雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
壊れかけのエステル
ヨシュアが去ってしまった、次の日。
客室から出ると、エステルが走り寄ってきた。
「…あ、アル!」
「どーかした、エステル?」
「ヨシュア知らない!?」
ああ、やはり。
「…認めらんねー、か。」
「え…?何のこと?」
言っても信じてもらえないのだろうが、真実を伝えておく。
「ヨシュアは行っちゃった。運が良けりゃ、戻ってくるよ。…追わねーほーが、いーよ。」
「あはは…何の話してるの?アルってば。あたし、ヨシュアを探してくるね!」
無理に笑って。
エステルは、駆け出して行った。
廊下を走るな。
「…気が済むまで探したら?」
最後の挨拶を済ませるために、謁見の間へと向かう。
「…陛下。わたしは、行きます。」
「…分かりました。わたくしは、ただ貴女の行き先を案じることしか出来ませんが…何かあれば、頼って下さいね?」
「…感謝します。…一つだけ。ラッセル博士に、ゴスペルを無効化…導力停止現象への対抗方法を探って貰って下せーね。多分、大喜びで飛びつきますから。」
結社が何を企んでいるかが分からない以上…
対策は、早くに立ててしまわなければならない。
「それは…勅命で、ということですか?」
「はい。事は急を要しますからね。今あっちに動かれたら、終わりです。」
「…!分かりました。伝えておきます。」
さあ、行こう。
もうこれ以上はここにはいられない。
「…では、しつれーしま…」
「アルシェム!ここにいたか!」
どばーん、と扉が叩き開けられてカシウスが駆け込んできた。
折角、綺麗にいなくなれると思っていたのに。
「カシウスさん?エステルがどーかしたんですか?」
「えーい、兎に角来い!陛下、暫し帰宅します!」
そのあまりの剣幕に…
「は、はい。許可します。」
アリシア女王も、許可するしかなかった。
飛行船に飛び乗り、ブライト家へと向かう。
扉を開けると…
そこには、ネギがいた。
「…誰このネギみてーなふりょー神父。」
「誰がネギや、誰が!?」
「あんた。」
あんただよあんた。
「だああっ!」
「…ぶはっ!あははは…確かに、ネギっぽいかも…!」
「エステルちゃんまで…はぁ…厄日や…」
「…で、何でこんな場所に神父が?」
いるはずのない人物がここにいる。
後で事情を聴かなければ。
全力で。
「それは、彼がエステルの行き先を教えてくれたからだ。」
「ナンパか…やらしー。」
「ブッ…何でそうなんねん!?」
え、違うの?
「エロ神父?」
「ちゃうわボケェ!」
「目的は何?」
さらり、と質問を混ぜてみても、
「目的も何も、偶然やっちゅうねん!」
と普通に返されてしまった…
「そー。」
「ほんまもう…勘弁したってや…」
「いや、何だかヘタレでいじりやすい空気をムンムンと漂わせてるから無理かなー。」
何てったって、ネギだし。
「せめて親しみやすいとかゆうてや!?」
「胡散臭くなっちゃうんじゃねー?」
「ぐむむむむ…」
そこで、やっとネギに「ネギちゃうっちゅうねん!」救いの手がのばされた。
「アルシェム、話が進まないからそれくらいにしておけ。」
「はいはい。」
「それで…エステル。」
真剣な顔でエステルに向かい合うカシウスだったが、如何せん親バカが隠しきれていない。
「…止めても無駄なんだからね、父さん。あたしはヨシュアを追っかけてとっつかまえるんだから!」
「…そうか…済まない、ケビン神父といったか?」
「あー、ややこしい話になりそうですし、この辺で退散さして貰いますわ。」
「助かる。」
ネギはカモに背負われて「だから…!」そのままブライト家から退散していった。
気配が完全に消えるのを確認して、爆弾発言でもかましてみる。
「で、エステル。…そのヨシュアに頼まれたんだけどなー。追わせるなってね。」
「え…あ、あんですってー!?じゃ、じゃあアルはヨシュアに会ってたの!?」
いや、一体誰がエステルを運んだと。
「…気配を感じたから女王宮から出たんだけど…覗いてはねーよ。エステルを運んだのはわたしだから。」
「な、何で止めなかったの!?」
「止める資格なんてなかったからね。」
止められるわけがない。
アルシェムが、何も止められなかったのは真実だから。
「資格って…何よそれ!?」
「お前ねぇ…それが理由だったのか?」
「最初から、資格なんてなかった。分かってたんでしょー?」
最初から。
最初から、演技だと気づいていたくせに。
「誰かの隣に立つのに資格などいると思うのか?」
「少なくとも、ヨシュアはいると思ってるね。行動の推測は立ってる…今は、恐らくリベールにはいねーよ。立ち入れねー場所にいるはずだから。」
「…!あそこか!」
そう。
《ハーメル》。
あの、惨劇の地にいるはずだ。
まあ…
今行っても、何の意味もないのだが。
「そ。カシウスさんでも無理なあそこ。だから、今は物理的に追えねー。」
「でも…ヨシュア…」
「何より、エステルじゃあっさり殺られて終わりだから。追いてーなら、強くなればいーんじゃねーの?」
「あ…」
あのバカを追うのはエステルに任せよう。
「確か、遊撃士協会には訓練施設があったはず…それを使えば、まだましなんじゃねーかな。」
「ル=ロックルか…確かに、良い考えかも知れんな。」
「ル=ロックル?」
アルシェムには、まだまだやることがあるから。
「レマン自治州にある訓練場だ。宿舎に加え、様々な訓練施設がある。遺跡探索、レンジャー、サバイバル、対テロなど、様々な実戦で使える技術を身に付けるには適した場所だな。」
「そんな場所があるんだ…でも、外国、よね…?」
「レマンなら、国際てーきせんで1日だよ。」
まずは、指示を仰がないと。
「訓練期間は…1ヶ月もあれば充分ね。その間の情報はすぐに連絡するわ。」
「…うーん…」
さあ、エステル。
お願いだから、ヨシュアを追って。
「まあ、決めるのはお前だ。よく考えてみると良い。」
「…ううん、もう決めた。あたし、行ってみるよ。」
「あらま…」
「流石エステル。」
絶対に、そう言ってくれると思っていた。
何だかんだ言って、両思いなんだし。
「…どうやら、思うところがあるらしいな?」
「うん…まあね。考えてみたら、あたしって今までアルとヨシュアに頼ってばっかだった。だから…あたし、自分を鍛えてみる。自分で、出来るようになんなくちゃなんないもんね。」
「エステル…」
自覚はあるんだ。
なら、大丈夫だ。
エステルなら、シェラザードなんかよりはマシな
「そうか。なら…明日にでも申請すると良い。ロレント支部からでも出来たはずだ。」
「うん、分かった。」
「ね、エステル…出発が決まったら、王都の百貨店に行きましょ?」
「え…?」
ファッションセンスを疑ってかかっているので、アルシェムは絶対付いていかないことに決めている。
「お祝いよ。折角だし、おねーさんが新しい仕事用の服、買ってあげる。」
「ホントに!?」
「嘘吐いてどうすんのよ…」
そうして。
落ち込みすぎることも、なく。
エステルは、準備を始めた。
何このギャグ。
流石おネギ。
では、また。