クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第十二話

 ハルユキはブラック・ロックシューターとの一戦が終わった後、気がつけば意識が現実へと戻っていた。敵の必殺技であろう一閃をその身に受け、視界が暗転したところで記憶は途切れている。

 帰宅の途中だったことを思い出し、校門を出てふらふらと自宅に向かうが道中の記憶はほとんど頭に残っていなかった。自室にたどり着いた後も、ぼんやりとした様子でベットの上に横たわりながら天上を見つめていた。

 

 そうして数十分程度の時間が流れた頃、ぽつりと呟く。

 

「ちくしょう……」

 

 噛み締めるような、悔しさに満ちた呟きだ。

 一緒にLv10を目指す。昼休みに黒雪姫へ告げた言葉が、ハルユキの頭で繰り返し流れていた。

 ぐっと歯を食いしばり、唇を噛む。

 

「あの人の、先輩の為に戦うって決めたのに、僕は!」

 

 その叫びに含まれた苛立ちの矛先は、対戦を仕掛けてきたブラック・ロックシューターではなかった。ハルユキが憤りを感じている相手は、自分自身だ。学校で虐められていた自分に手を差し伸べてくれた、先輩の期待に応えられなかった自身の不甲斐なさにハルユキは苛立っていた。

 

「初戦に勝ったくらいで、何を得意気になっていたんだ! 僕はまだ、Lv1の初心者(ニュービー)なんだ」

 

 アッシュ・ローラーとの戦いで、確かな手応えを感じたのは事実だ。幼い頃からゲームは得意だったし、仮想世界での勝負なら、自分は負けないとハルユキは思った。だが、蓋を開けてみればこのざまだ。その自信が思い上がりだということを、手酷く痛感することになった。

 

「情けない。先輩にあんな大口を叩いておきながら、こんな有り様だなんて」

 

 ハルユキは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。一分ほど続け、高ぶった感情が静まったところで目を開く。

 

「でも、それでも僕は先輩の力になるんだ。負けはしたけど、まだ僕の手には加速の力が残ってる。あの人の、黒雪姫先輩の役に立つことができる」

 

 これまでのハルユキなら、諦めて投げ出していただろう。やっぱり自分には無理だったんだと、逃げていたのは想像に難くない。でも、今度ばかりは違った。諦めなどという言葉は頭に無く、次は勝ってみせるという強い想いが燃え上がっていた。

 

 ハルユキは、自分を信じていない。幼馴染であるチユリやタクムと違い、背が低く運動が苦手な自分がハルユキは嫌いだった。けれど、あの人の言葉なら――憧れの先輩が自分を信じると言ってくれるなら――もう一度だけ自分を信じてみよう。そう心に誓って、加速世界を走ることを決意した。

 その想いと熱意は、負けた今も消えてはいない。むしろ、敗北した今になって高まっていた。

 

「それにしても……」

 

 胸に抱く誓いを再確認したハルユキは、自身を打ち負かした敵――ブラック・ロックシューターの情報を思い出して小さく零した。

 

「あれほど圧倒的に見えたのに、同じLV1だったなんて……。ブレイン・バーストは奥が深いな」

 

 自身が戦った相手が、ただのLv1じゃない――バースト・リンカーでも特殊な存在である――ことなど知る由もないハルユキは、その事実に戦慄を覚えつつ眠りにつくのだった。もっとも、その認識は翌日の昼休みに黒雪姫へ報告した時、覆されるのことになるのだが。

 

 

 翌朝。夕飯も食べずに就寝したハルユキは、普段より少し多めの朝食を取り梅郷中へと足を運んでいた。その体格ゆえに普段から歩く速度が遅いハルユキだが、今日はいつにもまして足取りが重かった。原因が何かは、言うまでもないだろう。

 

「はぁ……、先輩に何て言ったらいいんだろう」

 

 先日、勝負を仕掛けてきた相手――ブラック・ロックシューターとその対戦結果の報告。それが、ハルユキを憂鬱な気分にさせていたのだった。

 無論、報告をしないわけにもいかないことは百も承知である。梅郷中の学内にシアン・パイルとは別のバースト・リンカーが現れたという事実は、決して軽視するべきではない事実だ。今後の対応をどうするのか、師である黒雪姫に聞かなければならない。

 

「ぁぁぁぁ、僕は何で昨日あんなことを口走ったんだ」

 

 それを十分に理解していて、それでもハルユキは報告することを躊躇わずにはいられなかった。『先輩と一緒ならきっと大丈夫です。共に目指しましょう、Lv10を!』という先日の発言が、ハルユキの肩に重くのしかかってくる。軽率な過去の自分に何度目かもわからない罵倒をしつつ、ハルユキが校門を通り抜けようとした時。

 

「や、おはよう少年!」

 

 そんな、ハルユキの心情とは異なった明るい声が響いた。ビクリと身を竦ませて、声が聞こえてきた背後へと振り向く。できれば違っていてほしい――という願いも虚しく、そこに立っていたのは憧れの麗人である黒雪姫その人だった。

 

「せ、先輩……おはようございます」

「……? どうした、ハルユキ君。朝から元気がないな」

 

 どうにか、何時も通りに振る舞おうしたハルユキだったが。上級生で副生徒会長でもある黒雪姫の前では、まるで意味をなさなかったらしい。訝しな顔で尋ねられ、早くも退路を失ってしまう。

 ええい、ままよ。と意を決して、ハルユキは重い口を開いた。

 

「実は、先輩に伝えておかないといけないことがあるんです。昨日のことなんですが」

「何、昨日なにかあったのか?」

「はい、放課後のことなんですが。ええと、その……」

 

 覚悟を決めて話し出したものの、次第に声が小さくなってしまう。その躊躇いを、この場では話にくいことなのか――と黒雪姫は判断する。

 

「ふむ、どうやら長くなりそうだな。昼休みに、いつものラウンジで話し合うとしようか」

「え? あ……は、はい! じゃあ、昼休みにラウンジで」

「ああ、私からも君に伝えておきたいことがある。ではな、ラウンジでまた会おう」

 

 それだけ言葉を交わして、ハルユキと黒雪姫は各々の教室へと別れていく。思わぬ方向へ事が進み、ハルユキは自身の机にうつ伏せてほっと息をついた。先延ばしになったに過ぎないことは分かっているが、心の整理をするには十分な時間が与えられた為に。

 

 

 

「何!? ハルユキ君、それは本当か!?」

「は、はいッ! ごめんなさい!」

 

 午前中の授業を悶々として過ごしたハルユキは、昼休みのラウンジで今度こそ正直に告白した。内心でびくびくしながら反応を待ち、黒雪姫の叫ぶような声を聞いた瞬間、ほとんど反射的に大声で謝罪する。

 それも――人が集まるラウンジで、両者共に思考発声も忘れて。

 その結果。唐突に大声で叫んだ自分達へ、何事かと周囲の視線が集まっていくのが視線に敏感なハルユキには肌で感じられた。黒雪姫も自身の失態に気づき、浮かしかけていた腰を戻してふうっと息を吐きだす。

 

「すまない、少々取り乱してしまったな」

「い、いえ。それよりもすいませんでした」

「ん、何がだ?」

「昨日、あんな偉そうなことを言ったのに負けてしまいましたから……」

「何だ、そんなことか」

 

 戦々恐々とした様子で話すハルユキに、黒雪姫は何でもなさそうに返した。失望されるんじゃないかと身構えてたハルユキが、目をぱちぱちと瞬きする。

 

「そんなことって、負けたんですよ。昨日、一緒にLv10を目指すって言ったばかりなのに」

「……」

 

 俯いてぽつぽつと零す。そこへ、黒雪姫は無言で両手を伸ばした。そして、ぷっくりとした両頬を掴みぐにーっと引っ張る。

 

「い、いひゃい! 何ひゅるんですふぁ」

「全く、何を言いだすかと思えば……これか、この口か! そんな後ろ向きな発言ばかり繰り返すのは!」

 

 抗議するハルユキを無視し、黒雪姫はぐにぐにとよく伸びる頬を三十秒程もて遊んでからようやく手を離した。ひりひりと痛む頬を抑えて恨めしそうな視線を送るも、黒雪姫は澄ました顔でどこ吹く風と素知らぬふりをする。

 

「たった一度の敗北でうじうじする君が悪い。まさかとは思うが、一緒にLv10を目指すというのが嘘だったとは言うまいな」

 

 怪しく光る目で睨まれ、ハルユキが身を仰け反らせる。

 

「い、言いませんよ。先輩と一緒にLv10を目指したいという想いは、今でも変わっていませんから」

「そうか、それならいいが。君はもっと前向きに考えるべきだぞ。私達にとっての真の敗北とは加速の力を失ったときであり、たかが一度や二度の対戦負けではないのだからな」

「わ、わかりました」

 

 神妙にこくこくと頷くハルユキの姿を確認し、黒雪姫は硬くなった表情を和らげる。しかし――それも僅か一瞬のことで、すぐにまた真剣な表情へと戻っていた。

 

『それで、話は戻るが……本当に君が対戦した相手の名は、ブラック・ロックシューターだったんだな?』

『え? はい、そうですけど』

『そうか、間違いないのか』

 

 そこで黒雪姫は押し黙り、小さく息を吐いた。もしかして知っている名前なのかと疑問に思っていると、それを察した黒雪姫が口を開く。

 

『ああ、すまない。バースト・リンカーになって日が浅い君が知らないのも無理はないな。君が戦った相手――ブラック・ロックシューターは、加速世界でも有名な存在なんだ』

『そうなんですか。あ、でも僕と同じLv1だったみたいですけど』

『それは違う――Lv1だからこそ、有名なのだよ。ハルユキ君』

『Lv1……だからこそ?』

 

 Lv1だからこそ有名って、どういうことなんだ。普通、高Lvの方が名が知れるんじゃないのか。そう困惑しているハルユキへ、黒雪姫が補足する。

 

『そう。Lv1でありながら、高Lvのバースト・リンカーと比べても遜色ない実力を持っているのが問題なのさ。昨日説明したように、Lvが離れているほどバースト・ポイントの差し引きは増減する。それを考えれば、負けてもリスクの小さい私たち王よりも脅威だと言えなくもない。そして加速世界でも特殊なデュエルアバターに加えて、通常4Lv以上の者しかダイブすることのできない、無制限中立フィールドへと踏み入ることができる。これだけの特権を得ているのは、千人ほど存在しているバースト・リンカーの中でも彼の者達(・・・・)以外にはいないだろうな』

『彼の者達って……?』

 

 まるで複数人を相手にしたような言葉に、嫌な予感を覚えてハルユキは口を挟む。

 

 ――まさか、あんな強い敵がまだ他にもいるっていうのか。

 

 外れていてほしいと願いつつ、ハルユキは答えを待つ。だが――、

 黒雪姫から返ってきたのは、その嫌な推測が的中していることを告げるものだった。

 

『君が戦った相手、ブラック・ロックシューターには仲間がいるのさ。私が知っている限りでは後二人。巨大な蜘蛛の姿をした搭乗系の強化外装を操り蹂躙騎虫(インセクト・ライダー)という二つ名を持つ、チャリオット。そして鎖を利用した拘束技と鎌による近接技を主軸に、不気味な髑髏を自在に操るデッドマスター。通称――束縛の断罪者(リストレイント)だ』

『う……、何だか強そうですね』

『強そう、では無いさ。実際に強いのだよ。私も二年以上前に何度か戦ったことがあるが、噂以上の実力だったことはよく覚えている。近接戦闘から遠距離攻撃までこなす、オールラウンダーなタイプだったな』

『オールラウンダー、ですか』

 

 昨日の戦闘を思い出し、ぽつりと呟く。自身が敗北した相手――ブラック・ロックシューターは最初に狙撃を行い、その後は格闘戦に刀を使用した必殺技と多彩なスタイルで戦っていた。さらに言えば、まだ他にも何か隠し玉がある可能性があるのだ。ぶるりと身震いし、ハルユキは不安げに黒雪姫を見つめる。

 

『先輩、どうすれば……』

『ふふ、そう心配そうな顔をするな。油断できない相手であるのは確かだが、私も加速世界に現存する数少ないLv9到達者、黒の王なのだからな、負けるつもりは無いさ。それよりも、彼らがこの学内の生徒だというのならこれはチャンスでもある』

『チャンスって、何がです?』

『ほとんど人の姿にしか見えないデュエルアバターに、加速世界の大原則を幾つも覆している秘密が何なのか。一説では、ブレイン・バーストの開発者と通じているのではないかとも噂されている彼らの特異性、その正体を知るチャンスだということさ』

『開発者とですか!?』

 

 もしブレイン・バーストの開発者に通じているとしたら、それは黒雪姫が最大の目的としている加速世界の真実に辿り着けるということだ。驚愕するハルユキに、黒雪姫は頷く。

 

『それに、個人的にブラック・ロックシューターには興味がある。同色の名を持つことは無いとされる加速世界で、同じ(ブラック)の名を持つ理由がただの偶然なのか――それともその特異性に原因があるのか。この手で問い正してみるのも悪くない』

 

 不敵な笑みで、全く物怖じすることなく話す黒雪姫。自信に溢れたその姿に、ハルユキは手の届かない高みを見つめるような気分になった。

 

 ――弱気になって下を向いてしまう自分とは違う、この人はどこまでも前を見ているんだ。負けるかもしれない、なんて後ろ向きな考えは先輩の中にはないんだな。

 

「……わかりました、僕も早く先輩に追いつけるようできる限り努力します」

「その意気だよ、勝った対戦よりも負けた対戦の方が得るものは多いものだ。君が奴と戦った経験は、決して無駄ではないのだからな。次に活かせば良いのさ」

 

 黒雪姫の激動を耳にしながらも、ハルユキは思う。この人と共に歩むことができれば、自分は今よりずっと輝けるかもしないと。

 

 ――いや、それは違う。僕は必ず先輩の横に立つんだ、そして一緒に加速世界を走り抜けるんだ! 昨日、何度もそう誓ったじゃないか!

 

 ハルユキがそう胸の内で自身を鼓舞していると、黒雪姫が何かを思い出したように表情を強張らせた。それをハルユキが疑問に思うより先に、右手で仮想ウィンドウを操作し始める。

 

『ハルユキ君。すっかり忘れていたが、私も君に言わなければいけないことがあったんだ』

『あ、そういえば今朝にもそう言ってましたね。何かわかったんですか?』

『実はな、シアン・パイルの正体については目星がついていたんだ』

『え! 本当ですか!? でも、どうやって』

『ガイド・カーソルさ。加速世界の対戦ステージは現実をモチーフに作られている。つまり、現実での立ち位置がそのまま対戦ステージのスタート地点に反映されているんだ。対戦が終了した後、ガイド・カーソルが最初に示した場所へと辿っていけば、その先にシアン・パイルが存在しているということになるのさ。私は奴に挑まれた十を超える対戦の全てにおいてそれを繰り返し、結果として一人の生徒が浮かび上がった』

『そうか、そんな手があったんだ……。それで誰なんですか、その生徒って』

 

 加速世界のシステムを知り尽くしている、黒雪姫だからこそ気づけたであろう盲点だ。加速世界の一員になったばかりのハルユキでは、とうてい気づけなかっただろう。ハルユキはそう関心しつつ、肝心の生徒の正体を尋ねる。

 

『……これは私が君をこの世界へと誘う前から知っていた情報だ。だから、全くの偶然に過ぎない。それを忘れないでくれ』

『え? は、はい。わかりました』

 

 どうしてそんな前置きをするのかと疑問を感じたが、言われるがままに頷く。しかし、黒雪姫から差し出された画像を見た瞬間に。ハルユキは呆然と目を見開くことになった。

 

「は……? これって、何で……」

 

 自身が学内で最もよく知る人物で、幼馴染の親友――倉島チユリの姿が写っていた為に。




一ヶ月ぶりくらいに更新しましたー。
長らく放置してしまっていてごめんなさい。
いまだに一巻から抜け出せていないですが、ゆっくり話は進んでいます。
後原作に被るシアン・パイルことタッくんの戦闘はたぶん省きます、長くなるので。
ごめんよタッくん。
あ、二つ名については二つ名メーカーで検索しまくって参考にしつつ決めてみました。
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