雪の軌跡 作:玻璃
□□□が最善を望んだがために起きたイベントです。
では、どうぞ。
シグムントを倒したロイドたちは一度メルカバに押し戻された。
力尽きかけていたロイドとランディはここでおいていくしかないのだが、ロイドはなぜかついて行きたがった。
無論、全力で治療は行うが、間に合うわけがないとだれもが踏んでいた。
しかし。
ロイドは、気合と根性と法術を利用したオーブメントの影響で奇跡的に全快した。
法術万能。
そういうわけで、再び探索のメンバーを代え、今度はロイドとストレイとレン、それにエリィとシズクが探索に加わることとなった。
それ以外のメンバーは、少し休憩しておくことにしていた。
探索は比較的楽だった。
ただし、再び閉ざされた扉と門を見るまでは、だが。
その門に近づくと、今度は一行を一気に呑みこんだ。
そこに広がるのは、悪趣味な空間。
鎖と鉄格子で構成された空間だった。
「…お父さんですね、この空間にいるのは。」
「そうかもしれないわね…この自分を戒めてますって感じがアリオスさんらしいわ。」
エリィも気を引き締めつつシズクの言葉に応えた。
相手は元A級遊撃士である。
気を引き締めてかからなければならない。
さまざまなギミックを粉砕しつつもストレイたちは慎重に進んだ。
そして…
最奥に、アリオスが待ち受けていた。
「…何故、お前が来る。」
「来るに決まってるでしょ、お父さん。だって私はお父さんの娘ですから。私がお父さんを止めないといけないんです。」
シズクはアリオスの瞳をまっすぐ見た。
アリオスは、そこにシズクの本気と少しだけ亡き妻の面影を見た。
「…それで、お父さん。お父さんがここまで思いつめたのってお母さんとガイさんのせいなんですよね?」
「私は追い詰められてなどいない。」
娘の言葉を、アリオスは否定する。
追い詰められてなどいないはずなのだ。
この場所にいるのは自らの意思。
選択肢がなくなったからここにいるわけではない。
「そう。じゃあどうしてこんなことに協力したんですか?」
「クロスベルを変えるためだ。」
「クロスベルを変えて、お母さんや私みたいな人を出さないために?」
シズクは純粋に疑問をぶつけていた。
何故、アリオスがマリアベルの計画に乗ったのかがシズクには理解できなかったのだ。
「…そうだ。」
「じゃあ、聞くけど、お父さん。クロスベルを変えるためっていうけど、その過程で出た私たちみたいな人にはどう償うの?」
アリオスはシズクの言葉に眉をひそめた。
少し考えて、思い当たった。
《赤い星座》の襲撃事件のことだろう。
しかし、アリオスにとってそれは必要な犠牲だった。
アリオスはシズクに告げた。
「あれは必要な犠牲だ。」
「…お父さん、その理屈は通らないんじゃないかなあ?」
シズクはアリオスをにらみつけた。
そして、告げた。
「あれがお父さんにとって必要な犠牲なんだったら、私たちも帝国や共和国にとって必要な犠牲だったでしょう?」
「それは、意味が違うだろう。」
「違わないよ、お父さん。どっちも被害者の側から見れば同じ。ただ理不尽に私たちは奪われただけ。」
その言葉に、アリオスは口の中に苦いものが混じるのを感じた。
確かにシズクの言うことには一理ある。
しかし、それでも認めるわけにはいかなかった。
彼らは均衡を保つためだけにシズクやその母を事故にあわせた。
自分たちは、クロスベルをよりよくするためにクロスベル市民に脅威を教えた。
本質は違うのだと言い聞かせなければ、アリオスは動けなかった。
「それに気づいていたから、ガイさんはお父さんと戦ったんじゃないの?」
「…ガイはすべてを嗅ぎ付けてきて、それが邪魔だったから殺しただけだ。」
ガイがアリオスの矛盾に気づいていたから邪魔をしに来たのではないとアリオスは思っていた。
ガイは計画のすべてを恐るべき嗅覚で探り出し、抉り出して止めようとしてくれたのだから。
だが、止まるわけにはいかなかった。
あの場所で止まってしまえば、クロスベルは蹂躙されるしかなかったのだから。
シズクは表情を消したアリオスに問うた。
「どうやって?」
「お互いに得物を向け合って、不利を悟って逃げ出したガイを撃った。」
「それは嘘ですお父さん。だって、お父さんが小さいころに話してくれたでしょう?」
シズクは一旦言葉を切った。
そして、殊更ゆっくりと、全員に聞かせるように言った。
「自分は不器用だから、刀しか使えないんだって。」
そう。
アリオスはいつも刀を使う印象があった。
しかし、彼が導力銃を使ったという事実はなかった。
使わなかったのではない。
扱えなかったのだ。
何をするにしても不器用で、唯一高められたのが刀の技だけだった。
だからそれを生かせるような職業に就くのだと意気込んで警察官になった。
それ以降も銃を撃ったことはあったが、上達はしなかったのだ。
射撃場で訓練はあったものの、なぜか的には当たらない。
一応は警察官として帯銃が義務付けられているために持ってはいたものの、それは飾りだったのだ。
シズクはそこでロイドに問いかけた。
「ロイドさん、ガイさんは撃たれて亡くなったんですか?」
「…ああ。背後から心臓を撃たれて死んだ。」
それを聞いたシズクはアリオスに向き直った。
そして、宣言した。
「じゃあ、なおのことお父さんがガイさんを殺したとは言えません。なので、お父さんがガイさんを殺したというのは、お父さんのせいでガイさんが死んだからです。」
「…違う。私が、この手でガイを殺した。」
アリオスはシズクの言葉を否定した。
確かにガイを射殺したのはアリオスではない。
だが、射殺されるほどの疲労を与えたのは紛れもなくアリオスであり、それさえなければガイは確実にその銃弾に反応できたと断言できた。
シズクは苦々しい顔のアリオスに向けてこう告げた。
「…そう思うなら勝手にすれば良いです、お父さん。でも、ロイドさんに裁いてもらおうと思っているならそれはさせてあげません。」
「…何?」
シズクは腰からゼムリアストーンでできた刀を引き抜いた。
正眼に構え、アリオスに向けてこう宣言した。
「お父さんの相手は、私です。誰にも邪魔なんてさせません。」
「待て、シズク。お前だけで私を止められると思っているのか…?」
「アルコーンさん。ロイドさんたちには悪いですけど、ちょっと皆さんを連れて下がっていてもらえませんか。」
アリオスの言葉に、シズクは応えない。
シズクは父を止めるためにここまで来た。
止まる気がないのはもうわかっていた。
だからこそ、娘である自分が力ずくで父を止めるのだとシズクは自分に誓っていた。
ストレイはシズクに向けてこう告げた。
「分かった。が、無茶だけはするなよ?この先に待っているだろうキーアとかいう小娘が悲しむ。」
「大丈夫です。お父さんを止めたらキーアちゃんもきっちり止めに行きますから、その分の余力だけは残しておきます。」
シズクの言葉を聞いたロイドたちはひきつった顔をシズクに向けた。
アリオス相手にこの強気はどこから来るのだろう。
シズクの実力を知らないロイドたちはそれでも彼女を止めることはできないと理解していた。
ロイドたちが十分に下がり、アリオスがあきらめて刀のつかに手をかけたその瞬間。
「お父さんのろくでなし!」
シズクが絶叫とともにアリオスに斬りかかった。
シズクが振るった刀はアリオスの刀に止められる。
アリオスはシズクの膂力に少しく驚いた。
まさか、ほぼ病院に軟禁状態だった娘にこんな力が出せるとは思ってもみなかったからだ。
「ぬ…」
「お父さんのヘタレ!根性なし!○なし!」
「おいちょっと待てシズク、どこでそんな言葉覚えた!?」
愛娘の口から飛び出すとんでもない言葉にアリオスは動揺する。
そこで均衡が崩れ、アリオスがわずかに後ろに押し込まれる。
このままでは危ない。
そう思ったアリオスは力を入れなおした。
ここで力を抜けばシズクがバランスを崩して危ないと思ったのだ。
しかし、シズクはそこでふっと力を抜いてアリオスの刀の切っ先がふれないぎりぎりのところまで後ろへと飛んだ。
バランスを崩されたのは、アリオスだった。
「お見舞いにもめったに来てくれないまるでダメなお父さんのくせに!」
バランスを崩したアリオスの懐にシズクが飛び込む。
そして、刀の峰でアリオスの腹を薙いだ。
「ぐ…」
アリオスは言い返すことができない。
それは、すべて事実だから。
「依頼を何件も受けまくるのはクロスベル支部が回らないからじゃなくて私を直視できなかったからって知ってるんだから!」
「それは違う!」
アリオスは一歩踏み出してシズクに向けて刀を振るう。
しかし、シズクには当たらない。
シズクはそれをすべて紙一重で避けているのだから。
「違わないよ、お父さん!ほかの人に任せればいいのにそうしなかったのは、こんな計画に参加してて後ろめたかったからでしょ!?」
シズクの言葉は、とどまることを知らなかった。
これまでの不満が一気に噴出している。
今まで言えなかった言葉。
どうして来てくれないんだろう、と毎日悩んで。
アリオスが何に加担していたのかを知ってしまった時からずっと、こうして言葉をぶつけるのだとシズクは決めていた。
「私に対して後ろめたくて、顔を合わせたくなかったから。でも、それでも顔を見に来てたのは計画に参加する意思を固めるため。」
これまでずっと我慢してきた分を、すべてぶつけるために。
父と対等に渡り合って、語り合うために。
そのためだけに、シズクは強くなった。
目が見えなければできなかったこと。
だから、キーアには感謝している。
たとえ、その計画とやらに参加していたとしても。
「ふざけてるよね、お父さん。私はお父さんのための人形じゃないんだよ!都合のいいように顔を合わせて、お父さんは私を利用してるだけだったんでしょう!?」
その言葉とともに、シズクは力強くアリオスの刀を弾いた。
アリオスは刀こそ手放さなかったものの、衝撃で刀を強く握れなくなる。
それでもアリオスは口を開いた。
「違う。私は、お前を愛しているから…」
「どの口がそれを言うの?お父さん。私を愛してるんだったら、お母さんを愛してるんだったら、どうして人を殺しただなんていえるの!それも、仲の良かったガイさんを!」
「それは、計画を遂行する上で目障りだったから…」
この期に及んで言い訳を続けるアリオスに、シズクは自らの刀をアリオスの刀に当てて弾き飛ばした。
そして、自らも刀を収めて鞘でアリオスの頭をぶんなぐる。
「それを聞いて、私がどう思うかなんて考えなかったの!?
バランスを崩して倒れこんだアリオスの上に馬乗りになって、シズクはそう絶叫した。
そして荒く息をつく。
これまで叫びながら動き回っていたのだから、息切れするのも当然であるともいえる。
子どもの体力と大人の体力では差があるため、アリオスはシズクを跳ね飛ばそうと思えばできた。
しかし、アリオスはそれをしなかった。
シズクの顔を見てしまったから。
シズクは泣いていた。
目から大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにゆがませて泣いていた。
「…答えてよ、お父さん。どうして、こんなことしたの…」
「…私は…ただ、お前たちのような人間がもう出ないようにと…願った。誰にもあんな喪失感は味わわせまいと。あんな、無力感を味わわせまいと…誓った。だから…」
アリオスはシズクを乗せたままそう答えた。
抵抗する気力は、もう残っていなかった。
「私、そんなこと頼んでないもん…お父さんが、無茶しないでいてくれたらそれで良かったもん…」
「…済まない。」
「許さないもん…このまま、一緒に帰るって約束してくれないと許してあげないんだもん…」
シズクは泣き止まない。
これまで抑えてきた感情の発露が、まだ収まらないからだ。
「ちゃんと皆にごめんなさいってするまで許してあげないもん…それまで、私はお父さんが嫌いなんだもん…」
「…ああ、分かった。」
「お父さんのばーか…おたんこなす…ぼっち…孤高でいたい厨二病なおっさん…いい年こいて恥ずかしいロン毛…」
アリオスは複雑な顔になってシズクに問うた。
「…シズク。それは、誰から聞いた…?」
「…結構前に病院によくお見舞いに来てくれてた自警団の人たち…」
アリオスは誓った。
シズクに悪い言葉を教えた自警団の連中の心根を叩き直してやると。
なお、市内で支援要請を解消中の自警団連中はこの瞬間怖気が走ったそうな。
シズクちゃんだってアリオスの血をひいてるんだから最強系でいいよね!と思った結果がこれだよ。
では、また。