雪の軌跡 作:玻璃
リメイク後はこんな感じになりますので、という見本的な意味もありますね。
では、どうぞ。
それぞれが、それぞれに向けて戦う中で。ロイド達はマリアベルに向かって走り出していた。エリィを解放して貰うため、ひいてはキーアを解放して貰うために。ロイドとランディが前衛、ティオとノエルが後衛だ。ロイドとランディはマリアベルを挟撃する形で左右から回り込む。ティオとノエルは回復アーツの準備と打撃防御の地属性アーツを準備していた。因みにエリィは歯噛みしながら闇色の檻の中でマリアベルを睨みつけている。
そんなロイド達をマリアベルは冷静に対処した。闇色の針を数本生み出し、牽制を目的としてロイドとランディの足元に向けて放つ。ロイド達はそれを避けていくのだが、マリアベルは一瞬でも稼げた時間を妖魔の召喚に使った。
「さあ、いらっしゃい」
マリアベルの呼びかけと共に、ロイド達付近に一体ずつ召喚される妖魔。それを見たティオはノエルに目配せをする。ノエルはティオの目配せの意を察して自らの持つ導力機関銃をノエル付近の妖魔からティオ、ロイド、ランディの順に向けて掃除する。
「させませんよ、マリアベルさん……!」
さらにマリアベルは妖魔を召喚しようとしたが、ノエルはマリアベルに攻撃することでそれを阻止する。僅かにたたらを踏むマリアベルを見たノエルは、そのままマリアベルに向けて撃ち続けた。
ノエルの銃弾は、精確にはマリアベルには当たっていない。マリアベルはノエルの銃弾を闇色の針で防御しているからだ。マリアベルは闇色の針を生成し続けながらロイド達に向けて再び妖魔を召喚した。
「おどきなさい」
再び召喚された妖魔を見てロイドは妖魔を狩るべく襲い掛かる。しかし、妖魔がロイドに触れた、その瞬間だった。ロイドの姿が一瞬消え、次の瞬間にはティオがマリアベルの眼前に出現していた。その異常現象にロイドは気を取られる。
しかし、ティオは違った。即座に数歩飛び退ると、魔導杖を掲げてとある物体を呼び出す。
「エイドロンギア、始動!」
それは、シグムントとの戦いの際にも大いに役立ったエイドロンギアだった。マリアベルはそれを見て己の失策を悟り、舌打ちする。ノエルではなくティオを引き寄せたのはティオが後衛だったからでもあるが、ノエルは近接攻撃も出来るはずだからである。よって、まさかティオが近接攻撃をするとはつゆほども思っていなかったのだ。マリアベルは転移術を発動させるとティオを後方へと飛ばす。
「……マリアベルさんって意外と度胸がないみたいですね?」
ティオは白い目をマリアベルに向けながらエイドロンギアで狙撃を開始する。それに便乗してノエルもマリアベルに集中して撃ち始めた。マリアベルはそれを闇色の針で楯を作りながら防ぐ。
しかし、それを狙っていたものがいた。それは、ランディと状況を見ていることしか出来ないはずのエリィである。ひっそりとマリアベルに接近し終えたランディは、マリアベルに向けて横薙ぎにスタンハルバードを振るった。そのスタンハルバードは空を切ることなくマリアベルに突き刺さる。そして、追撃とばかりにエリィの三点バーストが闇色の楯を貫いた。
「ぐっ……!?」
「こいつァオマケだ、マリアベルさんよ!」
ランディは振りぬいたスタンハルバードの軌道を強引に変え、再びマリアベルに痛撃を浴びせようとする。しかし、今度はマリアベルにその攻撃が当たることはなかった。
なぜならば、マリアベルが転移術でランディをティオの背後へと移動させたからである。ティオはランディの峰打ちともいえるフレンドリーファイアによって前方へと吹き飛ばされる。
「……く、エイドロンギアを舐めないで下さい、マリアベルさん……!」
ティオは強引に軌道修正を図り、マリアベルに向けて突進する。マリアベルは顔をひきつらせながら再び転移術を発動させようとするが、時間が足りない。仕方なくマリアベルは闇色の針で強引にティオの体当たりを防御した。
ティオはエイドロンギアごと上空に弾き飛ばされ、体勢を立て直す羽目になる。マリアベルはそんなティオに追撃を掛けるべく闇色の針を総動員した。しかし、追撃は成らなかった。
「ベル、私を忘れてないかしら?」
闇色の檻から解放されたエリィが、自身の持つ装飾導力銃から特殊な銃弾をティオに向けて放っていた。その銃弾はティオにあたる前に弾け、柔らかな光を残して消えた。ティオは何が起きたのかを即座に把握すると、身体への負担を全く考えずに急上昇。そして上空から銃弾の雨を降らせる。
マリアベルはその銃弾の効果を数秒してから把握した。降り注ぐ鎮圧用ゴム弾から自身の身を護りつつ、エリィの確保へと動く。闇色の針が再び集結しようとするものの、激しい攻撃によってそれもままならない。
「ランディ、取り押さえて!」
「分かってるよ、お嬢!」
エリィの声に導かれ、ランディは銃弾をすり抜けてマリアベルの下へと走る。マリアベルはまずいと思いつつも楯を消すことが出来ない。今楯を消してしまえば、この後動くことが出来なくなる。
そして、マリアベルはランディによって取り押さえられた。後ろ手に手錠をされ、マリアベルは余裕を残しつつお縄となった。その隣には、リーシャが一瞬で捕縛したイアンが複雑そうな顔で手錠をされていた。
そんな攻防の中。ストレイとレンは、キーアに向きなおっていた。マリアベルたちとは違い、こちらで戦闘が起きていることはない。ただ特徴を上げるとすれば、キーアとストレイが見つめ合って何かをしているということだけだ。レンはストレイの手を握りしめながら事態を見守っていた。
「……キーア、間違ってないもん」
「そう思うならそう思っておけば良い。貴様の深層意識はそうは言っていないがな」
はた目には何をしているかは分からないだろう。しかし、ストレイとキーアは激しい攻防を繰り広げているのだ。あくまでも、至宝として。ストレイはキーアから力をはぎ取るべく動き、キーアはそれを防ぐために集中せざるを得なくなっていく。
そこで、レンは近くにこっそり潜んでいたシズクに声を掛けた。
「シズク、キーアに話しかけなさい。集中させてはダメ」
「分かりました、レンさん」
シズクは心得た、とばかりにキーアに声を掛け始めた。キーアの顔を真っ直ぐに見据えながら。
「キーアちゃん。私ね、どうしてもキーアちゃんに言いたいことがあってここまで連れて来てもらったの。」
キーアの表情が少しばかり変わる。シズクはキーアにとって親友とも呼べる人物であり、その親友の話を聞かないなどということはキーアには出来ないのだから。それを知っていて、レンはシズクに話しかけるように要請した。
「どうして私をここまで変えちゃったの?」
「それ、は……」
キーアの眼には、明らかに迷いが見て取れた。シズクの眼が見えるようになれば良いと願ったのは確かだ。だが、それ以上のもの――たとえば、シズクの身体能力の向上や戦闘能力の付加――を望んだつもりは、キーアにはなかった。何故そうなってしまったのか、何度自問自答しても分からない。
キーアは自覚していなかったが、これは未来のための布石でもあった。シズク・マクレインはどうあってもアリオスとの関係を断ち切ることが出来ない。故に、アリオスへの人質として使われる可能性がなくならない。たとえ目が見えていたとしても、シズク本人の戦闘能力は皆無。ならば、シズクの可能性のうちで一番強いものを望み、人質として使われる未来を消し去る以外にシズクが自由に生きられる道はない。
しかし、それを果たしてシズクが望んだだろうか。その答えは、シズク本人からもたらされた。
「私は、こんなこと望んでなかった。目が見えなくても良い。お父さんを止められなくたってよかった。でも、目が見えるようになってしまったから。力を持ってしまったから。だから、私は戦わなくちゃいけないと思ったの」
「シズク……」
キーアは、意味のある答えをシズクに返してあげることが出来なかった。無意識のうちにしてしまったことが、ここまでシズクを変えてしまうとは思ってもみなかった。キーアがシズクにしてしまったことは、取り返しのつかないことだった。
冷たい目でシズクはキーアを睨みつける。まるでそれが親の敵であるかのように。実際、キーアはアリオスの敵でもあるのだ。キーアさえいなければ、アリオスがこんな馬鹿げたことに巻き込まれることもなかった。キーアさえ、いなければ。かけがえのない親友ではあるが、それだけはどうしても許すことが出来なかった。
「ねえ、キーアちゃん。どうしてこんなことになっちゃったのかな?私、目が見えるようになったらきっと素晴らしい毎日が待ってるんだって思ってた。でも、違ったんだね。……目が見えるようになったのに、今の私はとっても苦しいの」
「シズク、キーアは……ただ、シズクのためになると思って……」
「私はそんなこと頼んでない!」
シズクはキーアに向けて絶叫した。声は震え、手はわなないていた。カチカチと歯が鳴る音がする。怒りで頭が真っ白になっていく。それでもシズクは、キーアに斬りかかることはしなかった。それをすれば、ただの犯罪者になると分かっていたから。
そして、キーアは気付いていなかった。この時点で完全に集中力が切れてしまったということに。この時点で、キーアの敗北が決まってしまったということに。既に力の主導権はストレイに奪われ、力そのものがストレイに吸収されていることにキーアは気付けない。レンの企みは成ったのだ。
シズクは震えながらキーアに詰め寄って、襟首をつかんだ。そして、叫ぶ。
「そうやって変えられた人生に、何の意味があるの!?今までの人生って何だったの!?今まで頑張ってくれてた先生方の苦労って何だったの!?ねえ、答えてよ、キーアちゃん!」
キーアは震えた。がくがくと膝は笑い、全身から力が抜けていく。目の前が真っ暗になった気がした。
ようやく、キーアは自覚した。
自分がシズクのためにしてしまったことが、どれだけの人間の意志を捻じ曲げてしまったのかを。シズクと彼女に関わる全ての人々に、どれだけの影響を与えてしまったのかを。だが、戻すことは出来ない。とんでもないことを、キーアはしてしまった。取り返しのつかないことを。
そんなキーアを見ながら、ストレイは最後の作業を終えた。キーアから奪い取った力は、ストレイのモノとなった。キーアの望み通り、キーアという存在がただの少女として生きられるように因果律を捻じ曲げる。キーアがそれを心の底から拒否していないために、ストレイはその作業をせざるを得なかった。そして、その作業さえ終われば。
「おめでとう、キーア。貴様はようやく普通に生きられる。責務から解放され、何もかもから解放された貴様は――自由だ」
その言葉が、キーアにとってのトドメだった。キーアの顔から表情が抜け落ちる。ただ静かに涙を流す様は、人形のようだった。
そうして、キーアはどこにでもいるありふれた普通の少女となった。
うん、短いように見えて4000字超えなんですねこれ。
こんな感じで時には文字数がぶれながら進んでいくことになると思います。
では、また。