雪の軌跡 作:玻璃
アルシェムさん発狂回です。
では、どうぞ。
最悪の悪夢を見てしまった。
もう二度と見たくないと願ったはずの悪夢。
助け出されなければ死んでいた、あの地獄の悪夢を。
…だから、だろう。
「…おい、起きろ。」
目の前に男の顔がアップで見えてしまったから。
「…あ…え…?…ひっ!?」
怖い…
怖い…
怖い!
アルシェムはその場から飛び退こうとして失敗した。
頭は、まだ辛うじて回る。
コイツは、ドルン・カプア。
空賊の頭。
「そんな怯えんじゃねえ。」
近づかないで。
今は…
今だけは、近づかないで…!
お願い!
「あ…えっと…ごめん…暫く…離れてて…ジョゼット見張りに置いてていーから…」
お願いだってば。
だが、その願いは聞き届けられなかった。
「…生憎、ジョゼットはいねぇ。今なら、お前を殺しても誰も何も言わねえ。」
その言葉と共に近づいてくる。
止めて。
「…離れてて…よ…も…ダメ…」
来ないで…
来ないでッ!
「は?」
今まで我慢していたものが、溢れた。
「ひ…いやあああああああああああああああああっ!」
「黙れ!」
男は、アルシェムを黙らせようと殴る。
だが、それは逆効果だ。
怖いものは怖い。
アルシェムはどうしようもない恐怖と絶望に囚われかけていた。
「い、ひぎゃああああああああああああああああああっ!や、やだ…来ねーで…!」
「黙れっつってんだろうがっ!」
更に殴られる。
だが、もうアルシェムには目の前の男が見えていなかった。
彼は、もう人として認められていなかった。
「来ねーでえええええええええっ!いやあああああああああああああっ!」
だが、今のドルンの場合は怯えて絶叫するのは逆効果だったようだ。
「おら、近づけば良いのかっ!」
アルシェムの姿は、ドルンの嗜虐心を煽り立てた。
「やだ…やだあっ…来ねーでってばぁっ!」
そこに、キールとジョゼットが駆け込んで来た。
どうやら、今帰ってきたところのようだ。
「兄貴!?」
「ドルン兄、何やってんのさぁ!?」
2人はアルシェムからドルンを引き離した。
すると、若干ドルンも落ち着いたようだ。
「…キール、あの仮面野郎の情報はどうなってやがる?」
「あ、ああ…リンデ号が予想外に早く見付かったけど、概ね予定通りだとよ。」
そんなことはどうでもよかった。
「…助けて…誰か…」
ここから出してくれるなら誰でも良かった。
それが、たとえ人殺しでも。
「で…兄貴…何してんだよ?」
「何って…決まってるじゃねえか。身代金を吊り上げられそうな情報でも持ってねえか聞き出そうとしてんだよ。」
助けを求められる人は、もういない。
だけど、呼びたい。
来て欲しい。
「…誰かー…やだよー…助けて……兄……姉…ヨシュア…」
知らせるわけにはいかない名前。
だから、無意識のうちに伏せた。
「それだけでこんなんになるかよ!?」
「最初からこんなんだったぞ。起きたときからずっとこの調子でよ?」
誰か助けて。
「…はー…もー…やだー…っ…助けて…」
ここから出して。
この、地獄から。
「仕方ねえからあんなふうに聞いてたってわけだ。」
誰でも良い…
「…カシウス、さん………カシウスさん?」
そこでやっと冷静になれた。
そうだ。
あそこは、あの地獄のような場所は。
ここじゃない。
「ど、どうした?」
ここじゃない。
ここは、あそこに比べたらまだ安全だ。
だって、襲ってきそうな男はもういない。
「…あー…ごめんなさい。何か…取り乱しちゃって…もー…ダメだな…」
それよりも、聞かなくちゃいけないことがある。
一度目をきつく閉じて、言った。
「1つだけ教えてよ。…乗客の中に、遊撃士とシスターが乗ってなかった?」
カシウスとリオ。
まあ、乗ってはいないだろうが…
一応聞いておく。
「そう簡単に教えると思うか?」
「いや、乗ってたら今が一番危険だから。あの人…A級遊撃士だし、本当にいたら突入するなら今だし。」
間違いなく今なら危険もなく制圧されてるだろう。
「…いや、どっちも見てないな。」
「…そー…良かった。」
推測は、外れてはいなかったようだ。
「お前、今の状況分かってるのか…?」
分かってる。
「絶賛捕まり中。下手すりゃ殺されるかなー?」
「良く分かってんじゃねぇか。なのに、何が良かったってんだ?」
「いや、あの人が乗ってたら脱走するなりなんなりして脱出しねーと後がこえーから。」
まあ、言い訳だが。
それでもきっと、助けには来てくれたはず。
この3人から逃げ延びるのは簡単なことだが、人質を逃がさなければならない。
「…ほう?」
「間違いなく捕まってるんじゃねーバカって後でボコられる。仮にも親だし。」
人質のいる場所に監禁されるのがベストだ。
このまま殺されるのなら、抵抗すれば良い。
少なくとも、最低最悪の状況ではない。
「その遊撃士…お前の父親は有名か?」
「彼に身代金要求するのは無理だよ?ここにいねーなら今どこをほっつき歩いてるか分かんねーし。つーか、場所が分かるなら教えて欲しいくらい。因みに、
というか、確実に送り込んでくるだろう。
突入にあの赤毛が来たら死人が出そうだ…
「ち、使えねえな!」
「仕方ねーでしょーが。そもそも彼はわたしの義父だけどほんとーの父親じゃねーし。そもそもわたし孤児だし。親が誰か分かんねーし。身代金とるにはかなり無理のある人選だよ?そもそもリベール人でもねー。」
取り敢えず話をそらす。
せめて殺されないようにはしなければ。
「リベールで遊撃士やってるのに?」
「そもそも自分が何人か知らねーもん。」
「はあ?」
本当のことだ。
「エレボニアにもカルバードにもアルテリアにも行ったことあるけど、そこで産まれてるかどうか定かじゃねーみたいだし?」
「…何か、凄い人生送ってない?」
気のせいじゃない。
何かに呪われてるんじゃないかと思えるくらい、残念な人生を送っている自信はある。
そこで周りを見回す。
…あれ?
「…気のせーだと思いてーけどね…だから、故郷を取り戻したいってのは、純粋に羨ましーかな。」
あの掃除機…
「使えねえな…おいジョゼット、人質の部屋にでもぶち込んどけ。どうせこれだけぶっ飛ばしたんだから動けねえだろ。」
最新型か!
「わ…分かった!」
「あ、ちょっと待って、そこのそーじき見たい。」
面白そうだ。
「…は?」
「だって新型だし。うわー、面白ー。あの人程じゃないけど、魔改造されてる。…あれ?」
これは…?
「どうしたのさ?」
「何かある。…黒いノート?」
中を見てみると、どうも帳簿のようだ。
「どうでも良いだろ!?」
「これちょーだい?」
脱出したときに軍に渡そう。
まあ、目的作りだ。
生きて帰るための。
「はあ!?」
「冥途の土産にくれてやれ。」
「う、うん…」
縛り上げられて人質の部屋に移動される。
その間に、武器はほぼ取り上げられてしまった。
人質が集められている部屋に放り込まれたアルシェムは、部屋の中を見渡すなりこう言った。
「…やっぱいねー、か…」
「大人しくしててよねっ!」
「いや…大人しくしてねーと、どーせまだ突破出来ねーし。」
ちょっとした冗談を言ってみる。
人質を置いては脱出できない。
「ちょっと!?」
「じょーだんだよ。どーせなら、故郷の為に何か出来ることを…まあ、真っ当なことでやれば?とは思うけどねー。」
「う…うるさいな!」
お。
後ろめたくはあるみたい。
「折角あれだけの高駆動飛空挺があんのに、後ろ暗いことにしか使わねーのはかなり勿体ねー。定期船よりも早いんだし、それを活かせばいーのに。」
「…ふんだ!余計なお世話だよっ!」
ジョゼットが出て行った。
「…さて、と。」
縄をほどいて武装を確認する。
…良かった。
折りたたんでいた棒術具は取られていないようだ。
「お、おい君…大丈夫かね?」
船長らしき人が話しかけてきた。
「はい。えっと、準遊撃士のアルシェムです。…1人では制圧出来ないので、応援があるまで待ってて欲しーんです…済みません。」
「いやいや!遊撃士が動いていると分かっただけ僥倖だよ。」
「一応、ここを突き止められそうな要素は残してきましたので、あまり時間は掛からないと思います。…万が一の場合は、全力で何とかしますので安心して下さい。皆さんに危害を加えさせやしません。」
…あの銃に、気付いてくれるだろうか?
気付かれなくても、その内軍が来るだろう。
「アルシェム君…」
「えっと、遊撃士としてはこれだけなんですが…個人として聞きます。遊撃士とシスターが乗っていませんでしたか?」
うーん、と考え込む仕草をしてから彼は答えた。
「遊撃士は…確か離陸直前でキャンセルなさったんだが、シスターさんは…乗ってこなかったんだよ。」
「…そーですか。ありがとうございます。あ、皆さん食事とか困ってないですか?」
空気が気まずくならないように話を振ってみたが、意外な話が聞けた。
「それが…首領みたいなのは怖いんだが、他の奴らはかなり気の良い奴らでね、結構良くしてくれるんだよ。」
「それは良かった。…あまり体力を使わないように、早めに寝ておいて下さい。身代金が取れると確実に分かるまでは安全だと思います。」
「ああ。」
乗客達はぱらぱらと眠りにつき、アルシェムは起きたまま体を休めた。
何があっても対応できるように、気配だけは常に読んでおくことにした。
アルシェム某装備時
クラフト
風華無双:エステルの桜花無双撃の強化版。中円。
シュトゥルムランツァー:某聖女さんのと同じ。貫通。
不破:必中の三連撃。中円。
宣言通り、明日は投稿しません。
そして、次はアルシェム視点ではありません。
いわゆる状況説明回になると思います。
では、また。