翌日の放課後。タクムをメールで呼び出したハルユキは、近所にある公園で彼を待っていた。
シアン・パイルの正体に関しては、既に黒雪姫に報告している。そして、同時にハルユキは自分に確かめさせてほしいと願い出ていた。
それはいくらなんでも無謀だ――そう言われることをハルユキは覚悟していたのだが。意外にも黒雪姫は「必ず勝てよ」とだけ告げて了承してくれた。
正直に言えば、まだ心の整理がついたわけじゃない。けれど、待っていても事態は好転しないことを。自分で動かなければいけないことをハルユキは理解していた。
年季の入ったベンチに身体を預け、ハルユキは静かに目を閉じてざわめく心を落ち着かせる。
そうしている間に、頭の中で懐かしい様々な情景が蘇っては消えていった。
それは小学校の頃――ハルユキがまだ、チユリとタクムに対して引け目を感じることなく接することができていた時の記憶だ。
昔はこの公園で、チユリとタクムの3人でハルユキは夜遅くまで遊んでいた。夜遅くまで誰も家に家族が帰って来ないハルユキは、チユリの家で晩御飯をご馳走になったりもしていた。
あの頃の自分は、何時までもこんな時間が続いてほしいと願っていたとハルユキは思い出す。でも、現実は残酷だった。時が経つに連れてハルユキは二人に負い目を感じるようりなり、中学はタクムと別々になってしまったのだから。
「変わらないものは無い、か……。そうだよな。でも、それでも僕は――」
終わらせたくない。それが、ハルユキの嘘偽りのない想いだった。チユリもタクムも、大切な親友なのだ。二人との絆をこんな形でなくしたくなかった。その為には――勝たなくてはならない。
黒雪姫は、シアン・パイルは加速の力を失うことを恐れていると言っていた。少しでも多くのポイントを稼ぐ為に、自身が所属するレギオンへ報告せずに王である黒雪姫を狙っているのだと。つまり、Lv1のハルユキが勝てば相手を追い込むとこができるかもしれないのだ。
「絶対に勝ってみせる。先輩の為、チユリの為、タクムの為に、そして――」
シアン・パイルのLVは四、ハルユキより3Lvも高い相手だ。勝ち目が薄いことはわかっている。それでも、勝たなければいけない。加速の力に魅入られ、幼馴染のチユリにバックドアを仕掛けるようにまでなってしまったタクムの目を覚まさせる為にも。
「なにより、僕自身の為にも負けられない」
ハルユキがそう自分自身に強く誓ったと同時に、公園の入り口から聞きなれた声が聞こえてくる。
「おーい、ハル! どうしたんだい、急にこんな場所へ呼び出したりして?」
「タク……」
それはハルユキが待っていた相手、タクムだった。いつもと変わらない調子のタクムの態度に、思わず手を上げて答えそうになるのをぐっと堪えて、走り寄ってきた彼をハルユキは強く睨みつけた。
「ど、どうしたんだいハル? そんなに怖い顔をして」
「タク、なんでチユにバックドアを仕掛けたりしたんだ!」
一気に核心を突いたハルユキに、タクムは驚くそぶりを見せる。
「……何をいってるんだよ、ハル。チーちゃんに僕がバックドアを仕掛けるだなんて」
「そうかよ。どうしてもしらばっくれるっていうのなら、こっちにも考えがある」
驚いた後、訳がわからないといった様子で否定するタクム。だが、ハルユキは見逃さなかった。彼の顔が、刹那の間だけ険しくなったのを。そして、彼の声に僅かな動揺が含まれていたことも。
「こうすれば白黒ハッキリするんだ、タク!」
「ハル、一体何を――」
静止するタクムの声を無視して、ハルユキは声高く叫ぶ。タクムが隠している真実を暴くことのできる呪文、加速コマンドを。
「バースト・リンク!」
世界が凍り、全てが停止する。ただ一人動くことのできるハルユキは、素早く仮想ウィンドウを操作していった。数秒にも満たない時間でブレイン・バーストのコンソールへと辿り着き、マッチングリストを開く。
リストに載っていたのは、シルバー・クロウとシアン・パイルの二つの名前。
――タク、わかってはいたけど。やっぱりお前だったのかよ!
シアン・パイルの正体が親友のタクムだという自身の推測が、やはり間違っていなかったことにハルユキはギリッと歯を食いしばりつつ、デュエルのコマンドを指で強く叩いた。
二人の戦いの場として、選ばれたステージの属性は煉獄だった。シルバー・クロウとシアン・パイル。両者が対峙して睨み合う姿を、多くのギャラリーが観戦している。アッシュ・ローラーとの初戦で一気に注目株となったシルバー・クロウが、3Lvも格上のシアン・パイルと対戦するとなればそれも当然だろう。
無論、シルバー・クロウが勝利する可能性が低いことは誰もがわかっている。その上で、ほぼ全員のギャラリーが期待しているのだ。アッシュ・ローラーとの一戦で見せた活躍を、シルバー・クロウがもう一度見せてくれることを。
そんな多くのギャラリー達が集結している区画から、遠く離れた一つの建造物。その頂上で、ダミーアバターを使用した黒雪姫が日傘を差して二人の戦いを観戦していた。
「相手はLv4、それなりに経験を積んだバーストリンカーだ。属性は青のようだが、見たところ間接攻撃も持っているな。さて、君はどう戦うのかな? ハルユキ君」
目を細め、唇を吊り上げながら黒雪姫が呟く。
それに応えるように、ハルユキはシアン・パイルに向けて足を踏み出した。
同時に、シアン・パイルの右腕が持ち上げられる。
その直後――ガシュッ! という音と共に、シアン・パイルの右腕から太い鉄杭が打ち出された。視認すら難しい速度で迫ってきたそれを、ハルユキは大きく姿勢を落とすことで身体を掠めがらも回避してみせた。鉄杭が、標的を貫くことなく後方へと過ぎ去っていく。
「ほぅ、良い判断だ」
黒雪姫の口から、賞賛の言葉が漏れた。見てから避けるのは、ほとんど不可能な速度だった。恐らくは、シアン・パイルという名前と右腕の形状からどんな攻撃が来るのかを予測していたのだろう。
「タクッ!!」
「グッ!?」
攻撃を避けられて驚愕するシアン・パイルに、ハルユキの拳が深く突き刺さる。しかし、Lvの差か装甲が厚かったのか。たいしたダメージは与えられていない。
「そんな柔なパンチじゃ、効かないよ」
「ああ、そうかよ。なら、これならどうだ!」
すぐに、シアン・パイルが右腕を振るって反撃した。それをハルユキは後方へと飛び退くことでやり過ごすと、鋭い蹴りを放つ。狙ったのは、装甲の薄い足。
ズン。と音を立てて、バランスを崩したシアン・パイルが地面に倒れる。
「くそっ、ちょこまかと!」
ハルユキの素早い動きに翻弄され、シアン・パイルは攻撃を当てることができない。それは、B★RSとの手痛い敗戦から学んだ戦法だった。スピードで敵をかく乱させる戦い方を、ハルユキは上手く自分のものにしていたのだ。仰向けに倒れたタクムの上に飛び乗って、声高く叫ぶ。
「タク! チユはなぁ、お前に昔のままでいてほしかっただけなんだ! ただ、純粋に笑いあっていた頃のお前のままでいてほしかったんだよ! 加速の力を手にして、周囲のつまらない評価ばかり気にするようになった今のお前なんかじゃない、昔のお前に!」
拳の乱打を浴びせながら、ハルユキはただ激情に身を任せて叫んでいた。なり振り構わずに、想いを吐露し続ける。先程までの冷静さを、完全に欠いてしまっていた。だから、
「調子に、乗るなァァァァァァァ!!」
「ッ!? しまっ!」
タクムの反撃に、咄嗟に行動することができなかった。
「スプラッシュ・スティンガァァァァ!!」
「ぐうっ……かはぁっ!?」
胸部から発射された無数の小さな杭が、ハルユキの全身を襲い爆発した。大きく吹き飛んだハルユキは、体力ゲージを四割近くも削られる。さらに最悪なことに、ダメージの大きかった右足が大破してしまう。
――しまった! これじゃあもう、さっきみたいなスピードを生かした戦いはできない!
一転して窮地へと陥り戦慄するハルユキの耳に、タクムの嘲笑が聞こえた。
「ハハハハハ! これでもう、さっきみたいにちょこまかと動き回ることはできなくなったね。まぁ、結局こうなるんだよ」
立ち上がり、地面の上でもがくハルユキの近くまで寄ってきたタクムが右腕を掲げる。なんとか這いずって距離を稼ごうとするハルユキだったが、タクムに右足を乗せられて身動きを封じられた。
「バイバイ、ハル。もう終わりにしよう――スパイラル・グラビティ・ドライバー!」
タクムの叫びと共に、右腕が青く輝いて巨大なハンマーが打ち出された。それはハルユキの胸へと直撃すると、そのままハルユキを地面の奥深くまで埋没させていく。ハルユキの身体を貫くかというほどの重い一撃は、残されていたほとんどの体力ゲージを削り取る。僅か5パーセントを残して、ようやくハンマーはその動きを止めた。
「少し残っちゃったか。まぁ、せっかくだから止めは刺さないでおいてあげるよ。残された時間を、その穴の中でせいぜい悔しんでいるんだね」
ハルユキが沈んでいった穴に背を向けて、タクムは対戦を観戦するギャラリー達の方へと足を運んでいく。そして、媚びるような声で叫んだ。
「おーい! 青のレギオンの皆、見ててくれたかな。この通り、僕はまだまだ戦えます。役に立ちますよ! ちょっとポイントを使い過ぎたからって、捨てるには惜しいはずだ! でしょう?」
仲間である青のレギオンのメンバー達に、シアン・パイルが自身の有用性を説いている中、ギャラリーのほとんどはこの対戦が終わったと判断していた。シルバー・クロウの体力はほとんど残されておらず、片足を失って這い上がってくることも難しいのだから当然だ。
「あーん、最初はいい感じだったのに。あの子やられちゃったぁ」
「まぁ、それも当然じゃねぇ? むしろここまで頑張っただけでも十分だろうよ」
「そうねぇ、流石に3Lvも離れてる相手じゃねぇ」
口々に、そんな感想を述べていく。彼らの中では、シルバー・クロウの敗北は決定しているのだろう。ただ、一人の観戦者を除いて。
「ここからだよ、ハルユキ君。今こそ、君の真価が問われる時だ」
組んだ腕にぐっと力を込めながら、いまだシルバー・クロウの勝利を疑っていないただ一人の観戦者――黒雪姫がそう告げた。
シルバー・クロウはこれといったアビリティを持っておらず、必殺技も単調なものしかない。スピードを生かした戦いは、アバターの能力というよりはハルユキ自身の力によるところが大きい。つまり、シルバー・クロウにはまだ隠されたポテンシャルが秘められているのだ。
眠っている力が目覚めるのは、窮地に陥った時だ。無論、力に目覚めることなく終わってしまうことも多い。だが、黒雪姫は確信していた。彼は――自身が認めた誰よりも速くなれる可能性を持つハルユキは――必ず力を目覚めさせると。
その確信は、シルバー・クロウが埋没していた穴から立ち昇った一条の光によって証明された。空高く舞い上がる光を目にしながら、黒雪姫はフッと笑みを浮かべる。
「綺麗だ……。それが君が持つ加速の力なのだな、ハルユキ君」
銀色に輝く翼を広げ、上空で静止したハルユキを眩しそうに見つめながらそう呟いた。
飛行アビリティ。これまで、誰も実現させることのできなかった能力だ。昔、黒雪姫の仲間だった一人の親友が求めてやまなかった力。
「っと、感傷に浸っている場合ではないか。子である彼が、ここまでのモノを見せてくれたのだ。親の私が何時までも逃げ回っている訳にはいかないな」
今こそ、偽りの平穏を破り再び空を目指す時だ。そう胸の内で強く宣言すると、黒雪姫はシルバー・クロウから視線を外して別の方角へと移した。ギャラリー達が集まっている場所とも違う、背の高いマンションがたたずむ場所。その屋上には、
「ふん、やはり観戦していたか。ハルユキ君が言っていた相手とは、違うようだがな」
黒と白を基調にしたドレスを身に纏い、パーマの掛かった金髪を風になびかせている小柄な少女――チャリオットが、冷たい目でシルバー・クロウとシアン・パイルの戦いを眺めていた。
結局、チャリオットとの対戦前まではいきませんでした。
区切りがよかったので、次回から戦闘を開始したいと思います。
タッくんとの戦闘は駆け足で行わせてもらいましたが、黒雪姫とカガリの戦闘回は
じっくりと書く予定です!
必殺技の名称をどうするかが問題ですね。