雪の軌跡 作:玻璃
なにそれおいしいの?
たかが2日でなにをしろと。
では、どうぞ。
アルシェムは、カシウスに抱えられたまま覚醒した。
「…というのが事の次第です。」
起きたのに気付いたのか、カシウスがアルシェムを降ろしてくれた。
「そうでしたか…時に、そちらの方は…もしかして…」
「おばあ様…分かるんですか!?」
え、分からないのクローディア?
服だけは前と同じなのに?
「…分かった人は黙ってよーか。」
仮面を外し、鞄の中にしまう。
まだ、使うから。
「あれが、《銀の吹雪》の素顔…?」
「はわわっ…」
「えーと…誰だ?」
「悪かった、こっちにするよ。」
鬘を外すと、全員がどよめいた。
顔だけで分かれよ。
「な…」
「アルシェムだと!?」
「いや、気付いてよ!?分かるでしょ普通!?」
仮面外した時点で分かるでしょうに。
「まさか、アルが執行者だったなんて…」
「え、シェラさん疲れてる?前言ったじゃねーの、元執行者の一般人として動くって。だいじょーぶ?」
溜息交じりに言ってるけど、最初に言ったよね?
「あれだけの動きをしてて一般人とはいえないでしょ!?」
「止まってられなかったからね。手加減させなきゃ、死んでたよ?皆。」
「おいおい、ソイツは言い過ぎだろう。」
お前が一番危険だったんだが、空気。
「…はぁ。まずは殿下!下手したらあの変態紳士に捕まって人生終わってたよ。」
「あ…」
本当の意味で。
命の輝きとやらを奪う気満々だったようだから。
「ジンさん!あんな場所で功夫練りまくってたら全員御陀仏だったからね。」
「ぐむ…」
天井とか壁とか崩れて全員生き埋めだ。
無茶言うな。
「シェラさん!ルシオラを止めなかったら後がヤバかったでしょ。」
「そ、そうだったわね…」
全員意識不明で死んでたに違いない。
「アガットも。レオ…レーヴェにはまだまだ敵わねー。」
「ぐっ…」
それは、どうも自覚しているようだけど。
「分かった?」
「むう…」
「はぁ…全く。」
とんだ甘ちゃんの集合だ。
「そういえばアルシェム。お前、《ハーメルの首狩り》って…」
「え、アガットさん、《ハーメルの首狩り》を知ってるんですかッ!?」
え、ちょ、アガット、おま…
「よ、ヨシュア!?」
「ま、まさかアルシェム、お前…」
「皆まで言わねーで…もー!お馬鹿!」
誰にも言ってないよ!
「…っ!」
目から光を消したヨシュアが、アルシェムに斬りかかってきた。
待て、場所を考えろ。
「いきなり攻撃しねーでよっ!あぶねーでしょ!?」
「ヨシュアっ!?」
「…アル。君が《ハーメル》を滅ぼしたんだね…?」
半笑いで言うな。
軽くホラーだから!
「違うよ?」
「じゃあ何でアガットさんはあんな反応をしたんだ!君が《首狩り》なんだろう!?」
「確かにわたしは《首狩り》だよ。だけど、《ハーメル》を滅ぼしてなんかねー。」
記憶を弄られていると分かっていて、それでも否定する。
「嘘だ…!」
「嘘を吐いて、わたしに何か得でもあるの?」
「だって君は姉さんを、エルを、それに皆を…!」
ヨシュアの言うエルは、ここにいる。
だけど、ヨシュアは気付かない。
「この首を賭けて誓うよ、ヨシュア・アストレイ。何なら、空の女神にだって、カリン・アストレイの名にだって誓ってみせる。わたしはハーメルの住人を殺したことはない。」
「じゃあ、皆はどうして死んだって言うんだ!」
どうして。
全て見ていたくせに。
どうして、それをアルシェムに聞くのか?
「…わたしの知ってること、話すよ。だから、約束して欲しい。」
「約束…?」
「わたしはこれから首謀者と思しき人物の名をあげることになる。彼等に復讐しに行かないで欲しい。」
行けば、死ぬことになる。
「な…庇うつもりかい!?」
「庇うものか。ただ、返り討ちにされるだけだから無駄だって言いたいだけだよ。もし行くなら…」
「行くなら?」
「…あんたの目の前でエステルを殺す。」
本当に、殺すつもりで。
そう、言い放った。
「…っ!」
「ちょ、ちょっと、勝手に何約束しようとしてんのよ!」
「そうよ、エステルの意志も尊重なさい!」
これは、鎖。
永遠にヨシュアを縛り付ける、光の鎖。
「もうエステルの前から黙って永久にいなくなられるよりは、良いじゃねーの。」
「…それは…」
「出来ないとは、思わないでよね。今のわたしは本気だから。」
それで、ヨシュアを光の側に繋ぎ止める。
まだ、間に合うから。
「…分かった。」
「じゃあ、話す…前に、ヨシュア。《ハーメルの首狩り》の経歴は知ってる?」
「…エル・アストレイの双子の妹で、エルから全てを奪った女だ。」
「へー…そーゆーことになってるんだ。」
誰だよ、エル・アストレイって。
「…なってる、ってことは違うんだな、アルシェム?」
「黙ってて、《空気》のジン。話が進まない。」
「あ、ああ…」
というか、空気になってろ。
「…わたしは、カリン姉に拾われた。ヨシュアと、レオン兄と、カリン姉…優しくて、暖かい家族。だけど、やっぱり引け目があったんだと思う。」
「引け目…エルに、かい?」
「ううん、違うよ。あんたと、レオン兄と、カリン姉に。…ずっと、わたしはここにいるべきじゃない人間なんだって、思い続けてるから。」
それは、今でも。
光の側には、もう戻れないから。
「だから、襲わせた…?」
「…あの日。本当に、村の外には猟兵がいたんだ。誰も信じてはくれなかったけどね…」
「エルはそんなこと言ってなかったけど…」
何をバカな。
それを言ったのはエルだ。
そう、エルという愛称をもつ、シエル・アストレイが。
「…エルはその場にいたよ。猟兵を見て…村の皆に触れ回ったのはエルだから。」
「え…?」
「誰にも信じては貰えなくて、わたしは村を追放された。だけど、やっぱり…皆が死ぬのは嫌だったから。護身用の剣と、途中に落ちてた剣を拾って…それで、エルはハーメルに駆け込んだ。」
エルはわたし。
だけど、やっぱりそれには気付かない。
「じゃあ、あの時…」
「そう。あんた達に罵られたのはエルだよ。」
わたしはエル。
だけど、やっぱり気づかない。
気付いてはくれない。
「そんな…」
「そこから、2手に分かれさせられて。エルはカリン姉と一緒になって。それで…カリン姉は、エルに殺されると思って、エルにこの場から消えろと言った。エルは、それに従った。」
「え…じゃあ、エルは姉さんが殺された所を見ていないのかい!?」
そう。
だから、カリンは生き延びたのだ。
たまたま通りがかったアインの手によって。
「そう。それから、エルは。カリン姉に死んで欲しくなくて…猟兵の首を飛ばした。」
「そんな…」
「首を狩り続けて、そのままエルは力尽きたよ。」
そう。
そこで、『シエル・アストレイ』は死んだ。
ただのシエルとなり、当て所なく彷徨い続けた。
「…嘘だ…そんな、バカな事って…」
「…ヨシュアさん。」
「…はい。」
そこで、女王陛下が追い打ちをかけた。
「リベールは、一度ハーメルに調査に赴きました。猟兵が首を斬られていたのは事実です。ですが…村民は、誰一人として首が繋がっていない方はいなかったのです。」
首を狩られた住民はいない。
当然だ。
そこを襲った猟兵は、暴虐の限りを尽くしたのだから。
そんな勿体ないことはしない。
「つまり、《首狩り》は、村民を殺してはいない…と?」
「ええ、そういうことです。報告書もありますよ。」
「…そう、ですか…」
それは初耳だ。
だが、どうでも良いこと。
「…あの日。エルは、猟兵を殺し尽くした。だけど…前日に見たのは、猟兵だけじゃなかったの。」
「それが…首謀者?」
「…そこにいたのは、眼鏡を掛けた男だった。…後で知ったけど…彼の名前は、ゲオルグ・ワイスマン。身喰らう蛇の第三柱。」
彼が、全てを壊した。
「…っ!」
「それって、確か…!」
「その状況を利用した奴がいる。ソイツは言わなくても分かるよね?」
「…《鉄血宰相》…」
ギリアス・オズボーン。
アルシェムの…
敵。
「だから、殺しに行くなと約束させたんだよ。《白面》は認識を歪める異能を持っている。それで記憶を歪められていたら、もうどうしようもないから。」
「…確か、あんたも歪められてたね?結社の内部情報に歪な鍵をかけられてたし。」
「…そうだよ。」
リオが、あくまで敵対するという形で援護してくれる。
「その要領で今の話を歪められていたらどうするつもりかな?」
「…その時は…大人しく、ヨシュアに殺されてあげるよ。」
「ふーん…そう。」
そして、その話は終わった。
シェラさん、大ボケ。
シェラさんのイメージが良いほうにむかないんだもん。
では、また。