今日は華のバレンタインデー。
しかし、それは絶賛独り身の寂しい男子高校生ことコーネリア=バードウェイには全く微塵も関係のないイベントである。実は毎年妹コンビからチョコレートを頂いてはいるのだが、その度に何かと酷い目に遭わされているのでコーネリアとしてはバレンタインデーの事などあまり考えたくはなかったりする。
去年は全身チョコ塗れにされたっけなぁ――などという過去回想をしながらチョコクロワッサン(購買でご購入)を細かく千切り、それを口へと放り込むコーネリア。その表情は極めて無表情で、成程、心の底からバレンタインデーに興味が無いという事を全力でアピールしているようだった。
平常比三割増しで気怠さに満ち溢れているコーネリアに、彼の前の席の持ち主且つ彼の級友その一である苅部結城はカレーパン(これまた購買でご購入)の袋を開けながら相も変らぬ堅苦しい口調でこう言った。
「して、コーネリアよ。君がバレンタインデーに興味が無いのは昔から知ってはいるのだが、一つだけ聞かせてほしい」
「ンだよ」
「チョコなんて貰わなくてもいいぜこの野郎とでも言いたげな表情の癖に、何故君は『チョコ』クロワッサンを食しているんだ? いつもはサンドウィッチだとかおにぎりだとか、チョコとは縁遠いものを食していると記憶しているんだが……」
「……………………」
ピシリ、と凍りつくコーネリア=バードウェイ、十七歳。
「???」と眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げながら首を傾げる結城に、ずぅぅぅぅんと露骨に落ち込みオーラを身に纏ったコーネリアは全てを呪うような瞳を彼に向ける。
「普通に強がってるだけだよチョコが欲しいけどがっつくのは格好悪いかなって強がってるだけだよ察しろよこの野郎……」
「君は時々どうしようもなくバカな時があるな。チョコレートぐらいどうでも良いだろうに……」
「貴様ァァッ! それは世のモテない男子に対しての当てつけかッ!? チョコがどうでもいい? オイオイそれは何の冗談だよ、最高だなオイ!」
「バレンタインデーに託けて異性にチョコレートを渡す行為に意味なんてないと思うのだがなぁ。所詮は駄菓子なのだ、大して腹の足しになるとは思えん」
「オイオイ随分と面白い言い分じゃあねえか結城さんよぉ! オイ、聞いたかお前ら! 苅部結城はチョコレートなんてどうでも良いって思ってるらしいぜ!?」
ガタタッと勢いよく席から立ち上がって叫ぶコーネリア。
そして、彼の級友たち(男子限定)は驚異的なノリの良さを披露する。
『チョコレートがどうでもいい? 我がクラスきってのモテ男さんは言う事が違いますねぇ!』
『今日という日にチョコレートが貰えるなら一年間駄菓子を我慢してもいいぐらいの覚悟でこっちは登校して来てるんだがなぁ!』
『これは噂であるが、苅部氏の下駄箱には三十個ほどのチョコ(包装済み)が入れられていたと聞きましたぞ?』
『もうやっちゃわない? この男、そろそろやっちゃわない?』
『この際男でもいいから可愛い奴からチョコを送っていただきたいものです』
『『『それだッッッ!』』』
そして、彼の級友たちは驚異的な話の転換を披露するってちょっと待て。
「いやいやいや、お前ら急に何言ってんの? 可愛い男の子からでもいいって何? そして凄く鬼気迫る表情で俺に迫って来てるのって何ィッ!?」
「コーネリアよ。君の可愛さは筋金入りだ」
「結城さぁん!? なんでこのタイミングで、しかもよりにもよってそんな何のフォローにもなってねえ褒め言葉をお送りになるのかなぁっ!? 俺、ちょっと分かんない!」
「……ああ、これは失言だったな。すまない、この通りだ」
「そんな真面目に謝られても俺を取り囲んでいるあの野獣たちは止められませんよ!?」
シュタッと手刀を切る結城に叫ぶコーネリアの周囲には、いつの間にやら二十人近い同級生たち(男子限定)の姿が。全員が全員飢えた肉食獣の如き視線をしていて、口からはなんか煙のようなものが出ちゃったりしている。
あっれえいつからこのクラスはジャングルになったのぉ? ひくひくと頬を引き攣らせ、コーネリアは一歩後ろに後ずさる。
直後、彼の背中に固い感触が。どうやら窓まで追い込まれてしまったらしい。そもそも最初っから窓の傍にいたので追い込まれたもくそもないとは思うのだが、これはあくまでも気分の問題だ。背中が窓に当たってしまった、だから追い込まれてしまっていると感じた。謂わば、それだけの話なのである。
さぁ、ここからどうするべきか。幸いにもこの昼休みの後の授業は予め自習と決まっている。このクラスの担任である干支センが「午後の授業を担当していた先生方は腹痛でお休みでーす!」と豊満なおっぱいを揺らしながら言っていたので、おそらくは間違いはないだろう。お前の義理チョコが原因なんじゃね? と言いたくはなったが、真実を知るのが怖ろしかったので口を噤んだのは良い思い出である。
って、そんな過去回想はどうでも良いのだ。
今はとにかく、この状況を打破しなければ。
そういう訳なので、とりあえずコーネリアは後ろ手で勢いよく窓を開け放ち、
「たったひとつだけ策はある! とっておきのヤツだ! いいか? 息が止まるまでとことんやるぜ! フフフフフフ。逃げるんだよォォォォォォーッ!」
『あぁっ! マイエンジェル!』
全力で窓から飛び降り、全力で学校の外へと走り出した。
☆☆☆
コーネリア=バードウェイが窓から飛び降りて逃走を図ったまさにその直後、窓の傍の木の上部でウトウトと舟を漕いでいたイギリス清教の聖人こと神裂火織は目を白黒とさせながら、焦ったようにこう叫んだ。
「わ、私のこの努力が一瞬で無に帰されてしまった、だと!?」
☆☆☆
舞台は変わって十八学区の長点上機学園にて。
幻海天海は大いに頭を抱えていた。
「天海先輩天海先輩天海先輩。あーんしてくださいです、あーん」
そう言いながら、箱から取り出したトリュフチョコを天海の頬にぐいぐいと押し付けるのは、彼の二重の意味での後輩である百木田艶美だ。因みに、一つ目は同じ長点上機学園の生徒であるという意味で、二つ目は同じ
一年生の癖に二年生のクラスに、しかも堂々と悪びれる訳でもなく入り込んでいる艶美に、天海は心の底から疲れたような表情を浮かべる。
「あのさぁ、百木田。事実、テメェは一年生なんだからこのクラスにいるのは事実、おかしいと思うんだが?」
「あたしは単純に遊びに来ただけなのです。だから、あーんしてくださいです、あーん」
「恋人同士でもないのにそんな事する訳ないだろうが。アホらしい」
「でもでも天海先輩。いつも第一六八支部では古都先輩にあーんしてもらってるじゃないですかー。恋人同士でもないのにー」
「それはアイツが幼馴染みだから、事実、こっちも慣れちまってるんだよ」
「それじゃああたしにも今から慣れてくださいです。だからあーん、あーんして!」
「はぁぁぁぁぁ……」
可愛い後輩ではあるが、流石にここまでしつこいとは思わなかったなぁ。いや、はっきりしない俺が一番の原因だと分かってはいるのだが、しかしやっぱり流石にチョコレート一つでここまでしつこいとは思わなかった。
やはり、女性との関係についての問題処理は苦手だなぁ。昔から恋愛事を避けていたせいか、こういった時の対処法が思いつかない。第一七七支部の変態テレポーターにでも聞いてみようか――いや、あいつにまともな受け答えを期待するだけ無駄だな。やめておこう。
しかたがない、ここは素直に折れてさっさとこの場を収めよう。
そうと決まったら何とやら。天海はガシガシと頭を掻きつつも、口を大きく開いた。
ようやく折れてくれた尊敬する先輩に艶美はぱぁぁと表情を明るくし、
「受け取ってくださいです、あたしのおも」
「「させるかぁあああああああああああああっ!」」
「びぶるち!?」
突然の乱入者(×2)に天井に向かって蹴り上げられた。
ごがしゃぁぁっ! と天井に勢いよく突き刺さる艶美。最初はあたふたともがいていたが、流石に首が締まったか、数十秒後にはぷらーんと力なくぶら下がる結果となってしまった。
後輩の突然の退場にサァーッと青褪める幻海天海。
そんな彼の目の前で、突然上がり込んできた霧ヶ丘女学院の制服を身に纏う二人の女子生徒――立神葭葉と天神古都はゼーハーゼーハーと大きく肩を上下させつつ、真っ赤になった顔と全力疾走による辛さで発生した涙目を天海にぐるん! と見せつける。
「天海ちゃん!? 私たちを差し置いてあのですです女のチョコを受け取ろうとするなんて一体全体どういう感じなの!? 万死に値する感じの罪だと思うのだけど!?」
「チョコを食べようとしただけなのに!?」
「チョコが食べたいんならウチのチョコを食えば良かろうもん!? ほら、アンタの為にたっくさん作ってきたけん! しかもアンタ好みの味付けよ? これを食べずして一体何を食べるというのか! 泥でも食ってろ!」
「チョコを差し出しながら泥を食えとか言うなよ連想しちまうだろうがッ!?」
「「いいから、私(ウチ)のチョコを食べなさい!」」
「ががんぼっ!?」
恋に突っ走る乙女二人は止められず。
口にチョコレートを勢い良く突っ込まれた天海は段々と表情を青くする。
コーネリアとは打って変わってとても平和で幸せな青春を送る風紀委員の少年のバレンタインデーは、どこぞの不幸で不運で不遇な金髪中性男とは打って変わって恙なく進行されていく。
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次回もお楽しみに!