クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第十一話

「それで、有田君は負けたのね」

「うん、そうだよ。正直に言えば、何もできずに終わると予想してたんだけど。そこは流石に、あの黒雪姫さんに認められただけのことはあるね」

 

 シルバー・クロウとブラック・ロックシューターが一戦を交え、ブラック・ロックシューターが勝利した後――戦いの一部始終をマトから聞かされたユウは、あさやけ相談室でサヤにその報告をしていた。他に人影は無く、その場にいるのはユウとサヤの二人だけだ。

 

「それで、これからどうするのさ? サヤちゃんの思惑どおりに、私達の存在が黒の王に知られることになったわけだけど?」

「別にどうもしないわ。これまで通りに、彼女達の動向を見守るだけよ」

 

 予定通り、マトがシルバー・クロウと対戦し勝利した。これで、自分達の存在が黒の王に知られるのは時間の問題だろう。ついに、黒雪姫に接触するのかとユウは考えていたのだが。どうやら、サヤが考えている今後の展望は違うらしい。

 

「見守るだけ? なら、どうしてわざわざ対戦を仕掛けてこっちの存在を知らせたのさ?」

 

 首を傾げ、ユウが疑問を口にする。当然の疑問だろう。これまでと同じ方針を取るのなら、なぜ対戦を仕掛けたのか。サヤは手に持ったコーヒーを一口煽った後、その理由を語り始める。

 

「まず第一に、こちらの手札が揃った――準備が整ったからよ」

「手札ね……もしかして、私達全員がアクセル・ワールドに介入できるようになったとか?」

「そう。ブラック・ロックシューター、デッドマスター、チャリオット、ストレングス、ブラック・ゴールドソー。私達、全員の思念体がアクセル・ワールドの世界へと送り込めるようになったわ」

「へぇ……、ようやく私達も(・・・・・・・)いけるようになったんだ」

「ええ、ようやくね。でも、私達が入り込めるのは中立フィールドだけよ。それに、フィジカル・バースト等の加速コマンドも使用できないわ。残念ながらね」

 

 心底残念そうに、サヤが言う。ブレイン・バーストは、子供しか使用できないプログラムである。その原因は、生まれた直後に量子接続通信端末(ニューロリンカー)を接続していなければならない――という条件だ。最も古い第一世代ニューロリンカーが、世間に広まったのが十五年前。つまり、大人であるサヤは生まれた頃からニューロリンカーを接続しておらず、ブレイン・バーストをインストールすることはできない。

 

 だがしかし――それで簡単に諦めるような性格を、納野サヤという女性はしていなかった。アクセル・ワールドでバースト・リンカー達が活動する為の姿――デュエル・アバターに、サヤは目を付ける。

 デュエル・アバターはブレイン・バーストをインストールしたその日の夜、眠っている間に生成される仮の肉体だ。心の闇――負の感情を元に、その人物が望む姿が作られるという。

 

 サヤはその情報を手にした時、ある一つの可能性を思いつく。サヤは過去に起こったある経験から、現実とは異なるもう一つの世界を知っていた。虚の世界と呼ばれる、未知の世界を。その世界では、現実で生きる自分達の思念体――アバターと呼ばれる存在が、現実世界で持つ悩みや苦しみなどの痛みを引き受けて戦っていたのだ。

 彼女の親友であり、今では教え子となった(・・・・・・・・・・)ユウをきっかえに知ったもう一つの世界。そこで戦う思念体を、デュエル・アバターとして代用できるのではないか。そう考えたのだ。

 

 結論から言えば、それは可能だった。――というよりも、こちらが何をすることもなく。ブレイン・バースト自体が思念体をデュエル・アバターとして認識したのだ。理由は不明だが、サヤとしては好都合だった。今はもう、虚の世界は黒衣マトの手によって破壊された為に、新たなアバターが生まれることはない。つまり、この事実はサヤ達にしか分からないのである。

 それからはマト、カガリ、ヨミの三人に実行部隊として活動してもらい、サヤは情報を収集してきたのだ。

 

加速世界(アクセル・ワールド)は、私達が知る虚の世界に共通する点が幾つもあるわ。もしかすると、製作者が虚の世界を知っていたのかもしれない」

「それは……どうかな。確かに、痛みや悩みが元にデュエルアバターが作られていることや、ポイントを全損した時の記憶の欠損については虚の世界と似通っているけど」

 

 虚の世界でアバターが倒されると、その人物は痛みや悩み、そして想いを失ってしまう。そしてブレイン・バーストもまた、バースト・ポイントを全損するとブレイン・バーストに関する記憶が失われるという。確かに、似通っていると言えなくもないとユウは内心で思う。

 

「茅場晶彦……という人物を知っているかしら?」

「茅場晶彦? 確か、稀代の犯罪者だったかな」

 

 唐突に出された人名に、何か関係があるのかとサヤの意図を推し測りながらユウが答えた。サヤはユウの返答に頷きながら、自身が知る茅場晶彦という天才の人物像を説明する。

 

「茅場晶彦、天才的な量子物理学者でありゲームデザイナーでもあった彼は、世界で始めてVR技術を完成させた人物よ。そして、自らが生み出したゲーム――ソード・アート・オンライン(SAO)を利用して、数千人もの人間を死に至らしめた犯罪者でもあるわ」

「世界で始めてVR技術を完成させた……ああ、そういえばそうだったね」

「これ以上ないほどの地位と名誉を約束されていながら、自身の目的の為にその栄光を自ら地に落とした愚かな天才……っていうのが一般的に知られている彼の人物像ね」

 

 サヤの説明に、ユウが相槌をうつ。世界初で初めてVR技術を完成させたとなれば、将来を約束されたといっても過言ではなかっただろう。にも関わらず、茅場晶彦はその全てを投げ捨てて犯罪に手を染めた。せっかく手に掴んだ栄光を、ドブに捨てたに等しい暴挙だ。

 

「茅場晶彦は自らが夢見た世界を実現させる為に、VR技術を完成させたのだ……と後に語っていたらしいわ。自身が夢見た世界、それを現実と変わらないモノとする為にデスゲームを計画し実行した。まぁ、私達のような凡人には理解できない話ね」

 

 サヤは残っていたコーヒーを飲み干し、カップをテーブルの上に置くと腕を組んで窓を見る。釣られるようにユウも窓へ視線を移すと、そこからは日が暮れ始めて夕焼けとなった空が見えた。

 

「ブレイン・バーストプログラムの製作者もまた、茅場晶彦と同じ天才よ。そして、似たような思想を持つ狂人である可能性が高いわ。ニューロリンカーが思考を加速させる、この事実を学会に発表して立証すれば、間違いなく量子物理科学者として世界的な地位と名誉が手に入るもの」

「それは、確かにそうだけど」

「それでなくても、わざわざ他人にその力を分け与える必要はないはずよ。自分だけで利用することもできたでしょうに、それをしないで対戦格闘ゲームを模したシステムと世界を作り、子供達に配布した。その理由が、茅場晶彦と同じもう一つの世界を実現させることだとしたら?」

 

 窓に視線を固定したまま、サヤは鋭く目を細めながら続ける。

 

「勿論、全て推測にすぎないわ。……話を戻すけど、私達が黒の王に接触したのは彼女に発破を掛ける為よ。今の停滞した加速世界を、再び加速させるには彼女に動いてもらうのが一番手っ取り早いの。加速世界最大の反逆者――ブラック・ロータスに動いてもうのがね」

「その為に、私達の存在を知らせた……」

「彼女が私達に勘付いたところで、確かめようがないわ。デュエル・アバターを代用してる為に、マッチングリストに名前が載らない私達が、加速世界に介入できる事実に辿り着く――なんてことわね」

 

 ブラック・ロックシューター、デッドマスター、チャリオットの名は加速世界において知らない者はいない。無制限中立フィールドで多数のエネミーを狩り回っている事もあるが、かつて流行した無限EKと呼ばれる行為を行ったリンカーを次々に粛清したのが始まりだ。それ以来、三人の名は王と同じくらい知れ渡っている。

 

 また、三人はマッチングリストに名前が乗らない。思念体が、デュエル・アバターになっているからだろう。本来――デュエル・アバターはブレイン・バーストプログラムをインストールした、その日の夜に見た悪夢から作成される。しかし、彼女達は悪夢を見ることも無くデュエルアバターも作成されなかった。

 彼女達の中に存在していた思念体がデュエル・アバターだと、インストールされたブレイン・バーストプログラムが誤認したのだろうとサヤは考えている。結果、彼女達から見たマッチング・リストには自身の思念体の名前が表示されるものの、思念体をデュエル・アバターとして認識していない他人のブレイン・バーストプログラムからはデュエルアバターが未作成状態に見えるという結果が作り出された。

 

 意図したわけではない、全くの偶然の産物だが、その後のアップデートでもそれは変わらなかった。製作者が気づいていないのか、それともあえて無視しているのか、もしくは修正できないのか。どちらにしろ、都合が良いのは確かなので問題はない。

 

 ただし、誤算もあった。レベルを上げることができないのだ。思念体がブレイン・バーストプログラムによって作成されていない以上、仕方がないかもしれないが。もっとも、レベル1とはいっても能力値はレベル9と比べても引けを取らない。本来、レベルを上げることで強化されていくステータスがシステムの外側にいる為に設定されていないのだ。その結果、レベル1のまま各色の王と互角以上に渡り合うこともできた。

 

「私達は、彼女の動向を影で見守っていればいいわ。黒の王――ブラック・ロータスがレベル10に到達すればそれでいいし、他の王だって構わない。私達の目的は加速世界の真実を知ることであって、加速世界を支配することでも頂点に立つことでもないのだから」

「んー、りょーかい。まぁ、私はいいけどさ。マト達はどうかなぁ」

「黒衣君は、現実では見られない特別な色が見たいだけでしょう。現実とは違う未知の世界を、飛び回って見てみたい――私の見立てではそんなところね。カガリちゃんと小鳥遊君は、黒衣君と一緒に加速世界を見て周りたいだけよ」

「うむむ、流石はサヤちゃん。皆に親しまれるスクールカウンセラーだね、よくわかっていらっしゃる。言われてみると確かにそんな感じだよ、マト達は」

 

 サヤの言葉に納得しつつも、ユウは懸念を覚える。黒雪姫――黒の王、ブラック・ロータスはそんな簡単に手玉に取れるような相手だろうかと。二年近く彼女の動向を見てきたユウは、黒雪姫は自分達の手に余る存在だと思ったのだった。




今回は、ユウとサヤちゃんの話でした。
B★RSのキャラクターに関する説明回ですね。
虚の世界をマトが破壊したのは、アニメでは中学生の時になっておりますがこの作品ではそれよりもずっと前になっています。また、マトがカガリやヨミとも幼馴染という設定です。
他にも追加設定が出てくると思われますが、流して頂ければ幸いです。
B★RSアニメの謎めいた部分も、作者なりの解釈で進めていく予定です!

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