雪の軌跡   作:玻璃

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道に迷っているのは、いったい誰?
それはね…?

では、どうぞ。


道迷う者

女王生誕祭が始まり、エステル達は王都を見物していた。

そんな中で、ぽつり、とエステルが漏らした。

「…ね、アル…」

「どしたの?」

「アルって…あのベルガー少尉の知り合いなの?」

「え、そうなのかい!?」

ヨシュアが食いつき、説明せざるを得ない状況になる。

「…ん…まーね。エステルは知らねーほーがいーかも。」

「何でよ!?」

「アレに勝つのは難しーから。」

簡単にはぐらかして。

つかませないように、誤魔化して。

「ガクッ…ま、精進あるのみよね。」

「はは…」

ふらふらと歩きながら、《サニーベル・イン》へと入る。

すると…

「あ。」

一瞬で反転、店から出ようとする。

「ま、待ってくれアルシェム君!」

それを、nice boatが引き留めた。

「え…クルツさん、アルと知り合いなの?」

「…ああ、まあ…」

まあ、ではない。

あの時の恨みは忘れていない。

「じとー…」

勘違いで殺されかけるほど、くだらないことはない。

「うっ…」

まあ、すぐに折れるのだが。

「…はー…相変わらずだねー。」

「いやはは…」

「全く…エステル、どーせ呑めねーんだし、出よー?」

このままだと、気まずすぎる。

「あ、うん…」

そのままサニーベル・インを出て、西街区の大聖堂へと向かう。

「あれ?ユリアさんと…誰?」

「あら…初めまして。シスター・ヒーナと申します。以後お見知り置き願いますね?」

「あ、はい!遊撃士のエステルです!」

「…ヨシュアです。」

心なしか、ヨシュアの顔が驚愕に満ちていたのは言うまでもない。

「…ヒーナ殿…あの件、承知しては頂けないだろうか?」

「…考えておきます。またおいで下さいね、シュバルツ中尉。」

「…はい。」

あっさりとシュバルツ中尉を撃退した黒髪のシスターに、ヨシュアが話しかけた。

「あ、あの…シスター…」

「どうかなさいましたか?ヨシュアさん。」

琥珀色の瞳で、覗き込まれて。

「いえ…何でもありません。失礼します。」

ヨシュアは、引き下がった。

流石ヒーナ。

えげつないことをする。

できるだけ大聖堂から離れるべく東街区へと向かう。

「うわ…アイス屋混んでるねー…」

「そ、そうね…」

エステルが挙動不審だ。

「兎に角座ろうか?」

「あ、うん…」

ベンチに座る。

が…

やはり、エステルはそわそわしている。

…仕方がない。

「…エステル?外してよーか?」

「…ハッ!?えう…」

真っ赤になって黙り込んだエステルを放置して、アルシェムはその場を楽しむことにした。

「じゃ、ごゆっくりー。」

どこかへ行くふりをして、木陰に潜む。

「…にしても、あっついわねー!あ、あたしアイスが食べたいな!か、買ってくるね!」

エステル、アイスを買いに行く。

…根性なし。

「…やれやれ。…!アイツ…」

そこに、ヤツが現れた。

「いやぁ、若い人は羨ましいですね。」

「アルバ教授…」

偽名を名乗っているようだが、どうでも良い。

アルシェムは、彼を知っていた。

「…ヨシュアに近づかねーでくれる?ワイスマン。」

「…ほう?」

「アル…?」

ヨシュアが、呆然とした顔で見てくるが関係ない。

「このタイミング…狙ったよね?…でも、あんたが掛けた認識阻害が効いてるから、条件は一緒だよ。」

「どうやら、君の暗示は既に解けていたようだね。」

というか、ほぼかかっていなかった。

まあ、言わないが。

「君の…?アル…君は、一体…」

やはり、ヨシュアにも暗示をかけていた。

解かない方が幸せかもしれないけど。

「やっぱりね。…解いてよ、ヨシュアの暗示。」

「フフ…では、そうしようか。」

ワイスマンが指を弾いた途端に、アルシェムの脳内にも名前が溢れた。

ヨシュアもそのはずだ。

ただし、名前だけでなく記憶が、だが。

「………あ…あなた、は…。あなたは…っ!?」

「《白面》。最悪の破戒僧。…第三柱、ゲオルグ・ワイスマン。…でしょ?」

「アル…いや、シエル…君は…」

「あー、もー。これだから嫌だったのに…わたしは、確かにシエルだけどさ…」

執行者、No.ⅩⅥ《銀の吹雪》シエル。

それが、前のアルシェムだった。

「どうして…まさか、君が…僕を始末するための人間?」

「…何でわたしがヨシュアを殺さなくちゃいけねーのよ。バカみてー。」

「じゃあ、何で…」

「彼女は確かに《鍵》だが…暗殺には向かないな。」

…《鍵》、ね。

「しつれーな。ま、いーけどね。…結社は、《輝く環》がほしーの?」

「相変わらず本質を突く。流石は…私の作品だ。」

「お前の作品になった覚えはない。気色悪い。とっとと消えやがれ。」

本気でそう思っていた。

ヨシュアを、行かせるわけにはいかない。

「そうはいかないな。今日は、君にではなくヨシュアに会いに来たんだ…」

やはり、ワイスマンはヨシュアを求めているから。

「…ヨシュアをぶっ壊す気?」

「…クク…」

人の悪い笑みに、心が凍りつく。

「ヨシュア、耳貸さないでっ!」

その叫びすら、無駄で。

 

「おめでとう、ヨシュア。君は自由の身だよ。この5年間、本当にご苦労だったね。」

 

「…え…」

「何だ、つまらないな。もっと嬉しそうな…」

「黙れゲス。」

誰が信じていたものを裏切っていたことを信じられるだろうか。

誰が、それを喜ぶだろうか。

「君には関係のない話だよ。」

「…5年間…?はは…何を…バカなことを…」

「ああ、うっかり言い忘れていたよ。」

「黙れって言ってるでしょうがっ!」

ヨシュアを、壊すな。

だけど。

「少し黙っていたまえ。」

ワイスマンが指を弾くと同時に、言葉が出なくなる。

そして、アルシェムは地面に倒れ伏した。

「あ…うあ、あ…」

「シエル…?」

「うおああい…」

喋れない。

動けない。

「君の本当の役目は暗殺ではなく諜報だったんだよ。カシウス・ブライトの動向を探る、ね。」

「あう…あ…」

もう、止めろ。

その声すら出なくて。

「え…」

「君はとてもよくやってくれた…」

「う、嘘だ…」

 

「だから…改めて礼を言おう。この5年間、本当にご苦労だった。」

 

最高の笑みを浮かべるワイスマンに、ブチ切れた。

 

「嘘だ、嘘だっ!」

 

体の制御は取り戻せなくても。

声だけは、出せる。

「ヨシュア…」

「僕は…エステルと過ごした…僕のあの時間は…」

「ヨシュアっ…!」

動かない体に鞭打って、ヨシュアの方に進もうとして。

「少しは静かにしていたまえよ、シエル…いや、今はアルシェム、だったか。…今ならば、何をされても誰も気づかないのだと、分かっていない訳じゃないだろう?」

ワイスマンに踏みつぶされた。

「あぐっ…ヨシュア…惑わされないで…っ!裏切りが…全てじゃ、ないはずじゃないのっ!」

「ふう…」

ワイスマンが、指を弾く。

「あ…がっ…は…ぎ、あ…う…っ!」

途端に走る激痛。

全身が痛い。

「認識を操る、ということは感覚すら欺瞞できるということだよ。」

「や…か、まし…黙れ…」

神経が焼き切れそうなほどの痛み。

「それとも、壊れてしまったのかな…?」

だけど、耐えてみせる。

「誰が…っ!」

「ふう…ヨシュア。そんなに哀しむことはない。どうせアルシェムも消える身だ。素知らぬ顔で、大切な家族と幸せに暮らしていけば良いだろう?君が黙っていれば分からないことだ。」

ヨシュアを、壊させはしない。

「黙って…ワイスマン…!」

黙れ。

だが。

それは、叶わぬ願いで。

「ああ…それも酷な話か。君のような化け物にはどうもあの父娘は健全すぎてさぞや眩しかろう。」

その言葉は、ヨシュアを的確に壊した。

「…ぁ…」

「黙れ…」

しかし、ワイスマンは黙らない。

「君達は、人らしく振る舞えるが人ではないよ。どんなときも目的に合致するように合理的に考えられる思考フレーム。単独で大部隊とも渡り合えるよう限界まで強化され尽くした肉体と人間離れした反射神経。私が作り上げた最高の人間兵器。それが、君達だ。」

「ばっかじゃねーの?脳味噌沸いてんの?有り得ない話すんな。」

強がりだ。

分かっていたこと。

だけど。

だけど…!

「フフ…強がっているのも良いだろう。だが…君達が人と交わるのには無理があったのだよ。この先、彼らと一緒にいても…」

「それってただの逃げじゃない。」

逃げたところで変わらない。

まあ、アルシェムも逃げるけれど。

 

「ああ、だが、自分を護るために逃げることの何が悪いというのかね?それは正当な権利だよ。…だから、辛くなればいつでも戻って来ると良い。大いなる主が統べる魂の結社、我らが《身喰らう蛇》に…」

 

ワイスマンは、そう言い残して去って行った。

途端に痛みが消え、起き上がれるようになる。

「…これが…罰か…。…姉さん…レーヴェ……エル…」

「しっかりしてよ、ヨシュア。」

「でも…僕は…僕、は…」

ああ。

もう、ダメなのかもしれない。

「だから何。やってしまったことは変えられないよ。それくらい分かってるでしょうがっ!」

喝を入れるが、ヨシュアには効かない。

「…僕、は…だから…エステル…」

「エステルを護りたいなら、離れないで。簡単に手放せるモノじゃ、ないでしょ。」

「だけど…僕は…エステルには、相応しくない…」

相応しくない。

アルシェムの方が、そうなのに。

どうして。

「そうやって、逃げるの?」

「…アルには…シエルには分からないよ…」

「じゃ、ちゃんと別れを告げて行ってよ。…もし…今、ヨシュアがエステルから離れたら、あの子はきっとヨシュアを追うよ。その覚悟があるのなら、行けば。」

追われても困るのに。

「…僕…は…」

「…エステルが帰ってくる。…わたしは消えてるよ。」

アルシェムは、気配を消して、物陰に隠れた。

「ごめん、遅くなっちゃって!物凄く混んでてさ~…やっとゲット出来たのよ。」

「…そっか、ご苦労様。ありがたくご馳走になるよ。」

普通を装っているが、もうヨシュアの心は凍り付いていた。

「…うん。それでその…ヨシュア。ヨシュアは…正遊撃士になったけど、これからどうするの?」

「そうだね…でも、そう結論を急がなくても良いんじゃないかな?正遊撃士になったからって、ずっと続けなくちゃいけないわけじゃないし。ここはお互い、将来についてじっくり考え…」

少しでも融かそうとして、突っ込みを入れる。

「ズビシ。」

「あ、アル!?」

「ちょっと目ー離したら口説いてるし…自覚したら?」

「え?」

もう、分かっていない。

「…言動にちゅーいってこと。」

「…えっと…も、もう夕方だし、アイスを食べながら城に戻ろうか?」

「…逃げたね…」

エステルから。

全てから。

もう、ヨシュアは行ってしまう。

「…ヨシュア…?」

「どうかした、エステル?」

「な、何でもないわよ!さっさとお城に戻りましょっ!」

そして、エステル達は王城に戻った。




白面さんの下種さをうまく出せないの。
独自解釈が入りまーす。


では、また。

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