雪の軌跡   作:玻璃

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とある人物たちにとっては山場。
こんなの書く予定なかったぞ、なのに勝手に動いてたんだ彼ら。

では、どうぞ。


答えはすぐそこに(S.1205/01/12)

 エイドスが凍らされ、アインがアリアンロードと打ち合い、ロイドが出現してその場は硬直した。アインは部外者で手を出さないはずではなかったのかという視線をロイドに送りながら。その他大勢は誰コイツ、と。もしくは何故ここに、と。そんな空気を打ち砕いたのは、アルコーンだった。

「どうして、と言われてもだな。これがクロスベル独立をリベールから認めてもらう条件だったのだから仕方がないだろう」

「どういう、ことだ」

「畏れ多くもリベールのアリシアⅡ世陛下はな、アイン。『《身喰らう蛇》を潰せば国として認めて』下さるそうだ」

 その言葉を聞いてアインは直近のリベール担当ケビン・グラハムを睨みつける。しかしケビンは真面目な顔で首を横に振った。ケビンはその情報を掴んではいなかったからである。無論、アルコーンもケビンには掴ませないようにはしていた。この中で知っていたとすれば、それは……

「え、君、そんな無茶な条件呑んでたの?僕それ聞いてない」

「聞かれていないからな、ワジ。愛しの彼が待ってるぞ、こちらへきたらどうだ?」

「あはは、無理だよ。……どうしたって、もう光の側には戻れないんだから」

 そう、少しだけ計画を明かされていたワジ・ヘミスフィアだけだった。ワジはアルコーンの言葉にそう答え、顔を曇らせた。それでも何かを断ち切るように首を振り、拳を構えるあたりは流石守護騎士と言ったところか。

 そんなワジを見てヴァルドが一歩進み出た。その顔にはかつて荒れていた不良の名残はない。そこにいたのは、一人の漢だった。ふざけた格好はしているものの、その目に迷いはない。ヴァルドは高級釘バットを構えてワジと向かい合った。

「……テメェ、ワジ。何で何も言わずにいなくなりやがった」

「ヴァルドには関係のないことだよ。というか、何でここにいるの君?」

「何で、だと?」

 ヴァルドは目を細めてワジを見た。ワジは一瞬怯みそうになったが、それでもじっとその目を見返した。数秒だけ見つめ合ったものの、ワジから目を逸らすことにはなったが。やはり後ろめたさはあるのだろう。ヴァルドは更に言葉をつづけた。

「テメェに会いに来たんだよ。俺の居場所はワジの隣だからな」

 真顔でそう言い切ったヴァルドに、一同は複雑そうな顔をした。そして一様に耳の調子を確かめた。今、ヴァルドは愛の告白的なものをしなかっただろうか?耳の調子は頗る良く、聞き間違いではないことに一同は気付いた。そんな一同を意に介することなくヴァルドは告げる。

「戻りたくねえなら好きにしろ。俺も傍にいるから。戻りたくて気まずいなら一緒に帰ってやる」

「……やれやれ、僕も年かな?ヴァルドが何か愛の告白みたいなことを……」

「みたいなじゃねえ。そのものだ。」

 ドヤ顔で言い切ったヴァルドは妙に格好良かった。思わずワジが見とれるくらいに。ワジは顔を真っ赤に、次いで真っ青にしながら百面相して動揺する。そんなワジにヴァルドは更に追撃を加えた。

「ヴァルド・ヴァレスはワジ・ヘミスフィアを愛している」

「なっ……ななな、何言ってんのヴァルド!?どうしたの、頭でも打った!?うわ、どうしよう病院!?そうだよ病院に連れて行かなくちゃ……!?」

 派手にテンパるワジを、ヴァルドは抱き締めた。ワジは若干抵抗したものの、完全に拒絶はしなかった。次第に抵抗は小さくなり、完全に収まる。その場は何故か妙な空気になってしまっていた。おのれヴァルド。一瞬アルコーンはそう思ったとか思わなかったとか。

 抵抗を止めたワジは、小さな声でヴァルドに問うた。

「……僕、男じゃないよ」

「だからどうした?お前はワジだろう。女だろうが男だろうがカマだろうがナベだろうがどっちつかずだろうが関係ねえだろうが」

「……その、どれでもなくても?」

 ワジはヴァルドの宣言に不安そうな顔でそう返した。そもそも何故ヴァルドにそんな用語を知る機会があったのかとか、どこからどう突っ込む必要があるのか、いろいろ思い悩むことはあってもそれを口にすることはしなかった。期待してしまったのだ。誰よりも大切な人間だからこそ、避けられたくない。避けられたくないのに受け入れられる発言をされて、期待してしまった。

 そして、答えはもたらされた。

「ワジ。テメェは何であろうがテメェだろうが。性別だの立場だの関係ない。」

「……僕、人殺しだよ」

「そうか、それで?」

「僕……神殺しだよ」

「だから?」

「……気持ち悪く、ないの?」

「関係あるか、馬鹿野郎。良いか、何度だって言ってやる。テメェを構成するすべてをひっくるめて、俺はワジを愛している」

 こうして、ワジはヴァルドに堕ちてしまった。ヴァルドはワジを抱きかかえてアルコーンの背後まで下がる。因みに全員が胸やけというか何というか甘ったるい空気を吸って辟易としていたのだが、それはさておき。

 その衝撃からいち早く立ち直ったのはケビンだった。ボウガンを構え、アルコーンを狙う。しかし、矢は発射されなかった。弓弦にあたる部分が断ち切られてしまったからだ。断ち切ったのは、レン。

「うふふ、まだまだ甘いのね、ネギ神父さん」

「ネギちゃうわ!ええ加減にせえよ、レンちゃん……!」

「こんなことしたって意味ないのにやるからよ。教皇さんと盟主は同じ人物だったの。《身喰らう蛇》の消滅は星杯騎士団の悲願でもあったんじゃないの?」

 レンの言葉にケビンがたじろぐ。たしかに、それは事実であったからだ。ただし、たとえ教皇が盟主であったとしても今ここで失うことは出来ないことに変わりはないが。七耀教会を導けるのは教皇だけだったからである。故に、ケビンは教皇を解放して貰おうとしていた。そこでアインが口を挟む。

「ケビン、待て。……敵う相手ではないことくらいわかるだろう、馬鹿かお前は」

「しかし、総長……!」

「どちらにせよ、教皇聖下を元に戻すのは止めた方が良い。……あんなガキみたいな危険思想の持ち主だとは思いたくなかったが」

 アインは内心で苦虫をかみつぶしていた。アインを星杯騎士団に取り立ててくれたのは教皇その人であったからだ。一介のシスターとして生きていくにはお転婆すぎた自分を教育し、最強の存在へと昇華させてくれた人物。それが、まさかあんな思想の持ち主だとは思っても見なかった。間違いはその時に戻って正せば良い。そんなバカげた考えをしているとは思ってもみなかったのだ。

 アインは知る由もないが、この思想はキーアとも似ていた。間違ってしまったからやり直す。それだけの力があるから出来るはず。でも今は力がないから準備を整えている最中で。だから周りを良いように動かして最適な未来を掴みとる。そこまでの苦労を、生きて来た人間を踏みにじる行為である。

 アインは溜息を吐いて全員に武装解除を命じた。凍っていた面々もアルコーンは解放し、武装解除されていく。そうして、武器を持っている人間はロイドだけになった。ロイドはアルコーンに問いかける。

「本当に、クロスベルを国にするためだけに空の女神を殺したっていうのか……?」

「死んではいないが、動けなくはしたな。……まあ、多少私情が混ざっていることを否定はしないが」

「私情……か」

 ロイドは複雑な顔をしてアルコーンを睨みつけた。ロイドにアルコーンの過去は分からない。分からないが、悪魔崇拝などのように空の女神に対する恨みがあるとは思っていない。本当に私情なのだろう。キーアに対しての言葉からも分かる通り。

「君が至宝だから、空の女神を恨んでいたのか?」

「違う。まあ、確かにどんなときにも助けてくれる存在ではないのは分かっていた。そういうので恨んだ時期もあるがな……教皇はな、キーアに似ているんだ」

「……え?」

 ロイドは思考を一瞬停止させる。どう見ても教皇はキーアと顔立ち等似ているところはない。なのに、アルコーンは似ているという。その理由を知りたくてアルコーンの言葉を待った。それに応えたのはカリンだった。

「ロイドさん。教皇はキーアさんと同じく今生きている人間を蔑ろにして過去を変えようとしたんです。それにアルコーンは怒っているわけではないですが……」

「確かに、過去を変えるというのは赦されないことだとは思いますけど……じゃあ、アルは何に怒っているんですか?」

「過去を変えるということは、生きているはずのない人間を救うことでもあります。その結果、大きく現在が歪む。その、歪みが――アルコーンですから」

 そう言って、カリンは目を伏せた。カリンも過去を変えられた人間。生きているはずのない人間で、救われた存在だ。夫であるレオンハルトと同様に。カリン自身、違和感を覚えることが多かった。これまでにはありえなかったことが突然起こる。それはたとえば、アイン・セルナートに拾われることであったり、あまり得意ではないはずの運動能力が急に向上したりというわけのわからない現象だ。

 生き延びてほしい、という誰かの願いがカリンを歪めた。ゆがめられた人間は普通の生き方をすることが出来ないのだ。シズク然り、カリン然り、レオンハルト然り。そんな、本来の流れからはじき出された人間は少なからず歪みを正そうとする流れに押しつぶされそうになる。シズクにはこれからも危険が付きまとうだろうし、それはカリンもレオンハルトもである。

 歪みの中で、最大のものは無論アルコーンである。幾度となく名を変えることを余儀なくされ、ひとところに留まることが出来ず、様々な立場で歪みを修正する役目を負ったアルコーン。修正不能になった歪みは、キーアとの邂逅で表に出て来た。アルコーンの運命はここで決められてしまったと言っても過言ではない。アルコーンはキーアの望みをかなえるべく動くだけの人形となり果て、僅かながらの反抗も呑みこまれようとして――それでも、歪みに打ち克った。自らの運命を代償にして、クロスベルの民の幸せを願い、その分の不幸をまき散らした。時代が時代ならば、『魔女』と呼ばれてしかるべき存在である。無論、帝国に存在するエマ・ミルステインを代表とする魔女たちのことではない。とある世界における魔女狩りで狩られる魔女のことだ。

 カリンの言葉を聞いて、ロイドは困惑したかのようにトンファーを降ろす。ようやく、納得がいったのだ。何故アルコーンがあれほどまでにキーアに突っかかって行ったのか。それを知っていそうなワジをつけてまでアルテリアに入国し、ノエルとフランを巻き込んでまで追い求めた真相はここでもたらされた。

「アルは……生きていたく、なかったのか?」

「それも違うが……何だろうな。無責任だ、と罵りたかっただけなのかもしれない。どんな思いで生きて来たかも知らないくせに、何を甘っちょろいことを、と」

「つまり、文句を言いたかったのか?キーアのせいで人生散々だったって」

「うまいこと言うな、ロイド。多分、その通りなんだ。だからわたしはキーアに逆らってまで事を推し進めたんだよ」

 そう言うアルコーンの顔は何故か晴れ晴れとして見えた。恐らくは全てをやり切ったという達成感から来るのだろう。もう、キーアのために生きる必要はなくなったのだ。これからは自由に生きられる。……もっとも、国の象徴として生きる道しか残されてはいないが。

 そうして、アルコーン達はクロスベルへと戻った。ワジと、ロイド達も一緒にである。これは完全に余談ではあるが、ロイドはエリィの前に顔を出した瞬間頬をひっぱたかれ、数日ほど口を利いて貰えなかったそうな。




ほんと、何やってんだこいつら。

では、また。

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