妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。


Trial28 信頼

 コーネリアが一人で氷の帆船に乗り込んでしまった。

 そんな現状を目の当たりにした神裂火織は既に届かない程に遠くなっている氷の帆船の後ろ姿を睨みつけながら、悔しそうに歯噛みしていた。

 

「また、なのですか……私はまた、あの少年の傍にいられないというのですか……ッ!?」

 

 コーネリアは弱い。弱いからこそ神裂が守ってあげなければならない――だが、コーネリアはいつも自分一人で先へ先へと進んで行ってしまう。

 何か打開策がある訳でもないくせに、何かを救えるだけの力がある訳でもないくせに、コーネリア=バードウェイはあくまでも一人で全ての問題を背負おうと行動してしまう。――神裂火織という少女を、置いてけぼりにした状態で。

 悔しかった、悲しかった。

 あの少年に置いてけぼりにされた事が、何も言わずに頼ってすらもらえない事が、神裂はどうしようもなく悲しかった。

 既に、コーネリアの姿は見えない。彼が乗り込んだ船はアドリア海へと進んでおり、ここからではいくら聖人の身体能力を駆使したところで追いつくことも到達する事も出来ない。

 何が世界に二十人といない聖人だ、何が天草式の元女教皇だ。私は大切な人の傍にいる事すらできていないではないか……ッ!

 七天七刀の鞘を握る手に力が入り、ギチギチと音が鳴る。

 そんな彼女に、言葉を掛ける者がいた。

 インデックス。

 魔道書図書館としての役割を持つ少女は隣で震えている神裂に、まるで聖母が従順な仔羊たちに語りかけるかのような声色で言う。

 

「多分だけど、コーネリアはあなたを何の意味も無く置いて行った訳じゃないと思う」

 

「……え?」

 

 夜の街に立っていた純白の少女の言葉に、神裂は反応を示す。

 

「こーねりあはとうまと違ってちゃんと考える人なんだよ。あの『明け色の陽射し』のボスに選ばれるはずだった存在だって聞いてるしね。そんなこーねりあが何の考えも無しに聖人であるあなたを置いて行くなんて、ちょっと考えられないんだよ」

 

「……それでは、コーネリアはどうして私に何も言わなかったのですか……?」

 

 分かっている。この少女に、コーネリアと知り合い程度の関係でしかないこの少女にそんな事を問う事自体が間違っているなんて、私だって分かっている。

 でも、尋ねずにはいられなかった。

 自分だけでは分からなかったから、自分ではない誰かから答えを提示して欲しかったから、神裂はインデックスに一つの疑問をぶつけたのだ。

 コーネリアは、どうして神裂を置いて行ってのか。

 答えられるはずのない、ここにはいない金髪の少年の考えを示した疑問に、しかしインデックスは迷う事無く返答する。

 

「あなたを信じているからだと思う」

 

「私を、信じている、から……?」

 

「あなたは強い。世界に二十人といない聖人だから、その強さは筋金入り。――でも、だからこそ、コーネリアはあなたを信じて任せたんだと思う」

 

 インデックスは一拍置き、

 

「きっと、あなたならこの状況を打破できるって、コーネリアは信じてる。それなら、次はあなたの番だよ、天草式十字凄教の元女教皇。あなたなら――どうする?」

 

「私なら……」

 

 コーネリアが信じてくれている。コーネリアが遠回しに頼ってくれている。

 その現実をかつての友人である少女から言い渡された神裂は頭を働かせながら、自分に言い聞かせるようにこう呟いた。

 

「私、なら……」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 氷の帆船の中は意外と広く、ちょっと道を逸れただけで迷子になってしまいそうな程に複雑な造りをしていた。

 ヴィーゴ橋を噛み砕きながらの進行によって船の中央にまで吹き飛ばされたコーネリアはぶつけた身体を擦りながらも、船内への侵入に成功していた。

 

「ここのどっかに上条とオルソラがいるはずなんだが……探すのはかなり骨が折れるかもなぁ」

 

 先程からローマ正教の修道士たちの叫び声が聞こえてくるあたり、彼らは追われている状況と見て良い。確かオルソラと上条は、ローマ正教の修道士たちからの襲撃に対処している最中にこの船に半ば強引に乗り上げてしまったはずだ。となると、彼らの逃走はまだ続いていると考えた方が無難である。

 願わくば正史との齟齬が生まれてねえ事を祈るばかりだな、とコーネリアは肩を竦める。ここ最近になって歴史が変わりまくっている気がするので、その影響が今回ばかりは発生しない事が何よりも望ましい。実は本日上条当麻が死んでしまいます、なんていう具合に歴史が動いてしまったら流石に目も当てられない。

 船内を忙しなく動き回る修道士たちの目に着かないように隠れながら、コーネリアは傍にあった扉を開いて中の部屋へと足を踏み入れる。

 そこには、七人前後の男女の姿があった。

 その内の二人は女性で、黒と金が織り交ざった特殊な配色の修道服に身を包んでいる。会った事はないが知識としては知っている。この二人の名はルチアとアンジェレネ――ローマ正教のアニェーゼ部隊に所属する大小シスターコンビだ。

 残る五人は如何にも不健康そうな男たちで、彼らの傍のサイドテーブルには怪しげな道具が転がっている。ペンのような形状のそれは室内の特殊な照明により、その不気味さを増していた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 イタリア語での叫び。

 しかし、イタリア語の挨拶すら知らないコーネリアは極めて冷静な様子で男たちを見据え、

 

「何言ってんのか分っかんねえからとりあえず沈んどけ」

 

 直後。

 無数の荊が男たちに襲い掛かった。

 その荊は修道士たちの衣服から生えたものであり、まるで意志があるかのように男たちの両手両足を完全に拘束していた。しかも荊の棘が素肌にズブリと刺さっているため、男たちは自身を襲う激痛に思わず叫び声を上げてしまう。

 

「だから、何言ってんのか分かんねえんだって」

 

 コーネリアがそう言うと、修道服から更に荊が増え、まるで猿轡かボールキャグのように男たちの口を縛り付けた。勿論、男たちの顔面は荊によって赤く染まっている。

 二十秒にも満たない制圧。

 ある条件下において――相手が比較的弱く、更に荊を生やす対象が存在する場合においてのみ凶悪な効果を発揮するコーネリアの『荊棘領域』だからこその、超短時間制圧だった。

 「さて、と」床に転がった修道士たちを部屋の隅まで蹴り飛ばし、コーネリアは二人の修道女――ルチアとアンジェレネへと向き直る。一片の容赦すらなく――しかも敵を蹴り飛ばしながらも僅かにほくそ笑んでいる辺り、やはり彼もバードウェイ家の人間である。血は争えないと言ったところか(パトリシアを除く)。

 ぷるぷると小刻みに震えながら、超絶涙目でコーネリアを見ながら、ルチアとアンジェレネは彼と向き合う。小鹿のように脅えるアンジェレネを庇うようにルチアが前に出てきている辺りから察するに、どうやらルチアはアンジェレネの姉のような存在であるらしかった。

 アンジェレネを抱き寄せながら、ルチアはコーネリアに問いかける。

 

「あ、あなたは、何者なんですか? 見たところ、ローマ正教でもイギリス清教でも――ましてや魔術師でも無いようですが……」

 

「お前らを助けに来た正義の味方だ――ってのは流石に俺の台詞じゃねえな。ええと、そうだな……」

 

 困ったような表情を浮かべるも、しかし、コーネリアはその表情を維持したままこう言った。

 

「救われぬ者に救いの手を差し延べに来た、ただの通りすがりの脇役だよ」

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そういえば、コーネリアから買ってもらった衣服をキャリーケースに入れっぱなしにしてしまっている。

 そんな今更過ぎる現実が頭を過ったが、神裂火織は涙を呑みつつ、インデックスを抱えながら夜のキオッジアを駆けていく。

 

「後で回収すれば大丈夫後で回収すれば大丈夫後で回収すれば大丈夫……ッ!」

 

「は、はやっ……早すぎるかもぉおおおおおおおおおおおっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ルチアとアンジェレネの救出をとりあえず終えた後、少し遅れて上条当麻とオルソラ=アクィナスがコーネリア達がいる部屋にやってきた。コーネリアの姿に上条は「な、何で先輩がこんな所に!?」と驚いていたが、コーネリアとしてはそんな事よりもまず優先するべき事案がある。

 上条の肩に勢いよく両手を置き、コーネリアは額に青筋をビキリと浮かばせながら、上条にニッコォォォとアルカイックスマイルを向ける。

 

「テメェ上条この野郎……よくも俺と神裂を置いて何処へともなく消えやがったな……ッ!?」

 

「ひぃっ!? そういえば迷子になってからオルソラに合流したせいで、先輩たちの事をすっかり忘れてた!」

 

「今の台詞をそっくりそのまま神裂に聞かせるから、せいぜい短い余生を楽しむんだなこのクソ後輩」

 

「死ッッ!?」

 

 絶望の表情を浮かべる後輩に、先輩はニィィと心の底から愉悦の笑顔を浮かべる。

 上条たちとコーネリアが合流してから最初に行われたのは、ルチアとアンジェレネの説得だった。かつて『法の書』を巡って対立した関係にある彼女たちは当然、上条とオルソラの言葉を信じなかった。敵であるはずのあなた方が私たちを助けに来る訳がない――そう言って、ルチアとアンジェレネは上条とオルソラの言葉に耳を貸さなかった。

 しかし、そこでオルソラ持ち前の話術が炸裂。敵である私たちがリスクを負ってこんな場所にまで来ている理由を考えて欲しい――そう言った挙句、アニェーゼの名前を出したことで、ついにルチアとアンジェレネはオルソラ達を信じる事に決めたのだった。

 そして決められた通りに脱出方法についての説明が行われ、更にその後、修道服に仕込まれた術式によってルチアとアンジェレネが苦しみ始め、それを解決しようとしたところで上条がオルソラに殴られる――という凄く覚えのあるやり取りが目の前で展開され、コーネリアは思わず安堵の表情を浮かべていた。

 だが、問題はここからだ。

 彼ら――つまりはコーネリア以外の人々は知らないが、これからこの船は女王艦隊からの砲撃によって轟沈させられる。結局は全員助かるので心配は要らないだろうが、問題はそこではない。コーネリアはこの場の全員を救えるほど、器用でも優秀でもない。

 問題なのは、自分の事だ。

 ここにコーネリアがいて、歴史が変わってしまうという問題である。異物が一人紛れ込むだけで歴史というものは簡単に変わってしまう。コーネリアがこの部屋にいると言うだけで、もしかしたらこの内の誰かが助からなくなってしまうかもしれないのだ。

 無論、コーネリア以外の誰かがこの部屋からいなくなってもいけない。あくまでも上条当麻とオルソラ=アクィナス、それとシスター・ルチアとシスター・アンジェレネ、更にはローマ正教の修道士たちの全員をこの部屋から移動させないようにする必要がある。

 コーネリアだけがこの部屋から出る。

 時間はあまり残されてはいない。なるべく早く行動し、不確定要素を少しでも減らす必要がある。

 

「ちょっと待て。そもそもこの『女王艦隊』の本当の目的は結局何なんだ?」

 

 四人の話が進展を続け、ついに『女王艦隊』の真相へとシフトする。その話に集中しているせいか、四人の意識はコーネリアには向いていない。

 ――今が、チャンスだ。

 四人に気づかれないようにこっそりと忍び足で後退りし、遂にコーネリアは部屋からの脱出に成功する。

 

「とりあえずはこの船が沈む前に他の船に乗り移る! 後の事はそん時になって考えりゃあ良い!」

 

 氷で構成された通路を抜け、侵入者に反応して動く氷の鎧の攻撃を難なく避け、コーネリアは船の甲板へと移動する。船の周囲には似たような形状の氷の帆船が無数に展開されていて、そこに搭載された全ての砲台がこちらの船に照準を向けられていた。

 

(普通に泳いで到達できる状況じゃねえ。だったら……普通じゃない方法を取るまでだ!)

 

 キュガッ! と周囲の帆船から無数の砲弾が発射され、コーネリアがいる船へと勢い良く突き刺さる。今頃、船内にいる上条たちはさぞ焦っている事だろう。コーネリアの姿が無い事もまた、彼らの焦燥に拍車をかけているかもしれない。

 「後で謝らねえとな」崩壊し始めた船の縁によじ登りながら、コーネリアは一人呟く。

 ―――そして。

 身に着けた衣服のありとあらゆる箇所から荊を生やして自分自身を覆い尽くし―――

 

「こっから先は運勝負ってね!」

 

 ―――そのまま迷う事無くアドリア海へと身を投げた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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