雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
アルシェムは、工房長室の扉を叩いた。
「失礼します、こーぼーちょー。アルシェムです。」
「どうぞ、入ってくれたまえ。」
その言葉を受け、入室する。
「おお、久し振りだね、アルシェム君。元気にしていたかね?」
「はい。」
少なくとも、ツァイスにいるよりは元気でした。
「すると、後ろの2人が…」
「あ、えっと、エステル・ブライトです。」
「ヨシュア・ブライトです。よろしくお願いします。」
「カシウスさんの子供達か。カシウスさんは壮健になさっているかね?」
その心配、いるか?
超絶チート親父だぞ?
「えっ!?工房長さんって父さんと知り合いなの?」
「ああ、昔はよくお世話になったものだよ。もう恩人とは呼べないくらい助けていただいたな。」
「カシウスさんは殺しても死なねーくれー元気ですよ。」
まあ、死神とかに喧嘩を売りそうではある。
「はは…」
「そう、その父さんの預かり物が…」
エステルが鞄から黒いオーブメントを取り出して工房長に渡す。
「これなんだけど…」
「ふむ…?何だこのオーブメントは…」
怪しさ満点の危険なオーブメントです。
「工房長はR博士にKという人物に心当たりは…?」
「ああ、R博士はラッセル博士に間違いないだろう。だが…Kか。もしかすると…」
「え、心当たりがあるの!?」
え、あるの?
「いや、まさかだが…クルツというA級遊撃士ではないだろうか。」
「クルツって…クルツ・ナルダン?…あのヘタレですか?流石になさそーだから除外…って、あのヘタレ、A級なんですか!?」
所謂残念な御仁である。
間違って風穴開けられた恨みを、アルシェムは忘れていなかった。
「知らなかったのかね!?彼はリベール屈指の遊撃士だよ!?」
「いや、ヘタレだし…ちげーんじゃねーかなっと…」
「ヘタレは関係ないよね?」
ヘタレはステータスである。
「はは…それでアルシェム君。君は何を頼みに来たのかね?」
「このオーブメントの分解とせーのー分析をラッセル博士にお願いしてもいーですか?」
「ああ。博士にしか出来ないだろう…が…はぁ…」
「準遊撃士として出来る範囲で何とかしますよ。だから安心してくだせー。」
「ふ、不安だ…」
言わないでほしい。
アルシェムだって不安なのだ。
「博士の家は変わってねーですよね?」
「ああ。…そうだ、ティータ君を連れて帰ってくれんかね?」
「保険にもなりませんが…まー、そのほーがいーでしょーね。…後で睨まれるし。」
なんでこんな面白そうなものの実験を見せてくれなかったんだと、ティータに。
「ちょっと待ってくれたまえ…お、ティータ君、丁度良かった。工房長室まで来てくれないかね?ああ、うん…そうだよ。出来れば早めに頼むよ。」
「…早っ!」
「え?」
待ち構えていたかのように、ティータが入ってきた。
「失礼します。って…やっぱりエステルさんにヨシュアさんでしたか。」
「何だ何だ、もしかして…」
「先程知り合いました。」
ざっくりと概要を説明しているヨシュアを尻目に、ティータに悪魔の囁きを吹き込む。
「ティータ、おもしれー実験やるよ。」
「えっ!?」
「め、目が輝いた…」
文字通りである。
今ならきっとレーザーでも…
「出ませんから!?」
出せると信じたい。
「博士と一緒にやるから、一緒にいこー?」
「はいっ!あ、でも…」
今後の心配をしているようだが、それは無用である。
「大丈夫だよ。せめて博士が無茶をしないように見守ってくれたまえ。」
「はいっ!ありがとーございますっ!」
そして、中央工房から出た。
「アルシェムさん、一体どんな実験なんですか!?わくわく。」
「しょーたいふめーのオーブメントの実態を探るんだよ。」
「そうなんですかー!楽しそう…」
目を輝かせながら子供が語ることではない。
ましてや、それが兵器かも知れないものであると知っていれば。
「何て言うか…」
「流石は《導力革命の父》のお孫さんだね…」
そんなエステル達の言葉を置き去りにして、ラッセル工房へと足を踏み入れた。
「えへへ…いらっしゃいです!」
「へ~、良いお家じゃない。」
「博士は…2階だね。多分。」
気配的に。
「だと思います。」
2階へと上がると、博士がノートとにらめっこしていた。
「むむむっ…くぬぬぬっ…」
「…相変わらずだねー…」
「あの~、初めまして。あたし…」
「エステル、今は多分無駄だからね。ぜってー聞こえてねー。」
だって、博士だし。
「へっ!?」
そうして、博士は絶叫した。
「で、出来たあああっ!」
「ひえっ!?」
「ついに完成したぞおっ!凄いぞワシ!流石じゃワシ!うむっ、こいつは早速…」
さて、落ち着け。
「チェストぉぉぉぉっ!」
「ぐはっ…」
「ちょっ…アル!?ナニしてんの!?」
チョップです。
「…博士?落ち着いたかな…?落ち着いたよね?そーだよね?」
「ひえっ…む?お前さんは…」
「人の話は聞くべきだって…勿論分かるよね?分かってるよね?は、か、せ?」
「お、おお、久し振りじゃな、アルシェム。元気にしておったかの?」
はぐらかそうとするな。
「えー、とっても元気ですとも。熱中はそこそこにしとかねーと、知らねーうちに首が吹っ飛んでるかも知んねーですよ?」
「む…」
「見た所、何かを無効化するっぽいけど…」
ヤバいやつじゃないだろうな。
「うむ、これは生体感知を無効化するオーブメントじゃ。特殊な導力場を発生してスキャンを誤魔化す…」
「博士。それ、悪用されたらやべーって分かってます?」
ヤバいやつだった…
一体何に使うつもりなのやら。
「…わ、分かっとるわい!」
「…なら、いーけど。博士に客だよ。エステルにヨシュア。」
「む…もしや?」
「そ、カシウスさんの子達だよ。」
見ただけでわかるでしょうが。
「そうか…まさかカシウスの子達が訪ねて来るとはのう…」
「博士ってやっぱり父さんの知り合いだったんだ。」
「うむ、あやつが軍にいた頃からじゃから、20年以上の付き合いになるかの。」
…20年前のカシウス。
うーん…
どうしても想定から髭が消えない…
「わたしもカシウスさんと会ったことありますよ。おヒゲの立派なおじさんですよね?」
「うーん…立派というか何というか…でも、そう言うことならアレを預けられるわね。」
「そうだね。」
「とゆーわけで、博士。おもしれーお土産です。」
「これは…」
エステルが事情を説明する。
「成る程…」
「因みに、キャリバー無しの継ぎ目無し、かなりの硬さを誇るのは確認済みです。…誰がこんなやべーものを…」
結社産、クルダレゴン。
何だかとっても硬い意味不明な金属だ。
まあ、名前は出さないが。
「ふむ…解体してみるのも手じゃが、測定装置にかけてみるべきじゃのう。」
「…あんまりお勧めはしねーですが、それしかねーでしょ。まー、まずはさっきのを実験してからですね。」
「うむ。」
生体感知無効化のオーブメントの実験は無事に成功した。
喜んで良いのか悪いのか。
「成功じゃ!」
「まー、間違いはねーでしょ。博士だし。」
とんでもないことはやらかすが、小さなミスは少ない。
それが博士クオリティ。
そうして、博士は黒いオーブメントに向き合った。
まさかのKの正体が割れました。
では、また。