クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第八話

「やったな! シルバークロウ。すごいじゃないか!」

 

 加速世界から帰還したハルユキを出迎えたのは、そんな第一声だった。思わず口元を綻ばせながら、声が聞こえてきた方へ振り向く。振り向いた先には、ハルユキの期待した通りの人物――黒雪姫が笑顔で走って来る姿が見えた。

 

 何時もはクールな表情か、魅惑的な微笑を浮かべていることが多い黒雪姫。しかし、今は花が咲いたような明るい笑顔を浮かべていた。軽快な足取りで、ハルユキの隣に並ぶ。

 

「先輩、どうして此処に?」

 

 ハルユキが今いるのは、自宅のマンションを出てすぐの場所だ。何故、黒雪姫先輩が此処にいるのか気になり、理由を尋ねる。ひょっとして、先輩の家もこの近くに在るのかとハルユキは少し期待するが、黒雪姫から返ってきたのは別の理由だった。

 

「君が私の警告を忘れていないか気になってな、確認しに来たんだ。案の定忘れてグローバル接続し、対戦を挑まれている姿を見つけた時は、目が吊り上がるのを抑えられなかったが」

 

 その時のことを思い出したのか、黒雪姫の笑顔に怒りの感情が混ざった。

 

「す、すいません……」

 

 わざわざ自分から墓穴を掘ってしまったことを悟り、何を余計なことを言ってるんだ僕は! と自身を罵倒しつつハルユキは身を竦めるが、幸いにも黒雪姫はすぐに表情を和らげた。

 

「まぁ、見事勝利して見せた功績に免じて今回は許そう。だが、次からは注意したまえよ、ハルユキ君」

「は、はい! 気をつけます」

 

 反射的に、姿勢を正すハルユキ。黒雪姫はそんなハルユキの手を取ると、自身の手と繋いでしまった。ぎょっとして、目を見開く。

 

「ええっ!? い、いきなり何するんですか先輩!」

「せっかくだ、一緒に登校しようじゃないか。ああ、それからまた昼休みにラウンジへ来るように。忘れるなよ」

 

 驚き慌てふためくハルユキに対し、黒雪姫はなんでもないといった様子で歩き始める。それから学校に到着するまで、繋いだ手が離れることはなかった。嬉しいやら恥ずかしいやらで、ハルユキはブレイン・バーストの初戦で体験した時以上の疲労と緊張を味わうことになったのだった。

 

 

 

 眠気を誘う午前の授業が終わり、ハルユキは廊下を歩いていた。向かう先は、黒雪姫先輩に来るように言われているラウンジだ。人の多い、それも上級生ばかりが集まる場所なので、ハルユキとしては遠慮したいスポットなのだが、そうも言っていられない。さすがに今朝言われたことを守らなければ、どんなお叱りを受けるかわかったものじゃないのだから。

 

 とりあえず、副生徒会長の黒雪姫先輩が一緒に同席するのだから問題無いはずだ。一年生は立ち入り禁止だっていうのも、あくまで生徒側の決まりに過ぎないんだし。そう自身を慰めつつ、ハルユキは足を動かしていく。そこへ、見知らぬ女子生徒の声が耳に入ってきた。

 

「1年C組の有田春雪くん……だよね、ちょっとお時間いいかしら?」

 

 そう声を掛けてきたのは、ハルユキが昨日の昼休みの時、ラウンジで最初に話しかけられた上級生の女子生徒だった。確か、生徒会役員で書記を務めている人だったかな、とハルユキはうろ覚えの情報を掘り起こす。

 

「はい、そうですけど……。僕に何か?」

「少し、尋ねたいことがあるの。私は若宮 恵(わかみや・めぐみ)。生徒会で書記を務めているわ、よろしくね」

 

 そう言って、ふわふわした茶色い髪の女子生徒――メグミは柔らかな笑みを浮かべた。ハルユキは黒雪姫先輩と同じで、随分とお嬢様っぽい感じの人だなぁと内心で思う。黒雪姫先輩は喋り方が男っぽいけど、と少し失礼な思考も一緒に浮かんでいたが。

 

「こちらこそ、宜しくお願いします、有田春雪です。それで、僕に尋ねたい事って?」

「ええ、姫とあなたがどういう関係なのか、それが知りたいの」

「姫? ああ、黒雪姫先輩のことですか」

 

 一瞬、姫と言われて誰のことかと思ったが、すぐに答えは出た。梅郷中で姫、なんて呼ばれ方をしているのは一人しかいない。だとすると、知りたいのは昨日ハルユキと黒雪姫が直結をしたこと、その理由だろう。そこまで考え、ハルユキはどう答えるべきかと思案する。加速に関して話す事はできないし、どう誤魔化そうか。そうぐるぐると脳を回転させていると、メグミの方が先に口を開いた。

 

「実はね、姫にも同じことを聞いてみたの。そうしたら、姫があなたに告白して、あなたがそれを受けるかどうか、返事を待っている最中なんだって言っていたのだけれど、本当かしら?」

「ぶっ――――」

 

 ハルユキが噴き出した。

 

 ――何言ってるんだ、あの人は! 誰が誰に告白したって!?

 

 事の発端である黒雪姫に、ハルユキは心中で抗議の悲鳴を上げる。全くもって事実無根です、と否定したいところだが、黒雪姫先輩がそう言っているのだから話を合わせるべきかもしれない。悩むハルユキに、メグミはずいっと顔を寄せて返答を迫った。

 

「で、どうなのかしら? 有田君」

「う……、えーっと、そ、そのですね」

 

 何て答えるのが最善なのか、検討もつかない。縮こまって、しどろもどろに言葉を出そうとするハルユキ。ハッキリしない姿にメグミは眉を顰めるも、何か思い当たったのかハルユキから身を引いた。

 

「そう、わかりましたわ」

「えっ?」

「姫と待ち合わせの約束をしているのでしょう? 急いでいるのに時間を取らせてしまって、ごめんなさい」

「いえ、そんな。こちらこそ、しっかりと答えられなくてすいません」

 

 急に身を引いたことに疑問を抱きつつも、とりあえず助かったとハルユキは安堵した。彼女の中でどんな解釈が行われたのか非常に気になるが、それを聞く勇気はない。藪を突いて蛇が出てくるのはごめんなのだ。

 

「それじゃあ、またね。有田君」

 

 声を掛けてきた時と同じ柔らかな微笑で、メグミは去っていった。その後姿を目にしながら、できればまた会いたくはないな、とメグミの態度に嫌な予感がしたハルユキは思った。

 

 

 

『と、そんな事があったんです』

 

 その後、学食でカレーライスを注文して、ハルユキはラウンジで黒雪姫と同席していた。テーブルの上に置かれたスプーンを手に取って、ラウンジへ来る前に起きたことを話す。昨日と同様に直結し、思考発生による会話だったが。

 

『そうか、メグミが君に。それはまぁ、災難だったな、ははは』

『全くですよ。大体、なんなんですか先輩が僕に告白したって。もうちょっとマシな誤魔化し方があるでしょう』

 

 話を聞いて楽しそうに笑う黒雪姫を、恨めしげに見つめてハルユキが抗議する。

 

『だが、あながち間違いではないだろう? 私が君を誘い、君がその誘いを受けた。そして、これから大まかな説明をするのだからな』

『まぁ、それは確かにそうですけど……』

『事実を混ぜて話した方が、誤魔化しやすいものさ。さて、とりあえず、加速しておこうか。その方が説明もしやすいからな』

『……わかりました』

 

 はぐらかされた気がしないでもないが、とりあえず今は加速世界のことが知りたい。ハルユキは言われるがままに、加速コマンドを始動させた。

 

『バースト・リンク!』

 

 三度目になる加速。今回は驚くこともなく、世界が青く変化していくのをハルユキは見つめた。切り変わった世界で、現実の身体からピンクのブタの姿になったあと地面に降り立つ。黒雪姫の方へ視線を直すと、彼女もまたアバターに姿を変えていた。ハルユキと違い、黒雪姫は現実の身体と比較して衣装が変わった程度だったが。黒雪姫はお互いが加速したのを確認して、ハルユキに身体を向ける。

 

「では、試しに私と対戦してみようか。ハルユキ君」

「えっ?」

 

 小悪魔めいた笑みで告げられ、ハルユキは背筋を震わせた。

 

 

 

「おおー! 流石だね、ヨミの絵は。今にも動き出しそうだよ」

「そ、そうかな。私なんて、まだまだよ」

 

 様々な絵や工作物が点在する一室。梅郷中の美術室で、マトとヨミの二人が寄り添って話していた。美術部に所属しているヨミ。彼女が現在スケッチしている絵画が完成に近いと知ったマトが、見てみたいと言いだして昼休みに二人で訪れたのだ。二人が見ているキャンバスには、青空を力強く羽ばたいている一羽の小鳥が描かれていた。

 

「ヨミが描くことりとりは、すごく飛びたがってる感じがするんだよねー」

「ふふっ、ありがとう。それにしても、マトは本当にことりとりが好きね」

「それは勿論! 子供の頃からずっと憧れてたんだから」

 

 胸を張って断言し、マトは懐かしい記憶を呼び起こす。初めて知った幼少の時、ことりとりが翼を広げ、風を切り裂いて空を翔ける姿をなんども思い描いた。それこそ、あきれるほどに。

 ことりとりが旅をした世界は、一体どんな色をしていたんだろう。澄み渡るような美しい色だったのかな、もしかすると、澱んだ灰色の世界もあったのかもしれない。自分も同じように、いろいろな色の世界を見てみたい。十年以上も前から続くその願いは、今でも欠片も変わっていないとマトは思う。

 

「そう、私はマトのそういう純粋なところ、好きだけれどね」

「じゅ、純粋だなんて、恥ずかしいよ、ヨミ」

 

 嬉しそうなヨミの言葉に、マトは顔を赤くする。ユウに言った時は子供っぽいと笑われたので、ヨミの言葉は予想外だった。

 

 ――あれ? でも純粋って、結局のところ子供っぽいのと同じ意味なんじゃ。子供は純粋ってよく言われてるし。

 

「ところで、黒雪姫さんの方はどうなったの。動きがあったって聞いたけれど?」

 

 うーんと悩み始めるマトに、ヨミが別の話題を振った。その理由が、マトが悪い解釈をしようとしていると危惧したからなのかは不明である。

 

 

「あ! そうそう。実はね、今朝にも対戦を申し込まれたらしいの。有田さんが」

「え、そうなの? それは災難だったわね」

 

 同情心を含めてヨミが言った。手酷く敗北した姿を想像したのだろうか。まぁ、昨日の今日で早くも対戦することになったのだから、そう思うのは普通だろう。しかし、現実には彼女の想像とは違う結果になったのだけれど。マトは少し大げさに、ヨミが予想したものとは逆の回答を出した。

 

「それが、なんと有田さんは勝ったみたいだよ。対戦相手もLV1だったみたいだけど」

「あら、そうなの。それはすごいわね……昨日インストールしたのだから、アバターだって初めて動かしたんでしょうに」

「だよね、流石は黒雪姫さんに見込まれただけの事はあるかな。私も楽しみだよー」

 

 嬉しそうに言うマトの姿に、ヨミは疑問符を脳内で浮かべながら問う。

 

「楽しみって、何のこと?」

「ああー、そっか。ヨミはまだ知らなかったんだ」

 

 というか、それを伝えるように言われてたんだった。マトはうっかり忘れていたユウからの伝言を思い出し、その内容をヨミに報告する。

 

「ユウとサヤちゃん先生がね、こっちからアプローチを掛けてみる事にしたって言ってたの]

「へぇ……。今までずっと様子見に徹するって言ってたのに、何があったのかしらね」

「うーん、それは私にも分からないけど」

 

 額に手を当てて、なんでだろうかと考える。これまで、ずっとマト達は黒雪姫――ブラック・ロータスの動向を影で観察してきた。それは、指示を出す司令塔的な立場にあるサヤがそう決めていたからだ。加速世界において、最大の反逆者と呼ばれる黒の王。こちらの存在を知られることなく、彼女の動きを調べるように。しかし、そのサヤ本人が今になって黒の王に接触することを決めた。

 

 ――あの二人のことだから、何か深い考えがあるんだろうな。

 

 悩んだ末にそう結論を出し、マトは報告を続ける。

 

「それでね、有田さん――シルバー・クロウと私が対戦することになったんだよ。カガリちゃんも対戦したがってたけど、ここは多様な強化外装でどんな相手にも対応できる私が選ばれたんだ」

「マトが? そう……、最近は外のリンカー達とは戦ってなかったけど、マトなら大丈夫ね」

「うん! 私に任せて」

 

 シルバー・クロウ――有田春雪。彼はどんな色を、可能性を見せてくれるのかな。マトは久しぶりの対戦に胸を高ならせて、ヨミと今後について話ながらその時を待つのだった。

 

 




次回、とうとうブラック・ロックシューターが登場します。
もっとも、本格的な戦闘はもう暫らく先になる予定ですが。
更新速度が遅いですが今後も宜しくお願いします。

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