クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第二十七話

 加速世界。日本全土に張り巡らされたソーシャルネットカメラによって実現したその場所は、誕生より幾年もの月日が経過した今も尚。極限られた者達だけが知りうる、秘された仮想空間となっているのが現状だ。

 現実における一秒を、一千倍にも引き伸ばすことが可能な世界。そのメリットは、当然ながら計り知れないものがあった。思考を加速させる力は、現実での様々な物事で活用することができる為だ。その最たる例の一つに、スポーツが挙げられる。一千倍にも引き伸ばされた感覚を持ってすれば、圧倒的な優位を得て試合に臨むことができるからだ。スポーツの各分野で世間に注目されている成績優秀者が、バーストリンカーであったというのは少なくない。

 それは彼――黄の王イエロー・レディオにしてみれば、あまりにくだらないことだった。

 

 偶然手に入れた借り物の力を使い、他者からの賞賛を得たところで一体何になるというのか。

 そもそも、借りた力が何時までも自分のものであるという保障もないのだ。

 一度でも加速の力を使ってしまえば、もう抜け出すことはできなくなってしまう。

 嘘を隠す為にまた嘘を重ねるように、加速の力を使う頻度も増えていく。

 加速コマンドを使用する為に必要なポイントを貯めるには、対戦で勝たなくてはならない。

 しかし、ポイントを集めることで躍起になっているような精神状態では、自然と焦りが生まれてしまうものだ。

 そんな中で対戦を繰り返しても、安定した勝利を収められるはずがない。

 

 つまるところ、末路など初めからわかりきっていたということだ。

 

 レディオにとって、そんな彼らを眺めることは最高の愉絶だった。

 加速世界という場は、彼にしてみればこれ以上のない遊技場であり舞台装置(ステージ)なのだ。

 純色の七王などという大層な呼ばれ方をされ、六大レギオンの長を務める立場となった今でも、それだけは変わらない。

 二代目赤の王スカーレット・レインを罠に嵌めたのも、お気に入りの役者であったライダーの後釜に座ったのが気に入らなかったというだけ。前人未到のレベル十到達にも、実をいえば大した興味を抱いてはいない。どこまでも自身の享楽に忠実な道化師。誰かを楽しませるのではなく、自身が楽しむ事をなによりの目的としたピエロこそが、レディオの本質だった。

 

 

 

 振り抜かれた一刀は、敵を断つことなく弾かれる。

 すかさず二刀目を放とうとするも、鋭い前蹴りが迫り許してはくれない。

 後方へと飛び退くことで回避したが、敵は突き出した足を利用して地面を砕きながら一歩を踏み込んできた。

 器用にもくるくると回転させながら放つ一撃は、非常に読みにくい軌道を描いて襲ってくる。

 かろうじて防いだが、その衝撃で電流が走ったような痺れが両手へ伝わった。

 

「くっ――――!」

 

 苦しげに呻きながら、BRSはさらに数歩後退する。

 追撃のチャンスであったが、レディオは嫌な笑みを浮かべたまま仕掛けなかった。

 つい先刻、カウンターからの一閃で装甲を斬り付けられたことを気にしてのことだろう。

 さらにいえば、彼にとって重要なのは目の前の相手を倒すことではないのだから。

 

「おやおや、どうしたのですかBRS。そんな調子では何時まで経っても、私を倒して向こうの救援に行くことなどできませんよ?」

 

 クク、と笑みを漏らしつつレディオが挑発してくる。

 悔しげに歯をかみ締めるが、状況を好転させる一手は思い浮かばなかった。

 黒の王ブラック・ロータスが、戦力として数えられなくなったのが大きい。

 レディオとの戦いの最中。BRSは何度かもう一方の戦場を横目で確認していたのだが、完全に押されていた。

 スカーレット・レインは強大な遠距離火力を誇るが、弱点もまた存在している。事実、重要な武装の一つであるミサイルポッドが。彼女対策に連れて来たのであろう、ジャミングを発生させる後方支援型のアバターにより無効化されてしまっていたのだから。

 

 シルバークロウとシアンパイルが善戦してはいるものの、倒されるのは時間の問題だった。

 

「他人の心配をしている余裕が、今のあなたにあるんですかねッ!」

 

 焦りを隙と見たレディオが一息で間合いを零にし、閃光にしか見えない速度でバトンが突き出される。

 

「舐めるな――――――――ッ!」

 

 咄嗟に愛刀を振るって弾き、激しい火花と衝撃が空間を揺らした。

 両者の獲物が鍔迫り合い、拮抗する中。BRSはぎりっと歯軋りを鳴らす。

 

 間接攻撃を得意としたデュエルアバターである黄の王レディオが、ここまでの近接戦闘力を持っていたとは誤算だった。

 烈火の気合を持って繰り出した一閃を、目の前の道化師は容易く相殺してくる。

 俊敏さでは決して負けてはいない、むしろ勝っているといってもいい。

 しかし、戦いの巧みさでは敵のほうが一歩も二歩も上をいっていた。

 攻撃から次の攻撃へと移る際の隙の無さ。崩された姿勢からでも正確に相手を捉える、バトン捌きと蹴り技。

 幾度かもわからない撃ち合いの後、二人は互いに飛び退いて間合いを離す。

 

 相対する敵の力を過小評価していたことを、BRSは今さらになって後悔していた。

 

「ふむ、存外になかなかしぶといですねぇ。私が直に手を下すのですから、もっと早くかたがつくと思っていたのですが。これは少し驚きです」

「そう、なら早く諦めて帰ってほしいのだけれど」

 

 相手の安い挑発を、BRSは特に深く考えることなく軽口で返す。

 しかしそこで、ふむ。とレディオがあごに手を当てて思案するしぐさを見せた。

 

「では、こうしてはどうでしょう。私達がこの場であなた方を見逃す代わりに、一つ条件を飲んでもらうというのは?」

「何……?」

 

 意外な提案に眉を顰めるBRSだったが、続いて出された条件はさらに思わぬものだった。

 

「あなたのお仲間に、チャリオットというデュエルアバターを持つリンカーがいるでしょう? 私は彼女を勧誘したいと前々から思っていましてねぇ。機械仕掛けの蜘蛛型戦車という希有な強化外装、両足に装着したタイヤを利用して自在に動き回る移動術。ギミックに富んだ彼女の戦闘は、この私のような曲芸士を彷彿とさせて実に面白い。我がコズミック・サーカスにこそ、彼女のような人材は相応しいと常々思っていたのですよ」

 

 一瞬、BRSは目を丸くした。それだけ予期せぬ話だったからだ。

 こちらを惑わす為の策略かと、反れかけた思考を敵の一挙一動に集中するが。

 手に持っていたバトンを消し、レディオは腕を組んでみせた。どうやら本気で言っているらしい。

 

「断る、あなたのような胡散臭い奴に大切な仲間を渡せない。そもそも、チャリオット自身が了承するわけがない」

「胡散臭いとは、全く酷い言われようです。……まぁ、断られるだろうとは思っていましたよ。では、遠慮なく倒させてもらうとしましょうか。ここであなたを叩き潰して私の実力を示しておけば、次に彼女と出会った時に勧誘がしやすくなりますからねぇ」

 

 どうやら勧誘の件について、諦めるつもりはさらさらないようだ。

 厄介な存在に目を付けられた親友に同情しつつも、ぐっと手足に力を入れて仕掛けようとした――その時。

 

「何を……何をそんなところで無様に這っているんですか、先輩!」

 

 地の底から吐き出されたような重く低い声が耳に入り、機先を削がれることになった。

 

   ☆☆☆

 

 戦況は最悪といっていいほどに追い詰められていた。

 戦端が開かれた直後こそ、赤の王スカーレット・レインの凄まじい遠距離火力によって有利に思われた。

 しかし、仮にもレベル九に達したバーストリンカーである彼女を相手にする上で、策士を自称する黄の王レディオが何の対策も用意していない筈がない。ジャミングを発生させるという特異な能力を持つアバターが登場したことにより、レインの武装の一部が無効化。さらにシアンパイルは武者の姿をした刀を持つ敵に抑えられ、シルバークロウもまた発電タイプの敵が投擲したワイヤーに捕まり、全身へ流れる電気のせいで身動きが取れなくなっていた。

 

「くそっ、どうすれば……どうすればいいんだ。このままじゃ、このままじゃニコが、タクが!」

 

 地面に這い蹲り、やっとの思いで顔を上げたハルユキの目に入ったのは、いまだ糸の切れた人形のように沈黙し続ける憧れの人の姿だった。

 先代赤の王――レッド・ライダーを不意討ちで倒してしまったことを、あの人が今でも深く悔いているのは知っていた。当の本人である黒雪姫が、苦痛と悲しみに満ちた声で詳細は伏せながらも話してくれたからだ。

 

「先輩、黒雪姫先輩……!」

 

 ブラック・ロータスとレッド・ライダーの間に、どんな深い絆が結ばれていたのかなんてわからない。あの人の心の傷を理解できない自分が、こんな事をいう権利なんてないのかもしれない。でも、それでも――ハルユキは突き動かされる熱い想いのままに叫んでいた。

 

「何を……何をそんなところで無様に這っているんですか、先輩! あなたは、あなたは前人未到のレベル十に到達し、この世界の先を見てみたいと僕に語ったじゃないですか! あらゆる障害を切り倒し、なぎ払って、最後の一人になるその時まで止まらないと、あなたは他ならない自分自身に誓ったはずでしょう! 黒の王、ブラック・ロータス!!」

 

 

 りぃん、という音が聞こえた事を、最初に気づいたのは誰だったか。

 

 

 闇色に閉ざされていた頭部のゴーグルが、ヴァイオレットの輝きを宿す。

 力なく投げ出されていた四肢が、力強い駆動音を鳴らしてぎらりと光った。

 その時、レディオやBRSを含めた全てのアバター達の視線が一点に集中した。

 零化現象から蘇り、美しくも恐ろしい闘気を纏いながら立ち上がった一人の王のもとへ。

 闘志という名の生命を吹き込まれた黒の王ロータスは、今此処に戦場へと舞い戻ったのだ。

 

「すまない、どうやら心配を掛けてしまったようだな。ハルユキ君」

「先、輩……」

 

 その声は何時ものように、どこまでも優しくそして厳しい響きを持っていた。

 

「レギオンマスターであるこの私が、君達の足を引っ張ってしまった汚名はこれから晴らさなければなるまい。……それとな、何時までも転がってないで片手を地面に突き刺してみろ」

「え? あ、はい」

 

 言われたとおりに地面へ片手を突き刺すと、全身を縛っていた電流がみるみる内に抜けいくのが感じられた。始めはその理由がわからずに目をぱちくりさせて疑問を浮かべるも、すぐに理解してあっと呟く。

 

「そうか、アース……」

「技の特性を考えれば、初見で気づく事もそう難しくはなかったはずだぞ。……さて、後は自分でできるな」

 

 ロータスは今の戦況がどうなっているのか、ぐるりと周囲を一瞥しただけで看破したようだった。レディオと対峙するBRSの姿を目にした際、少しだけ目の輝きが増したようにもみえたが。

 まずは捨て置くべきと判断したのか、シアンパイルとスカーレットレインに群がっている敵の近接系アバター達へと狩るべき獲物の照準を定める。

 

「私と戦う者にはこの痛覚二倍の無制限フィールドにおいて、強い痛みを伴う部位欠損ダメージを味わって貰わなければならないが。よもやいまさら嫌とはいうまいな!」

 

 電流より開放されゆっくりと立ち上がるハルユキの前で、加速世界で最も名の知れた七王の一人にして反逆の王。ブラック・ロータスが反撃の狼煙を上げようとしていた。

 

 

 

 一方その頃――――

 

 

「クシュンッ!?」

「あら、どうしたのカガリ? 風邪でも引いたの?」

「うーん、わかんない。なんか急に背筋にゾッとするような寒気が走った気がして……」

「? とにかく、体調には気をつけてね」

「はーい、もうヨミは心配性だなぁ」

 

 リアルでは一人の黄色い少女が、見に覚えの無い悪寒に可愛らしいクシャミをしていたそうな。

 

 




ディザスターを倒したら完結にします。

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