妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 ついに記念すべき三十話目です。

 これからも『妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード』をよろしくお願いします。


Trial26 五和

 天草式十字凄教が一人、五和と出会ったコーネリアと神裂。天草式から出奔した立場である元女教皇・神裂火織は予想もしなかった再会に驚愕の声を上げ、イギリスのとある魔術結社関係者であるコーネリアは「あちゃー」と顔を手で抑えていた。

 

「こんな所で女教皇様とお会いする事が出来るなんて……今日はなんて幸運な日なんでしょうか!」

 

 予想にもしなかった神裂との再会がよほど嬉しかったのか、目をキラキラと輝かせる五和。二重瞼が特徴な少女は憧れの存在である神裂に羨望の視線をレーザー光線の如く送っており、それが神裂の精神をガリガリと削ってしまっている。

 「うっ……」といろいろと複雑な罪悪感に襲われ、神裂は思わず顔を顰める。抜け忍状態である自分が天草式の人間と接触する展開を必死に避け続けていた神裂にとって、今ほどマズイ状況はないのだろう。願わくば、さっさとこの場から離れ、五和の目の届かない場所まで全力逃亡を図りたい所である。

 だが、しかし。

 神裂との再会による嬉しさがあまりにも高すぎたのが不幸だったか、気味が悪い程のハイテンションを振舞いながら、五和は神裂の腕を掴んでぐいっと引っ張った。

 

「今、ちょうどオルソラさんの引越しの手伝いをしている所なんです! 皆も女教皇様に会いたがってます! 是非、是非、顔だけでも見せて行ってあげてください!」

 

「お、落ち着きなさい五和! 私はもう天草式の人間ではありません! それなのに天草式の方々と今更顔を合わせたところで、どんな顔をすれば良いか……」

 

「皆さんは今も女教皇様の帰りを待っています! 教皇代理を始めとし、牛深さんや対馬さん……天草式全員が女教皇様の事を心待ちにしているんです!」

 

「で、ですが……」

 

 このチャンスを逃すわけにはいかないと、五和は必死に神裂に食い下がる。

 神裂としては、五和の誘いに乗る訳にはいかない。自分の弱さに託けて出奔してしまった以上、今更のこのこ元の鞘に収まる訳にはいかない。彼女が天草式を出奔した時の覚悟は、そんなに簡単に撤回してよいほど軽いものではない。

 感動の再会に目を潤ませる五和と、罪悪感に胸を痛める神裂。

 そんな二人の少女のやり取りを傍で眺めていたコーネリアは五和から神裂の腕を引っ手繰り、

 

「ごめんな、天草式の五和さん。俺たち、ちょっと急いでんだ。――ちょっと走るぞ、『火織』」

 

「あ、え……こ、コーネリア!?」

 

「ま、待ってください! せめて顔を出すだけで――って、荊が壁と服を縫い付けていて、動けない!?」

 

 わたわたもたもたと拘束に苦戦する五和から、少年少女は手を繋いだまま走り去る。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 五和からの逃走に成功した後、二人はヴィーゴ橋に体重を預けて乱れた呼吸を整えていた。――といっても聖人であるが故に人外レベルの身体能力を持つ神裂は息一つ乱しておらず、肩を激しく上下に揺らして荒い呼吸を繰り返しているのは常人であるコーネリアだけだったりする。

 運河を跨ぐ石橋であるヴィーゴ橋から見えるアドリア海を視界に収めながら、失った酸素を取り入れようと必死になっているコーネリアに神裂は言う。

 

「……ありがとうございます、コーネリア。汚れ役を買っていただいて……」

 

「べ、別に、そんなつもりでやったんじゃねえ、よ……」

 

 ようやく呼吸を整える事に成功したコーネリアは神裂の方へと向き直る。

 

「お前をこの旅行に付き合わせちまったのは他でもないこの俺だ。そして、この旅行の最中にお前は天草式の連中と鉢合わせしちまった。それについての罪悪感からの行動だった、ただそれだけだよ」

 

「五和との鉢合わせにあなたが罪悪感を覚える必要は――」

 

「無理を通してお前を旅行に付き合わせちまった俺が悪い。今はそれで納得してくんねえか? このままだと言い分が堂々巡りになっちまうからさ」

 

「…………あなたは、卑怯です。そのような言い方をされてしまうと、私は何も言えなくなってしまう……」

 

「すまんな、本当」

 

 しゅん……とやや俯く神裂にコーネリアは謝罪の言葉を口にする。

 確かに卑怯だよな、とコーネリアは心の中で自分を卑下する。神裂の正直すぎる性格を利用して話をまとめようとするところなんて、まさに卑怯の極みだと言えるだろう。

 だが、たとえ自分が卑怯だと、卑劣な奴だと言われようと、コーネリアは構わない。神裂火織という少女は悪くない――という結論をどんな形であれ提示できるのならば、どんな汚名も被る覚悟はある。

 神裂は、コーネリアにとって大切な存在だ。

 何故、彼女の存在が自分の中で大きくなってしまったのかなんて分からない。神裂と出会ってから二ヶ月ほどしか経っていないのに何故彼女の事がこんなにも大切に思えてしまえるのかなんて、未熟な自分には分からない。二度目の人生とか前世の記憶だとか、そんな大層なものを持っているくせに、コーネリアは何も理解できていないし把握できてはいない。

 ただ、神裂は俺を認めてくれたから。

 卑怯で卑劣な敗北者であるコーネリアを、神裂火織という少女は認めてくれた。

 気遣いのつもりで言ったのかもしれない、慰めるつもりでかけた言葉だったのかもしれない。

 だが、神裂が自分の事を認めてくれたという事実が、どうしようもなく嬉しかった。

 コーネリアは基本的に人の事を信用していない。

 信用している人間はせいぜい二人の妹とマーク=スペース、それと上条当麻ぐらいである。学校の友人たちとは仲が良いが、心の底から信用しているかと言われれば答えはノーだ。人は、小さなきっかけで簡単に人を裏切る生き物だ。

 そんな彼が、純粋に、心の底から信用しても良いと思えた人間――それが神裂火織だった。

 最初はただの停戦協定だったのに、今は共同戦線を張るほどにまで進展している。自分の弱音をぶつける事さえできている。

 それは、神裂火織がコーネリアにとって大切な存在になっている、何よりもの証拠だった。

 

(……俺はコイツを巻き込みたくねえと思ってるくせに、何故かコイツを巻き込む道を選んでしまってる。……本当、自分勝手で卑怯な奴だよ、俺は)

 

 どこまでも矛盾した、自分の行動。

 神裂火織を翻弄させてしまっている、自分の身勝手な選択。

 彼女を自分の人生に巻き込みたくはない――それは紛れもない本心だ。

 しかし、それと同じぐらいに――いや、それ以上に、彼女に自分を支えていてほしいと思ってしまっている。

 辛いときは、傍にいて欲しい。

 苦しいときは、声をかけて欲しい。

 泣きたいときは、抱き締めて欲しい。

 結局、自分は何処までも弱すぎるのだ――と、コーネリアは自虐する。

 だけど、弱すぎる自分を変えなくてはならない事は重々承知しているけれど――

 

(強くなっちまったら神裂と居られなくなる……そんな事を考えちまうから、俺はきっと強くなれねえんだろうな)

 

 どこまでも身勝手なのが、コーネリア=バードウェイという弱い少年なのである。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえず、上条当麻とインデックスを探そう。

 ヴィーゴ橋の上で重い空気を展開していた二人は気持ちを切り替え、一度、来た道を戻る事にした。

 からからころころ、とキャリーケースを転がしながら、コーネリアは隣の神裂に言う。

 

「さっき五和が『オルソラの引越しの手伝いをしている』っつってたろ? っつー事ァ、この街にはあのオルソラがいるって訳だ。そしてオルソラと上条は知り合いである――そう考えると、一つの可能性が浮かび上がってくる」

 

「オルソラが上条当麻と接触している可能性がある、という事ですね?」

 

「Yes,that's right.」

 

 無駄にネイティブな発音で、コーネリアは神裂の言葉を肯定する。

 

「あくまでも一つの可能性でしかねえが、あの不幸で一級フラグ建築士の上条の事だ、きっとオルソラの家にまで上がり込んでいるに違いない。オルソラはアイツの事を信用してるらしいしな、姿を見つけ次第家にまで連れて行くと思われる」

 

「それよりも私はどうしてあなたがオルソラとあの少年の関係について知っているのかを小一時間ほど問い詰めたい気分ではあります」

 

「……とにかく、だ」

 

 なに目を逸らしてんだよこの女顔は、とコーネリアに神裂はジト目を向ける。

 コーネリアは立てた人差し指を宙に彷徨わせながら、

 

「まずはオルソラの家を訪れない事には話が進まねえ。俺はとりあえずその道を選択するが、お前はどうする? 天草式の奴等がいる可能性が極めて高いから、街の方を探しててもいいけど……」

 

「いえ」

 

 神裂とコーネリアの視線が交錯する。

 

「私もあなたに同伴します。――そろそろ私も強くならなくてはなりませんしね」

 

 お前は十分強いよ、とコーネリアは思わず苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 迷子になった。

 いや、今度は上条とインデックスが、ではなく、コーネリアと神裂が、である。

 

「そもそもの話、俺たちってオルソラの家の場所すら知らねえじゃん。それなのにどうやってあいつの家までいくんだよ、流石に無理ゲーすぎるわ……」

 

「まさか第一段階で躓くとは予想外でした。せめて住所だけでも五和から聞いておくべきでしたね……」

 

「あの状況で住所が聞けたら苦労はしねえって」

 

 そんな精神状態じゃなかっただろ、とは言わない。何故なら俺は空気が読める男だからだ。

 今思うとなんか悲しくなることではあるが、せっかく旅行に来ているというのになんだかずっと歩きっぱなしな気がする。そもそも旅行というのは歩いてなんぼなイベントであるとは思っているが、流石に迷子を捜して延々と歩かされるのは予想だにしなかった。これじゃあイタリア旅行ではなくただの迷子探しの旅である。

 キャリーケースを壁の傍に置き、コーネリアはその上に腰を下ろす。

 

「とりあえずは休憩しようぜ。流石に何時間も歩いてるから疲れちまったよ」

 

「そうですね。私も少し足が疲れてしまいました」

 

 そう言って、神裂は自分のキャリーケースをコーネリアのキャリーケースの隣に置き、彼に寄りかかるように腰を下ろした。

 

「…………もしもし神裂さん? この状況は一体どういう事ですかね?」

 

「別に大した意味はありません。あなたは黙って休んでいればいいのです」

 

「いや、そう言われるとこちらとしては何も言えなくなっちまう訳なんだけど……」

 

 しかし右腕に何か柔らかいものが当たっていて以下略。ここで無駄な事を口走って痛い目を見る程、コーネリアは鈍感で馬鹿な男ではない。

 神裂のおっぱもとい柔らかな感触が理性をガリガリ削っているというこの状況――だが、それに畳みかけるように、神裂の髪が風に揺られ、コーネリアの鼻に軽く触れた。

 直後、コーネリアを襲う女の子の香り。

 

(ひっきゃぁあああああああああああああっ!? めちゃくちゃ良い匂いがするぅぅうううううううううううううううううううううううっ!!???)

 

 なんだこれ、なんだこれ!? 女の子ってこんな香りがすんの!? 最早男とは別の生き物じゃん! 種族が違いますって言われても素直に頷けるレベルだよこれ!

 しかも何故か、神裂の息遣いまでもが聞こえてきてしまっている。これは何だ、俺がコイツを意識しすぎているから、こんなに感覚が鋭敏になっちまっているって事なのか!? 最悪だな、このエロ男!

 と、とにかく、今は自分を落ち着かせよう。心頭滅却すれば女の子の魅力など大した事はなし。煩悩退散煩悩退散煩悩退散――――ッ!

 心の中で巨大な滝にコーネリアが打たれようとしていた――まさにその時。

 

 

 大地が、揺れた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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