雪の軌跡 作:玻璃
原作キャラ大幅強化のお知らせ。
では、どうぞ。
神機の破壊から一日が経って。
ストレイ達はロイド達がクロスベル市内で警察の人間を探し回っている様子を見つつとある場所を訪れていた。
そこにいたのは、赤毛の青年。
それはランディではなく、アガットでもなかった。
「…チ、見つかったか…!」
「抵抗は推奨しないぞ、《鉄血の子供達》の一員、《かかし男》レクター・アランドール。」
焦って逃げようとした男は、目の前に少女が回り込んでいるのを見た。
逃げる道はない。
男――レクター・アランドールの周囲は完全に包囲されていた。
「…周囲に人間は?」
「いないようだな。」
ストレイの問いに、レオンハルトが答えた。
レクターの内心は冷や汗でいっぱいだった。
この場にいる人間は手練ればかり。
《剣帝》に《殲滅天使》。
それに、《破城鎚》オフティシア。
恐れない理由がない。
「ならば、これで終わりだな?」
「ああ。」
そう、とある女に似た女が言った瞬間。
彼の周囲の人間が一斉に発砲した。
レクターはその銃弾を避けることが出来なかった。
そして、彼は自分の肉体が崩れ始めたことを自覚した。
「これ、は…」
「敬愛する宰相閣下と同じ目に遭って嬉しいだろう?レクター・アランドール。」
「成程…な…」
酷薄に嗤う女を見ながら、レクターは息絶えた。
塩になったレクターをストレイは氷で固めて瓶詰にし、それ以上の被害が出ないよう努めた。
そして、準備は整ったとばかりにストレイ達はロイド達と合流することにした。
ジオフロントに辿り着くと、そこにロイド達はいなかった。
ロイド達は支援課ビルで導力車を取り戻しているようだ。
すぐに帰ってくるだろうという推測に従ってストレイ達はその場にとどまった。
ジオフロントで合流した刑事たちは、一様にストレイに複雑な目を向けていた。
「…お前は、アルシェムなのか?」
そう問うたのは、セルゲイだった。
それにストレイは首を横に振って答えた。
「わたしは『アルシェム・シエル』ではない。」
ストレイとして、それだけは譲れなかった。
その様子を見てセルゲイはさらに複雑な顔をした。
どう見ても彼女が無理をしているようにしか見えなかったからである。
それでもセルゲイはそのことについて彼女を追及することはなかった。
代わりに、セルゲイはこういった。
「…お前は、本当にクロスベルを治める気でいるのか?」
「ああ。クロイスではクロスベルを治めることなど出来やしない。こうしていたずらに混乱をまき散らすだけの男にクロスベルを任せてはいられない。だからわたしは立った。」
ストレイは機械的な口調でそう答えた。
精確には立ったのではなく立たされたのだが、それは言っても仕方のないことだ。
それを理解してもらうには、あまりにも時間がなさ過ぎた。
「…そうか。」
「いろいろ不満もあるだろうが、今は後回しにして貰えないか。後で必ず聞く。」
「ああ。」
そこまで話した時だった。
その場に、ロイド達が帰ってきた。
「お待たせしました、課長。」
「ああ、準備は出来たんだな?」
「はい。それと…」
ロイドは女をセルゲイの前に導いた。
長い、黒髪の女だ。
それは…
「私も協力させて貰えないかしら?」
「却下だ、キリカ・ロウラン。内政干渉になるとでも宣言しようか?」
《ロックスミス機関》室長のキリカ・ロウランだった。
キリカはストレイを見てこう告げた。
「あら、クロスベルはまだカルバードの属国よ?なら、内政干渉にはならないのではないかしら。」
「クロスベルに恩を売っておきたいだけだろう、キリカ。内乱状態の共和国を放置してこんな場所で油を売っている場合ではないだろう?ああ、何なら…」
ストレイはそこで言葉を切った。
そして、無理に酷薄な笑みを浮かべてこう告げた。
「何なら、こちらから共和国の内乱を止めに誰か出そうか?もっとも、結果はどうなるかは保証しないがな。」
「…結構よ。それこそ内政干渉だわ。」
キリカとストレイがにらみ合う。
それを止めたのはロイドだった。
「ま、まあまあ落ち着けよ…」
「わたしは至って平静だよ、ロイド・バニングス。…セルゲイ課長、彼女を保護していて貰えるか。」
「ああ、分かった。勝手に出歩いて怪我でもされたらこちらの責任になりかねんからな。」
一応は共和国の要人でもあるんだし、とセルゲイは煙草をくわえながら言った。
因みに笑顔である。
キリカはその場から逃げ出そうとしたが、出来なかった。
「往生際が悪いんじゃない?《飛燕紅児》。」
「退きなさい、《破城鎚》。」
リオはそのままキリカを気絶させた。
体に傷の残るようなやり方ではないのでセーフである。
「さ、行こっか?ロイド。」
「あ、ああ…」
ロイドの顔が引き攣っていたのは完全に余談である。
そして、オルキスタワー突入組と入口防衛組の編成を決める。
ロイド達とストレイとの協議の結果。
オルキスタワー突入組はロイド達特務支援課とノエル、リオ。
入口防衛組はリーシャと《S&T自警団》、それにセルゲイ達警察官。
ついでに、空中からの奇襲+人質奪還組としてレンが名乗りを上げたため、ストレイはそれに便乗することにした。
状況把握の方法としてレンは《トーター》を突入組と防衛組につけることにしたようだった。
因みにアストレイ夫婦はメルカバの防衛のために待機である。
長期戦になる可能性もあるため、ストレイはロイド達に要請して食糧調達を行って貰う。
結果、小麦粉の貯蓄が大量にあったベーカリーからのみ食料をゲットできたのだが、これは余談である。
そして、ロイド達は導力車に乗り込んでオルキスタワーへと向かった。
周囲の機械兵を薙ぎ倒し、オルキスタワーの入口へと突入する導力車。
それを追うように警察官たちと自警団はオルキスタワーの前で戦い始めた。
「オラァ!」
「…やれやれ、ここまで必死になることはないのにねえ。」
ヴァルドとワジが。
下っ端たちが。
全員で寄ってたかって機械兵を着実に無力化していく。
セルゲイ達はそれを援護しつつ彼らが奇襲されないように補助する。
そして、リーシャは単独で機械兵たちを薙ぎ倒していた。
あくまでも彼女のうち洩らしを自警団が潰しているのである。
それでも、ヴァルドが腐る様子はなかった。
漸く、彼も自分の力量を自覚したのだ。
いくら強くなったとはいえ、単独でこれらを狩り切るだけの力はないのだと。
機械兵は際限なく湧いてくるのだが、彼らは休むことなく機械兵を狩り続けた。
◆◇◆
一方、オルキスタワー内部では。
「…何だ、これは。」
とある階層に突入したロイド達は絶句していた。
目の前にはおよそ普通のビルにはないギミックと光景が広がっていたからだ。
これまでの道のりはあまり苦労はしなかったが、この先はかなり危険そうである。
「こんな区画があるだなんて…」
「設計段階では導力源や機関室があることになっていたみたいですけど、完全に嘘みたいですね。」
嘆息しながらも、彼女らの手は止まらなかった。
この先に、キーアがいるはずだ。
だからこそ、彼らは止まっていられない。
ロイド達は魔獣を薙ぎ倒しながら先を急いだ。
かなり長くなりそうな道のりの中、しっとりカツサンドをかじりながら一行は階上を目指した。
「…オスカーの奴、何かイロイロ挟み過ぎじゃないか…?」
「…にがトマト…」
「ま、まあ元気は出ますよね!」
そんな会話があったとかなかったとか。
◆◇◆
空中を漂う《パテル=マテル》に乗ったストレイは人間っぽい生体反応のあった階へと侵入していた。
レンはストレイを降ろして周囲を旋回している。
オルキスタワー内にあった人間の生体反応は2つのみ。
つまり、この場にはキーアはおろかマリアベルやシグムントなどがいないことが予測できるのだが、それ以上に意外な反応があった。
その気配の持ち主は、とある一室に軟禁されていた。
しっかりと目を開き、下の戦況を眺めている。
少女のその手は護身用にと預けられた小ぶりの脇差に伸びては止められていた。
いつもの不安げな様子はない。
いつもとは違った様子で、それでも不安そうに彼女は窓から外を眺めていた。
そこに、別の場所から侵入したストレイが近づく。
「…どなた、ですか。」
少女はストレイに誰何の声を投げた。
ストレイはその少女を見た。
艶めく黒い髪。
強い意志の光る黒い瞳。
幼さの残る顔にも、決意が見て取れた。
そこにいたのは、ただの少女ではなかったのだ。
「先日演説をした者だ。」
「…アルコーン、さんですか。丁度良かったです。」
少女は自嘲気味に嗤う。
そして、少女は意志の光る瞳でストレイを見据えて言った。
「私を、お父さんのところまで連れて行って貰えませんか?」
「…正気か?シズク・マクレイン。」
ストレイは少女――シズク・マクレインに問うた。
眼に宿る決意は確かに見て取れた。
譲る気がないのも分かっていた。
だが、考えてもみてほしい。
つい先日まで盲目でろくに運動もしていなかった少女が、こんな場所で1人で放置されているだろうか?
介護の人間がまず必要なはずであるし、そもそも護身のために脇差を持つなど狂気の沙汰を越えている。
だが、介護の人間の気配は全くない。
キーアがとある人物、つまりシズク・マクレインの改変を押し通したことは分かっていたが、ここまで狂気極まる改変を成していたとは思いもしなかったのだ。
「勿論、正気です。お父さんを止めるのは、娘である私の役目なんです。」
「だが、先日までお前は盲目だったはずだ。ろくに動けまい?」
ストレイが懸念をぶつけると、シズクは柔和な気配を消し去った。
代わりに漂ってきたのは、純粋な殺気。
殺気と共に、シズクはストレイへ向けてこう言い放った。
「試してみますか?」
その瞬間、ストレイは息を呑んだ。
純粋な殺気は、執行者に勝るとも劣らない。
シズクは殺気を抑えつつ言葉を吐き出した。
「…これでも私、お父さんから技の手ほどきは受けてたんです。目が見えなくなる前のお父さんの動きは覚えてますし、時間だけはたくさんありましたからイメージトレーニングするのだって簡単でした。…お父さんたちはここに私を閉じ込めるだけで監視も何もしなかったですし、キーアちゃんだって何も言いませんでした。つまり、軟禁されてからの私にはたくさん時間があったんです。お父さんには間違ってるんじゃないかってずっと言い続けて、だけど言葉じゃ伝わらないってすぐに分かって。だから私は、ここで自分を鍛えてました。」
一度、シズクは息を吸った。
シズクの中にあるのは、アリオスに対する心配だけだった。
恐らく、ディーター大統領の統治は長くは続かない。
そのうち帝国か共和国が介入してくる。
その時に、アリオスがこんなことをやらかしてしまっていては、処刑されてしまうのかもしれない。
だからこそ、シズクはアリオスを止めたかった。
その一心で自らを鍛え続けたのだ。
「たまにシャーリィさんって人が来て手合せしてくれましたけど、あの人が私に勝てたことなんてなかった。…そこそこ私は強くなれたはずです。まだ、お父さんには及ばないかもしれないけど…それでも、お父さんを止めるのは、娘である私の役目です。だから、連れて行ってください。」
そう言ってシズクは頭を下げた。
ストレイは、その要求を受けた。
そして、ひとまずここにアリオスがいないことを確認したストレイはレンに頼んで《トーター》にシズクを地上へと送り届けさせた。
シズク・マクレインが事態の解決に協力したという事実を作るために。
◆◇◆
地上戦では、自警団たちが苦戦を強いられていた。
リーシャは奮戦しているものの、それを超える勢いで機械兵が増えていくのだ。
だんだんと討ち漏らしが増えていく中で、彼らは疲弊していった。
ワジもその中の1人だった。
「…あ…」
飛び上がって機械兵を打ちのめしたワジは、地面に着地しようとした瞬間に横薙ぎにふるわれた機械兵の腕に襲われた。
何かに視界を覆われ、上下が目まぐるしく変わる。
しかし、思っていたほどの痛みはなかった。
何故なら…
「…ヴァル、ド…?」
漸く止まったワジの目の前には、顔をしかめて悶絶しているヴァルドがいた。
つまり、ワジはヴァルドに救われたということで。
代わりにヴァルドが機械兵の腕を受けたということで。
つまりは…
「…ワジ。…俺は、大丈夫だ…ッ!」
ヴァルドが、ワジを庇ったということだった。
ヴァルドは痛みをこらえながら立ち上がる。
この場所で呆けているわけにはいかない。
何故なら、ここはまだ激戦区だからだ。
そこに、機械兵が襲い掛かる。
ヴァルドはまだ立ち上がれないワジを庇うかのように機械兵の攻撃を捌き続けた。
「…早く立ちやがれ、ワジ…!」
「…そう、だね…ッ!」
ワジの心に、猛烈に怒りが沸き起こった。
ワジはヴァルドをできるだけ護りたいと願っていた。
しかし、ずっと守り続けることは出来ない。
だからといって、ワジはヴァルドを従騎士にするつもりは毛頭なかった。
ヴァルドには一般人でいてほしかった。
いずれ戻る日常の場であってほしかった。
考えて、考えて、考えた末に――
ワジは、結論を出した。
ヴァルドといずれ別れようと。
いいライバルとはいえ、いつかは別れなくてはならないのならば自分から切ってしまった方が良い。
そう考えた。
しかし、ワジは今訳の分からない怒りに囚われている。
ワジ自身に自覚はないが、これは自分の大切なものを傷つけられたからである。
ワジは殊更に拳を握りしめて機械兵を屠っていく。
その様子を、アッバスが複雑な顔で見ていた。
そして、機械兵が全員の手に負えなくなりそうになった瞬間。
「行きますっ…!」
頭上から、有り得ない少女の声が聞こえた。
セルゲイにとっては聞き覚えのある声の少女。
しかし、少女がこの場所でこんな声を発するわけがなかったのだ。
ましてや、脇差を落下のエネルギーと共に機械兵にたたきつけて粉砕するようなことがあるわけがない。
実際には、少女は確かに落下してきていてその瞳に光を宿しながら機械兵を次々と屠っているのだが。
兎に角、この一瞬で防衛組の戦線は持ち直した。
◆◇◆
そのころ、ロイド達はエイドロンギアを鹵獲しつつ階上へと急いでいた。
趣味の悪い装置や魔獣を破壊しつつ進む一行はあることに気付いていなかった。
それは、最後尾を走るリオがたびたび遅れているという認識だけがなされていた。
実はリオ、ロイド達が先行しているのを良いことにそこらじゅうの柱に爆薬を仕掛けまくっていたのだ。
最終的にオルキスタワーは必要ないため、破棄するのが目的である。
そして、彼らは漸く趣味の悪い空間から出て会議室周辺へとたどり着いた。
しかし、そこには誰もいないように感じられた。
「…誰もいない…?」
「…漸く来たか、ロイド。ここにいたのはシズク・マクレインだけだった。後の気配は屋上だ。」
すぐ横で聞こえた声に、ロイドは飛び上がって驚いた。
「おわああっ!?」
「脅かすなよストレイ…心臓に悪いぜ。」
ロイドとランディは普通に驚いていただけのようだったが、他の人間は違った。
ティオは平然とサーチを行って確かに誰もいないことを確認していたのだが。
問題はエリィとノエルだった。
この2人、目を開けたまま気絶していた。
「…え、ちょ、待って!?起きてエリィさんにノエルー!?」
ぐらり、と揺れる体を支えたのはリオだった。
リオは必死にエリィ達を気絶から回復させていた。
もっとも、すぐには起きなかったのでENIGMAを使う羽目にはなったのだが。
兎に角、ロイド達はそのまま階上に向かうことにしてこの階の捜索はしなかった。
レンは神機で逃げられないよう空からの道を塞いでいた。
最早、ディーター・クロイスに逃げ道はなかった。
◆◇◆
屋上では、ディーター・クロイスが根拠のない自信を顔に浮かべてロイド達を待ち受けていた。
ロイド達はまだ屋上へと向かっている最中である。
そこに、少女を伴った紅い巨大人形兵器が現れた。
「…何だね、君は。」
「あら、何者だってかまわないでしょう?貴男の妄想はここで潰えるんだから。」
少女――レンがそう告げると同時に、小型の人形兵器が現れる。
《パテル=マテル》は《トーター》にレンを預けると、白い神機を一気に破壊した。
「なっ…!?」
「うふふ、ありがとう、《パテル=マテル》。さあ、これで逃げ道はないわよ?」
レンが《トーター》を伴ってディーターを追い詰める。
ディーターは生身での戦闘経験がないのか、じりじりと屋上からオルキスタワー内に逃げ込もうとしていた。
しかし、それは悪手だった。
「…っ、ディーター大統領ッ!」
ディーターが屋上から室内につながる扉の前に立った瞬間その扉が開き、眼前に止めるべき対象がいたロイドはディーターを確保しないという選択肢はなかったのだから。
こうして、ディーターはあっけなく捕縛された。
捕縛はされたのだが。
「な、何、これ!?」
突如オルキスタワーが変形をはじめ、地下から導力エネルギーと思しきものを吸い上げ始めたのだ。
集められるエネルギーは、一直線にある方向へと向かって行く。
それは、南の湿地帯方面。
そちらを仰ぎ見たロイド達の前に、半分透けた映像が映し出された。
そこには、マリアベルとアリオス、そして何故かイアン・グリムウッドが映し出されていた。
『…あら、お父様ったら何も出来ずに捕まったんですのね。』
さげすむような眼でマリアベルはディーターにそう告げた。
ディーターは反駁しようとしたが、出来なかった。
何も間違いではないからだ。
そこでストレイが口を挟んだ。
「主犯は貴様ということで相違ないな?マリアベル・クロイス。」
『あら、誰かと思えば《虚なる神》の娘を僭称する愚か者ですか。くすくす、気付かなかったのなら滑稽極まりないですわね?』
マリアベルは根本的にストレイのことを信用していない。
何故ならば、有り得ないからだ。
どれだけ探しても見つからなかった《虚なる神》の娘が、こんな場所でタイミングよく出て来るわけがないのだから。
「いや、知ってはいた。それで…この儀式はあの女の神殿でも築くつもりなのだろう?悪いことは言わないからやめておいた方が良い。」
有り得ないはずの人間が、知りうるはずのない言葉を吐く。
それだけで、マリアベルは動揺した。
彼女が知っているわけがないのだ。
間違いなく偽物はストレイの方なのだから。
『うふふ、もう遅いですわ。もう、誰にも止められません…止めさせるつもりもないですけれど。』
マリアベルは内心で微かな不安を覚えながらそう告げた。
何故不安を覚えるのか。
マリアベルは自覚していなかった。
何度も改変しようとして出来なかった歴史。
その理由を、彼女は軽視していた。
まだ力に慣れていないお人形が失敗しただけだと思っていたのだ。
事実は全く違ったのだが。
「ああ、そういえば、アリオス・マクレイン。貴様の娘が貴様から託されていた刀傷だらけのトンファーだが、これはガイのものだな?」
『…ああ。シズクには話すよう伝えたはずだが。』
「そういうのは自分で話すことを推奨する、アリオス・マクレイン。他人の罪をさも自分の罪であるかのように他人に語らせるな。…それで、下手人はお前ではないな?」
その言葉を聞いて、ロイドは妙に納得してしまった。
何故ならば、ガイ・バニングスは背後から銃で撃たれて死んでいたのだから。
『いいや。ガイを殺したのは私だ。』
「あくまでもそう言い張るのならば、きちんとした言い訳を考えておくのだな。罪を負った人間は、罪によって滅ぼされる。」
『…承知の上だ。』
アリオスはそのまま映像を消してしまった。
そして、イアンの映像も消えていく。
マリアベルの映像だけが最後に残り、こう告げた。
『これで、新たなる至宝の誕生ですわ…!』
その、瞬間。
碧い大樹が、南の湿地帯に生えた。
小ぶりの木だったそれが、どんどん大きくなって。
天にも届かんとする巨大な樹となった。
そして、燐光をまき散らしながらその枝を広げる。
成長が止まったのは、その瞬間だった。
全身が碧かったはずのその樹は、半分だけ色を喪っていた。
「…望んでるのに望んでない、と。そう意思表示したつもりか、あのクソガキ。」
ストレイの口から小さな呟きが漏れる。
しかし、それを聞き取ったものはいなかった。
本当にどうしてこうなった。
では、また。