全武装の射撃準備を完了させたレインは、眼前で建物の上に佇む対戦者をきつく睨んだ。
二つの角を頭部から生やし、黒のドレスに身を包んだその少女。デッドマスターに関してレインが知っている情報は、大まかに三つが上げられる。一つ目はグローバルネット上のマッチングリストに名前が現れたことが一度もないこと。二つ目が一Lvでありながら高い実力を持ち、上の世界と呼ばれる無制限中立フィールドに出入りできること。最後にどの勢力にも属さず中立を維持していることだ。
何故Lvを上げないのか、どんな目的があるのか。それを知っている者はいない。EKを行った相手を粛清している理由も不明だ。リアルで加速の力を利用するために、あえて低Lvを維持しているのではないか。そう考えた者もいたが、彼女たちの行動を考えると辻褄が合わなかった。もしポイントを荒稼ぎするのが目的なら上で無差別に狩りをしている筈だし、通常対戦の場にももっと姿を見せていなければおかしい。
デッドマスターはこれまで、EK利用者の粛清以外には加速世界で表立った動きを見せていなかった。それが何故、クロムディザスターの情報を集めているのか。チェリーに《災禍の鎧》を渡した奴と何か関わりがあるのか。頭を悩ませるが答えは出ない。
思考に耽ったまま、動かずにいるレイン。それに痺れを切らしたデッドマスターが口を開いた。
「急に黙り込んじゃって、どうかしたの。ひょっとして怖気づいたのかしら?」
「言ってな、すぐにその減らず口を黙らせてやるからよ!」
敵のわかりやすい挑発に言い返し、とにかくこの対戦に集中しなければとレインは結論を出す。
――考えてもわからないものはしょうがねぇ。詳しい話は、この対戦で適当に痛めつけてから聞き出せばいいだけのことだ!
答えの出ない疑問には見切りをつけ、先手必勝とばかりに攻勢へ出る。巨大なコンテナの蓋が勢いよく開き、数十にもおよぶミサイル群が姿を現した。白煙を撒き散らしながら射出、標的へ向けて我先にと殺到していく。咄嗟に建物から飛び降りるデッドマスター。だが、自動追尾機能が搭載されていたミサイル群は、
「食らいやがれっ!」
耳をつんざくような轟音が響き渡り、次々と引き起こされる爆発が空間を揺らした。過剰ともいえる圧倒的な火力。並のバーストリンカーなら体力を全損しているだろう。しかし、レインの表情は晴れなかった。何故ならば、デッドマスターのHPバーが殆ど減少していないからだ。
爆発によって立ち込めていた煙が風に流され、激しい爆撃に晒されて見るも無残に荒れ果てた地面が露になっていき、やがて隠れていたデッドマスターが姿を見せる。それを自らの目で確認したレインはぎりっと歯軋りをした。傷らしい傷は見当たらず、ダメージを受けた様子は感じられないデッドマスターが立っているのを目の当たりして。
そして、なによりレインの目を引いたのが数を増やした
「つまらない攻撃ね、埃を巻き上げることしかできないなんて」
「ハッ、そういうてめぇの方こそ。偉そうにぺらぺらと喋ってるだけじゃねぇか、手に持ったその鎌は飾りかっての」
軽口を叩きながらも、レインは頭の中で冷静に今起こった事を考えていた。
地面が抉れるほどの攻撃を受けながら、まるでダメージを負わなかったデッドマスター。
恐らくはあの髑髏でミサイル群の爆撃を防いだのだろうが、問題はその硬さだ。あれだけの火力を叩き込んだのにも関わらず、健在していたとなると破壊するのは容易ではない。最大の威力を誇る両腕の主砲ならば抜けると思うが、直線的な攻撃では避けられてしまうだろう。では、どうするか。
再び動かなくなったレインに、デッドマスターがフッと笑う。
「また静かになったわね。なら、今度は私の方からいきましょうか」
薄い笑みを浮かべたまま、デッドマスターは何もない虚空を横薙ぎに一閃した。すると、裂け目のような亀裂が生じる。
「何……?」
一体何を――と訝しげな顔を見せるレインの視界が、強烈な緑色の光で埋め尽くされた。
「くっ――!?」
あまりの眩しさに顔を背け、目を瞑ってから数秒後。ようやく光が収まったのを感じたレインが目を開き、そして戦慄する。
「なっ、なんだこいつ等! 骸骨の……群れだと?」
全身が骨で構成され、両手に剣や盾を装備した兵士。PRGなどのゲームでよく出てくる敵キャラクターによく似た存在が、デッドマスターの前方に出現していた。それも――数十体という数が、である。
「さぁ、蹂躙を開始しましょう。敵は二代目赤の王、スカーレット・レイン。行きなさい」
「次から次へと悪趣味なモンを出しやがって。まぁいいや、一匹残らず消し炭にしてやればいいだけの事だからなッ!」
主の命に従いゆっくりと動き出した骸骨兵士の群れを前に、纏めて一掃するべきだと判断したレインは両腕の主砲を動かす。今ならまだ前方に集中しているだけだが、取り囲まれると厄介なことになるのは明白。出し惜しみをしていられるような状況ではない。バーストリンカーとなってから、数々の戦いを経験することで得た直感がそうレインに告げていた。
「消し飛びな、胸糞悪い骸骨共」
狙いを定めた二つの主砲へと、紅い粒子が収束していく。標的は密集しながら前進してくる骸骨兵士の群れに、その向こうで仁王立ちするデッドマスター。主砲を撃つ為に必要な必殺技ゲージは、先のミサイル群の攻撃で溜まっている。それはレインが全てのミサイルをデッドマスターに集中させることなく、幾つかを周囲のオブジェクトの破壊に向かわせていた為だ。目先の攻撃に囚われず、次に繋げられるように考えて行動していたのは流石赤の王と言うべきだろう。
「ヒートブラスト・サチュレーション!!」
鋭い叫び声を上げて、レインが必殺技を宣言。その瞬間――真紅に輝く二つの火線が真っ直ぐに撃ち出された。それは、これまでの実弾とは明らかに異なるレーザー兵器だ。射線上に存在した全ての障害を、触れた瞬間に爆散させ破壊していく熱線。骸骨兵士は勿論、スカルヘッドもまた例外なく紅い光に飲まれて消し飛んだ。
「――――ッ!」
これまで冷めた目で見ているだけだったデッドマスターが、初めてその表情を崩す。
迫る破滅の光を強く睨みつけ、地面を蹴って跳躍。掠らせることもなく回避した。真紅のレーザーはそのまま幾つもの建造物をぶち抜いて、彼方へと消えていく。
「ちっ、避けやがったか。まぁ次で当てればいいだけのことだけどな」
本命であるデッドマスターにはやはり避けられてしまったが、今の攻撃で倒壊させた建造物によって大量の地形オブジェクト破壊ボーナスを得ることができた。そのおかげで必殺技ゲージは満タンだ。これならば、さらに高Lvの必殺技を使用することができるだろう。
次で終わりにしてやる、とレインが意気込む。だが、
「流石に王を名乗るだけのことはあるわね、まさかスカルヘッドまで撃ち抜くなんて。でも、これで勝敗は決したわ。あなたの負けよ、スカーレット・レイン」
冷水を浴びせるような宣言がデッドマスターにより告げられた。
「ざっけんな、それはこっちの台詞だっての! てめぇが召喚した髑髏と骸骨は全部消えたんだ。それに対して、あたしは今の攻撃で必殺技ゲージが満タンなんだからな!」
「……そうね、確かに満タンになったわ。
「私達……?」
レインは一瞬、何のことだと首を傾げる。しかしすぐにその意味を悟った。
自身と同じように、満タンまで溜まったデッドマスターの必殺技ゲージを目にして。
「何っ!? あたしだけじゃなく……、奴のゲージも限界までチャージされてやがるだと」
「そう、私の必殺技ゲージも溜まったのよ。あなたがさっき全滅させてくれた、骸骨達のおかげでね」
「骸骨共のおかげ……?」
デッドマスターの言葉で、レインはハッと気づく。敵の狙いが何だったのかを。
「そうか、てめぇ。その為ににわざと倒させやがったな!」
「ようやく気がついたのね。もっとも……、今頃気がついたことろでもう遅いのだけれど」
おそらく召還した骸骨や髑髏を倒された場合でも、必殺技ゲージにボーナスが得られるのだろう。先の骸骨兵士の群れは、ゲージを稼ぐ為の捨て駒に過ぎなかったのだ。そして纏めて殲滅しやすいように、わざわざ密集させて進軍させた。つまり、全てはデッドマスターの手の内だったということか。
「さぁ、それでは見せてあげましょう。本当の絶望というものを。――
必殺技の宣言。呟く様に告げられた、その言葉と同時。巨大な魔方陣が地面に出現した。
直径数キロメートルにも及ぶそれは緑色に輝くと、一帯を新緑に染め上げていく。そして――無数の骸骨が土より這い出してきた。その数は先程の比ではない。百を超え、二百を超え、無尽蔵に増え続ける。
僅か数秒の内に、レインは周囲を完全包囲されていた。
「私が生み出すのは、無数の死を内包した都市。その数に制限はないわ。さぁ、赤の王スカーレット・レイン。あなたはこの絶望の中で何秒生き延びられるのかしらね?」
「ハッ、上等だ……」
絶体絶命。一転して窮地に陥ったレインだが、不思議な高揚感が胸の中で湧き上がっていた。
ここまで追い詰められたのは何時以来か。二代目赤の王となり、最強の遠隔攻撃能力を手に入れてから久しく感じていなかった感情。即ち、対戦の興奮がレインを奮い立たせていた。
「思い上がるなよ、デッドマスター! てめぇが今相手してんのは赤の王、遠隔攻撃のスペシャリストたるこのあたしなんだからなァ! ――ヘイルストーム・ドミネーション!!」
全方位から迫る骸骨兵士の群れに対抗すべく、レインもまた必殺技を発動。三種の砲声が同時に轟き、主砲とミサイルと機銃が一斉発射された。一個人が保有しているとは思えない、驚異的な弾幕を展開。激しい爆撃を至る所で発生させる。
「ふふっ、本当によく頑張るわね。所詮、無駄な努力でしかないのに」
目の前で次々と配下たる骸骨達が葬られていくにも関わらず、デッドマスターは哀れみの視線でレインを見つめる。しかし、それも当然の事だ。いくら倒したところで、彼女の優位は動かないのだから。
「――クソッ!」
倒しても倒してもきりがない、次々に沸き出してくる骸骨兵士。ならばこの状況を作り出しているデッドマスターを狙うべきなのだが、接近してくる骸骨共を放置することもできない。近接能力がほとんど無いに等しいレインは、纏わり着かれたら終わりなのだ。今はまだ拮抗しているが、敗北は時間の問題だった。
「そろそろ飽きてきたし、もう終わりにしましょう」
冷徹な声でデッドマスターが言い放ち、傍に控えさせていたスカルヘッドを突進させた。高速で飛来するソレに対し、主砲をリチャージしていたレインは迎撃することができず、まともに直撃を受けてしまう。
――――強化外装の頑強な装甲に亀裂が走った。
「ぐっ!?」
衝撃は内部にいるレインにも伝わってきて、小柄な身体が激しく揺さぶられる。
歯を食いしばって耐えたレインだったが、続いて眼に入った光景に絶句した。これまでのと比べて桁違いに大きい、巨大な骸骨が鉄槌を振り被っていた為に――。
「グォォォォォ――!」
不気味な唸り声を上げて、巨大骸骨兵士が鉄槌を振り下ろす。ゴウッと風を切り裂く音が聞こえた。上空から壁が降って来る様な圧迫感。レインに許されたのは、目を閉じながらぐっと身を固めることだけだった。
「かはっ!?」
大地が埋没し、大気が悲鳴を上げる。激震が走り、押し潰されていく要塞。美しく真紅に輝いていた強化外装が、見るも無残に破壊されていった。全身に装着していた数々の武装もまた、嫌な音を立てて崩れ落ちていく。
――くそっ、駄目だ。このままじゃ完全に押しつぶされちまう。
鉄壁を誇る自身の要塞が、もう持たない所まできているのをレインは直感で理解した。このまま強化外装と共に心中するべきか、それとも脱出するべきか。判断を迫られる。しかし、攻撃の要となる強化外装を無くした状態でどう戦うというのだろう。このまま負けてしまったほうが、いいのではないか。
刹那の時間を迷い、レインは決断する。
「――
身に纏う全ての強化外装を解除し、鉄槌に押しつぶされるより先に前へと踏み出す。後方で自身の強化外装が粉砕される音を耳にしながら、唯一手元に残った玩具のような銃を握り締めた。
――まだだ、まだ終わりじゃねぇ。こいつの一撃を奴に当てることができれば、逆転することだって。
そう自身を鼓舞し、レインは走り出そうとして――、
「――無駄よ」
何時の間に手に持っていたのか、デッドマスターが黒い鎖を振るった。鎖は真っ直ぐに伸びていき、標的の前で唐突に軌道を変化。蛇の様な動きでレインの身体に絡みつく。
「あぐっ?」
なす術なく、何重にも全身を拘束されて地面に転げ落ちる。
なんとか振りほどこうと全身に力を込めて暴れるも、巻き付いた鎖はびくともしない。
その間に、ゆっくりと近づいて来たデッドマスターが声を掛けた。
「さぁ、尋問を始めましょうか。それとも、まだ抵抗するつもり?」
「チッ、あーもー、いいよ何でも! あたしの負けだよ、話してやるからさっさとしやがれ!」
激しく舌打ちして、ぶっきらぼうに喋る。
「物分りが良くて助かるわ、できればもっと早くそうしてほしかったけれど。……あなたに聞きたいのは最初にも言ったように、ここ最近になって出現した今代のクロムディザスターについてよ」
有無を言わさぬ声で言い放つデッドマスターに、レインは悔しげな顔で従うしかなかった。
疲れたなう。デッドマスターは特殊な能力が多くて面倒でした。
やっぱりブラック★ロックシュータが一番ですね!単純な攻撃方法ばかりなので。