妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial51 後悔と罪悪感

 凄く家庭的な光景だ。

 冷却シートと氷枕によって少しは体調が改善されたコーネリアは寝た状態で台所を眺めながら、そんな事を思っていた。未だに高熱で頭はボーっとするしとても戦えたり動けたりできる状態じゃないが、それでも目の前の光景を冷静に分析できるだけの思考力はまだ残っている。

 台所には、神裂火織という少女が立っていた。

 何週間か前にコーネリアが買ってあげたビジネスウーマン風の衣服を身に着け、その上にはコーネリアがいつも使っている黒のエプロンを装着している。個人的には桃色のフリフリエプロンでも着て欲しかったのだが、流石にそこまで図々しい事をお願いする訳にもいかない。

 トトトトトトンッ! と何かを千切りにする音が台所から響いてくる。

 コトトトトトトッ! と鍋の蓋が小さく上下に震える音が聞こえてくる。

 テキパキと、慣れた様子で台所を動き回る神裂に、コーネリアはぼんやりとした意識の中で自分なりを感想を述べてみる。

 

(ああ……なんか、凄ぇ幸せな気分だなぁ)

 

 神の右席が一人、後方のアックアとの戦いが間近に迫っている状況で何を言っているんだという話ではあるが、それでも、好きな女に看病してもらえるというこの状況は、不幸続きのコーネリアにとってはかなりの幸せだったりする。二人の妹が風邪を引いた時に看病をする事はあってもされた事はないコーネリアにとって、誰かに、しかも恋心を抱いている相手に世話を焼いてもらえるというのは言葉では言い表す事は出来ない程には幸福な事なのだ。

 (神裂が来てくれてよかったな……)先程は文句をブーブー零していたが、後で冷静になってみれば彼女のおかげで大分体も楽になっている。今も御粥を作ってくれているようだし、今更彼女を否定する訳にもいかない。神裂が来てくれて本当に良かった――今はそれだけしか考えられない。

 ゆっくりと目を閉じ、気怠さと眠気の中に意識を沈める。今はとにかく体を休めよう。アックアがいつ攻めてくるかが分からない以上、体力の補給に専念するべきだ。ふかふかのベッドに身を委ね、コーネリアは穏やかな寝息を立て始め―――ようとしたまさにその時。

 ぴとっ、と右頬に冷たい感触が走った。

 

「ふむ……やはりまだ熱がありますね」

 

「………………流石にもう焦らんわな」

 

「焦る? 何の話ですか?」

 

「いや、こっちの話だ気にすんな」

 

 この状況下で彼の頬を触ろうとする人物など神裂以外には有り得ない。視界の端にチラッと映ったが、テーブルの上に鍋が置いてある。おそらくは御粥が完成したのでコーネリアを起こそうとしたんだろう。そこで声を掛けて無理矢理起こさない辺りがなんとも彼女らしいが、残念ながらよりコーネリアが反応しやすい手段を取ってしまっていた。……まぁ、こういう天然なところも彼女らしいと言えば彼女らしいか。

 ベッドに手を着き、上半身を起こすコーネリア。そこから足を外に出してベッドから降りようとするが、まだ体調が優れないのか、強烈な眩暈により再びベッドの上へと逆戻りになってしまった。

 あうー、と可愛らしい悲鳴を上げる(少女のような外見のせいで彼の現在状態は『火照った美少女』である)コーネリアに神裂は苦笑を浮かべ、

 

「無理はするものではありません。御粥は私が食べさせてあげますので、あなたはそこで大人しく寝転がっていてください」

 

「ああ、そうか、すまんな…………」

 

 ――って、ちょっと待て。

 

「え、食べさせる? お前が? 俺に?」

 

「当然でしょう」

 

 お前は何を言っているんだ? と首を傾げる神裂さん。

 コーネリアは額に手を当てて冷や汗を流す。

 

「いやいやいやいや、流石にそれは想定外ですよ。そこまでお前に頼りきりになる訳にゃあいかんって。大丈夫、一人で食べれるから。一人で食べきれるから! ……つぅっ!」

 

「高熱と体力消耗、それと蓄積されすぎたダメージで身体がやられているんですから大人しくしていなさい。大丈夫、病人の世話には慣れています。あの子が倒れた時はいつも私が看病していましたし」

 

 そう言う神裂の顔には、少しの陰りが。

 冷却シートを剥がしながら、コーネリアは真面目な顔で彼女に問いかける。

 

「……やっぱり、まだ気にしてんのか、禁書目録の事?」

 

「……そう、ですね。既に彼女は救われていて、私も一人の友人として新たなスタートを切る事が出来ていますので、何も気にするようなことはないはずなのですが……やはり、彼女を救えなかったという後悔と、彼女を苦しめてしまったという罪悪感が拭えなくて」

 

 禁書目録。

 そんな名前で呼ばれる少女はかつて、一年毎に記憶を消さなければならない立場にあった。結局それはイギリス清教のお偉い様方が仕掛けた『首輪』によるもので、『ありとあらゆる異能を打ち消す右手』を持つ少年の手によって彼女は呪縛から解き放たれた。

 しかし、その少年が少女を救うまでの間、多くの魔術師たちが試行錯誤を繰り返し、自分の人生と時間を無駄にしてきた。錬金術師アウレオルス=イザード、ルーンの魔術師ステイル=マグヌス―――そして、天草式の元女教皇・神裂火織。

 彼らは少女を救えず、ぽっと出の少年は少女を救えた。

 その違いは努力でどうにかなる問題じゃなかった。少年は少女を救える術を生まれつき持っていて、神裂達は持っていなかった。ただそれだけ、ただそれだけの些細な違いでしかなかったが、それでもそれは永遠に手が届く事がない絶対不可侵の領域だった。

 もし、自分に少年のような能力があれば。

 そうすれば、『あの子』の笑顔は自分に向けられるはずなのに。

 そんな自分勝手で我儘な気持ちが、どうしても心のどこかに燻ってしまう。既に彼女は救われたのだから嬉しくはあっても悲しむ事はないと分かっていても、それでも『もしかしたら』の世界を夢見てしまう。

 自分は弱い。

 いくら周囲から強い強いと評価されても、その根底だけは覆らない。戦力的な話ではない、身体能力の話でもない。弱いのは、彼女の心。――それこそが、禁書目録の名を冠する少女を救えなかった自分をいつまでも苦しめ続ける。

 ギュッ、と膝の上で拳を握る。私は護衛対象の前で一体何を言っているんだろうか。こんな弱音を吐いたところで嫌われるか流されるかの話だろうに。……弱々しく愚痴を零すなんて、やはり私は最低だ。

 自虐と後悔と罪悪感が胸を差し、目頭が徐々に熱くなるのを感じる。ダメだ、こんな所でなくなんて、それこそ弱者にする事だ。私は救われない人々を救う為に強く在らなければならないんだ。

 実は、そういう考えこそが彼女が天草式を離れる事になってしまった【弱さ】だと、弱い彼女は気づく事が出来ない。

 ―――しかし。

 戦力的に弱く身体的に弱く――運勢的にも最弱な、そんな少年。

 運命に見放され世界に見捨てられた少年は熱を持った手を彼女の頭に置き、それを優しく撫で始めた。

 え? と思わず声が零れる。

 潤んだ瞳で見上げると、そこには赤く火照っていながらも安心感のある笑顔を浮かべた金髪の少年の顔があった。

 少年は言う。

 悩み、苦しみ、足掻き続ける少女に、罪に縛られた人生を過ごしてきた少年は言う。

 

「気にすんな――なんて無責任な事は言わねえ。だから、ここは言い方を変える」

 

「…………」

 

「後悔があるなら乗り越えろ。罪悪感があるならそれ以上に誰かを救え。笑顔を向けて欲しいなら俺に言え。俺は、お前の為なら何だってどんなことだってしてやれる。レイヴィニアやパトリシアから何かを頼まれても断れない俺だ。お前一人の頼みを断れるほど意志の強い奴じゃねえ。―――だから、そんなに悲しそうな顔をすんな。お前が笑ってねえとこっちの調子が狂っちまうだろうが」

 

 柄でもない事を言っているな、と思った。

 逃げて逃げて逃げ続けてきた立場の人間が言うにはなんとも飾りつけされすぎているとも思った。自分はこんなきれいごとを言って良いような人間じゃないし、言えるような存在じゃない。自分の命欲しさに妹達を置いて単身学園都市に逃げ込むような奴だ。そんな奴が本当の英雄を慰められる訳がない。

 しかし、言いたかった。

 言わなければならないんじゃなく、俺が彼女に言いたかった。

 神裂はインデックスを救えなかった。自分の手で、一人の少女を救えなかった。――だから、今こうして後悔している。

 そんな後悔なんて真っ平だから、俺は自分で彼女を助けようとするんだ。例え無意味でも、たとえ無価値でも、俺が、コーネリア=バードウェイが神裂火織に手を差し延べたい。――ただ、それだけの自分勝手で我儘な行いに過ぎない。

 火織が好きだ。

 彼女からどう思われているかなんて関係ない。俺は火織が好きだから、彼女の為なら何だってする。火織が悲しむ事を全力で叩き潰すし、彼女が笑っていられる事を全力で護り通す。

 俺は、それぐらいしかできないから。

 『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)

 そんな自分勝手な魔法名をこの身に刻んだのだ。好きな女一人護り通せずして、何になるというのか。

 

「インデックスは救われた。だったら次はお前の番だよ、火織。次はお前が救われろ。お前が救われるためなら、俺はこの世界だって敵に回してやるからよ」

 

「…………」

 

 神裂は沈黙する。

 沈黙する、沈黙する、沈黙する。

 ――伏せていた目を上げ、コーネリアを真っ直ぐと見つめ、彼女は笑った。

 

(ああ、ようやく分かりました)

 

「……私に偉そうに御高説を垂れる余裕があったらさっさと体調を治しなさい、この女顔」

 

「テメェ慰めの言葉を掛けてやってる奴に向かってその態度は何なんだよ!」

 

「分かりました。あなたの言いたい事は十分理解しましたから、今は黙って口を開けなさい。熱々のレンゲが唇に直撃しても知りませんよ?」

 

「地味な脅しやめーや!」

 

 ギャーギャーと叫びコーネリアに、神裂は小さく吹き出す。

 楽しそうに、嬉しそうに、喜ぶように、はしゃぐように。

 後悔はある、罪悪感もある、悲しみなんて言うまでもない。――しかし、今だけは、この瞬間だけは、私は素直に笑っていられる。

 ようやく理解した。

 ずっと否定し続けてきた感情を、私はようやく認める気になった。

 

「あっづあっづぁあああああっ!? 当たってる、普通に熱いのが当たってるから!」

 

「心頭滅却すれば熱さぐらいどうという事はありません」

 

「仙人か! そこまでの境地に至ってない場合はどうしろと!?」

 

「諦めて火傷を負えば良いんじゃないですかね」

 

「テメェ鬼だろ悪魔だろ!」

 

 きっと――いや、これは確定事項だ。

 私は、神裂火織は――

 

「どうですか? 美味しいなら美味しいと笑顔で言ってくれてもいいんですよ?」

 

「美味いけどあまりにも熱すぎて舌が壊れそうな件について!」

 

「そうですか美味しいですかそれならたーんと食べてくださいまだまだたくさんありますので」

 

「おい、馬鹿、やめ……うごごごごごごごごごごごごっ!?」

 

 ――この大馬鹿野郎の事を、心の底から愛してしまっているんだ。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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