クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第三十話

 ――もう一度、あの子と会って話がしたい。

 

 何のために。このブレイン・バーストを続けているのかと聞かれたら、それが全てだった。

 虚の世界。今でも鮮明に、少しも色褪せることなく、あの不思議な世界の記憶が心の奥底に焼き付いている。

 もう一人の自分と出会い、傷つけあって、大切な親友との別れを経験した物語。

 どのようにして誕生したのか、何のために存在していたのか、今でも把握できていないことの方が多いけれど。

 

 今では大切な仲間になった、ヨミとカガリとサヤ先生。精神が入れ替わっていたユウとも打ち解け合い、かけがえのない絆を手に入れることができたのがあの場所だった。

 

 ブラック・ロックシューターのおかげで、自分自身と向き合う大切さを知った。ストレングスのおかげで、孤独にならずに皆と知り合うことができた。

 

 もう一度会いたい。ありがとうってちゃんと伝えたい。バーストリンカーとして今日まで戦い抜いてこれたのも、その想いがずっと胸の奥底に焼き付いていたからだ。

 

 虚の世界は既に崩壊し、ブラック・ロックシューター達の消息もずっと掴めていない。

 それでも――あの子の名を宿したこのデュエルアバターを手にしたことに、きっと意味はあるはずだと信じている。諦めずにこの加速世界の謎を探求し続けれていけば、いつか、きっと。

 

 だからこそ、こんなところで躓くわけにはいかなかった。

 

「呪いに負けて、憎悪を糧にして戦う奴なんかに、絶対負けないッ!」

 

 悲鳴を上げる肉体を、打ち合うたびに刻まれる傷の痛みを、燃え盛る猛りで抑え込む。

 強化外装によって超強化された敵の剣速は、もはや視認することすら困難な領域へと加速している。一撃でも受け損ねれば、即死は免れないだろう。

 

 だけど、引き下がれはしない。絶対に引き下がりたくない。

 

 力任せに振るわれる、あまりにも無骨な敵の長剣。

 かつて戦った、黒い少女の姿が脳裏によぎる。

 どんな相手にも勇敢に立ち向った、あの少女はそのたびに傷付いていた。

 肉体的な痛みも、精神的な痛みも、全部受け止めて尚戦い続けたその姿。

 それに対して、目の前の凶獣はただ己の汚れた欲望に身を任せているにすぎない。

 本能で動くだけの暴力の塊と成り果てた、醜悪な剣。そんなモノに屈するなんて、他の誰でもない自分が許せなかった。

 

 ――私だけが、敗北するのならそれでもいい。だけど、今だけはこの名( ブラック・ロックシューター)である今だけは、負けられない!

 

「あの娘は……ブラック・ロックシューターは、お前なんかよりもずっと強かったんだから!」 

「グルオオオッッ!」

 

 土煙を巻き上げ、周囲を火花で満たす苛烈な剣戟。

 何時終わるとも知れぬ両者の戦い。 

 しかし第三者の手によって、それは唐突に終わりを告げた。

 

「デス・バイ・ピアーシング!!」

 

 悠然と響いたのは、高らかに必殺技を叫ぶ黒雪姫の発声音だった。

 左腕につがえられた右腕の剣。その剣身が強大な破壊力を示すヴァイオレットの煌きに包まれ、ディザスターを強襲した。

 意識の外からによる、完璧なタイミングでの不意打ち。

 甲高い金属音。しかし断ち切られたのは、ディザスターのヘルメットから伸びる片方の角だけだった。

 超反応。避けようがない、誰もがそう考える一撃を、霞むが如き動きで回避して見せたのだ。

 

「……ほぅ、今のを躱すかよ」

 

 必殺の間合いからの奇襲だったにもかかわらず、戦果は角一本だけに終わる。けれど黒雪姫は落胆した様子もなく、戦意を欠片もなくしてはいないようだった。

 加速世界最大の反逆者であり、今もなおその歩みを止めることのない彼女にしてみれば、この状況でも恐れはないということなのか。

 

 突然の乱入でどう行動すべきか迷うBRSを置いて、状況はさらに加速していく。

 

「いっけぇぇぇェェェ!!」

 

 雄叫びを上げ、地面スレスレの高さを一直線に突き進んできたのは、力強く銀翼を広げた一羽の鴉だった。無理な回避行動で体勢を崩したディザスターへ、飛行による重力を乗せた渾身の拳を突き出す。

 

「う……、おおっ!!」

「グルゥッ!」

 

 黒銀の装甲に叩き付けたパンチは、またしてもぎりぎりの所で右腕の篭手に阻まれる。しかし、さらなる追撃がディザスターを襲った。

 

「ライトニング・シアン・スパイク!!」

 

 青白い雷光が迸り、三度目の奇襲がついにディザスターを直撃した。狂獣はその巨体を浮かし大きく弾き飛ばされ、放物線を描きながら地面へと落下する。

 

「ルルッ!? …グルォォッ!」

 

 フードの下の牙を激しく打ち鳴らし、怒気を表す。ついにまともなダメージを受けた凶戦士だったが、恐るべき現象を見せた。大きく抉られ傷ついた装甲が、赤黒い光に包まれてみるみる修復されていく。数秒後には、鎧は無傷の状態へと戻ってしまった。

 

「自動修復機能……。流石、災禍の鎧の異名は伊達じゃないね」

 

 シアン・パイルが張り詰めた声で呟く。しかし、その響きには驚きはあっても怯えの色はなかった。圧倒的な脅威を前にして、それでも戦意を失ってはいない。そんな親友の立ち振る舞いに頼もしさを覚えつつ、ハルユキは隣に並んだ。

 

「助かったよ、タク。最高の援護だった」

「ハルとはもう、何度もタッグ戦を組んできたからね。それに僕だけが怖気づいて、皆に任せっきりというわけにもいかないさ」

 

 苦笑いを浮かべてお互いを称えあう二人に、黒雪姫が近づく。

 

「まったく、面倒な横槍のせいで時間はかかったが、ようやく状況は整ったようだな。さて二人とも。一丁、怪物退治と洒落込むとするか」

 

 まるで気負いを感じさせない気軽さを見せる黒雪姫に、二人は力強く返した。

 

「はいっ、先輩」

「了解です、マスター」

 

 自分でも説明できない感情が、胸の奥で渦巻いている。

 先ほどまで感じていたはずの恐怖も怯えも、今はもう感じない。

 恐れず、怯まず。今はただ、ひたすらに挑み続けるだけだ。

 なぜなら、自身はもう一人ではないのだから。頼もしい仲間が、ここにはいるのだから。

 ちらりと横目でBRSの様子を伺うが、彼女は沈黙を守ったまま、動く様子はない。ただ、共闘したいという先刻の言葉通り、こちらに敵意を持ってはいないようだった。

 

 気にはなるが、今は目の前の敵に集中せねばとハルユキは意識を切り替える。

 

「行きますッ!!」

 

 ぱっ、と広げた背中の両翼に力を込め、シルバー・クロウが飛び出す構えを取る。

 右腕の強化外装を胸の前に構え、シアン・パイルが狙いを定める。

 両腕の剣を掲げ、威風堂々とした佇まいでブラック・ロータスが二人の前に立つ。

 

 三人を迎え撃たんと、クロム・ディザスターが大剣を大きく振り上げ――

 

 真紅の巨大な熱線が、全てを飲み込んで迸った。

 

 真っ先に反応した黒雪姫が、剣の峰でハルユキを胸を叩く。

 たまらず地面に倒れ付したハルユキの上に、シアン・パイルが覆いかぶさった。

 二人の咄嗟の行動によってハルユキは射線上より逃れたが、続いて起きた大爆発の衝撃によって、十メートル以上も吹き飛ばされ転がった。

 

 膨大な熱量の中に、一体どれ程の破壊力が凝集されていたのか。フィールドの地形までもが、大きく書き換えられてしまっていた。小さなクレーターが新しく刻み込まれ、各所でちらちらと燃える炎から濃い煙が上がっているのが見える。

 

「タク! 先輩!!」

 

 タクムは熱線をまともに浴びてHPをゲージを全損し、青い光の柱となって消えた。黒雪姫はLV9による高ポテンシャルのおかげか、全損は免れたものの、これまで見たことがないほどに無残な姿だった。もう一人、自分達の近くにいたはずのBRSの姿が見えなくなっていたが、今はそれどころではなかった。

 

「く……、黒雪姫先輩!!」

 

 慌てて駆け寄ったハルユキが夢中で抱え上げると、全身の各所から黒い破片が零れ落ちた。

 ぐたりと力の抜けたアバターはぎょっとするほど軽く、破損箇所を這い回る青紫の火花がまるで飛び散る血液のように見えた。

 

 少し離れた場所では、ディザスターの焼け焦げた姿が見える。損壊は最も激しく、おそらく熱戦が初めから標的としていたのはあの狂獣だったのだろう。自分達は、巻き込まれたのだ。

 一体、何が起こったのか。驚愕と疑問符に思考を埋め尽くされながらも、ハルユキすでに半ば予期していた。

 

 熱線の正体は戦艦の主砲ともいうべき、圧倒的なパワーを持つ遠距離火力による攻撃だ。こんな芸当ができるのは、ハルユキが知る限りでは一人しかいない。

 信じたくはなかったが、恐る恐る熱線が飛来した方角へと首を向ける。外れていて欲しいという願いも虚しく、ハルユキが目にしたモノ。それは巨大な主砲を掲げ、ゆっくりと近づいてくる真紅の要塞の姿だった。

 

「何で……、何でなんだよ、ニコ! いや、スカーレット・レイン!! 僕達まで巻き添えにするなんて、どういうつもりなんだッ! 忘れたわけじゃないだろうッ! 先輩は……、ブラック・ロータスは、君に倒されたら、ポイントを全損してしまうんだぞっ!!」

 

 ハルユキの糾弾に、ニコは動じることなく静かな声で答えた。

 

「それが、どうした」

 

 その声は、驚くほど鋭利で冷たかった。

 絶句するハルユキに、ニコは無感動に続ける。

 

「バーストリンカーにとって、自分以外のあらゆるバーストリンカーは敵だ。敵に倒されりゃポイントは減る、ゼロになりゃ永久退場。ただ、そんだけの話だろ」

「で……でも、君は、僕達と君は……」

 

 仲間じゃないか――、と続こうとしたハルユキの縋るような呟きは、がすっと地面に叩きつけられた主砲によって遮られる。

 

「お前らの甘ったるさには反吐が出んだよ! いいか、加速世界にはな...信じられるモノなんて、何一つ存在しやしねぇ!! 仲間、友達、レギオン...そして親子の絆すら、幻想でしかねぇんだよ!! アイツを始末したら、次はお前らの番だ。それが嫌なら、すぐに逃げな。次に会うときは……敵同士だ」

 

 巨大な強化外装が解除され、小柄な赤いアバターが地面に降り立つ。つぶらな両眼のレンズの奥底で、どんな感情が渦巻いているのか。ハルユキにはとても読み取れそうになかった。

 

 赤の王は右手で腰の大型拳銃を抜き、じゃかっと銃身をスライドさせながら歩き出す。

 

 向かう先ではクロム・ディザスターが、全身の損傷から血の色の光を零しながら尚も北に向けて這いずっている。

 あの巨大な破壊力をまともに受けたはずなのに、あれだけ動けるとはやはり驚異的な耐久力だ。

 しかし、今はニコの歩みの半分程度の速度しか出せず、もう離脱は不可能だろう。

 すぐに追いついたニコは狂獣を踏みつけ動きを封じると、手に持った拳銃を向けた。

 

 それは、ハルユキにはとても悲しい光景に見えた。

 

 災禍の鎧は、確かに消去されるべき危険な代物だ。そして恐るべき戦闘力を持つあの怪物を確実に仕留める為には、自分達に意識が向いている隙を狙うのも合理的だったのかもしれない。

 でも、それなら……あのリビングで皆で過ごした暖かな時間は、何だったのか。チェリー・ルークが災禍の鎧を装着してしまったことを、とても辛そうに話していた姿も。その全てが偽りで、幻に過ぎなかったのか。

 

 やるせない想いが湧き上がり、とても見ていられなくなったハルユキは、視線を外しやがて訪れるであろう銃声を待った。

 

 そして――

 

 

 ハルユキ達がディザスターと対峙している場所から、数キロは離れた無制限フィールドの一角。

 どろりとした黒い影が地面に染み出し、みるみる広がっていく。瞬く間に伸長していき、数秒後には3メートル程の黒い大穴が浮かび上がった。

 

 穴の中から、二人の少女が姿を現す。一人は、クロム・ディザスターと熾烈な剣舞を演じたBRS。そしてもう一人は、悪魔のような二本の角を生やした、赤い瞳を持つ長身の女性型アバターだった。ロングヘアーの黒い艶のある髪が、さらさらと風になびいている。BRSと比べると、少し大人びた雰囲気をみせるそのアバターの名は、ブラック・ゴールドソー。加速世界において、僅か5人しかいない。リアルの人間に近い容姿を持つ、デュエルアバターだ。

 

「危ないところだったわね。あの砲撃を受けていたら、流石にあなたでも無事ではすまなかったんじゃないかしら?」

 

 ゴールドソーの指摘にムッとした表情を浮かべ、顔を背ける。

 

「……あれくらい、私一人でもどうにかできた」

 

 負け惜しみに近い言葉なのは、本当は理解していた。

 あの瞬間。赤の王――スカーレット・レインの存在は、完全に意識の外にあった。彼女の武装はどれも威力が高く、範囲が広い。自分だけならともかく、ネガ・ネビュラスのメンバーまでまき込んでしまうような攻撃をするとは考えもしなかった。

 

 ゴールドソーに助けられていなければ、危なかったのは間違いない。

 

「それにしても、相変わらず便利な能力。離脱(リーブ)ポイントまで、一瞬で移動できるんだから」

「ふふ、私は鴉くんのような飛行アビリティの方が夢があって羨ましいわね」

 

 空間操作。それが、ゴールドソーが虚の世界より引き継いだ能力だ。

 地面に作り出した影に潜伏して自在に移動し、遠く離れた場所まで転移することもできるアビリティ<潜影(シャドウ・ダイブ)>。

 巨大な目を空中に出現させ設置しておく事で、様々な場所を偵察、監視することが可能なアビリティ<透視探知(サーチ・アナライズ)>。

 類稀なる諜報力と移動能力。それが彼女の真骨頂であり、ハルユキ達が無制限フィールドにダイブした時間、場所を特定したのもゴールドソーである。

 

「あら? 向こうで動きがあったみたい」

 

 監視の目から送られてくる映像を見ていたゴールドソーの呟きに、BRSもそちらに顔を向ける。

 加速世界随一の火力を誇る、赤の王のメイン武装による砲撃だ。流石のディザスターでも大ダメージを受けたのは間違いない。

 一時的なものとはいえ、共闘する形になったネガネビュラスの3人の安否も気になった。

 

「……そう、まだ終わってはくれないみたいね」

「これって、いったいどういうこと……?」

 

 BRSが見たのは、ディザスターに捕まり吊るし上げられたスカーレット・レインの姿だった。

 ぐったりと抵抗なくぶら下がったスカーレット・レインは、全てを諦め闘志を失ってしまっているように見える。ゴールドソーに助けられてからまだ時間はそこまで経っていないはずなのに、一体何があったのだろうか。

 

 どうであれ、戦いはまだ終わってはいないらしい。

 Black Blade(ブラック・ブレード)を握る手に、力が篭もる。

 BRSは強い闘志を瞳に宿しながら、じっとディザスターを見つめていた。

 




ブラック★★ロックシューター DAWN FALL 放送記念に更新してみました。

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