雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
シズクが泣き疲れて眠ってしまったためか、門から出ていないにもかかわらずロイドたちはメルカバまで押し戻された。
アリオスも一緒に、だ。
アリオスによると、彼があの場での最後の門番だったらしい。
十分に準備して進む必要がありそうだった。
一晩眠り、彼らはすべての準備を終えて最奥へと進む。
誰もが口を閉ざしていた。
この先に、皆の求める少女がいる。
それを感じていたから。
そして。
広い空間に出たロイドたちは、木に埋まるキーアとマリアベル、そしてなぜかその場にいるイアンを見つけた。
「あらあら、来てしまったんですのね?」
「ベル…!」
「できればエリィは巻き込みたくありませんでしたけど、来てしまったのなら仕方がありませんわね。」
そううそぶいて、マリアベルはため息をついた。
それはマリアベルの本音だった。
それを証拠に…
「巻き込みたくないのなら、手を出せないようにすれば良いのですものね?」
マリアベルはにっこり笑いながら術を発動した。
エリィの周囲に黒い針状の物体が生え、瞬く間にそれは檻と化した。
「ベル、出して!」
「あら、エリィが悪いんですのよ?こんなお人形さんなんかに構ってばかりいるから、私のエリィが私を見てくれないんですもの。」
そこに見て取れたのは独占欲だった。
マリアベルは、本気でエリィを欲していた。
「安心なさいな、エリィ。そこにいる限り私は貴女に危害を加えたりしませんから。」
しかし、エリィの扱いに納得できない人物がいた。
それは。
「マリアベルさん。キーアとエリィを解放してください。」
ロイド・バニングスだった。
ちゃっかりキーアを先に出すあたり、保護欲が働いてもいるだろう。
だが、マリアベルはそれを断った。
「嫌ですわ。キーアさんは動かせませんし、エリィは私のものですもの。」
「…なら、力ずくででも解放してもらう。」
ロイドは静かにトンファーを構えた。
それを見てマリアベルは嘲るような笑みを浮かべた。
そして、マリアベルはこう言った。
「アリス、リアンヌ。」
その瞬間。
ローゼンベルク製の高級人形がロイドに向けて発射された。
「ぐっ…!」
ロイドを打ち据えた人形はマリアベルのもとへと帰って…いかなかった。
「あら、こんなことにお爺さんの人形を使うだなんて度胸があるのね?マリアベルお姉さん。」
レンがその人形たちを確保していたからだ。
レンは人形を検分して傷がついているのを認めると、ため息をついてENIGMAを取り出した。
「もしもしお爺さん?ええ、《トーター》から見ていてくれたかしら?…そう。分かったわ。殺さない程度だったらきっと大丈夫よ?…そう、優しいのね、お爺さんは。」
そうレンが言った瞬間。
マリアベルが隠し持っていた人形たちが一斉に飛び立った。
「なっ…!?」
マリアベルはそれを追おうとしたが、今はそれどころではないと自らを律して思いとどまる。
そして、レンを思い切り睨み付けた。
「あら、怖い顔。でもレン、そんなのちっともこわくないんだから。それよりも、そこの小娘に用があるから黙っていてくれないかしら?」
「…うふふ、キーアさんを取り戻したいのでしたら、私を倒さなければなりませんわよ?」
レンはマリアベルの言葉を聞くことなくマリアベルから視線を外した。
そして、キーアに向けて問いを発する。
「ねえ、キーア。本当に貴女は望んでそこにいるの?」
「…キーアにしかできないことだから。」
返事は、ためらいがちだった。
キーアにしかできないことがあるのならば、彼女はそれをやり遂げなくてはならなかった。
そのために、キーアは生まれたのだから。
しかし、それを否定するものがいた。
「それは本当に貴様にしかできないことだと思うのか?」
ストレイである。
ストレイはキーアを止めるためだけにこの場にいる。
キーアはこう答えた。
「…うん。だって、そうでしょ?アルが言ったことなんて全部嘘っぱちだってキーア、知ってるもん。」
「…そうか。ならば…」
ストレイはキーアを見据えたままその力を解放した。
纏う雰囲気はキーアと似て非なるモノ。
真正にして神聖なる銀色のオーラ。
注視できる人間がいたならば気づいただろう。
大きくなったキーアとストレイは、ほぼ同じ顔をしていた。
「これは、どう説明する気だ?」
「な…っ…!?」
マリアベルが息をのむ。
先祖代々追い求めてきたはずの純正品がそこにあった。
あれは、でまかせなどではなかったのだ。
「どうして…どうして、アルが…!?」
「何だ、気づいていたのではなかったのか?わたしを産んだのは間違いなく《虚なる神》で、そして貴様自身であると。」
そう。
ストレイを、『アルシェム・シエル=デミウルゴス』という存在を望んだのはキーアだった。
キーアが自らの運命を切り開きたいと願ったから。
キーアが普通の人間としていきたいと願ったから。
キーアが一般人として生きるために、ストレイは生まれた。
「う…嘘だもん…だって、そんな…」
「自覚しているのではないか?ここが、貴様基準での四周目であると。」
「そんなわけない…だって、だってキーアは…そんなこと願ってない…そんなはずない…!」
ストレイは知っていた。
キーアに接触した時から。
それ以前からもうっすらと気づいていた。
キーアは三度世界を巻き戻した。
一度目は、ヨアヒムに敗れロイドたちが殺害される世界。
その時は、無自覚だった。
二度目は、ヨアヒムに勝利したもののオルキスタワーにテロリストが侵入し、列車砲で《鉄血宰相》もろとも殺害された世界。
ロイドたちはあずかり知らぬことではあったが、その時帝国では列車砲がクロスベルに向けられていた。
その世界では、キーアは自覚して巻き戻した。
三度目は、ヨアヒムに勝利し、なおかつ列車砲が発射されなかった世界。
その世界ではこうしてロイドたちはキーアのもとに駆け付けた。
キーアは救い出され、試練はあれどもこのまま幸せに生きていけるはずだった。
その時に、心の片隅で思ってしまったのだ。
どうして、自分が、と。
この役目はキーアでなくてもよかったのではないかと。
そして、巻き戻された。
そこで生み出されたのが、ありえぬイレギュラーだった。
キーアの望んだ《虚なる神》の後継者たるモノ。
だからこそ、ストレイはキーアが望まなければたやすく揺らぐイレギュラーとなったのだ。
もともとあるはずのないモノだったために。
キーアは望んだ。
ロイドたちが救われる世界を。
だからキーアは望んだ。
ヨシュア・アストレイのいる悲劇の村へとストレイを存在させることを。
そうすることで、ヨシュアの心を救うために。
結果、ストレイはヨシュアの姉カリンを運命から外れて救い出すことができた。
キーアは望んだ。
リーシャが救われる世界を。
だからこそ幼少期にストレイをリーシャのもとへと向かわせた。
少しでも未来を変えるために。
結果、リーシャは人殺しを厭うようになった。
キーアは望んだ。
ティオが救われる世界を。
だからこそ、ストレイはリーシャのもとを離れ誘拐された。
ティオを救い出す布石とするために。
結果、移送という形でストレイはロッジの場所の漏えいに協力した。
キーアは望んだ。
レンが救われる世界を。
移送先が《楽園》だったのは、レンを救うために他ならない。
レンの心を支えるためだけに、ストレイはその場に移送された。
結果、レンはストレイを支えにして立ち上がることができた。
キーアは望んだ。
《身喰らう蛇》の瓦解を。
そのための楔としてストレイは結社に引き取られ、執行者となった。
かなりの数の執行者をストレイと顔見知りにさせた。
結果、ストレイは結社から多くの執行者を離反させることができた。
キーアは望んだ。
リベールの異変の平和的解決を。
そのためにストレイを七耀教会に送り込み、星杯騎士とした。
結果、従騎士たちを活用してストレイはできる限り平和的に抑えて見せた。
キーアは望んだ。
リベールとクロスベルの人間のつながりの強化を。
そのためにティオは《影の国》へと誘われた。
ストレイとの絆を利用して、だ。
結果、ティオという戦力強化とリベールの英雄たちとの強い絆を築くことができた。
キーアは望んだ。
ロイドたちの安全を。
そのためにストレイは危険な支援要請を進んで引き受け、危険な目に遭っても来た。
何度も同じことを繰り返せば人間は学習する。
しかし、ストレイは学習してはいても実行することができなかったのだ。
それが、キーアの意思だから。
結果、ロイドたちは大怪我をすることもなくここまでやってこれている。
キーアは望んだ。
できうる限りの素晴らしい未来を。
だからこそ、ストレイは獣じみた嗅覚で情報を集めることができた。
オルキスタワー襲撃でも、素早く対応することができた。
結果、キーアたちがこういう行動を起こさなかったとしてもクロスベルは独立できたという推測が建てられる。
ストレイはキーアの操り人形だった。
無自覚に操られるままに、ストレイは生きてきた。
ストレイが『アルシェム・シエル』として生きられなくなったのは、キーアの代わりとして十全に機能するのだと確認されたから。
だからこそ、キーアは『アルシェム・シエル』という一般人を必要ないと断じた。
ちょうどよく死んだことになっている彼女に、すべてを押し付けようとしている。
だからこそ、ストレイはこの場にいて、至宝として覚醒したことをキーアに示しているのだ。
すべてが無意識の中でやっていたキーアには、ストレイの言葉の意味は分からないのだが。
「わたしという存在があることをを望んだのは貴様だろう。その場を代われ。」
「出来ない…出来ないよ…!だって、これはキーアの役目で…キーアがやるべきことなんだもん!」
キーアは叫んだ。
無自覚ではストレイという存在を否定するために。
ストレイはそれを感じ取って、しかし自らの至宝としての力でストレイを消し去ろうとする因果律に逆らった。
「その役目をわたしに押し付けたのは貴様だが、覚えていないというのならば仕方がない。」
ストレイはその場から一歩踏み出した。
そして、ロイドに告げる。
「マリアベル・クロイスは任せたぞ、ロイド。」
「…ああ。」
ロイドはマリアベルと相対した。
それと同時に、ノエルとランディ、ティオもマリアベルに向き直る。
「…レン、リーシャ。戦力過多だ。…リーシャはイアン・グリムウッドを確保しろ。」
「わかりました。」
リーシャがストレイのそばから離れ、レンとストレイがキーアに向き直る。
そうして、戦いが始まった。
言い訳回ともいう。
では、また。