雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
ディーター・クロイスは拘束された。
身柄は旧市庁舎に移され、常時警察官が見張ることになっていた。
何故オルキスタワーではないかというと、オルキスタワーはあの後爆発により倒壊したからである。
しかも、周囲に被害を出すことなく粉砕された。
オルキスタワーのあった場所には何一つ残らず、瓦礫すら消え去っていた。
そのことに突っ込む人間はどこにもおらず、詮索する者もいなかった。
彼が拘束された後、ストレイはクロスベル市内の家を一軒一軒訪ねて住民は無事か、また必要なものがないかを聞いて回った。
そして、必要なものですぐに用意できるものは無償で提供し、すぐに手に入れられないものは可及的速やかに手に入るよう奔走した。
マクダエル元議長もクロスベル市内に入り、旧市庁舎を拠点としつつエリィを伴って出来るだけ住民の声を聴くように努めた。
ロイド達もストレイを手伝うという名目で支援要請をこなし、一段落ついたところで碧の大樹に対する対策を話し合うことにした。
「それで、ストレイ。俺達はキーアの下に行きたいんだけど…」
「ああ、好きにすると良い。特務支援課の代わりにわたしの従騎士を数人置いていく。遊撃士連中も動いてくれるだろう。」
「…そう、だな。」
ロイドは支援課ビルに寄った際にキーアが力を込めた物品を発見していた。
それに込められた言葉も聞いていた。
だからこそ助けに行かなければならないと思っているのだが、何故か後ろめたさを感じてもいた。
その理由が何なのかをロイドが知ることはない。
ストレイはそんなロイドを見つつ残留組と攻略組にメンバーを分けた。
市内で支援要請をこなすのは元遊撃士志望だったレオンハルトと帝国へのけん制としてリオ。
メルカバを動かす要員としてティオとレン。
突入組としてティオ以外の特務支援課とノエル、ストレイ、リーシャ、それに…シズク・マクレイン。
無論、それ以外の警察官は治安維持のために動くし自警団も支援要請の手伝いに奔走することになるだろう。
結界で閉ざされたクロスベルで人々の要請にこたえていたのは彼らだったため、一定の信用は得ていた。
そして、ストレイ達は数日かけて攻略することを前提に《碧の大樹》へと乗り込んだ。
途中、《赤い星座》の飛空艇が襲撃してきたものの、全て《パテル=マテル》に粉砕されていた。
《碧の大樹》に突入したストレイ達は、あまりに壮大な光景に言葉を失っていた。
ストレイはあきれてものが言えないだけであるが。
「それにしても、本当によかったのか?シズクちゃん。」
「はい。お父さんのしたことには、娘の私がしっかりけじめをつけなくちゃいけませんから。」
シズクは得物を護身用の脇差からゼムリアストーン製の刀に変えていた。
父に与えられたもので、父を越えられるわけがないと思っていたから。
シズクというまぎれもない天才を加えた一行は、破竹の勢いで進んでいた。
やがて、結界のようなもので閉ざされた扉が出現した。
その前には、門のようなものもある。
そこに近づいてみると、微かに少女の声が聞こえた。
『うっふふふふふ…あははっははは…早く来ないかなあ、リーシャ!早く来ないかなあ、お姉さん!ああ、戦うのが楽しみだよ…!』
狂気に染まった少女の声。
その声が誰なのか、その答えはランディからもたらされた。
「…シャーリィ。」
「…ああ、あの人ですか…」
リーシャは興味なさげに呟いた。
本来ならば憎むべきである、とリーシャは思っているが、何故かそんな気にはなれなかった。
大切な人を傷つけられたのは確かだが、シャーリィよりももっと酷いことをした人物がいる。
その人物にこそ、リーシャは復讐を果たしたいのだから。
「全員で行って体力を消耗するのも問題でしょう。なので、ここは因縁のある人だけで行きませんか?」
リーシャはそう全員に提案した。
その言葉は、条件付きで呑まれた。
「せめてサポート要員も連れて行ってくれよ?」
「分かっています。取り敢えず、私は行きますけど…他に誰が行きますか?」
それに手を上げたのは、ランディとシズクだった。
ランディもある意味因縁のある人間である。
だからこそシャーリィを止めるべきであるとは思うし、止めたいとも思っている。
シズクはある意味保険だ。
シャーリィに確実に勝てる人材として、彼女は手を上げた。
これで、3人。
他に手を上げる人物がいなかったため、サポート要員としてエリィが中へと向かうことになった。
ストレイとノエル、ロイドはお留守番だ。
その《領域》の中では激しい戦闘が繰り広げられることとなった。
まずは、シャーリィの下へとたどり着くまでの障害の排除。
これは比較的すぐに終わった。
火力だけは豊富なパーティのため、激しい物理攻撃を繰り出すだけで殲滅できたからである。
問題はシャーリィである。
シャーリィはリーシャを見るなり飢えた獣のように襲い掛かってきたのである。
それだけ楽しい真剣勝負に飢えていたということであり、度重なる消化不良の戦いを解消したかったのだろう。
「あははははっ、ねえ、リーシャ!もっともっと楽しい戦いをやろうよ!つまらない感傷は抜きにして、さあっ!」
激しくブレードライフルを振り回すシャーリィ。
しかし、リーシャはただそれを避けるだけだった。
もとより、リーシャには彼女にかまけている暇はないのだ。
リーシャが倒すべき敵はこの先にいて、シャーリィという名の雑魚に構っている暇はない。
「…ふう、こんなに弱かったんですね、シャーリィ・オルランド。」
リーシャは冷笑を浮かべながらシャーリィに告げた。
シャーリィはその言葉に狂った笑みを消した。
そして、冷たい声でこう告げる。
「今、何ていったの?ねえ、シャーリィが弱いって?ねえ。そんな訳ないでしょ?」
そう言いながらふるったブレードライフルは、リーシャに受け止められた。
「弱いですよ、貴女は。戦うことでしか自分を見いだせないんでしょう?」
リーシャはシャーリィのブレードライフルを勢い良く弾き返す。
そして、リーシャはそのままシャーリィの懐に潜り込んで本来はそうやって使わない物体をシャーリィの腹に押し付けた。
「私は、貴女とは、違います。」
そしてリーシャはそのままシャーリィから全力で離れた。
その瞬間。
「がっ…!?」
シャーリィの腹で、複数枚の札が爆発した。
それだけで終わるとリーシャは思ってはいなかったため、のけ反ったシャーリィに向けてかぎづめを伸ばす。
一気にシャーリィを引き寄せたリーシャは、勢いよく飛んでくる彼女を大剣の腹でフルスイングすることで打ち据えた。
「え、えげつねえ…」
「流石にあそこまで酷いことはしたこと無いですよ、私…」
「あ、あは、あははははは…」
途中から(主にリーシャの眼光のせいで)介入すらできなくなったランディ達は、少し離れた小島からその光景を見ていた。
最初は全員で攻撃していたのだ。
しかし、リーシャは途中で『私だけで大丈夫ですからこの先に備えて休んでいてください、ね?』と宣言してシャーリィに向かって行ったのだ。
無謀だ、とランディは止めたのだが、リーシャは聞く耳を持たなかった。
そして、今に至る。
今となっては、シャーリィはリーシャに蹂躙されるだけとなっていた。
しかも、死なないように手加減されている。
ある種の拷問なのでは、とエリィが思い始めるのも無理はなかった。
そして。
「…も、もう、無理…」
「そうですか。」
シャーリィが目を回して倒れ伏すころには、リーシャの肌はつやつやになっていた。
ストレスを絶賛発散させたらしい。
ランディはリーシャと戦う羽目になった従妹に心底同情したとかしなかったとか。
……何も、いうまい。
では、また。