神裂から強制的に外へと連れ出されたコーネリアは、第七学区のとある建物の屋上にいた。夕方から夜へと移行するこの微妙な時間は言い表しようもない程の暑苦しさがあり、体温を少しでも下げるために彼はシャツの襟元から手でパタパタと風を送っている。それでも体温が下がる事はなく、仕方なしにとコーネリアはジャージの上着を腰に巻いた。
それにしても暑いなぁ、と言いながら隣の神裂に視線を向ける。
右足の部分が切り落とされた大胆なジーンズ(涼しそう)。
臍の辺りで結ばれた薄手のTシャツ(涼しそう)。
……………………………………いや、流石にあの格好はねえわな。
「俺はそこまで恥知らずな格好は流石に選択できねえなぁ」
「いきなり失礼すぎやしませんか!? というか、この服装には魔術的意味が込められており、別に私が好んでこういう服を着ている訳ではありません! 何度言ったら分かってくれるんですか!」
「まともな服でも着てくれたら分かるんじゃねえかな。ひらひらのワンピースとか」
「そんな服を着て戦える訳がないでしょう? 恥ずかしい!」
「いやそんな服で戦う方が恥ずかしくねえ!?」
お前の羞恥心がどこに向いているのかが俺には分かんねえよ!
夕暮れの学園都市でギャーギャーと子供のような口喧嘩をした後、数分ほどでクールダウンした二人は夜の街並みを見下ろしながら真面目な会話を始める事にした。
「それで、お前はこれからどうすんの? お前の相棒が倒されちまったみてえだけど」
「ステイルを撃破したあの少年の実力が分からない以上、何の策も無しに攻めるのはあまり好ましいとは言えません。……先に聞いておきますが、あの少年はあなたの知り合いですか?」
「まぁ、同じ学生寮の人間だし、そうなんじゃねえの?」
はぐらかすようなコーネリアの言葉に、神裂はひくっと頬を引き攣らせる。
それを横目で確認したコーネリアは「はぁ」と溜め息を吐き、
「昨日も言ったけどさ、俺はお前らに全面的に協力する訳じゃねえんだよ。俺はお前に『インデックスを救う方法を教える形で協力する』って言っただけで、『俺自体がインデックスを救うために行動する』とは言ってねえ。ステイル=マグヌスを倒した学生が俺の知り合いかどうか、なんつー質問にも答える気はねえ。その領分は既にお前らの領域であり、魔術サイドの人間じゃねえ俺には何の関係もねえんだよ。正直な話、インデックスが助かろうが助からなかろうが、俺には全く関係ねえ事だし――ぐ、ぅっ!?」
「……それ以上は、言わなくていいです」
一瞬。
まさに一瞬で、コーネリアの襟首が神裂に掴み上げられた。目にも止まらぬ、というよりも、目視不可能というレベルでの行動に、コーネリアは抵抗する事すらできなかった。
聖人としての特性を生かした超高速運動。
生身で音速機動を実現させる事が出来る存在である聖人は、一般人の動体視力に捕捉されるほど甘い攻撃は放たない。
「が、はっ……」神裂から解放されたコーネリアは何度も咳き込み、肺の中に空気を取り込む。
「かふっ……さ、流石に言いすぎた。すまん」
「別に、謝罪は必要ありません。気にしないでください」
そう言う神裂だが、彼女の瞳は明らかに怒りに染まっている。親友であり同僚であるインデックスが救われなくてもいい――その発言が心の底から許せなかったのだ。怒るのも無理はないだろう。
流石に考えなしな行動だったな、とコーネリアは反省する。インデックスの救出法を教えた立場とはいえ、不用意な発言を多用すれば神裂の圧倒的な力技によって粉砕されてしまう可能性は否めない。正直な話、抵抗できずに殺されてしまう結末を迎えてしまうだろう。コーネリアが持つ『原石』としての能力は、『聖人』である神裂火織を撃破できるほど強大なものではない。
強弱に関わらず、人工能力者と比べて遥かに希少な能力を持つ――それが天然能力者、通称『原石』だ。その中でもコーネリアは牽制系の能力を所持している『原石』である。強弱で言い表すとすれば、弱い部類に入るだろう。そんな彼が神裂を倒す――それはまさしく夢物語と言える。
(今後の発言には気を付けた方が良いかもな)
垣間見えた神裂の怒りに恐怖したコーネリアは激しい鼓動を奏でる心臓を服の上から押さえつけ、大きく溜め息を吐いた。
☆☆☆
「あの少年の身元を調べてくる」と言って神裂がどこへともなく跳躍して去って行き、コーネリアは一人屋上へと残された。
それは別にいい、大した問題じゃあない。ここから普通に一階へと降りて自宅へと帰ればいいし、その後は新しい窓の手配でもした後に寝ればいい。
そう。
ただ、それだけをすれば万事解決。すぐに元の生活へと戻れるのだ。
―――しかし。
「……流石に屋上の出入り口のカギが施錠されてる且つ頑丈だとは予想外だったな」
ガチャガチャドンドンといろんな方法で扉の破壊を試みたが、扉が開かれる気配はゼロ。最後の希望として梯子か何かが無いかを探しては見たが、結果は言うまでも無し。
屋上に閉じ込められた。
頭上は開放的な夜空だというのに閉じ込められたとは、なんだか矛盾しているような状況だ。飛び降りれば脱出は可能なのだろうが、不幸な事にこのビルは十三階建てのようなので、着地と引き換えに体がミンチに変わってしまうのは火を見るよりも明らかだ。
さて、どうする?
ここにきてまさかの展開に軽い頭痛が止まらない。自分のホームでこんな目に遭うとは流石に予想外だった。これはアレか、今日の星座占いはダントツのビリだったとかそんな感じかふざけんな。
しかしまぁ、いつまでもこんな所で足止めを食う気もないし、こんな無駄な時間を強制されるいわれもない。
はぁ、とコーネリアは屋上からビルの真下を見下ろしながら面倒臭そうに溜め息を吐き、
「……自力で降りるしか、ねえよなぁ」
それは、コーネリアの言葉が放たれた直後の事だった。
ビルの壁――詳しく言えばコーネリアの足元の壁が軽く振動したかと思うと、そこから一本の荊が生えてきたのだ。それは人の腕の太さほどの荊で、蔓には無数の棘が縦横無尽に生えている。
その棘塗れの蔓を両手で掴み、コーネリアは「痛っ」と涙目を浮かべる。
「はぁぁぁ……本当、何つーか……自分にもダメージをくらうこの性質だけはなんとかして欲しいよなぁ」
そう言いながらも屋上から跳躍し、ビルの壁へと足を着ける。
直後。
するすると、荊が下へ下へと伸び始めた。ビルの壁に根を生やしているのか、荊は壁から抜ける事も無くただただその長さだけを増長させていく。
荊を命綱代わりに掴み、コーネリアは十三階建てのビルを降りていく。
これが、この荊こそが、コーネリア=バードウェイが生まれもった希少な能力である。
『
能力の詳細としては、『人工物に荊を生やし、自由に使役する』という感じだ。それは衣服だろうがアスファルトだろうが文房具だろうが関係なく、人工物であるならばありとあらゆるものから荊を生やす事が出来る。勿論、その対象の数に制限はない。
蔓の固さは人並みレベルの剣士がロングソードを使った時の一撃ぐらいならなんとか防ぐ事が出来るが、神裂やアックア、それに騎士団長といった手練れの剣士が一撃を放つと、荊の蔓はいとも簡単に両断されてしまう事だろう。
人工物ならどこにでも荊を生やせる、且つ、ある程度の防御が可能、という利便性。
しかし、その利便性に反し、この能力にはあまりにも多すぎる欠点が存在する。
まず、この荊の棘に触れるとダメージを受けてしまう。それは他人も自分も関係なく、触れた者に等しくダメージを与える。この荊を身体に巻いて鎧にでもしようものなら、身体の表面全体に棘が刺さって非常に痛い目を見ることは間違いない。――つまり、自分の衣服に直接展開する事はただの自滅と言ってもいい。
次に、この能力は素早い挙動を得意としていない。ある程度のスピードで荊を生やす事が出来るのは出来るのだが、正直言ってそれは一般人のパンチの速度と大差ない。ぶっちゃけた話、戦闘中でのメイン攻撃としてはあまり期待できない仕様だ。――つまり、戦闘中は牽制として使う事が主となる。
これが、コーネリア=バードウェイの能力の全貌だ。
こんな中途半端――というか長所に比べて短所があまりにも致命的すぎるこの能力は正直な話、逃走するために相手を足止めするぐらいにしか使えないのである。
「うあー……痛かった、マジで痛かった」
荊の棘によって傷つけられた両手からどくどくと流れ出る血液に、コーネリアは涙目を浮かべる。
応急処置(?)にとジャージのズボンで血液を拭い取ったコーネリアは「うーん」と数秒ほど思考の渦に身を投じ、
「……とりあえずコンビニで絆創膏と消毒液でも買うか」
自分の能力によって傷だらけになった手を癒す為にコンビニへと向かうコーネリアからそう遠くない場所で、ズガガガガッ! とアスファルトが何かで切り裂かれる音が響き渡っていた。
『教えて、レイヴィニア先生!』
よぉ、貴様ら。
みんな大好きレイヴィニア=バードウェイだ。
貴様らの要望によって不定期でこのコーナーを開くことになった訳だが、正直に言って面倒臭い事この上ない。すぐに本編に帰ってコーネリアの背中にむぎゅーっと顔を押し付けて匂いを堪能したい気持ちでいっぱいだ。
しかしまぁ、今回は初回だからな。特別サービスで頑張ってやろう。
それじゃあ、初回の質問を見てみるとするか。
《コーネリアの『荊棘領域』の能力について教えて》
これはまた、凄い質問が飛んできたな。
本編を読めよ、と言ってしまえばそこまでなんだが、それではこのコーナーの意味が無くなってしまうからな。私が一応の能力説明をしておいてやる。ありがたく思え!
コーネリアの能力、『荊棘領域』は【ありとあらゆる人工物から荊を生やす能力】だ。それはコーネリアの視界の中にある人工物ならばどんなものでも対象にでき、生やす荊の数に限界はない。
しかし、素早い相手だとか純粋に強い相手だとか……ぶっちゃけた話、コーネリアよりも速くて強い敵にはあまり通用しない能力でもあるのだ。
この使えない能力をコーネリアは《相手の足に荊を絡みつけて足止め》とか《曲がり角の直後に金網のように荊を展開して足止め》とか、そういった牽制に使っているらしい。……あー後、相手の周囲に無数の荊を展開させて《牢獄》や《アイアンメイデン》のように相手を閉じ込めるといった荒業も可能のようだ。
この『荊棘領域』という能力は、まさに『荊の道を歩む宿命』を背負ったコーネリアに相応しい能力だと私は思っている。――思ってはいるが、こんな能力でしか自衛できないあいつは本当に悲しいなぁ、とも思っているぞ。
とまぁ、ここまでが今回の質問に対する私の答えなんだが……ハッキリ言って、あいつを私が手元に置いて守ってやれば何の問題もないと思うんだがな。それを望まないのが私の兄というツンデレなのだ。こればかりはどうしようもないだろう。
……おっと、どうやら時間が来てしまったみたいだな。コーネリアのことを話すとつい時間が経つのを忘れてしまう。
それじゃあ、次の質問が来る時まで、このコーナーの私とはおさらばだ。
コーネリアの荊多き人生に不幸と不遇と不憫な事件が絶えん事を、皆で願っていこうではないか! そして私があいつを元気づけて慰めてしっぽりと……くくくくくっ!