妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial10 荊と神の子の関係とは

 かぽーん、と温泉特有の平和な音が聞こえてきそうな空気だった。

 しかし、コーネリア=バードウェイとしては、狭い空間で銃火器をぶっ放している方が平和なんじゃないかというぐらいに緊迫した空気でもあった。

 その理由は、至って簡単。

 

「…………こちらを見たらぶち殺します」

 

「了解しましたぁ!」

 

 スタイル抜群の聖人少女と一緒にお風呂に入っているからである!

 現在、コーネリアと神裂は互いの背中をくっつける形で身体を反対に向けて入浴している。体の洗浄は既に終了していて、二人の髪からはシャンプーの香りが漂ってきている。それがまたコーネリアの理性を激しく刺激するのだが、今はそれについて考えるのはやめようと思う。はっきり言って、意識すると気絶する。

 背中に感じる神裂の肌の感触と体温にバクバクと心臓を鳴らしながら、コーネリアは顔を紅蓮に染める。さっさと風呂から出ればいいんだろうが、不幸にも出入り口までの道は神裂によって塞がれてしまっている。こんな状況で無理やり風呂から出ようとしたが最後、裸を見ようとしたと勘違いされて全力の聖人パンチをお見舞いされてしまうであろうことは火を見るよりも明らかな事実である。

 つまり、神裂が風呂から出るまで、この天国もとい地獄を耐え続けなければならないのだ。

 神裂の裸体を視認しようとする本能に必死に抵抗しながらも、コーネリアは理性を保つために会話をスタートさせる。

 

「そ、そういえばさ、神裂」

 

「はい」

 

「今日、海岸での事についてなんだが……あの時、俺の荊がお前の聖人としての力を抑え込んだ、って事で間違いはねえんか?」

 

「…………はい」

 

 ちゃぷ、と神裂の周囲に波紋が起きる。

 

「これはあくまでも想像の域を出ない話ですが……あなたの能力によって生み出された荊には、『神の子の処刑』と同様の性質が宿されています。……『神の子の処刑』についての説明は、必要ありませんよね?」

 

「ああ。それについては大丈夫だ」

 

 かつては『明け色の陽射し』のボスとしての教育を受けさせられていて、尚且つ前世での知識もあるコーネリアは神裂の言葉に頷きを返す。

 神の子の処刑。

 それは、イエス・キリストの処刑を異なる言葉で言い表しただけのものだ。神の子――聖人として扱われていたキリストが処刑される。その伝承を言い表したのが、この『神の子の処刑』である。

 しかし、この『神の子の処刑』は、魔術的な意味合いで言うと少しばかり事情が変わる。

 生まれた時から神の子に似た身体的特徴と魔術的記号を持つ人間を、魔術サイドでは『聖人』と呼ぶ。それは神裂火織やブリュンヒルド=エイクトベルなどが主な例として挙げられるが、それについては今は置いておこう。

 問題なのは、『聖人』が魔術サイドでは『神の子』として扱われる、という事だ。

 神の子、つまりはキリストと同じように扱われる聖人はその名の通り、『神の子の処刑』に関連する意味合いに滅法弱いという性質を持っている。

 槍による『刺突』で『処刑』された神の子と同じ意味合いを持つ聖人は、『刺突』と『処刑』に対しての耐性が無いと言っても過言ではない。

 つまるところ、『神の子の処刑』というのは、無敵だと言われている『聖人』を倒すための唯一の手段であると言える。

 『聖人』の一人である神裂は自分の身体にお湯を掛けつつ、説明を続行する。

 

「おそらく、あなたの能力は、『神の子の処刑』の伝承に登場する『荊冠』を荊として具現化させる、というものだと推測されます。私は能力者についてはあまり詳しくありませんので分かりませんが、『原石』というのは学園都市製の能力者に比べ、説明不能で希少で現実離れした能力を扱えるのですよね?」

 

「まぁ、大まかに言えばそんな感じだな。俺達『原石』は科学と魔術の枠組みの外にいるような常識外れな存在だ。上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』や姫神秋沙の『吸血殺し(ディープブラッド)』なんか、まさに良い例だと思う。科学と魔術の関係なく全ての異能を打ち消す『幻想殺し』と、科学と魔術の両方で存在が認められていない吸血鬼を殺す『吸血殺し』。ぶっちゃけた話、上条と姫神に関しては『原石』の中でもブッチギリに異常な領域ではあるんだが……そんな奴らが『原石』なんだっつーことを分かってれば問題ねえよ」

 

 分かりました、と神裂は小さく呟く。

 

「これもあくまで推測なのですが、『荊冠』と偶像の理論で関係づけられているであろうあなたの荊は、『聖人』に対して絶対の効果を発揮するようです。その効果を具体的に言うのなら……」

 

「―――聖人の力だけを抑え込む、って感じか?」

 

 コーネリアのその言葉に「おそらくは」と神裂は返す。

 

「聖人は体内の天使の力(テレズマ)によって常識離れの身体能力を獲得しています。その前提を念頭に置いて考えると、あなたの荊は天使の力をも抑え込める可能性が浮上しますが……あまり期待しない方がいいかもしれません」

 

「何でだ? 別に何かに対して試した訳じゃねえんだぞ?」

 

「まぁ、『聖人の力を完全に抑え込む』という効果の副次効果で天使の力を少しは抑え込めるかもしれませんが……『神の子の処刑』はあくまでも聖人に対してしか効果を発揮しないので、他の天使の力にはほぼ無力だと思います」

 

 それは確かに、神裂の言う通りかもしれない。

 聖人の力を発揮するための天使の力を抑え込む事が出来る。しかし、だからといって、他の天使の力までもが能力の効果の領域内にあるとは限らない。もし本当に『荊棘領域(ローズガーデン)』が『「荊冠」を荊という形で具現化させたもの』だとするのなら、神の子に対してしか効果を発揮しなくて当然だ。『神の子の処刑』はあくまでも『神の子』を対象としたものであり、『天使の力』を対象としている訳ではないのだ。

 ここまでの話をまとめると、『荊棘領域』はまさに聖人の天敵だと言える。

 そう。

 コーネリア=バードウェイが持つこの能力を別に言い方で表すのなら―――

 

「―――『聖人殺し(セイントキラー)』とでも言いましょうか。まぁ、荊が絡みついている間でしか聖人の力を抑え込めない様なので、『聖人抑制(セイントバインド)』の方が的確な気もしますが」

 

「『聖人殺し』、か……」

 

 『幻想殺し』と『吸血殺し』と同じ、『聖人殺し』。

 …………………………なんか、能力名をそれに改名した瞬間に魔術サイドからの刺客が増えそうだよなぁ。

 大勢の魔術師に囲まれた自分を想像して、コーネリアはひくひくと頬を引き攣らせる。

 

「……お願いだから、他言だけはしねえでくれよ? イギリス清教以外の組織からも刺客を送り込まれそうで、悪寒が止まらねえ」

 

「当然です。私としても、ここであなたと同盟を結んでおいた方が後々何かと良い方向に事が動く気がしていますので」

 

「お前最低だな!」

 

「あなた程ではないですよ」

 

 そう言って、神裂はクスッと可愛らしい顔で笑う。

 普段の凛々しい姿とは打って変わって年頃の女の子のような姿を見せる神裂に、コーネリアの心臓がとくんとくんとくん、と早鐘を鳴らす。普段とのギャップの差というかなんというか、とにかく反則級な可愛さだった。

 ……そう考えた瞬間、神裂火織という少女が妙に艶やかに認識されてしまった。

 視界の端でしか確認できないが、玉のような水滴が浮かぶ白い柔肌と女の子特有の丸みを帯びたボディラインが妙な色気を放っている。湿った黒髪が自分の首を軽く擽り、それがコーネリアが神裂を意識するのを掻き立てている。

 自分で分かっているのが何か癪だが、どう考えても体温が上昇している。おそらくだが、顔なんかは耳の先まで真っ赤になっている事だろう。

 それ故か、なんだか頭がボーっとしてきた。心なしか、視界もぐらぐらと曖昧なものに変わって、き……て…………

 

「(ぶくぶくぶくぶくぶく……)」

 

「ちょっ!? そんな真後ろでのぼせられたらこちらとしてもリアクションに困るのですが!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 午後十時―――になるまであと数分と言った頃。

 海の家二階の客室で、神裂火織は正座していた。風呂上りの彼女からは妙な色気が漂っていて、身体からは僅かながらに湯気が上がっていた。

 そんな神裂の前には布団が敷かれていて、その上には仄かに顔を赤く染めたコーネリア=バードウェイが寝かされていた。風呂でのぼせた彼をここまで運んで布団に寝かせたのは神裂で、今は彼の看病をしている、という状況だ。無論、裸の彼に服を着せたのも神裂である。

 とは言ってもコーネリアに着せたのは和服なので、彼の裸体の全てを目撃するという最悪の展開だけは回避する事に成功した。……まぁ、ちょっとだけ、いや、微かにだが、見てしまった気はするのだが。というか、今のコーネリアの見た目は自分なのだから別に裸を見たところで大してなんの感情も抱かないはずなのだが、やはり相手が異性だと分かっているとどうしようもなく恥ずかしくなってしまう。

 元の姿でもこんな感じなんですかね、とコーネリアの寝顔を見て小さく微笑む神裂。目にかかるぐらいの長さの前髪を指で掬い、感触を楽しんだ後にそっと手を離す。

 そんな事に夢中になっていたせいか、彼女は背後への警戒が緩んでいた。

 

「何だにゃー? ついにあの堅物ねーちんが『明け色の陽射し』のボスの実兄に夜這いを仕掛ける時が来たのかにゃー?」

 

「ひゃぁああああああああああああああっ!」

 

 なんか、凄く間抜けな悲鳴が飛び出した。

 どくんどくんどくんっ! と激しく鼓動を打ち鳴らす心臓を服の上から抑え込み、神裂は背後からの襲撃者――土御門元春に顔を向ける。

 

「い、いきなり意味の分からない事を言わないでください! というか、夜這い!? わ、私はそこまで淫らな女ではありません!」

 

「なーなーねーちん何で顔が真っ赤になってんの図星なの図星なのーですにゃー?」

 

「赤くなどなっていません!」

 

 ああもう、どうしてこんなに動揺しているのですか!

 うああああ……、と熱くなった顔に両手を這わせる神裂火織。夜空に浮かぶ月からの光で照らされた彼女の顔は、暗闇でも分かるほどに真っ赤に染まってしまっていた。

 明らかな動揺を見せる神裂にニヤニヤ笑顔な土御門は追い打ちをかける。

 

「そういえば、コーネリア=バードウェイは間接的にはインデックスの命の恩人だったっけ? おお、これはねーちん、あれですたい。日本特有の恩返しを駆使する時が来たんじゃないの?」

 

「そ、それは、分かっています。分かってはいるんです。自分の命の安全を保障するためとはいえ、インデックスを助ける手立てを教えてくれたコーネリアには、同等の価値ある恩を返すのが筋だと、分かってはいるんです」

 

 しかし、その恩返しのタイミングがどうしても訪れない。

 言い訳でしかないとは分かっているが、タイミングが来ない事には恩を返しようもない。

 それが、神裂火織の言い分だった。

 しかし、まぁ、そんな言い訳を土御門が許すわけもなく。

 

「あれー? 自分の都合で風呂に連れ込んでコーネリアをこんな状態にしたねーちんに、そんな事を言う資格があるのかにゃー?」

 

 うぐっ、と神裂の口から呻き声が漏れる。

 

「あれあれー? ねーちんにとって、コーネリアに抱いていた恩は、そんなものだったのかにゃー?」

 

 ぐっ……ッ! と神裂は親の仇を見るような目つきで土御門を睨みつけた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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