可能性は極めて高いだろうな」

 

「え、ちょっ……流石にそこまでの不幸は予想してなかったんだが……」

 

「世界初の聖人原石だぞ? 科学と魔術が入り乱れた世界の縮図のような存在だぞ? 二つの勢力のバランスを軽く崩してしまうレベルのじゃじゃ馬だぞ? 身体が切り刻まれるぐらい当然だろうが」

 

「流石の幻想殺しでもそこまでの扱いじゃねえと思うんだけど! なにその特別待遇、全然微塵も嬉しくねえ!?」

 

「ようやく自分の立場を理解したかこの馬鹿兄貴め」

 

 魔術サイドにおける稀少存在・聖人。

 科学サイドにおける稀少存在・原石。

 この二つの性質を併せ持つコーネリアは、まさに世界のバランスを崩す可能性を持つ核兵器にも近しい存在だ。科学サイドの味方をすれば魔術サイドは危うくなり、逆に魔術サイドの味方をすれば科学サイドが窮地に立たされる。科学と魔術、二つの勢力に跨っているコーネリア=バードウェイの命を狙うものが皆無だと、誰が言えるだろうか。

 世界は酷く醜悪だ。人間は酷く狡猾だ。自分の夢や目標の為なら簡単に他人を利用し、その過程で何者かが犠牲になろうとも一向に構わない人間がこの世界には多く存在する。学園都市の科学者なんかがその最たる例だろう。暗闇の五月計画、プロデュース、その例を挙げていけばキリが無い。

 そんな醜悪で狡猾な魔の手から、果たして自分は生き延びる事が出来るだろうか。『レイヴィニア=バードウェイの兄だから』という理由で命を狙われていた今までとはまるで難易度が違う。『聖人原石でありながら、世界屈指の魔術の才能を持ち合わせているから』という無茶苦茶な理由で命を狙われる事になる。後方のアックアを撃破したからと言って安堵できる状況ではない。

 それは、十分理解している。

 だからこそ、覚悟を決めて妹の元を訪れたのだ。

 

「……一つ、頼みがある」

 

「ほう? 私の手を煩わせるのだ。値はかなり張るが、それでもいいのか?」

 

「良心的で人道的な対価ならいくらでも払ってやるよ」

 

 ――だから一つ、俺から頼まれて欲しい。

 冗談を言っている顔ではなかった。だからこそ、レイヴィニアも真摯に対応する事にした。邪悪な笑みを浮かべつつ、射抜くような視線を向ける。ただそれだけの行いこそが、レイヴィニアが出来る唯一の真剣な対応だった。

 妹の視線を真っ直ぐに受け止め、コーネリアは彼女に告げる。

 

 

「俺を『明け色の陽射し』に入れてくれ」

 

 

 静かに、静かに――金色の悪魔は邪悪に笑った。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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