クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第二十六話

 唐突な乱入者の登場で、クレーターを包囲するように集結していた黄のレギオン――クリプト・コズミック・サーカスのアバター群が数歩後ずさる。誰の目からも明らかに、動揺しているのが見てとれた。つまり、これは彼らにとっても想定外の事態なのだ。

 

 しかし、それはハルユキ達もまた同じだった。

 

 BRSが何故こんな場所に現れたのか、何故自分達を助けるような真似をしたのかなど知る由もない。緊迫した空気が漂いはじめる中、最初に言葉を発したのは黄のレギオンメンバーで唯一人、その場から一歩も動かずに佇んでいたレディオだった。

 

「全く、今宵の演目は予定にないゲスト出演者が多くて困りますねぇ。私が用意した舞台に立ちたいと思ってしまうのは、まぁ分からないでもないですが」

 

 困ったものです、といわんばかりに肩を竦めて見せる。

 誰が立ちたいものか、と嫌そうにハルユキ達が眉を顰めるのもお構いなしだ。

 

「さて、それでは一応聞いておくとしましょうか? ブラック・ロックシューター、どうしてあなたがこの演目に横槍を加えたのか。私達の邪魔をしようとしているのか、をね」

 

 不気味な笑みを貼り付けたその表情に変化は見えないが、その言葉には僅かな苛立ちが含まれているように感じれられた。自身の描いていた展開とは大きく異なった今の状況に、相当な不満があるのだろう。

 

 だがそんなことは関係ないとばかりに、BRSはちらりと後方にいるレインを見てから鋭い視線でレディオを睨み返す。

 

「私の目的は、復活したクロムディザスターの暴走を止めること。レギオンマスターのスカーレット・レインなら、断罪の一撃を使用して奴のポイントを一度に全損させられる。だからイエロー・レディオ、貴方が彼女を狩るのは見過ごせない」

「ちょっと待った、あたしはそんな話聞いてねぇぞ」

 

 淡々とした、事務的な響きしか感じられない声で宣言するBRSに、それまで状況を見守っていたレインが疑問を呈した。

 

「確かにあんたのお仲間のデッドマスターとかいう奴に、こっちの事情はあらかた話したけどよ。でもクロムディザスター……、ルークがこっちにダイブする時間までは教えてなかったはずだし、だいたいどうやってあたし達の居場所を突き止めやがったんだ? そもそも前の対戦の一件といい、胡散臭すぎるぜあんた等」

 

 それは確かに気にせずにはいられない問題だった。クロウとタクムもまたBRSの背中へと意識を向ける。しかし、幾つもの視線を一身に浴びることとなった黒衣の少女は、前方のレディオから視線を逸すことなく返答する。

 

「私達が怪しいというのは、貴方達から見ればその通りかもしれない。でも、今はそんな事を気にしていられる状況ではないはず。信用できないからといってせっかく窮地に現れた救援を蹴るなんて真似を、仮にも一大レギオンの長を務める貴方がしていいのか。スカーレット・レイン」

「チッ、言ってくれるじゃねーか。だがそこまで大きく出た以上、期待してもいいんだろうな? 周囲を取り囲まれたこの状況、どうやって打開する気なのか教えてもらおうかね」

「決まってる、全部倒してしまえばいい」

 

 こともなげに言い切って見せたBRSに、ハルユキもタクムも絶句した。

 

「な、何を言ってるんだ! 僕達は無力化してしまったマスターを除けば貴方を含めてもたったの四人、相手はざっと見て三十人以上はいるんですよ。どう考えても無謀です!」

 

 必死に反論するシアン・パイルにクロウがこくこくと頷いて賛同する。

 少なくとも七倍以上の戦力差があるというのに、殲滅作戦を行うなど正気とは思えない。

 だが、意外にもレインは数秒の思考の後に賛同する意志を見せた。

 

「厳しいが、まぁそれしかねぇだろうな」

「ニコ!?」

「赤の王!?」

 

 驚愕するクロウとパイルを、レインは右手を上げて制した。

 

「まぁ、黙ってあたしの話を聞け……正直に言って、逃げるにしても身動きの取れないロータスを連れてじゃあ難しい、完全に方位されちまってるしな。ならいっそのこと、あたしが強化外装を装着しちまえば多人数相手でも十分に戦えるってこった」

 

 言われてみれば確かに悪くない考えにも思えてくるが、これだけの数的不利を覆せるのかという不安は残る。

 

「しかし……」

 

 尚も渋るようにタクムは呻くが、最早これ以上の話し合いの余地は残されていなかった。

 BRSが初手を完全に迎撃した事で動揺していた黄のレギオンメンバー達が、レディオの手により落ち着きを取り戻しつつあったからだ。初撃を行った遠距離火力の部隊も、すでに武装のリチャージを終えている頃だろう。

 

 此処で戦う以外に術は無いと判断したレインは、両手を高々と天に掲げ己が相棒に向けて咆哮を上げる。

 

「来いッ! 強化外装――――――――ッッ!!!」

 

 ゴウッ、と燃え盛る火焔がレインを包み込み、炎と共に真紅の物体が次々に出現する。

 一つ一つでもかなりの大きさを持つ紅い部品が、連結して巨大なナニかへと変貌していく。

 十秒にも満たない時間が経過した時には、クレーターの中心に巨大な要塞が鎮座していた。

 

 これこそ、二代目赤の王スカーレットレインの真の姿。《不動要塞》とも称される彼女が誇る遠距離火力の集大成だ。その威容の前に、落ち着きを取り戻した筈の黄のレギオンメンバーが再び慌てふためきだすのがはっきりと見てとれた。

 

 しかし、それもまた束の間の内に掻き消される。

 

「案ずることはありません! 我がクリプト・コズミック・サーカスは予定通りに、スカーレット・レインの首を狩るだけです! 低レベルの有象無象が数人加わった程度で、私が書いた脚本には何の支障も無い!」

 

 張り上げるような叫び声で、レディオが今一度自身の部下達を一喝する。

 流石というべきか、浮ついていた空気は瞬く間に消え去った。

 黄の王は統率者として、彼らからそれなりの信頼は得ているらしい。

 

「挨拶代わりといっては何ですが、まずはこれをプレゼントしてあげましょう。有難くお受けなさい――――― 愚者の回転木馬(シリー・ゴー・ラウンド)!」

 

 レディオの両手に黄色い光の球体が発生し、それに合わせてハルユキ達の頭上に位置する空間がぐにゃりと歪む。幻惑系必殺技の発動。遊園地にでも置いてありそうな玩具の木馬が歪んだ箇所から次々と出現し――、

 

「謹んでお断りさせてもらう――槌技《ウォーハンマー》!」

 

 その効果を発揮することなく、瞬時に破壊し尽くされた。

 

 虚空より取り出した巨大な鉄槌を、BRSが勢いよく地面に叩きつける。たったそれだけで、空中に浮かんでいた全ての木馬が粉砕されたのだ。この場にいる誰もが驚きに目を見開く中、最も信じられなかったのは必殺技を発動させたレディオ本人である。これまで保ち続けてきた余裕を全て失ったかのような平坦な声で、黄の王は呻いた。

 

「……なぜ、一体何をしたというのです? 実体を持たない幻影の木馬が破壊されるなど、有り得ない」

「別に、何も特別なことはしていない。例え実体がなくても目に見えて存在しているのなら、私はそれを破壊することができる。ただ、それだけだ」

 

 槌技ウォーハンマーは自身を中心として周囲のオブジェクトにダメージを与える範囲系必殺技であり、幻影である筈の木馬を破壊することができたのはBRSが持つ固有技能《アクティブ・スキル》のおかげだ。虚の世界より引き継いだその特性――《世界の破壊者》により、システム上では破壊不可能な物質や幻影でも関係なく彼女は破壊することができる。

 

 BRSにしてみれば、この結果は至極当然のモノに過ぎないのだ。

 

 けれど――、レディオにとってそれは大きな屈辱だった。本当に、別に誇るようなことでもないといったBRSの態度にピエロを模した彼の顔が歪む。己の必殺技を無効化しておきながら、造作も無いといった表情をされるとは。苛立ちで思考が熱を帯びるのを感じながらも、王としての立場から平静を装う。

 

「前々から思っていましたが、やはり貴方は私とは相容れないようですね。……いいでしょう、今ここで潰してしまえば後の憂いの一つが減るというものです。ブラック・ロックシューター、貴方はこの私が直接手を下して差し上げますよ―――― 多重残像(マルチ・ビジョン)!」

 

 技名発生と同時。レディオの身体が黄色く発光し、複数体に分裂した。

 

「幻影……」

 

 BRSは呟き、小さく舌打ちする。黄の王が幻覚・幻惑系攻撃のスペシャリストだと噂には聞いていたが、実際に目の当たりにしてみると予想以上に厄介だと。五感の中でも重要な情報源となる、視覚がまともに機能しないのは大きい。

 

「この私の前に愚かにも立ち塞がった事、その身を持って後悔させてあげましょう!」

 

 三体に分かたれたレディオが一斉に地面を蹴り上げた。

 前方と左右。三方向から距離を詰めてくるのを、BRSはその場から動かず迎え撃つ。

 本体がどれなのか見当もつかない以上、下手に動くべきではないと判断して。

 

 直後――貫くような怖気が背筋を走り、咄嗟にしゃがみ込む。

 

 その判断が正しかった事は、頭上を高速で通過した物体が証明していた。一体何時移動したというのか、背後へ回り込んでいたレディオが何処からか取り出した長大なバトンを横薙ぎに振るったのだ。危うく避けていなければ頭部を打ち抜かれていただろう。嫌な冷や汗が流れるのを感じながらも、BRSは地面に両手をつきながら後方へ右足を振り上げ蹴りを放つ。レディオが身を引いた為にこれは空を切るが、その勢いを利用し軽やかに側転することでお互いに向き合う形へと持っていく。

 

「前から向かってきた三体は、皆幻影だったのか」

 

 忌々しそうに、BRSは目の前で嫌な笑みを浮かべる黄の王を睨む。

 射抜くような視線を浴びながら、レディオはまったく動ずる気配を見せなかった。

 

「完全に隙を突いたと思ったんですが、なかなか良い反応をしますねぇ」

 

 トン、という力強さを感じない軽い踏み込み。しかし生み出された速度は突風の如し。

 瞬時に間合いを詰めたレディオから強烈な前蹴りが放たれる。

 予測を遥かに超えた旋風を連想させる蹴撃に、回避しきれないと判断したBRSは両腕をクロスさせて防ぐが途轍もない衝撃が迸った。

 

「くうっ――!」

 

 大型トラックと衝突したような圧力に襲われ、苦痛の呻き声を漏らす。

 ひょろ長い見た目をしたアバターの一体何処にこれだけの力があるのか。

 踏ん張りがきかずに砂塵を巻き上げ大きく後退しながらも、BRSは無手では厳しいと己が愛用する近接武装を手元に呼び寄せる。

 

「装着――ブラック・ブレード」

 

 深みのある漆黒と鮮やかな白銀の二色に輝く刀を掴み、さらなる追撃を仕掛けんと肉迫するレディオへ逆に踏み込みながら烈火の剣閃を見舞う。しかし相手はこの反撃を予想していたのか、巧みにバトンを操って斬撃の軌道を下にそらして見せた。攻撃を受け流されて無防備になったところへ、必殺の意思を乗せた上段からの一撃を振り下ろす。

 

 勝利を確信したレディオがにやりと笑みを作り、だがそれよりも早く鋭い痛みが身体に走った。

 

 攻撃を捌かれ体勢を崩したかに見えたBRSが、渾身の力を足に篭めて踏み止まり素早く手首を返して刀を振り上げたのだ。これが攻撃に意識が移っていた黄の王へカウンターとなり、装甲ごと胴を斬り裂いたのである。

 

「ぐがぁぁっ!」

 

 痛みの余り叫び声を上げつつ、レディオが後ずさる。

 それを好機と見たBRSは地面を力強く蹴り上げ、必殺技の発動体勢に入った。

 かつて非常に優れた反応速度を誇るクロウが、まだレベル一であったとはいえ全く対応できず真っ二つにされた剣閃が放たれる。

 

「剣技――《ブレード・キル》!」

 

 知覚することすら難しい剣速。空気すらも断ち切るような、飛燕の一閃が振り抜かれた。

 事実。レベル九であり王の一角たるレディオですら、避けることも防ぐこともできずに両断されて――――霞むように霧となって消滅した。驚愕にBRSは目を見開く。傷を受け後退した時、いつの間にか幻影とすり替わっていたのだ。

 

「残念、それは外れです」

 

 間近から声が聞こえ、その数瞬の後。打ち据えられるような痛みと衝撃が腹部を貫く。

 

「ッッ――――!!」

 

 歯を食いしばって苦痛に耐えるも、両足が地面を離れたBRSは滑空するように十メートル以上も吹き飛ばされ地面を転がった。




イエロー・レディオは小物臭い振る舞いに反して実は非常に強いに違いない……。
なんて個人的には予想しています。
というわけでこの作品の黄の王は少なくともユニコちゃんより強いのです。
すごいぞレディオ、強いぞ格好良いぞー!
まぁ緑や青といった他の王達がどれくらい強いのか原作全部読んでない私は知らんのですが()

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