クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第七話

 理解できない状況に陥ったとき、人が取る行動は二手に分かれる。取り乱して慌てふためき続けるか、冷静に状況の把握に努めるか。幸いにして、ハルユキは後者の人間だった。

 

 ――この世界が、ブレイン・バーストが作り出した3D映像の仮想世界なのは間違いない。問題は、どうして急に何の前触れも無く加速したのか。そして、今如何するべきなのかだ。

 

 変わり果てた自身の姿を確認したハルユキは、今の状況で自分が何をするべきなのかを思案する。必要なものが何か、それはいうまでも無い。加速した原因、そして今居る世界に関する情報だ。

 とにかく、何か手がかりになりそうな物を探すべきだ。そう結論を出したハルユキが歩き始めて数分と経たない内に、その手がかりは向こうから現れた。

 

「あれは……アバター? NPCなのか? 嫌、違う」

 

 戸惑うハルユキの視界には、彼と似た姿をした複数のアバター達が映っていた。何時の間に現れたのかだろうか。ついさっきまでは、ハルユキ以外の人影は見当たらなかった。だが、今では多数の人間と思わしきアバターがハルユキを遠巻きに観察している。何故人間だと分かるのかというと、彼らが会話をしているのが見えたからだ。

 

「なんだ、随分とひょろっとした奴だな」

「なんか、狼狽えてるみたいだし。初心者(ニュービー)じゃねぇ?」

「そうねぇ。でも、メタルカラーだし。結構やるんじゃない?」

 

 好き勝手に何やら話しているアバター達を見て、やっぱりNPCじゃないとハルユキは確信する。口調や表情に、NPCのような無感動なモノとは明らかに異なった人間らしさが見受けられた為に。そしてこの3D世界に居るということは、彼らもまたハルユキと同じく加速世界に住まうバースト・リンカーなのだろう。慌てた様子が見受けられないのを考えると、ハルユキよりも先輩になるのだろうか。

 

「あの人達に聞いてみるべきかな……」

 

 せっかく自分以外の人間に会えたのだし、とりあえず話を聞いてみるのが得策だ。今の現状について、あの落ち着きぶりからして知っているのは間違い無いだろうし。

 そう心中で呟き、ハルユキは彼らの元に行こうと足を踏み出した。その時。

 

「ヒューッ! ひっさびさの世紀末ステージだぜぇぇ! ラァァッキィィィ!!」

 

 何やら楽しそうな叫び声が背後から聞こえてきて、ハルユキはまた足を止めることになった。

 

「な、何だあれっ」

 

 慌てて背後に振り返ったハルユキの姿が、強烈な光に晒される。光の発信源は、声が聞こえてきた場所に存在していた。ハルユキを照らし出した光の正体、それは乗り物が走行する際に前方の視界を確保する為の光だった。正確にいえば、振り向いたハルユキの先で強い存在感を放っている、大型バイクに取り付けられているライトだったのだ。派手なデザインをしたアメリカンバイクに、これまた派手な格好をしたライダーが搭乗していた。

 

「世紀末ステージで華麗に走る俺様、超クーーールゥゥゥ!!」

 

 骸骨の顔をしたライダーの男は上機嫌に叫ぶと、ドゥルンドゥルンとエンジンを数回吹かしてバイクの発車体勢に入る。主であるライダーの指示に従い、バイクは標的を見定める。狙うのは、その進行方向で訳もわからず立ち尽くしている獲物――ハルユキ。

 

「そして――これから俺様に狩られるお前はぁ、テラアンラッキィィだぁぁぁぁ!!」

 

 叫びと共に、ライダーが獣を繋ぐ鎖を解き放った。地面を爆発させて歓喜の咆哮が響き渡り、破壊のマシンが砂塵を巻き上げて撃ちだされる。大気を切り裂いて疾走し、獲物であるハルユキに向けて、一直線に迫り来る――――。

 

「う、うわぁぁっ!」

 

 慌てて、マシンから逃げようと背を向けて走り出すハルユキ。しかし、その速度は迫り来るマシンと比較してあまりにも遅い。背後から聞こえてくる爆音はどんどん大きくなり、追いつかれるのは時間の問題だった。

 

「くそっ、こうなったら」

 

 このまま走っても、追いつかれて轢かれるだけだ。ハルユキは足を止めてもう一度振り返る。見えるのは、残り十メートルという辺りまで接近してきたマシンの姿。高鳴る胸の鼓動を聞きながら、ハルユキはそれをじっと睨むように見つめ、そして――

 

「今だっ!」

 

 マシンが身体を捉える直前、強く地面を蹴って横に跳んだ。

 

「何ィッ!?」

 

 驚愕の声を上げるライダー。まさか避けられるとは思ってなかったのだろう、マシンはハルユキに直撃することなく通過する。それを視界に捉え、ほっと安堵の息を付く。間一髪ながらも回避に成功し、ハルユキは一瞬でも気を抜いてしまった。だから、次にライダーが取った行動に対応できなかった。

 

「まだ終わりじゃねぇぇぞ、メタル野郎!」

 

 そのまま離れて行くはずのマシンが急激な転回を見せ、再びハルユキへと襲いかかる。

 

「なっ!?」

 

 再び牙を剥くマシン。なんとか回避できた一度目に対し、今度は心の準備も回避する為の体勢もできていなかった。しかし、ハルユキを責めるのは酷だろう。時速百キロを超えて走るバイクが、ほとんど減速もせずにターンを行うなど初見で予想できるはずもない。

 

「がふっ――」

 

 火を吐くような激しい衝突。金属バットか何かで、勢いよく殴られたのかと錯覚する程の痛みがハルユキの全身に駆け巡った。悲鳴を上げることもできず、ハルユキの身体が宙を舞う。飛び上がった身体はたっぷりと数秒間浮遊した後、落下して地面に叩きつけられた。

 

「ぐっ――」

 

 飛びそうになる意識をなんとか保ちながら顔を上げる。ハルユキの目に入ったのは、大きく減少した青色のバーと、全く変化していない青色のバーだった。今までは気づかなかったが、よく見ればバーの下に文字が書かれている。減少したバーの下はシルバー・クロウ。変わらないバーの下には、アッシュ・ローラー。

 

 ――分かった、分かったよ。今何が起こっているのか。さっきから何で襲われてるのか。

 

 様々なジャンルのゲームをプレイしたことのあるハルユキは、手に入れた情報から答えを導き出す。今から三十年以上も前に流行した対戦格闘ゲーム。それが、今行われている催しの正体だと。対戦しているのは言うまでもなく、自身と襲ってくるライダー。遠巻きに眺めているアバター達は二人の戦いを観戦しているのだ。

 

「もうへばってんのかぁ!? まだまだ終わりじゃねぇぇぇぜ!」

 

 対戦相手であるアッシュ・ローラーが、叫び声を上げて三度突進した。倒れ伏すハルユキを轢き潰さんと、轟音を響かせる。それを耳にして、ハルユキは素早く地面から起き上がった。

 敵が迫る。地面を激しく削り、己が敵に向けて真っ直ぐに爆走してくる。

 

「対戦ゲームなら、僕の得意分野だ!」

 

 恐怖で目を背けたくなる自身を鼓舞し、奮い立たせる。これが対戦ゲームなら、負けはしない。否、負けるわけにはいかないのだと言い聞かせる。ハルユキにとって、対戦ゲームで敗北するのは許されないことなのだ。

 

 ハルユキは地面を蹴り、大きく跳躍した。意識を集中させ、高速で向かってくる敵――アッシュ・ローラーに、全力で放つ蹴りを叩き込む――――!

 

「ぐっ!?」

「がはっ!?」

 

 激突した両者が、共に弾ける。ハルユキの蹴りはアッシュ・ローラーを捉えるも、発生した衝撃を殺すことはできなかったのだ。大きく吹き飛ぶハルユキの視界に、見覚えのあるアバターが映った。

 

「せ、先輩……!?」

 

 荒廃した世界で異彩を放つ美麗なその姿は、先日ハルユキを加速の世界へと招いた黒雪姫に間違いない。漆黒のドレスを身に纏い、透明に輝く羽を背にハルユキをじっと見つめている。

 ハルユキはその姿を見て、黒雪姫にグローバル接続をしてはいけないと厳命されたことを思い出した。

 

 ――何やってるんだ、僕は!

 

 苛立ち、ハルユキは叫ぶ。受けていた警告を忘れ、ニューロリンカーをうっかり接続してしまった。瞬く間に戦場に引きずり出され、無様にやられている。そのあまりに惨めな自身の現状に、涙が出そうだった。

 

 黒雪姫先輩も、馬鹿な自分を笑ってるんだろうな。ハルユキは自嘲し、黒雪姫を見る。しかし、真っ直ぐに黒い瞳でハルユキを射抜く黒雪姫の眼差しには、彼を嘲笑するようなモノは一切含まれていなかった。

 何かを期待して向けられている黒雪姫の視線。そこに込められた意味を、ハルユキは瞬時に悟る。

 

 勝てと。目の前の敵に勝利して見せろと、彼女の黒い瞳は告げていた――――。

 

「――わかりましたよ、先輩」

 

 呟き、ハルユキは立ち上がる。弱気になっていた心は燃え上がり、金属の身体に活力が沸騰して肉体が熱を帯びた。手を差し伸べてくれた人が、自身を信じて見守ってくれているのだ。みっともない姿を見せるわけにはいかない。大地に足を着け、誇るように姿勢を正す。不屈の闘志を持って、その期待に応える為に。

 

 同時に、アッシュ・ローラーもまた立ち上がってバイクに身体を預けていた。

 

「少しはやるじゃねぇか、メタル野郎。もう遊びは終わりだ、全力で潰してやるぜぇぇ!!」

 

 遊びは終わり。その言葉を示すように、アッシュ・ローラーはこれまでで最高の速度を持ってバイクを走らせた。後部に取り付けられたマフラーが横に倒れ、ジェット機の如く火炎を噴出する。その様はまさにロケットスタート、弾き出されるスピードはこれまでの比ではない。音速を超える加速力を惜しみなく使い、アッシュ・ローラーは激進する。ハルユキはそれを、

 

「そこだぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 全神経、あらゆる五感を集中し、牙を剥いて迫る獣の突進を紙一重で躱して、渾身の拳を前に突き出す―――!

 

 離れていた両者の間合いは瞬く間に零になり、二つの影が交差した。己の勝利を疑わず、真っ向から激突したシルバー・クロウとアッシュ・ローラー。そこから導き出される結果は、アッシュ・ローラーの骸骨のような顔に突き刺さった、シルバー・クロウの白銀の拳。

 

 メキメキと音を立てて、ハルユキの拳がアッシュ・ローラーを完璧に捉え打ち貫いた。

 

「ごはぁぁぁぁッ!?」

 

 悲鳴を上げ、堪らずバイクから身を放り出されるアッシュ・ローラー。だが、それで終わりでは無い。ハルユキのターンは、まだ終了していないのだ。

 

「まだまだぁぁぁッ!」

 

 衝撃で宙を舞うアッシュ・ローラーに、ハルユキはさらなる追撃を叩き込む。飛ばされたアッシュ・ローラーの先へ大地を疾走して回り込み、地面に落ちる寸前に回し蹴りを放つ。そして今度は大地蹴って飛び上がり、回し蹴りを食らって再び宙を舞うアッシュ・ローラに拳の豪雨を見舞わせた。相手を地面に落とさずに、ハルユキのコンボがアッシュ・ローラーの体力をガリガリと削り取っていく。

 

 その光景は、誰もが知るコンボを連想させた。対戦格闘ゲームのテクニックに於ける、基本中の基本。パンチとキックの連打からなる、無限に続く空中連撃(エリアル・コンボ )――――。

 

 見守っていたギャラリーが息を飲んだ。

 

「おいおい、一体何者なんだ、アイツ」

「相手を宙に浮かしたまま一方的に攻撃するなんて、本当にニュービーなのか?」

「見たことないアバターだけど、親は誰なのかな。レギオンには所属してるのかしら」

 

 口々に、ハルユキを賞賛するギャラリー達。それもそのはず、相手を空中に浮かせたままコンボを繋げるというのは、実際簡単なものではない。拳や蹴りの威力から相手が飛ぶ位置を予測し、すぐに動き出さなければならないのだ。高い反応速度、身体能力と正確な距離間を測れることが必要になってくるだろう。

 

 しかし、ハルユキはその全ての条件をクリアしていた。中学に入ってから半年間、ずっと続けてきた<バーチャル・スカッシュ・ゲーム>は、正にその全てが必要とされるゲームだったのだから。不規則に飛び交うボールの予測、縦横無尽に走り、飛び回る為に必要な反応速度と身体能力、そしてボールに追いつく為の最短距離の割り出し。何となく無心で続けていたゲームが、此処にきてハルユキの大きな力となっていたのだ。

 

 無限に続くと思われたコンボも、終に最期の時が訪れる。殴られ、蹴られ続けたアッシュ・ローラーの体力ゲージが残り一割を切った為に。

 

「これで、とどめだぁぁッ!!」

「がはぁぁッ! お、俺様アンラッキィィ……」

 

 勝利を確信したハルユキの蹴りが、僅かに残っていたアッシュ・ローラーの体力を完全に削り取る。シルバー・クロウとアッシュ・ローラー。LV一同士の激闘は、銀の鴉に軍配が上がった。

 

「すごーい、やるじゃない。シルバークロウね。これから贔屓にさせて貰うわ」

「ニュービーかと思ったら、とんでもない奴だったな」

「これからが楽しみね」

 

 勝利したハルユキを、観戦していたギャラリーが称える。必殺技らしき技は全く使用せず、単純な拳と蹴りで近接格闘型には厄介な相手であるアッシュ・ローラーに勝利したのは値千金だろう。中には、観戦予約リストに登録する者もいた。

 

 

 

「フッ。流石だな、ハルユキ君」

 

 遠く離れたビルの屋上で見守っていた黒雪姫が嬉しそうに呟き、静かに目を閉じてその場から消える。ハルユキの全力を込めた戦いぶりは、彼女の期待に応えてくれたようだ。

 

 

 勝利を告げるメッセージが視界に表示され、ハルユキの高まっていた感情が静まる。勝利の余韻か、先ほどまでとは打って変わってハルユキは落ち着いていた。一時的に熱くなっていたのが静まって、思考が現状に追いついていないのかもしれない。

 

 ハルユキがバースト・リンカーとして歩む永い戦いの道。それは今、この時をもって幕を開けたのだ。加速が解除され現実に意識が戻される中、自身が望んだ現実の破壊の意味をハルユキは身を持って理解したのだった。

 

 




何を勘違いしているんだ。
まだ、俺のターンは終了してないぜ。
初めて見た時それなんてチート?って感じでした。
もうやめて!OOのライフは零よ!って台詞も大好きです。

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