クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第二十四話

 リンク・アウトのコマンドと共に、仮想空間より現実へと戻ったハルユキ達だったが。

 四人の間には重苦しい空気が漂っていた。しかし、それは無理もないことかもしれない。あれ程の映像を見せられたら、誰だって身体が強張ってしまうに決まっている。

 

 ――タクムもニコも黙った黙ったままだ、何より……。

 

 ちらりと視線を右に向ければ、当事者である黒雪姫ですら固い表情を見せていた。この状況で話しかけるのは躊躇われたが、兎も角。このまま黙っていては話が進まないので、ハルユキはニューロリンカーからケーブルを引き抜きつつ重い口を開く。

 

「本当に……、あいつはバーストリンカー何ですか? あの理性の欠片も感じない化け物が、僕達と同じ生身の人間だなんて」

 

 信じられない、信じたくなかった。しかし返ってきたのは、ハルユキが望むものとは逆の答え。

 

「それは間違いねぇよ。今代の奴も戦い方は同じようなもんだからな。……まぁそれはそれとして、最期にディザスターを一閃した奴の姿。あれはどういうこったよ、黒の王」

 

 ギロリ、と目を鋭くしたニコが黒雪姫に問う。

 

「4代目を討伐したのは、あんたを含めた七王だってあたしは聞いたんだがな。何だって、あのブラック★ロックシューターが出てくるんだ?」

 

 それは当然の疑問だった。ハルユキやタクム、三人の視線が黒雪姫へと集中する。無言の圧力が彼女へと無向けられたが、福生徒会長という立場で他人に見られることに慣れている黒雪姫は動じなかった。

 

「私を含めた純色の七王が奴を葬る計画を立てたのは確かだが、別に七王だけで戦ったわけではない。他のハイレベルなバーストリンカーもあの戦いには参加していたんだ。その中に彼女――、ブラック★ロックシューターも参加していたというだけのことさ」

 

 しれっとした態度で告げられ、流石のニコもぐっと押し黙るしかなかった。

 チッと舌打ちをした後、むすっとした顔を見せる。

 

「そうかよ、だが奴が前の戦いに参加してたってんなら、あたしの方からあんた達へもう一つ伝えなきゃなんねぇことがある」

「ま、まだ何かあるの?」

 

 これ以上悪い知らせを聞かされるのは勘弁してほしい。そんなハルユキの内心を知ってか知らずか、ニコは不機嫌そうに腕を組みながら話を続けた。

 

「あんた達と接触する為に近くの喫茶店で張っていた時、あたしはあるバースト・リンカーに対戦を仕掛けられた。でかい鎌を持った髑髏を操る奴だったんだがな、問題はそいつのアバター名がデッドマスターだったってことだ」

 

 デッドマスター。その名前を耳にして、最も敏感に反応したのは黒雪姫だった。

 

「何……、デッドマスターだと?」

 

 片眉を尖らせ、黒雪姫がその名前を低い声で呟く。ハルユキにとっても目にした事こそないが、何度か聞いたことのある名だった。王に並ぶ実力を持つとされる規格外なバーストリンカーであり、自身が完敗した相手――ブラック★ロックシューターの仲間の一人。

 

「あたしだって、名前くらいは当然知ってたぜ。六大レギオン同士の間で不可侵条約が結ばれた今の上の世界じゃ、最も注意すべき勢力だからな」

 

 数十人以上の規模を持つ六大レギオンの一角。それが二代目の王となったユニコが率いる赤のレギオン――プロミネンスだ。当然ながらその勢力は他の中小レギオンとは比べようもないのだが、たった一つだけ例外が存在する。それこそがブラック★ロックシューター、デッドマスター、チャリオットのたった3名からなるチームだった。

 

「けど不可侵条約が結ばれた後、奴らが六大レギオンに喧嘩を売るようなことは一度もなかった。前と変わらずエネミー狩りに御執心だったみたいだぜ。……つい数ヶ月前までは、だけどな」

「それって……」

 

 数ヶ月前と聞いて、ハルユキの脳裏に過ぎったのはある対戦だった。己の師である黒の王、ブラックロータスが復活を宣言した際に、突如として姿を見せた一人のバーストリンカーとの激闘。ハルユキがバーストリンカーとして加速世界に身を投じて以来、初めて相対した真にハイレベルな強敵――B★RS。その仲間であるチャリオットとロータスの一騎打ちだ。

 

「ロータス、あんたがチャリオットと一戦を交えてからだぜ。奴らが上の方で目立った動きを見せなくなったのは」

 

 何か知ってることがあんなら教えろ。といわんばかりのユニコの問いかけに、黒雪姫は肩を竦めるだけだった。

 

「むしろ、私の方が知りたいくらいだよ。あの一戦を終えてからというもの、何の音沙汰もない状態が続いていてな」

 

 その言葉は嘘ではなかったが、しかし全てでもない。ハルユキ達が知りえている情報の一つに、恐らくは他のバーストリンカーが誰も手にしていないであろう重要なものがあった。

 

 それは――B★RSが、梅郷中の生徒の誰かである可能性が高いということ。

 

「あ、あのぅ……」

「ん? どうした、ハルユキ君」

 

 ハルユキはそのことを思い出し思わず口を開きかけるが、黒雪姫に視線で制されてしまった。つまり、わざわざ教える必要はないと彼女は判断したのだろう。ユニコとはあくまでも一時的に手を組むことになっただけなので、余計な情報は与えるべきではないというのは当然かもしれないが。

 

「あ、いえ……何でもないです」

 

 喋りかけたのをごもごもと口ごもってしまった為に、ユニコが訝しむように視線を投げかけてきたが、黒雪姫がとりなすように話を戻す。

 

「とにかく、奴らがクロムディザスターを狙っていたとして私たちがやることは変わらないんだ。ならば、捨て置いて問題はあるまい。目的が同じなら敵対することもないのだからな」

「……もし、奴らの狙いが災禍の鎧だとしたらどうすンだよ?」

 

 黒雪姫は少し考える素振りを見せたが、それは無いと否定した。

 

「いや、恐らくだがそれはないな。前回の討伐作戦でも向こうから協力を申し出てきたのだから、今になって手に入れようとは思うまい。流石に奴らでも災禍の鎧は手に余る代物なのだろうさ」

「まぁ、確かにあんな物騒な代物。利用するにしてもリスクがでかすぎるのは確かだけどな」

 

 二人のB★RSに対する話し合いが一段落ついたところで、難しい顔のまま黙って聞いていたタクムが口を開く。

 

「それでマスター、彼女と協力してディザスターの討伐するかどうかについてですが。正直に言って僕は反対です」

「ええ!? な、何でだよタク!」

「ハル、正直に言ってこの話はリスクが大きすぎるんだよ。いくらマスターが王の名を冠する実力者だといっても、僕達の陣営はたった3人の弱小レギオンでしかない。無制限フィールドは同数対戦という縛りが存在していないんだ、つまり――」

 

 ちらりと隣に座るユニコへ視線を送り、眼鏡のブリッジに指を当てながらタクムは指摘した。

 

「この頼み事の全てが偽りで、赤の王が用意した罠であるという可能性も考えなくちゃいけない。前人未到のレベル十に到達する為の条件、レベル九プレイヤーの首を取るという企みであるかもしれないんだ」

 

 鋭く容赦のないその言葉に、ハルユキは何も言えなかった。助けてあげられたらいいな、程度にしか考えていなかった自分が酷く情けなく思う。タクムの推察は何も間違ってはいない、少し考えれば分かることだったのに。

 

 タクムは強い熱の篭った視線で隣に座る幼い少女を射抜く。しかし――、

 

「言ってくれんじゃねーか、シアン・パイル。なら見せてやるよ、こいつがあたしの覚悟だ」

 

 ユニコは全く怯むことなく言い放った。ポケットの中から出した右手で軽く仮想デスクトップを操作し、半透明のネームタグを表示させる。最初の自己紹介で既に見ていたものであったが、今度は少しばかり大きい。それには本名だけじゃなく、住所まで記載されていたからだ。

 

「赤の王、あなたは――」

 

 流石のタクムも、気圧されたように口ごもった。当たり前だ、本名だけでなく住所まで晒してしまうなんて正気の沙汰じゃない。バーストリンカーなら誰もが禁忌するリアル割れを、何ら躊躇うことなく行ったのだから。

 

「あたしが向こうで裏切ったなら、いつでもこっちでケジメを付けに来りゃいいのさ。リアルサイドじゃあ、あたしは何の力もない唯のガキでしかないからな」

 

 勇敢というには余りに危険すぎる、無謀ですらある覚悟だった。いや、ユニコにとってもこれは大きな賭けだったのだとハルユキは気づく。よく考えてみれば、ブレインバーストなんてお構いなしに暴力で脅される可能性だってあったのだ。他のレギオンメンバーを連れてくることもせず、単身で敵地へ乗り込んで来ているのだから。

 

 しん、と静まった空気を破ったのはユニコと同じ王の名を持つ黒雪姫だった。

 

「ふっ、伊達に王を名乗ってはいないということか。いいだろう、小娘。我がレギオン――ネガ・ネビュラスが貴様に協力してやろうじゃないか」

「マスター!」

「何、心配はいらないよタクム君。仮にこの申し出が罠であったとして、その時は突破すればいいだけのことだ」

 

 絶対の自信を込めて、黒の王――ブロックロータスとして黒雪姫は宣言する。

 

「プロミネンスのメンバーがどれだけ集まろうと問題はない、むしろ好都合というものだ。その全てを蹴散らして、赤の王スカーレット・レインを討つだけのことさ」

 

 あまりも、あまりな言葉にタクムとハルユキは絶句する。たった三人しかいないネガ・ネビュラスが六大レギオンに名を連ねるプロミネンスを蹴散らすというのだから。そんな中、ククッと笑みを零したのは侮辱にも等しい発言を受けたユニコだった。

 

「流石、加速世界最大の反逆者様は言うじゃねーか。罠に掛けるなんてこすい真似するつもりはねーけどよ、その言葉よーく覚えておくぜ」

「ああ、よく覚えておいてくれ。己が敗北することになるバーストリンカーの言葉をな」

 

 二人の王がばちばちと火花を散らし始めたところで、ようやく我に返ったハルユキがあわてて制止した。

 

「と、とにかく僕達はユニコちゃんに協力するってことでいいんですよね、先輩」

「む、そうだな。クロムディザスターに上の世界で暴れられるのは私達にとっても都合が悪い。今回ばかりはこの赤いのに協力しようじゃないか。タクム君もそれでいいな?」

「わかりましたよ、赤の王の覚悟も見せてもらったことですし。マスターとハルが乗り気なら僕もそれでかまいません」

 

 嘆息交じりタクムが同意し、ネガ・ネビュラスの方針は決定した。

 それを見ていたユニコが、すかさずこの空気が変わらない内にと次に確認しておくべき事を口にする。

 

「クロムディザスターが向こうにダイブする時間と場所は、あたしが責任を持って調べておく。今はまだ、明日の夕方くらい……としかいえねぇが」

「そうか。では明日の放課後に再びここに集合し、無制限フィールドへ向かうとしようか」

 

 ハルユキもタクムも頷き、この場は解散――という流れになったところで爆弾は投下された。

 

「ほんじゃな、博士と黒いの。明日は遅れんなよ~、さって続き続き、まだまだ面白そうなゲームがいっぱい転がってたからなー」

 

 そう楽しげに告げてハルユキの部屋へと走っていくユニコは、初めから帰る気などさらさらなくこの家に泊まっていくつもりだったのだ。当然そんなことを黒雪姫が黙って見過ごすはずもなく、

 

「今日は私も泊まっていく!」

 

 と恐るべき宣言をした。

 明日は今度こそ自室を死守! などと意気込んでいたハルユキは、唖然と立ち尽くしたまま目の前で変な方向へと転がっていく話の流れを聞いていることしかできなかった。

 

「あのー、僕の意思は?」

 

 虚しく虚空へと消えていく呟きに、一人帰り支度を終えたタクムが応えてくれた。

 

「諦めなよ、ハル。……ちーちゃんには、内緒にしておいてあげるからさ。ある意味うらやましいことじゃないか」

 

 タクムの情けが、割りと本気で心に染みる。

 だがこれは今後待ち受ける修羅場のほんの一つでしかないのだが、ハルユキには知る由も無かった。




 まだ覚えている人がいるかもわからないけど一応投稿しておきます。

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