蒼炎を宿した瞳が、鋭い視線で銀の身体を射抜いてくる。ハルユキはごくりと息を飲んで、眼前の敵を見据えた。
「シアン・パイルじゃない……どういうことなんだ」
黒雪姫から聞いていた、シアン・パイルとは無関係なバースト・リンカーなのか。それとも、何らかの繋がりを持っているのか。このタイミングで、しかも学内のローカルネットで仕掛けてきたことを考えると、繋がっている可能性が高いと見た方がいいかもしれない。
「何だっていいさ。相手が誰だろうと関係ない、あの人の敵は僕の敵だ!」
頭を振って、疑問を振り払う。相手の素性が何であろうと、敵は倒すだけだ。意識を戦闘へと切り替えて、ハルユキは敵――ブラック・ロックシューターの動きに着目した。
「……」
対峙するブラック・ロックシューターが、跨がっていた巨大なバイクからゆっくりと降り立つ。そして右腕に装着していたロック・カノンを消滅させ、ハルユキに向けて静かに歩みだした。
「ッッ!!」
その姿を見てハルユキは拳を強く握り、気を引き締めた。油断なく身構え、何時でも戦闘を始められるように体勢を整える。そんなシルバー・クロウの姿を前に、ブラック・ロックシューターはどこまでも自然体だった。顔色ひとつ変化させず、無表情に歩を進めてくる。
――余裕のつもりか? くっ、舐められてるな。
構えらしい構えも見せず、悠々と近づいてくる敵の姿に眉を顰める。思わず熱くなりかけた心を、むしろ好都合だと思い直してハルユキは落ち着かせた。油断してくれるなら、させておけばいい。それが、相手の命取りになるのだから。
――それにしても……。
一歩、また一歩と近づいてくる
――何で、僕はこんなにも寒気を感じているんだ。
形容しがたいプレッシャーが、ビリビリと襲ってくる。身体が鉛のように重く感じられ、息が苦しい。気を抜けば、そのまま崩れ落ちてしまいそうな程の重圧だった。
――僕は、あの人の力になるって決めたんだ!
ハルユキは何度も胸に刻み込んだ誓いを心の中で復唱し、挫けそうになる精神を奮い立たせる。
泣き虫で、どうしようもなかった自分に手を差し伸べてくれた――憧れの先輩の力となる。今のハルユキにとって動力源にも等しいその誓いは、彼の身体に圧し掛かっていたプレッシャーを瞬く間に弾き飛ばしてくれた。
全身に力を込め、近づいてくる敵――ブラック・ロックシューターとの間合いを計る。
「てやぁぁぁぁッッッ!!」
接近してくる敵との距離が五メートルを切った時、ハルユキは動いた。雄叫びを上げて、一気に間合いを詰めていく。勢いよく地面を蹴り上げ、大きく右腕を振りかぶった。
出し惜しみなんてしない。昨日の今日バースト・リンカーとして走り始めた自身よりも、相手はずっと格上なんだ。出しうる限り、全力の一撃を必殺の意思を込めて叩きつける!
「……」
迫るハルユキを前に、それでもブラック・ロックシューターは動じなかった。
静かに佇む彼女へと、ハルユキの拳が叩き込まれ――。
「なッ!?」
そう驚愕の声を上げたのは、ハルユキの方だった。突き出した拳は宙を切り、敵の姿が視界から消える。一体何処へ――そんな疑問を抱く暇もなく、激しい衝撃が彼を襲う。
「ぐっ、―――!?」
脳天を突き抜けるような、痛烈な打ち上げ。アッパーカットだ。ブラック・ロックシューターはハルユキの拳を屈んで回避し、そのまま勢いを乗せて隙だらけの顎を突き上げたのだ。脳が揺さぶられ、意識が一瞬ブラック・アウトする。そこへ、ブラック・ロックシューターは捻るように身体を回転させた。三百六十度、しなる鞭の如き軽やかさで一回転し――がら空きのボディへと回し蹴りを放つ。
「が、ふッ――――!」
流れるように振るわれた、鋭く重い二連激。ハルユキの身体は大きく吹き飛び、地面を何度も転がった。
たったの二発――そう、僅か2回の攻撃で、ハルユキは実力の差を思い知らされたのだ。三割近く減少したハルユキの体力ゲージが、シルバー・クロウとブラック・ロックシューターの間に存在するLvの差を明確に表していた。
「あの人の力になるって、そう決めたのに……」
涙が滲み、ハルユキの視界がぼやける。結局、僕なんかが先輩の力になれる訳が無かったんだ。僕みたいな奴が、あの人の隣に立つなんて到底無理な話だったんだ。地面に倒れ伏したまま、全てを諦めかけたその時――。
――やはり……私の目に狂いはなかった。君は誰よりも速くなり、この世界を引っ張っていく者なのだ――
ハルユキの脳裏で、憧れの――黒雪姫の言葉が蘇った。
「先……輩……」
そうだ。あの人は、信じると言ってくれた。惨めで無様だった僕に、手を差し伸べてくれた。共に歩もうって、頼りしているって、そう言ってくれたんだ。なのに、まだ何も返せていないじゃないか。
――例え、負けるとしても。最後まで足掻いて、抵抗し続けなきゃ駄目なんだ。でなきゃ、あの人に会わせる顔がない!
最後まで、諦めずに戦う。そう覚悟を決めたハルユキは、今一度立ち上がって己の敵と対峙する。その打倒すべき敵――ブラック・ロックシューターは追撃を仕掛けることもせず、一歩も動いてはいなかった。ハルユキが再び立ち上がるのを、待っていたらしい。
ブラック・ロックシューターはハルユキが立ち上がるのを見ると、右腕を前に出して手招きをしてみせた。何時でもかかって来い――そう、挑発してきたのだ。
「ッ――上等だ!」
――その余裕を、今度こそ叩き折ってやる。
僅かな動きも見逃さないよう、漆黒の少女の動きに意識を集中させながら走り出す。
倒すべき敵は目の前にいる。もう、相手の素性なんて関係ない。今はただ、この戦い――この敵に打ち勝つ事だけに、全身全霊を捧げるのみ。
「うぉぉぉぉぉぉッ!!」
叫び、右腕を打ち出す。しかし――またしてもハルユキの拳は空を切り、敵を捉えることはなかった。
「ぐっ――」
避けられたという事実に今度は動揺せず、身を固めて敵の襲撃に備える。その判断は正しかったようで、右側面から重い衝撃がハルユキに突き刺さった。
反撃に転じようと、敵がいるであろう方向――攻撃を受けた右側面へと顔を向ける。が、既に敵の姿は無く、また別の方向からハルユキは衝撃を受けた。
「くっ、そ――」
敵のスピードに、全くついていけない。目まぐるしく高速で移動するブラック・ロックシューターの動きを、捉えることができないのだ。ハルユキは必死に身を固め、サンドバックのように連打を受けるしかなかった。ガリガリと体力ゲージを削られつつも、敵の動きに意識を集中させる。
――見える、見えるはずだ! 此処は僕は気が遠くなる程の時間と情熱を注いだ、仮想世界なんだ! バーチャル・スカッシュ・ゲームで、視認すら難しかったボールを打ち返してきた事を思い出せ!
届く。必ず届く。あの人に認められた思考速度と反応速度は、絶対に負けてはいない。負けているのは、自身の心だ。思い出せ、無心でボールを追い続けた日々を。現実のあらゆる壁を飛び越えた、その先を目指したかつての自分を。
体力ゲージが、残り三割を切ったその時――ハルユキは確かに見た。右腕を放つ寸前の、敵の姿を。
「見えたっっ!!」
迫り来る敵の拳を、紙一重で回避して――渾身の一発を、敵の顔面に叩きつけた。
クロスカウンター。敵の勢いを利用し、威力を増大させるカウンターブローだ。これ以上ないくらい、完璧にシルバー・クロウの拳がブラック・ロックシューターの頬を打ち抜いた。
「ッッ――――!?」
予想外な敵の反撃に、ブラック・ロックシューターが大きく後退する。流石というべきか。しっかりと両足を大地に着け、倒れることはなかった。しかし、受けたダメージは小さくない。満タンだった体力ゲージが、2割も削られたのだから。
無表情だったブラック・ロックシューターが、小さく目を細める。ここに来て、彼女は認めたのだ。シルバー・クロウは全力で倒すべき相手だと。
「
か細い呟きと共に、漆黒の刀が少女に手に出現する。それを見て、戦闘中にも関わらずハルユキは見惚れてしまいそうになった。全容が深みのある黒で統一されていて、刀身が淡い輝きを放っているのだ。刀に詳しくないハルユキでさえ、名刀であるのが一目でわかった。
「剣技――ブレード・キル――」
続けて呟かれたその言葉が、必殺技であるとハルユキが理解した時――全ては終わっていた。
何時動いたのか。注意深く動きを見ていたし、一瞬たりとも目を離すような真似はしていない。だが――自身の身体に走る一筋の線と、後方に移動したブラック・ロックシューターの存在が結果を物語っていた。切断系の攻撃には高い耐性を持つシルバー・クロウの身体が、バターのように容易く一閃されたのだ。
「先輩、僕は……」
最後にそんな言葉を残して、ハルユキの視界はブラック・アウトした。
今回はハルユキとブラック・ロックシューターの初戦でした。
ブラック・ロックシューターの強さと、
ハルユキの戦いながら成長していく姿が上手く伝わっていれば幸いです。
さてさて、問題のシアン・パイル戦はどうしようかと考え中です。
無制限フィールドじゃないと対戦に介入できないのが、むずかしいですね。