時は遡り、赤の王スカーレット・レインと黒のレギオンネガ・ネビュラスのメンバーが会合する約束をした時刻。
――どうしてこうなるんだぁぁぁ。
そんなもう何度目かも分からない自問自答を、胸の内で零しながら。ハルユキは目の前の状況に頭を悩ませていた。自身が今いる場所は自宅のマンションのリビングで、この部屋は深夜に母親が帰宅するまで何者にも犯されることのない安らぎの地であったはずなのだ。だが――、
「さて、それでは二代目赤の王スカーレット・レイン。一体何の目的があって貴様がハルユキ君に近づいたのか、洗いざらい話して貰おうじゃないか」
仁王立ちで腕を組みながら、威圧するような目で話す黒雪姫と。
「へっ、何を偉そうに。知りたかったら、教えてくださいお願いしますスカーレット・レイン様。って土下座して言い直してみな」
などという恐ろしい台詞を口走りながら、挑発的な笑みを浮かべる上月由仁子がリビングの中央で対峙していた。両者の間には友好的な空気などまるで存在せず、二人の視線の間で激しい火花が飛び散っているようにさえ見えた。そして、その間に挟まれてしまったハルユキはただオロオロするしかない。
ちなみに、彼女達が顔を合わせた際の言葉が「ほう、貴様が二代目赤の王スカーレット・レインか。こいつは赤いな、交差点の真ん中に置いたら車が止まって面白そうだ」に「そういうてめぇの方こそ、真っ黒じゃねえか。真夜中に歩いてたら誰にも気づいて貰えなさそうだな」だった。二人の会話を傍で聞いていたハルユキがひぃーっと内心で悲鳴を上げたのはいうまでもないだろう。
それから少しして、ハルユキの胃が悲鳴を上げ始めた頃。ケーキを手土産にやって来たタクムが「マスターも赤の王も、睨み合っていたところで何の解決にもなりませんよ。家に置いてあったケーキを持ってきたので、これでも食べながら話し合いましょう」と提案してくれて、ようやくピリピリした空気は緩和したのだった。この時、ハルユキが目線で「ありがとうタクム! やっぱり凄い奴だよお前は!」などと血涙を流しながらタクムに感謝して、彼が若干引いてたのは余談である。
「――さて。それでは全員の自己紹介が終わったところで、早速に本題に入るとしよう。まずは赤の王、上月由二子君だったか。貴様がどうやってハルユキ君のリアル情報を割ったのか、聞かせて貰おうか」
リビングに集まった四人が、互いに自己紹介を交わした後――一人だけ本名を名乗らなかった為にユニコが機嫌を悪くして一悶着があったりもしたが――黒雪姫が再び鋭い目で対面に座るユニコを睨みながらそう告げた。いきなり重要な部分へと切り込んだその言葉に、当事者であるハルユキもまたごくりと息を飲む。緊迫した空気が戻っていく中、ユニコは軽く手を振って見せた。
「んな怖い顔しなくても、シルバー・クロウのリアル情報は誰にも教えちゃいねーよ。これは赤の王の名にかけて誓う。突き止めた方法は単純。あたしが小学生だっていう立場を利用して、かたっぱしから学校見学を申し込んだのさ。黒のレギオンの領土である、この杉並区に存在する中学校にな」
「――ふん、なるほどな。学校見学の最中にローカルネットへと接続して、マッチングリストを確認していったわけか。随分と手間のかかることをする」
むっとした表情で不機嫌に顔を顰めながらも、黒雪姫は納得した様子で頷く。だが、それだけではまだ納得できないところがあった。
「しかし、それでは梅里中の生徒の誰かとまでしか判るまい。いったいどうやって、三百人はいる生徒数の中からハルユキ君を特定したのだ?」
黒雪姫の当然ともいえる疑問に対し、ユニコはうぐっと一瞬言葉を詰まらせた。そして二人の会話に聞き入っていたハルユキを横目で睨み、ぶっきらぼうな声を出す。
「いーか、別にあたしはあんたのことをどうこう思ってるんじゃないからな。あたしの目的はデュエルアバター、もっといえば加速世界唯一といわれるその飛行能力だけだ。だから――」
「つまらない前置きはいらん、さっさと本題を言え」
「んなっ!」
どこか言い訳じみたことを話しだしたところへ、澄まし顔をした黒雪姫の横槍が入った。額に青筋を浮かべたユニコだが、気を取り直して続きを話す。
「チッ、……梅里中でシルバー・クロウを見つけたあたしは、道路を挟んで校門を見渡せるファミレスの窓際に陣取って、下校する生徒が門を出てくるたびに加速したんだよ」
何でもなさそうな態度を見せるユニコに対し、ハルユキはあんぐりと口を開けずにはいられなかった。
「そ、それって……どれくらいバースト・ポイントを使ったの?」
数秒の硬直から我に返ったハルユキが、恐る恐る訪ねる。
「二百ちょいかな」
「にっ、二百!?」
同レベルで対戦を行ったとして、二十回分の勝利ポイントだ。思わず驚愕して叫ぶハルユキに、手に持っていたカップを落としかけるタクム、苦笑いを浮かべる黒雪姫。そんな三者三様な反応が、消費したポイントの量の多さを物語っていた。
「成程な、ポイントに余裕があり、小学生である貴様にしかできない方法というわけか。しかしまぁ、見上げた執念だ。まさかとは思うが、一目惚れでもしたのではないだろうな?」
「違うっつの!」
がーっと吠えるように叫んだユニコが、テーブルの下でハルユキの拗ねを蹴った。理不尽な暴力に晒されたハルユキが足を抑えて呻くも、ユニコはまるで気にした風もなく続ける。
「あたしが必要としてんのは、コイツじゃなくてアバターの方なんだよ! わざわざ偽装してこの家に潜り込んだのも、コイツの翼に用があるからだっての!」
「ふぅん、まぁそういうことにしておこうか。それで、飛行アビリティを持つハル――シルバー・クロウにやってもらいたい事っていうのは、結局のところ何だというのだ。赤の王」
冷静に話を聞いていたタクムが、静かな声で続きを促した。蹴られた足の拗ねがまだ痛むハルユキが、誰も心配してくれないことに心中で一人涙していたが。皆気にしていないので特に問題ないだろう。
ユニコは一度口を閉じた後、強い圧力と悲壮感を感じさせる声で告げた。
「飛行アビリティ。加速世界で唯一といわれるその力を、あたしに貸して貰いたい。災禍の鎧を破壊する為に」
災禍の鎧。ハルユキには聞いたことのない代物だった。どうやらタクムの方も同様だったらしく、首をかしげて眼鏡の奥の眉を潜めている。大きな動揺を見せたのは、残ったもう一人。黒雪姫だった。
「災禍の鎧だと!? 馬鹿な、アレは二年前に消滅したはずだ!」
テーブルを強く叩きつけ、珍しく感情を露わにして声を荒げる彼女の姿に、ハルユキは驚く。災禍の鎧とは、それほどまでに重大な意味を持つものなのかと。
「せ、先輩。何なんですか……、その、サイカのヨロイって? 人じゃなくて、モノなんですか?」
そのハルユキの問いかけで我に返った黒雪姫は、ふうっと息を吐いて気を落ち着かせた後。口を開いた。
「そう、だな。それではまず、かつて加速世界に君臨した暴虐の王。クロム・ディザスターについて話さなければなるまい」
それから黒雪姫の口から語られたストーリーは、ハルユキにとってもタクムにとっても想像以上のものだった。
クロム・ディザスター。それは加速世界の黎明期に存在した、一人のバーストリンカーの名だ。メタリックグレーの騎士型強化外装に身を包んだ彼は、凄まじい戦闘力を持ち暴虐の限りを尽くしたという。数多のリンカー達がその餌食となり、手足を捥がれ首を刎ねられていった。しかし、その凶暴性、残虐性ゆえに彼の暴虐は終わりを告げることになる。多くのバーストリンカーの恨みを買ったが為に、当時最高レベルにあったバーストリンカー達が彼を討伐しようと結束したのだ。圧倒的な力を誇ったクロム・ディザスターも、たった一人で数多くのハイレベルリンカーを一度に相手取ることは難しかった。遂にはポイントを完全に喪失し、加速世界での死を迎えた時。彼は最期に一つの呪いを残した。
『俺はこの世界を呪い、穢す。この果て無き憎悪が消える瞬間まで、何度でも蘇り続ける』
それは真実だった。クロム・ディザスターと呼ばれるバーストリンカーは加速世界より退場したが、彼が愛用していた鎧は消えることなく、討伐に参加していた者の一人に所有権が移っていた。そして興味本位か誘惑に負けたか、装備してしまったリンカーの精神を汚染し乗っ取ったのだ。
「同じことが、実に三度も繰り返された……。そして私は二年前と半年前、四代目となるクロム・ディザスターの討伐戦に参加したのだ。他の純色の七王と共にな。その時の戦いは、言葉ではとても言い表せない程に熾烈なモノだったよ」
そこで一旦話を区切った黒雪姫は、突然口調を切り替えた。
「すまない、ハルユキ君。ケーブルを二本用意してくれないか」
「え、ケーブルですか? わ。わかりました。取ってきます」
一体何をするのかと疑問に思いつつも、ハルユキは言われた通りに自室から一メートルと五十センチのXSBケーブルを手に取ってリビングに戻った。
「ちょうど二本だけありました。こっちが一メートルで、こっちは……五十センチです」
「ははぁ、そういうことか。OKOK、あたしが短い方で我慢してやるよ」
とハルユキが差し出したケーブルから五十センチの方をユニコが掠め取ってしまい、また一悶着起こったりして、ハルユキのSAN値がガリガリ削られるなどの問題も発生したが。全員に無事にケーブルが行き渡ったところでタクムが口を開いた。
「マスター、加速するんですか?」
「いや、それには及ばない。全感覚モードにした後、表示されたアクセスゲートに飛び込め。では、行くぞ――ダイレクト・リンク!」
黒雪姫に続き、ハルユキも慌ててボイス・コマンドを叫ぶ。
「ダイレクト・リンク!」
たちまちハルユキの全身を虚脱感が襲い、意識が遠ざかっていった。
今回は説明会になりました。原作と同じようなモノなので省こうかとも思ったんですが、話の流れ的に書くべき部分があったので申し訳ありません。次回も説明が続きますが、許してね。