雪の軌跡 作:玻璃
ストックが増えないのにこれいかに。
では、どうぞ。
やっと落ち着けたので、アルシェムは隣の部屋から元の部屋へと戻った。
「…ごめんね…もー、だいじょーぶだから。」
「ホントに?無理しちゃダメなんだからね?」
「うん。だいじょーぶ。ちょっとやな夢を見ただけだから…」
嫌な夢を見たのではない。
実際は、混乱していただけだ。
もう、こんな醜態を見せたくはなかった。
「そうですか…」
「メルせんせーもごめんなさい。わざわざ来てくれて…」
「気にしないで下さい。」
「…ありがとー。」
アルシェムは一度深呼吸し、心を落ち着けてからエステルに聞いた。
「…で、あの件で来たんだよね?」
「あ…うん。」
「何か分かったの?」
「それが…」
「何と言ったら良いのか…」
とても複雑な顔をしている。
放火だと気付いたのだろう。
「…ねえ、皆、私朝ご飯を食べてなくて、下で頼もうと思うの。皆も甘いもの食べたくない?」
こういうときだけ、地味に気が利くのがクローディアである。
流石のKY娘も、ここでは空気を読んでいるらしい。
「わーい!」
「でも…」
「…クラム、行きましょ。」
「え?」
「つべこべ言わずに来なさいったら。」
クラムがマリィに引っ張られて降りていった。
「…ふう、助かっちゃった。あの子達にはあんまり聞かせたくなかったから…」
「そうだね。マリィちゃんは察してくれたみたいだけど。」
「ふふ、良い子達に恵まれて私は本当に幸せ者です…それで、調査に来たとおっしゃいましたね。どうぞ、何なりと聞いて下さい。」
何を聞かれても、受け止められる。
表面上は、そう見えた。
だが、悲しみの感情がダダ漏れだった。
「ご協力、感謝します。」
「えっと、それじゃあ…」
「まず、現場の調査結果ですが…何者かによる放火の可能性が極めて高いことが判明しました。」
「うん、油を撒かれて離れたところから火属性アーツで放火。複数犯で、銃を所持。それに…黒ずくめで統率が取れた集団だった。わたしに分かったのはそのくらいかな。」
というか、先に聞かないのか。
流石にまだ拙いかな。
「そこでお聞きしますが…犯人に心当たりは?」
「…検討もつきません…ミラにも余裕はありませんし、恨まれる覚えも全く…」
「つまり、強盗でも怨恨でもないってわけね。」
あの連中は、ただ火をつけに来ただけという印象がある。
つまり、彼らは…
「そうなると、嫌な話ですが愉快犯という可能性もあります。事件前後に、何か変わったことは?見知らぬ男達が孤児院の近くを彷徨いていたとか…」
「そうですね…アルシェムさんがお見えになったくらいでしょうか…あの方は関係ないでしょうし。」
「あの方?」
「私達が脱出した後…アルシェムさんが天井の下敷きになってしまって…」
「あいつは、多分、放火はしてねーんじゃねーかな。あくまで放火は、だけど。」
放火以外は恐らくしている。
「それって、マノリアの人なの?」
「それが、アルシェムさんをマノリアまで運んで下さった後はすぐにいなくなってしまって…マノリアの方々に聞いても、心当たりはないそうです。」
「…怪しいですね。そんな真夜中に、孤児院の近くにいたというのも気になりますし。どういう雰囲気の人でしたか?」
「象牙色のコートを着た、20代後半くらいの男性です。見事な銀髪をなさっていました。ちょうど、アルシェムさんよりも少し象牙色がかったような色…」
ここで、若干ヨシュアの顔色が変わった。
誰にも気づけない程度の、けれどはっきりした感情の揺れ。
「銀髪…」
「お若いのに、苦労なさったような深い眼差しをしていました。悪い方には見えませんでしたが…」
「…多分、一番分かりやすく形容するなら、修羅、かなー。」
修羅に堕ちた剣士。
アルシェムの、大切な人。
「修羅…?」
「大切なモノを喪って、何もかもに希望を持てなくなったくせに何かに縋らなきゃ生きていけねーみてーな…そんな、切実な感じ…」
「…普通の人じゃ無さそうだけど、アルを助けてくれたし…犯人じゃなさそうね。…って、ヨシュア?何よ、ボーっとしちゃって。」
「いや…そうだね、案外どこかの遊撃士かも知れないし…取り敢えず分けて考えた方が良さそうだ。」
いや、流石に遊撃士はないだろう。
「う、うん…?」
ここで、クローディアと思しき人物が誰かを引き連れて階段を上がってきた。
そして扉をたたく。
「…失礼します。」
「あれ、クローゼさん?」
「あの子達はどうしたんだい?」
「ふふ…下でケーキを食べています。あの、先生。お客様がいらっしゃいました。」
「お客様?」
クローディアが少しその場を動き、その人物に道を譲った。
「お邪魔するよ。」
「あ…!」
「ダルモア市長…」
ダルモアの感情が揺れる。
何か、不都合なことでもあったのか。
「おや、遊撃士諸君も一緒だったか。流石はジャン君、手回しが早くて結構なことだ。さて…お久しぶりだ、テレサ先生。先程知らせを聞いて慌てて飛んできたところなのだよ。だが、本当に御無事で良かった。」
「ありがとうございます、市長。お忙しい中をわざわざ恐縮です。」
「いや、これも市長の勤めだからね。それよりも、誰だか知らんが許し難い所行もあったものだ。」
…ふうん…
誰だか知らない、ねえ。
同じことを思ったのか、メルが水を差した。
「まだ放火とは伝わっていないと思いますが?市長。」
「おお、シスター・メル。テレサ先生の性格は良く知っているからね。火の始末にはかなり気を使う方だ。不始末ではあるまいと思ったんだよ。」
「…そうですか?」
もう、メルはダルモアを疑ってかかっている。
「何…?」
まさか…
「人間誰しも過ちはありますよ。テレサ先生とて、完璧ではありません。」
「それは…」
「メルせんせー、ストーップ。話が進まねーんで。」
あまりつつきすぎて何か仕出かされてもマズい。
「…済みません。」
止まってくれたから良いものの、何かあってからでは遅いのだ。
「遊撃士諸君。犯人の目処はつきそうかね?」
「調査を始めたばかりですから、確かなことは言えませんが…愉快犯の可能性もあります。」
「そうか…何とも嘆かわしいことだな。この美しいルーアンの地にそんな心の醜い者がいるとは。」
…あれ。
「市長、失礼ですが…」
「ん、何だね?」
扉の外に、気配がする。
「今回の件、もしかして彼等の仕業では…?」
「ま、待って!彼等って…」
これは、まさか…
子供…!?
「君達も昨日絡まれただろう。ルーアンの倉庫区間にたむろしてる」
「ストップ!」
マズい。
「…アル?」
「く…っ!」
マズいマズいマズい。
子供が、駆け出して行ってしまった…!
「アルシェムさん!?まだ動いちゃ…」
「くそっ!確証もないことをさも当然のように話すんじゃねーよ!」
急がないと。
「いや、昨日もそうだっただろう?奴ら、いつも市長に楯突いて面倒ばかり…市長に迷惑をかけることを楽しんでる節すらある。だから市長が懇意にしている…」
「だからってそこまで頭の回るよーな賢い奴らじゃねーのよ!」
急がないと…!
「アルシェム、落ち着きなさい。」
「そうだ。ギルバート君。憶測で話すんじゃない。これは重大な犯罪だ。冤罪は赦されない。」
メルがアルシェムを押さえつけている。
止めないで。
「メルせんせー…間に合わねー…」
「申し訳ありません。考えが足りませんでした…」
止めないで…!
「余計なことを言わずとも遊撃士諸君が犯人を見つけてくれるだろう。期待しても良いのだろうね?」
「うん、任せて!」
「全力を尽くさせて貰います。」
メルが、アルシェムを離してくれない。
「うむ、頼もしい返事だ。ところでテレサ院長…1つ伺いたいことがあるのだが。」
「何でしょうか?」
「これからどうなさるおつもりかな?再建するにしても時間もミラもかかるだろう。」
抵抗しても、動けるような体調じゃない。
だけど…
「…正直、困り果てています。当座の蓄えでは再建などとても…」
「テレサ先生…」
だけど!
「やはりそうか…どうだろう。実はグランセルにダルモア家の別邸があってね。たまに利用するだけで普段は空き家も同然なのだが…暫くの間、子供達とそこで暮らしてはどうだろう?」
「え…」
その言葉で、一気に醒めた。
コイツハ、ナニヲイッテイルンダ。
「勿論、ミラを取るなど無粋なことは言わない。再建の目処がつくまで滞在してくれて構わない。」
「で、ですがそこまで…」
「どうせ使っていない家だ。気が咎めるのであれば…うん、屋敷の管理をしていただこう。勿論謝礼もお出しする。」
そんな虫の良い話、疑うなという方が難しいじゃないか。
急がなければ。
もしも、万万が一レイヴンがダルモアに雇われていたら…!
「…市長…その、少し…考えさせて頂けませんか…?色々あって混乱してしまって…」
「無理もない…ゆっくりお休みになると良い。今日のところはこれで失礼する。その気になったらいつでも連絡して欲しい。」
「はい…ありがとうございます。」
離して、メル。
思い切りもがくが、やはり離してはくれない。
「行くぞ、ギルバート君。」
「はい!」
ダルモア達は、いっそ清々しいくらい颯爽と出て行った。
脳内で出来上がってるものの時系列がぐっちゃぐちゃであの話がどこだったっけ状態。
さーて、どうすっかなー…
頑張ります。
では、また。