それはコーネリアにとってはかなり予想外の展開であり、あまり目立ちたくない身としては最悪な出来事だった。打ち止めという少女と出会ったキャラクターたちがその後にどのような段階を踏むかをこの世界の誰よりも知っているコーネリアだからこそ、彼女との出会いはまさに背筋が凍るぐらいの衝撃だった。
そんなコーネリアの心境など知る由もない打ち止めはシュタッと右手を挙げ、
「出会ったばかりのあなたに聞くのもどうかと思うのだけど、『あの人』を見たりしなかった? ってミサカはミサカは可愛さアピール全開で質問をぶつけてみる!」
あの人、というのは考えるまでも無く、学園都市最強の超能力者・
ここであんな化物と接点を作るのは得策じゃない。
瞬時にそう判断したコーネリアは踵を返してその場からの逃走を図――
「あっ! そこにいるのはもしかしなくてもコーネリアなんだよ!」
「ぐえぇっ!」
――ろうとした瞬間に背後から強烈なタックルを入れられた。
ぐぎぃっ! と腰から嫌な音が響き渡り、それと同時に激痛が脳まで突き抜ける。もしかせずとも今後の競技に影響が出そうな程のダメージが、コーネリア=バードウェイの腰を襲っている。
ヒキガエルのような悲鳴を上げるコーネリア。彼を突き飛ばした人物が一体誰なのか、それはあえて確認するまでもない。この特徴的な喋り方と可愛らしい声だけで、背後に誰がいるのかぐらいは容易に想像がつく。
だから、後ろを振り返りたくない。
これ以上の面倒事は勘弁だから、後ろにいる銀髪シスターを視認したくない。
しかし、世界はあくまでもコーネリアに反逆する。
「コーネリア! 私、お腹が空いちゃったかも!」
「『空いちゃったかも!』じゃねえよ! 何だよその不自然な話の切り出し方! どう考えても俺がお前に屋台の飯を奢る感じの流れじゃねえか!」
「ぶー! いいじゃんいいじゃん! とうまがどこかに行っちゃってるから、ご飯を買う事も出来ないんだからー!」
「何でお前の保護者はお前を保護しねえんだよいつもいつも……」
何故だ。原作通りならばこの時間、上条当麻とインデックスは行動を同じくしているはずではないのか。ステイル=マグヌスと土御門元春の二人の会話を聞くのはもっと後の事であるはずで、今のこの時間帯ではまだ二人は一緒にいるはずだ。――それなのに、これは一体どういう事だ!?
(もしかすっと、少しずつ正史が歪みつつあるって事なのか……?)
正史には存在しない『コーネリア=バードウェイ』という存在のせいで、世界が少しずつながらも歪みつつある――という予測。まだ憶測の域を出ないが、それは十分にあり得る事だ。そもそも、『コーネリア=バードウェイ』という存在自体が世界の大きな歪みの一つであり、そこからの余波が他の歪みを発生させないとは限らない。もしかしたら後に、今回のような小さな歪みを遥かに凌ぐほどに巨大な歪みが発生してしまうかもしれない。
全てが可能性の話だが、全てがあり得る話でもある。
――しかし。
(まぁ、ンな事は俺にゃあ関係ねえけどな)
世界に歪みが発生しようが何だろうが、自分には関係ない。別に自分で望んで歪みを起こしている訳ではないので、ここで無駄にシリアスモードで『世界の歪みを止めなくては!』とか盛り上がる必要なんてないのだ。
故に、コーネリアは逃避する。
前方の少女と後方の少女、それと現実という敵から、コーネリア=バードウェイは全力で逃避する。
「うははははははっ! 俺はこれから行く所があるんでな、さらばだ諸君!」
「あ、こら、コーネリアぁあああああっ!」
「凄い速度だね、ってミサカはミサカは驚愕を露わにしてみたり!?」
☆☆☆
打ち止めとインデックスというある意味ではかなりの重要人物コンビからの逃亡を成功させたコーネリアは、数十分ほどの苦労の末、ようやく目的地であるファミレスへと辿り付くことに成功した。勿論、中には実妹二人と黒服の部下の姿もあった。
人でごった返す店内を通り抜け、四人掛けの席を三人で占拠している実妹たちの前まで移動する。
「遅い。私が連絡してから何十分が経過したと思っている?」
「む、無理言うなっての……これでも結構飛ばしてきたんだから……」
「そ、そうですよ、お姉さん。お兄さんも頑張ってくれたんですから、ここは責めるのではなくてしっかりと褒めてあげないと……」
「む。それもそうだな。――褒めて遣わすぞ、我が愛しの兄貴よ」
「テメェはどこぞの英雄王かよ」
その内『
相も変わらず我儘で高圧的なレイヴィニアに、コーネリアは「はぁ」と疲れたように溜め息を吐く――脛を蹴られた。しかもわざわざ座席から立ち上がってから、渾身の威力でローキックを決められた。
脛から込み上げてくる激痛に悶えながらも、コーネリアは空いていた席に腰を下ろす。隣にいたパトリシアはぱぁぁっと表情を明るくし、むぎゅーっとコーネリアの腕に全力で抱き着いてきた。確実に胸が当てられているのだが、年端もいかないパトリシアの貧乳(しかも実妹)を押し付けられたところで欲情することはない。レイヴィニアとパトリシアが極度のブラコンであるために隠れているが、コーネリアは別にシスコンではない至って普通の人間なのだ。
そう、レイヴィニアとパトリシアはブラコンだ。それも自他共に認める程に、生粋のブラコンである。
そんな彼女たちが今この場において、コーネリアを巡って争わない訳がなく……
「パトリシア。姉からの命令だ――私と席を代われ」
「お姉さんからの命令だとしても、こればかりは譲れません! あぁっ、お兄さんの温かみが伝わってくる……」
ぎりぃっ! と怖い方の妹から嫌な音が聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。
心の底からどうでもいい駆け引きのせいで、コーネリアたちの座席に妙な静寂が訪れる。完全無欠に被害者であるコーネリアとマークの顔にはだらだらと大量の冷や汗が流れていて、心成しか顔色は青褪めていて優れない。臆病者であるコーネリアはまだ分かるが、凄腕の魔術師であるマーク=スペースさえもが恐怖してしまうこの状況は一体全体何事なのだろうか。なんだ、これからこのテーブルで戦争でも開始されるのか!?
バチバチバチィッ! とレイヴィニアとパトリシアの間で意味の分からない火花が散る。次の競技までそんなに時間がある訳ではないコーネリアとしては今すぐにでもここから逃げ出したくて仕方がない訳だが、この空気でそんな事を切り出せるほどコーネリアの神経は図太くない。大きなジャンルで括れば草食系に割り振られるコーネリアは、肩を抱えてぶるぶると情けなく震えるしか選択肢が残されていないのだ。
姉妹の無言の駆け引きで、時間が無駄に過ぎていく。周囲は学生やその保護者達の雑踏で騒がしいというのに、何故か自分たちの席だけ音を失ったかのように静寂に包まれている。
まさに窮地、そして絶望。
このままでは頭がおかしくなってしまう、と言っても過言ではない程の重圧がコーネリアとマークに圧し掛かる。
しかし、ここで珍しく世界は彼に味方する。
それは、コーネリアの携帯電話がきっかけだった。
静寂を切り裂くようにけたたましい着信音を鳴り響かせる携帯電話。それはきっかけを待ち続けていたコーネリアにとっては願ってもいないチャンスだった。
故に、コーネリアはパトリシアの腕を振り解き、席から立ち上がって携帯電話を耳に当てる。
「はい、こちらコーネリア!」
『わざわざ電話を掛けて申し訳ない。しかし、次の競技が近いということを伝えておいた方がいいと思っての行動だ、許してほしい』
電話の相手はコーネリアの親友の一人である苅部結城だった。
相変わらず無駄に堅苦しい口調で謝罪の言葉を口にする親友にコーネリアは「いや、お礼を言うのはこっちだよ」と返し、「んじゃ、すぐに会場に向かうわ」と言って結城との通話を終了させた。
そして。
後ろからの氷のような冷たい視線が背中にビシビシと突き刺さっているのを感じながらも、「ふぅ」と息を整えたコーネリアはシュバッ! と彼女たちに手刀を切り――
「じゃ、そういう訳だからまた昼休みに!」
「「話はまだ終わってねえぞこのバカ兄ィィィイイイイイイッ!」」
――三十六計逃げるに如かず、という名言を全力で実現する事にした。
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次回もお楽しみに!