妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。



Trial37 金属棍棒

 そこには、絶望しかなかった。

 絶対に勝てない敵。

 戦力にすらならない少女。

 そして――自分すら護れない少年。

 一体どこまで不幸だったらこんな状況が作り出せるのか。ギャグ漫画かよ、と思わずツッコミを入れてしまいそうな、そんな光景がコーネリアを中心に展開されていた。

 最悪で災厄。

 崖から飛び降りる方が何百倍も生き残れそうな状況を前にコーネリア=バードウェイが取った行動は一つだった。

 

「くっそ、がァ―――ッ!」

 

 アスファルトから無数の荊を召喚し、アックアを囲う様に荊の檻を作り上げた。

 こんなものでアックアを倒せるだなんて思っちゃいない。思っちゃいないが、それでもこの『聖人殺し』ならば少しの隙ぐらいは作れるはずだ。その隙をついてインデックスのところまで走り抜け、この場からの逃走を図る。それが、コーネリアが導き出した苦肉の策だった。

 何重にも展開された荊の檻に包まれていくアックアを見る事もせずに、コーネリアは地面を蹴る。距離としては三十メートル強。日々を逃走で過ごしてきたコーネリアにとって、その距離は長いようで実は短い。

 プロの陸上選手のような速度でアックアの横を走り抜ける。荊に囲まれたアックアが動く気配はまだない。

 このチャンスを逃す訳にはいかない。この一瞬の幻想(ラッキー)を生かせなければ、もうコーネリアに為す術はない。

 

「面倒掛けてんじゃねえぞ、この大食いシスター!」

 

「わ、わわっ!?」

 

 突っ立っていた純白の少女の身体をラグビーのタックルの要領で抱え上げ、そのまま勢いを殺すことなく前進する。コーネリアは数えきれないほどの逃走ルートを有しているが、まずはアックアの視界外に逃げない事にはその道に入り込む事すら不可能だ。聖人と常人の身体能力は、そう簡単に覆せるほど小さな差を持ってはいない。

 インデックスの体重に身体が軋むが、コーネリアはお構いなしに突き進む。

 しかし、彼がそのまま離脱する事はなかった。

 

「敵前逃亡とは戦士の風上にも置けぬ行動だな」

 

「ぐ、ぶぅっ!?」

 

 逆に、気付いた時にはスタート地点に無理やり戻されていた。

 腹部が蹴り飛ばされたのか顔面を殴り飛ばされたのか分からなかった。ただ、気付いた時には三十メートルもの距離をノーバウンドで飛んでいた。インデックスを攻撃から庇う事が出来たのは、おそらく無意識による奇跡だ。ここでこの少女を殺させるわけにはいかない――そんな意地が少女を護る為に動いた結果だろう。

 何が起きたか分からなかった。

 ただ一つだけ言えることは、決死の攻撃があっさり破られた、という事だ。

 背中がアスファルトに激突し、肺の中の空気が一瞬で消滅する。しかもインデックスの下敷きになるように着地したため、プレス機で潰されるような痛みがコーネリアの全身を襲っていた。

 声にならない叫びが響く。

 道路の上で悶え苦しんでいるコーネリアに、アックアはつまらなそうな顔で言う。

 

「貴様の『聖人殺し』は確かに強力だ。荊冠を意味する荊によって聖人の力を抑え込み、常人レベルにまで無理矢理力を削ぎ落とす――そんな神の奇跡のような芸当を、貴様の能力は可能としている」

 

「聖人、殺し……?」

 

 コーネリアの能力についてあまり情報を持っていないインデックスが疑問の声を上げるが、アックアは構わず言葉を続けた。

 

「私も聖人である以上、この荊の効果からは逃れられない。そういう点で鑑みれば、貴様の能力は我々聖人にとって脅威でしかない」

 

 無骨な男の表情は変わらない。

 最強の聖人はちら、と左後方――荊の檻が展開されていたエリアを目で示す。

 そこには、見るも無残に破壊された荊の檻が立っていた。無理やり引き千切ったのではなく、内側から無理やり叩き千切ったような、そんな無骨な破壊痕。明らかに人間の手で作り出せる惨状ではない。

 アックアはつまらなそうな表情でこちらを見ていた。

 そこで、コーネリアは気づいた。

 アックアが持つ二つの武器の内の一つ。

 その凶悪で強大な武器ならば、ちょうどあのような破壊痕を作り出せるかもしれない、という事に。

 

「がはっ、ごほっ……荊に触れねえで良い様に、巨大なメイスで檻をぶっ壊しやがったな……」

 

「ほう。既にそこまで看破されているとはな。これは流石に予想外である」

 

 ばれているのなら、わざわざ隠す意味もない。

 そうでも言いたげな様子でアックアは右手を前に差し出し、

 

「武器の存在を看破しているのなら、当然、武器の威力も理解しているのであろう?」

 

 全長五メートルを軽く超える程に巨大な金属の塊が、アックアの影から飛び出してきた。

 これこそが、アックアが得意とする得物の一つ。

 ありとあらゆるものを引き千切り、粉砕し、撲殺し、蹂躙するための絶対凶器。

 武器としての名称はない。ただ、金属棍棒(メイス)、と。鈍器を称する呼び名だけが存在する巨大な得物を片手で掴み上げながら、アックアはあまりにも弱すぎる標的に再び視線を定める。

 

「次はこちらの番である」

 

 アックアとコーネリアの視線が交錯する。

 

「行くぞ、我が標的」

 

「ッ!?」

 

 戦闘はなかった。

 そこにあるのは見るも無残な蹂躙だけだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻は夜の学園都市を走っていた。

 彼の背中には御坂美琴を何歳か幼くしたような外見の少女――打ち止め(ラストオーダー)が背負われている。見ようによっては遊び疲れた迷子の少女を上条が家まで送り届けてあげている光景にも見えるが、その真実は想像以上に残酷だ。

 謎の武装集団からの決死の逃亡。

 それこそが、上条当麻が全力疾走を余儀なくされている現実だった。

 

「畜生! なんだってこんな事になっちまってんだ!? インデックスは見つからねえし命は狙われるしで散々すぎるだろうがッ!?」

 

 金属の擦れ合う音を上塗りするように、上条の背後からサブマシンガンの発砲音が鳴り響く。地面に浮かんだ水溜りを消し飛ばしながら、上条は打ち止めを抱えたまま暗い路地裏の奥へ奥へと走っていく。

 隠れる場所が欲しかった。

 こんな路地裏で延々と走っていても到底逃げ切れるとは思えない。こういう時は逃亡の王者であるコーネリア=バードウェイに頼りたいが、不幸にも彼の頼れる先輩は今この場にはいない。あの人なら絶対に逃げきれる逃走ルートを知ってるはずなんだけどな! と上条は迫り来る銃弾の雨を凌ぎながらも年相応の弱音を零す。

 走りながら、自分の右手にチラッと意識を向ける。

 彼の右手にはありとあらゆる異能を打ち消す『幻想殺し』という能力が備わっている。今まではこの能力を駆使していろんな戦いを終わらせてきた。だから今回もこの右手を頼りたい所なのだが、そう上手くはいかない理由がある。

 彼の右手は異能以外には効果を持たない。

 迫り来る車は止められないし、振り下ろされる刃は凌げない。当然、襲い来る銃弾を防ぐ事なんて不可能だ。

 そんな『幻想殺し』だからこそ、今の状況は極めて不味いと言える。相性が最悪過ぎて笑いすら出て来ない。付け入る隙がないというレベルではなく、下手をしたらボロ布の様にズタズタに引き裂かれてしまうことは明白だ。

 とにかく、身を隠さなくてはならない。

 その為に必要な手段を揃えるべく、上条は背中の打ち止めに声をかける。

 

「打ち止め! 妹達を束ねてるって事は、お前も電気の能力を使えるんだな?」

 

「うん。でも、使えたところでせいぜい強能力者程度だけど、ってミサカはミサカは答えてみたり」

 

「電子ロックは外せるか? とりあえず、どっかの裏口から建物の中に入りたい。この路地はそこまで長くないだろうから、出口で待ち伏せされている可能性もある」

 

 出来るか? と上条は問う。

 分かった、と打ち止めは一言で応じた。

 上条は近くのドアで打ち止めを降ろし、周囲に注意を向ける。打ち止めは所持していた携帯電話の電源を落とし、目の前の電子ロックに集中し始めた。どうやら、能力の使用に携帯電話の電波は邪魔になるらしい。

 装備のぶつかる金属音が、何処からともなく聞こえてくる。

 追い込まれた状況で立ち尽くすというのは中々に心臓に悪く、上条は秒が嵩む毎に次第にイライラし始めていた。

 

(まだか……)

 

 武装集団との距離はいまいち分からない。もしかしたらすぐ近くにまでやって来ているのかもしれない。

 緊張が、彼の心を埋め尽くす。

 戦いようのない脅威が、彼に重圧となって圧し掛かる。

 

(クソッ、まだなのかよ!?)

 

 打ち止めは未だに電子ロックと格闘している。

 まさか幻想殺しが打ち止めを邪魔しているとかって言うんじゃねえよな? と上条が心配になってきたところで、ピー、という電子音が鳴った。

 

「きた! ってミサカはミサカは報告してみたり!」

 

「よし来た!」

 

 打ち止めの小さな体を抱え上げ迷う事無く扉の中へと入り込む。

 普通の高校生の逃走劇は、まだまだ始まったばかりである。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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