雪の軌跡 作:玻璃
さみぃ…
では、どうぞ。
凍りついた空気を打開したのは、アルシェムだった。
「誤解ですって。落ち着いて下せー。エステルもクラム君を放してあげて。話が成り立たねー。」
「…あら?」
「あ、さっきの…」
「マノリアでお会いした…」
どうやら、面識があるようだ。
それも最近。
まあ、この人物の場合は最近でなければならないのだが。
「ピュイ?」
アルシェムは、彼女の正体を知っていた。
情報は、本当だったようだ。
「助けて、クローゼ姉ちゃん!オイラ、何もしてないのにこの姉ちゃんがイジメるんだ!」
「な、何をぅ!?あたしの紋章を盗ったくせに!」
「へん、だったら証拠を見せてみろよ!あ、くすぐるのはナシだかんな。」
「うぬぬぬ~…」
クローディア・フォン・アウスレーゼ。
リベールで2番目に位の高い人物である。
「やあ、また会ったね。」
「あ、その節はどうも…済みません、私てっきり強盗かと…あの、それで…どういった事情なんでしょう?」
曲りなりとも、次期女王候補でもあるのだ。
推測位はして欲しい。
それにしても…
「クローゼお姉ちゃん、そんなの決まってるわよ。どーせクラムがまた悪さでもしたんでしょ。」
「ねー、お姉ちゃん、もうアップルパイ出来た~?」
「あ、もうちょっと待ってね。焼き上がるまでもう少し時間がかかるの。」
「この悪ガキ!」
「乱暴オンナ!」
「全くクラムってばいつまで経ってもガキなんだから。」
「アップルパイ、まだかな~。」
「何このカオス。」
誰にも手の負えないカオス空間が出来上がっていた。
あるいは…
孤児院の中にいる人物なら、どうにかなるのかも知れない。
「…何だかややこしい事態になってるね。」
「あ、あはは…私もそんな気がします…」
「ピュイ。」
ほら、出て来た。
「あらあら、何ですかこの騒ぎは…」
「テレサ先生!」
「詳しい事情は分かりませんが…どうやら、またクラムが何かしでかしたみたいですね。」
この推測能力を、クローディアにも分けて欲しいものである。
切実に。
「し、失礼だなぁ、オイラ何もやってないよ。この乱暴な姉ちゃんが言いがかりを付けてきたんだ。」
「だ、誰が乱暴な姉ちゃんよ!」
「エステル以外いねーでしょ…」
「あんですってー!?」
クローディアも、アルシェムもクラムには乱暴していない。
消去法でエステルだ。
くすぐってたし。
「あらあら、困りましたね。クラム…本当にやっていないのですか?」
「うん、当たり前じゃん!」
「女神様にも誓えますか?」
「ち、誓えるよっ!」
「そう…さっき、バッジみたいな物が子供部屋に落ちていたけど…あなたの物じゃありませんね?」
「えっ、だってオイラズボンの…はっ…」
流石の誘導尋問…
伊達に子供達の世話をしていない。
「語るに落ちたみてー。流石ってゆーべきかな?」
「や、やっぱり~!」
「まあ…」
「見事な誘導ですね…」
クローディアには、こんな経験が足りないのかも知れなかった。
「クラム…もう言い逃れは出来ませんよ。盗ってしまった物をそちらの方にお返ししなさい。」
「うー…分かったよ!返せばいんだろ、返せば!」
「わっと…」
クラムは、遊撃士の紋章をエステルに投げ返した。
「フンだ、あばよっ!」
そのまま去ろうとするが、そうは問屋が卸さない。
「ほい捕まえたっと。はんせーしよーね?」
「よ、余計なお世話だよっ!」
「はんせーしなかったらクローゼお姉ちゃん特製アップルパイ没収。」
「は、反省します!」
効果は抜群だ!
ということは、かなり美味しいのだろう。
「ぽかーん。」
「ほらクラム?エステルにごめんなさいしよーね?あとクローゼお姉ちゃんにも、テレサ先生にも。」
「うー…わ、悪かったよ!」
そう言って、抜け出して孤児院の中へ入ってしまった。
「もう、素直じゃないんだから…」
「まあまあ。」
「ここで立ち話をするのも何ですし、詳しい話はお茶を飲みながら伺わせていただけませんか?」
中に入り、エステルがかいつまんで事情を説明した。
アルシェムの言いたいことは1つだけ。
迂闊すぎる準遊撃士ってちゃんと正遊撃士になれるんだろうか。
「そうですか…そんなことを。あの子も悪気はないのですが、悪戯好きの上無鉄砲で…本当に済みませんでした。保護者としてお詫び申し上げます。」
「あは、もう良いですよ。ちゃんと戻ってきたし。美味しいハーブティーとアップルパイでチャラってことで。」
「ふふ、ありがとう。エステルさん。」
エステルは、悪戯よりもアップルパイの方が気に入ったらしい。
やはり色気よりも食い気だ…
「でも、本当に美味しいお茶ですね。マノリアの酒場の物と同じ味がしますけど…ひょっとして?」
「ええ。ハーブの栽培は私の趣味のようなもので、有り難いことにそれを白の木蓮亭がご好意で仕入れて下さるんです。」
「そうなんだ…さっき食べたアップルパイもすっごく美味しかったですけど。」
「あれは私ではなくこの子が作ったものなんですよ。」
エステルとヨシュアはクローゼが作ったことに少なからず衝撃を受けていたようだったが、アルシェムは違った。
「やっぱり?焼き上がるだの何だのって言ってたし、何よりクラムへの注意の時に否定されなかったからそーだと思いましたよ。」
「あはは、恥ずかしながら…あの、先程は本当に失礼なことを…」
「気にしなくて良いってば。あたしもちょっと荒っぽくしちゃったし。でも、流石にあの白いタカには驚いたけどね。」
ちょっとか?
というツッコミを入れても良いのだろうが、あえて放置しておく。
「あ、ジークのことですね。あの子、シロハヤブサなんです。」
「シロハヤブサ…確かリベールの国鳥だったね。よく訓練されてるみたいだけど、君のペットなの?」
「いえ、私が飼っている訳じゃありません。仲の良いお友達なんです。」
「は~、凄い友達ねぇ。」
その答えで、自分が何者であるか半分くらいは確定されたようなものである。
シロハヤブサは、国鳥であるが故に厳しく保護されている。
そんな動物と触れ合えるのは、王族だけである。
迂闊すぎる、クローディア…
「そーいえばクローゼさんはジェニス王立学園の生徒さんだよね?ここに住んでる訳じゃなさそーだけど。」
「あ、はい、寮なんですけどここはあまり遠くないのでつい遊びに来てしまうんです。ご迷惑かとは思うのですけど…」
「あらあら。迷惑だなんてとんでもない。あなたが来てくれるおかげで私も色々と助かっていますよ。子供達も喜んでいますしね。」
「テレサ先生…」
甘い。
クローディアはただの子供ではないのだ。
甘やかしてはいけない。
「でも、こちらに構い過ぎて学園生活を疎かにしないようにね。まあ、あなたに限ってそんな心配はないでしょうけど。」
「はい、肝に銘じておきます。」
まあ、成績は良さそうだからそこまで心配しなくても良いか…
「うーん、学園生活か…」
「あ、エステルには無理なんじゃねーかな。」
偏差値が物凄く高いので、まずは学力的に無理。
何よりも一か所に固まって授業を受けるのが苦痛だろう。
何と言っても、お転婆娘エステルである。
「あ、あんですって?」
「まあ、確かにね。王立学園の入学試験はかなり難しいらしいから。遊撃士なんてメじゃないくらいにね。」
「あう、あたしにはやっぱり無理か…」
この時点で諦めるあたり、自分に向いていないのだとは自覚していたのだろう。
やけにあっさりしていた。
「ふふ、そんなことないですよ。遊撃士になる方が遥かに難しいと思います。しかもその若さで…私の方こそ憧れてしまいます。」
それは、遊撃士に、ではないのだろう。
自由な暮らしに。
贅沢なものである。
「えへへ、何だかくすぐったいわね。遊撃士とはいっても、まだ見習いみたいなもんだし。」
「一人前の遊撃士を目指して王国各地を回っている最中なんです。暫く、ルーアンで活動することになると思います。」
「だったら、何かの機会にお世話になるかも知れませんね。あの子達も喜ぶでしょうし、是非、また遊びに来て下さいな。お茶やお菓子くらいなら御馳走させて貰いますよ。」
そこでお開きとなり、ルーアン市に向かうことにした。
皆さん、お風邪をひかれませんよう。
では、また。