「私の盗聴術式がぁああああああああッ!?」
「ちょっとボス! 今忙しいんですからそんな唐突にバーサーカーモードに入らないでください!」
「貴様は正気で言っているのか!? あの盗聴術式にどれだけの手間と運が注ぎ込まれていると思っている!」
「織姫と彦星の伝説を利用した術式でしょう? 一年毎にしか会えない織姫と彦星が『相手の声だけでも聴きたい』という気持ちを抱いていると仮定し、術式とする魔術だったと記憶してますが? それと、滅多な事で破壊されないように体全体に術式を浸透させるという追加効果もあったはずです」
「そうだ! しかも、その術式は七夕――しかも琴座の一等星ベガとワシ座のアルタイルが完璧に視認できる晴天の七夕の日にしか作り上げる事が出来ない術式なんだ! それを、それを、このタイミングで壊されてしまうだなんてーっ!」
「まさかの十日あまりでの消失でしたね」
「くそっ! 学園都市には魔術を切り裂くジャパニーズサムライでも生息しているのか!? もしそうだとするならば、ちょっと華麗に学園都市に調査に行かなくてはならないのだが……ッ!?」
「そんな意味不明な事に時間を潰す暇なんてないんで、さっさとスケジュール消化しましょう、ボス」
「は、離せ! 私の思考はまだ終わっていない!」
☆☆☆
神裂火織と待ち合わせし、彼女の疑問に遠回しながらに応える作業は終了した。
その後、コーネリアの「立ち話もなんだし、どっか座って話せる場所にでも移動しねえ?」という言葉を受けて場所を変えた訳なのだが……
「あえて言おう。どうして俺の家がエントリーされてしまったのか!」
「時間が時間で学生は外出できないから自宅にしようと言ったのは他でもないあなただったと思いますが」
「そんな的確な指摘すんのやめてくんね? ちょっとはこう、俺のボケに乗るとかさ、そういう気遣いが欲しい所なんだよ」
「ボケ? 先ほどの発言はボケだったのですか?」
「…………もういいや、すまん。唐突にボケた俺が悪かった」
「何故だか小馬鹿にされているような気がしてならないのですが……」
図星だからあえて反論はしませんよ、とは流石に口にはしないコーネリア。
リビングの中央にあるテーブルの前で神裂が正座するのを横目で確認しながら、コーネリアは二人分の麦茶を用意する。イギリス人である身としてはここで紅茶を出すのがベストなんだろうが、前世が麦茶好きであった彼はハッキリ言って紅茶よりも麦茶派だ。その為、彼は客人には基本的に麦茶を用意するようにしている。美味しいよね、麦茶。冷たいまま用意できるのがベストポイントです。
麦茶が入ったグラスを神裂の前に置き、自分は彼女の向かいに腰を下ろす。
「わざわざすみません、お茶まで用意していただいて……」
「いや、いいよいいよ気にすんな。お前と停戦協定を結ぶための賄賂とでも思って気兼ねなく飲んでくれ」
「その例えをされると逆に飲みたくなくなってきます」
「お前は本当に真面目だなぁ……」
原作で知っていた以上に真面目なんじゃねえか? 体裁を気にするというか常に正しく在ろうとしているというか、もう少し応用性と柔軟性を持ってもいいと俺は思う訳なんだが……まぁいいや。
それでも俺からの厚意を無碍にするのはポリシーに反するのか、神裂は躊躇いながらも俺が用意した麦茶を飲み始めた。
「あ、美味しい……」
「だろ? 素材にだけは気を遣ってるかんな。……まぁ、レイヴィニアが無駄に高級なやつを俺に送りつけて来てるだけだけど」
そう言って、コーネリアは苦笑を浮かべる。
「じゃあ、そろそろ本題に入るとすっかな。お前としてもできるだけ早くインデックスを救う方法が知りてえだろ?」
「それはまぁ、彼女を救うのは早ければ早いほど好ましいですからね。是非お願いします」
「オーケー、分かった。聞き逃しすんじゃねえぞ?」
「当たり前です」
それから約十分ほどかけ、コーネリアは自分が知っているインデックスの救出法を懇切丁寧に神裂へと伝授した。
その間、神裂は驚いたり怒ったりと無駄に表情豊かだったが、そんな彼女を見てコーネリアは初めてこんな事を思ったのだった。
(なんだ、意外と普通の女の子じゃん)
☆☆☆
コーネリアから話を聞き終わった後、神裂は彼の家から学園都市のとあるビルの屋上へと移動していた。左脚の部分が大胆に切り落とされたジーンズのポケットには彼から与えられた情報を記載した紙切れが仕舞い込まれていて、それがなんとも言えない達成感を彼女の心に与えていた。
夜に染まる学園都市を見下ろしながら、神裂火織は呟きを漏らす。
「……これでようやく、『あの子』を救う事が出来る」
長かった、と神裂は思う。
あの子――インデックスと出会ってからというもの、色んなものを犠牲にして彼女を救おうと奮闘してきた。自分の時間、精神、人生。その全てをインデックスという少女のために捧げてきた。
しかし、それもようやく終わる。
コーネリア=バードウェイとの出会いのおかげで、今までの苦労がようやく報われる時が来たのだ。これが嬉しくない訳がない。
だが、一つだけ。
一つだけ重要なピースが欠けている。
それは――
「『インデックスを救う事が出来る人物の名前』だけは結局教えてはくれませんでしたね……」
――それは、最も重要なピースだと言ってもいい。
インデックスを救う事が出来る人物。それは彼女を救う上で最も大事な存在であり、その人物を用意しない事にはインデックスを救う事が出来ない。
何度も名前を教えてくれと要求はしたのだが、コーネリアは首を横に振ってこう言うだけだった。
『あいつは俺にとって凄ぇ大切な奴だ。そんなあいつを俺の意志で魔術に巻き込ませたくはねえ。――だから、そっから先はお前らが何とかしろ』
やはり優しい方ですね、と神裂は小さく笑う。
レイヴィニア=バードウェイの兄――そんな立場であるコーネリアだが、神裂の予想としてはそれ以外にも何かしらの境遇を抱えている気がしてならない。これまで多くの魔術師たちを撃退してきたという実績からも、彼が何かしらの能力を持っている事が簡単に予想できる。能力開発を受けている身であるから魔術を使ったわけではないのは分かるが、話によると彼は異能力者――つまりは申し訳程度にしか能力が使えないただの学生だ。
しかし、それでも彼は今日という日まで無事に生き延びている。
レイヴィニアの部下が護衛をしている気配はなかった。だからコーネリアが自力で自衛しているという事になるが、その方法がいまいち分からない。
「あの方が持つ自衛法とやらが、あの方の不運な境遇の全貌に繋がっている気がしますね」
それは一体どんな自衛法なのか。
今はまだ分からないが、彼が自分の口から話してくれる日まで待ち続けよう――そう、神裂は誓う。相手が話そうとしない事を強要するのは間違っていると思うし、そもそもまだ知らなくても良い事だと思うからだ。
コーネリアが話してくれるのを待つ。
それが、彼に対して神裂ができるたった一つの気遣いだ。
「……さて、と」
ジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、一緒にこの街に来ている同僚に電話を掛ける。
呼び出し音が一回鳴った直後に回線が繋がり、神裂は真面目な顔で同僚に向かってこう言った。
「ステイル。あの子を救う手立てがようやく見つかりました」
コーネリア=バードウェイという存在により、物語は僅かながらに歪曲する。
しかし、だからといって大筋が変わる訳ではなく、物語は歪んだ分の軌道修正を図りながら進んでいく。
これは、そんな物語。
イレギュラーな臆病者が介入する事によって歪みはするが、それでも原型が崩れる事はない物語。
☆☆☆
『え、ええええええええええッ!?」』
七月二十日。
その朝早く、コーネリアは一階下の部屋に住んでいる不幸野郎の大絶叫で目を覚ました。
「ん……?」と相変わらずの低血圧を全開にしながら大口開けて欠伸を零し、コーネリアは寝癖まみれの頭をガシガシと掻きながら呟きを漏らす。
(…………ああ。やっとインデックスと上条が邂逅したんか)
ようやくというか、長かったなぁ、とコーネリアは思う。
これでようやく序章が終わり、物語の本編が開始される。上条当麻という少年とインデックスという少女を中心とした物語が、今この瞬間からようやく開始されるのだ。
自分もまた、その物語の中のキャラクターだ。決して無関係という訳にはいかないだろうし、事実、昨日の時点で大きな役割を果たしてしまっている。どう避けようがいつかは物語の本筋に巻き込まれるのは流石の彼でも予想できる。
しかし。
そう、しかしだ。
いつかは巻き込まれることになるとはいえ、別に自分から巻き込まれに行く必要はないだろう?
「…………もう一眠りしよう。出来れば翌朝に起きれたらいいな……ふわわぁぁ」
そう言って、コーネリアは再びベッドへと崩れ落ちる。
不幸で不運で不遇で不憫な人生を生まれつき約束された、不遇な要素が多すぎて笑えてくる『原石』の少年は自分の身を護る為に、あえて物語開始の瞬間をスルーする。
☆☆☆
期待に反し、コーネリアが目覚めたのは七月二十日の夕方の事だった。
ジリリリリ、と火災報知器が学生寮中に響き渡り、それが彼のアラーム代わりとなったのだ。
寝惚け眼を手で擦りながら、コーネリアはベッドの上でぐぐっと背伸びをする。
(……ああ、そういえば、ステイルと上条の戦闘がここで起きるんだったっけ……)
まだ寝惚けているのか、その表情に緊迫感は微塵もない。下手をすればそのまま三度寝に入ってしまいそうな様子だ。
今頃、外ではスプリンクラーが作動してステイル=マグヌスが上条当麻に打ん殴られている頃だろう。そしてその後に消防車とか警備員とかが来て、出火の原因を見つけるために学生寮を隈なく捜索するのだろう。勿論、この部屋の中にも入ってくるかもしれない。
ぶっちゃけ、面倒くさい。
起きたばかりで動きたくないし、警備員が来るなら来るで起こしてもらえばいい気がする。
「……やっぱり起きるのやめよう。今外出したら上条と鉢合わせしちまうかもだし」
しかしまぁ、それを許さないのが彼の不遇な人生な訳で。
パリーン! という破砕音。
窓ガラスを砕く形でダイナミックに入室してきたのは、大胆で奇抜な服装が特徴の少女だった。
神裂火織。
希少性で言えば『原石』以上の『聖人』である神裂はベッドの上でもぞもぞと芋虫のように動いているコーネリアを視認するなり、ビキリと青筋を額に浮かび上がらせる。
「ステイルが向かった先があなたの学生寮だったのでこうして来てみた訳ですが……どうして火災報知器が鳴り響く中で爆睡しようとしているんですか!? ほら起きて、さっさと外に逃げますよ!?」
「いやいや別に無理して起きる事ねえっておやすみー……」
「やかましいこのド素人が!」
結局、神裂に抱きかかえられる形で強制的に外出する事になったコーネリアは寝間着であるジャージ状態の自分を他人事のように確認しながら、彼女に抱きかかえられた状態でこんな事を思っていた。
(胸の感触柔らかい……)
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次回もお楽しみに!