雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
数日後。
ロイド達はメルカバをマインツに向かわせた。
着陸できたのは分岐点の大滝の前。
ロイド達は慎重にマインツへと進み始めた。
途中、地雷が仕掛けてあるのを確認してそれを指摘しつつ進む作業はとても神経を使った。
そして。
マインツのトンネルを抜けたところで見た光景は、かなりシュールなものだった。
国防軍が軍用犬や野生の狼、古代種の狗に蹂躙されているのである。
あまりにもアレな光景にロイド達は頭を抑えながら岩陰を通ってマインツへと潜入した。
すると、慌てて外に飛び出す金髪の女性とすれ違いそうになった。
金髪の女性はロイド達を見るなり急ブレーキをかけて立ち止まった。
「貴方、特務支援課の…!」
「ええっと、ミレイユ…さん?」
「ええ、あ、ランディを探しに来たんだったらちょっと待ってて!国防軍の連中を確保しちゃうから!」
そう言ってミレイユは駆けて行った。
そして、狼の遠吠えが聞こえたかと思うと、元警備隊員と思しき人たちが全力で国防軍の方へと向かい、確保していった。
ある意味凄い連携である。
全員を確保したレジスタンスは、ミレイユを筆頭に国防軍の連中の説得にかかった。
これで国防軍から離脱するのは一割であるというから地味だとはいえかなりの戦果である。
一回目に説得すれば100人中10人はこちらに引き込める。
そして、二回目には90人中9人を。
三回目には81人中8人を。
四回目には74人中7人を…
そうして続けていくうちに、国防軍はかなりの数を減らしていた。
因みに、説得しても懐柔できなかった人間は確保しておく場所がないので狼たちにクロスベル市の前まで運搬して貰っている。
戦車は全て鹵獲できるので、バリケードには事欠かなかった。
懐柔とバリケード作成が終わったころ、ランディはロイド達と合流した。
「…よう、久し振りだな?ロイド。」
「ああ、ランディも無事で良かった。」
「取り敢えず、特務支援課がこんだけ無事って分かって安心だぜ。…これ以上の犠牲者はご免だ。」
ランディはしりすぼみになりながらそう言った。
ロイドもそれは感じていたので表情を暗くした。
全員の雰囲気が通夜のようになってしまったので、ストレイは仕方なく空気を底上げするためにランディに声を掛けた。
「お初にお目にかかる、《闘神の息子》ランドルフ・オルランド。わたしはストレイという。以後見知りき願う。」
「…そう呼ばれるのは好きじゃない。」
「ああ、済まない。…それで、ランディ。これからはどうするつもりだ?」
そのストレイの言葉を聞いてランディは目を細めた。
少しだけ何かを考えるようなそぶりをして、頭を振る。
そして、答えた。
「付いて行くのはやぶさかじゃないんだが、レジスタンスの方がな…」
そこに、ミレイユが口を挟んだ。
「何言ってんのよ。眠れないくらい心配してたくせに。こっちは大丈夫だから安心して行ってきなさい。」
「うおい、何バラしてんだミレイユ!?」
最早夫婦漫才にしか見えないそれに、ロイド達は苦笑した。
そこでようやく空気が明るくなった。
結果、ランディは特務支援課として動くこととなった。
その際、ミレイユからロイドは興味深いことを聞いた。
「あ、そうだロイドさん。タングラム門のリオさんなんですけど…彼女、クロスベル市からのお客さんを預かっているって一回通信を入れてくれて。通信傍受されてる可能性もあるのに…」
それを聞いて、ロイドは罠である可能性と本当にそうである可能性を考えた。
そして、タングラム門へ行こうかどうか悩んだ。
そこに、カリンが口を挟んだ。
「ああ、リオなら信頼して構いません。あの子もそろそろ役目に戻ってもらわないと。」
「…え。」
ロイドはカリンの言葉に顔をひきつらせた。
カリンが役目という以上は星杯騎士の関係者であるも同然。
つまり、彼女はストレイのスパイか何かだった可能性がある訳で。
取り敢えずロイドはカリンの言葉を信じ、タングラム門へと向かうことを決意したのだった。
一度メルカバに戻り、少しだけ休憩して外に出るロイド達。
そこでカリンは再びストレイにこうお願いした。
「お願いします。」
「ああ。」
ストレイは眼を閉じて…
そして、失敗した。
精確に言うならば、かなりシュールな幻獣がコンニチハした。
「み、みーしぇ!?」
「…みしっ。」
ティオの驚愕をよそに、みーしぇ型幻獣はタングラム門へ向けて悠々と歩き始めた。
ロイド達は顔をひきつらせながらみーしぇをカモフラージュに使って移動を始めた。
ストレイは遠い目をしながらこうこぼした。
「…一応は人間型を想像していたのだが…」
「みっしぃとみーしぇは正義です。問題ありません。」
ティオは胸を張ってそう答えた。
問題しかないような気もするが、きっと気のせいなのだろう。
やがてみーしぇはタングラム門を襲い始めた。
「うわああああっ!?」
「な、何でみーしぇが…!」
「だ、ダグラス司令とコルティア軍曹を呼べー!?」
国防軍はみーしぇを退治すべく動き始めた。
しかし、後手に回った時点で彼らに勝ち目はない。
国防軍の兵士の1人がリオを呼びに行ったが、リオは見張りがあるからと拒否した。
ダグラスは部屋で笑いながら悶絶していた。
そして。
タングラム門の兵士が全て気絶した。
みーしぇもみっしぃも人死にを出す気はないようで、踏み潰しそうになれば避けていた。
器用なものである。
ストレイはそこでリオに通信を入れた。
「…従騎士リオ、客人を連れて脱出しろ。」
『承知。あー、でもきっとストレイ卿が推測してる人じゃないよ?この人たち。』
「構わん。複数人ということは彼らだろう。」
ストレイが通信している最中に、タングラム門からはダグラスが出て来ていた。
スタンハルバードを持って。
つまり、戦う気満々ということだ。
ロイド達はみーしぇの陰に隠れて見えていない。
つまり、漸く笑い終わって出て来た、のだが。
「何でこんなふざけた図体でここまでできるんだよ…」
「…みしっ、みししっ。」
みーしぇはダグラスを持ち上げて踊り始めた。
今飛び降りれば大怪我は必至なのでダグラスは大人しくされるがままでいた。
くるくるみーしぇが回るので盛大に酔ったが、それ以外は問題なかった。
その間にロイド達はリオとその客人たちと合流し、タングラム門から遠ざかる。
そして、ロイド達が完全に撤退した後。
みーしぇはアルモリカ村とタングラム門の分岐点に居座った。
因みにみっしぃはウルスラ間道でウルスラ医大と《星見の塔》の分岐点で居座っている。
常時みっしぃたちはクロスベル市に向かって手を振っていたのだが、その理由を知る者は子供達しかいなかった。
「ままー、みっしぃがおててふってるー。」
「しっ、見ちゃいけません!」
という会話が市内であったとかなかったとか。
閑話休題。
ロイド達はリオとその客人たちを連れてメルカバへと戻った。
「あ、あのっ、お久し振りです、ストレイさん!」
「久方ぶり、というべきかどうかは迷うところだが。…何故リベールへ帰らなかった?」
ストレイは冷たい目でアガットを見た。
と言っても仮面で表情は見えないのだが。
アガットはじっとストレイの目を見て応えた。
「今リベールに帰ろうとしたら確実にヤバい奴らに捕まると分かっていたんでね。どうせ確保されるならこっちのシスターに確保された方が安全だと踏んだ。」
「…そうか。では、今からリベールに送る必要はあるか?」
「時間がねえだろ。シスターに聞いたところによりゃあ、リベールからの援軍を連れてあの似非神父が来るんだろ?そんときで良いさ。それまでは力になる。」
そう言ってアガットは笑った。
ティータも絶対に引かないという目でストレイを見ていた。
「…致し方あるまい。ではティータ、端末で降下地点の割り出しの手伝いを頼む。アガットはティータの雑用だ。」
「は…はいっ!」
ティータは元気よく端末に取り付いて弄り始めた。
後で魔改造されていることに気づくのだが、ここで止めなかった時点で後の祭りである。
そんなティータを見送ったアガットはレオンハルトに声を掛けた。
「…チッ、レーヴェ。後で稽古つけろや。」
「ああ、どれほど強くなったか見せて貰おう。」
その後、日が暮れたためにロイド達は夕食を取りつつアガット達とレオンハルトの関係を聞くのだった。
◆◇◆
夜が更けて。
アガットが寝ずの番に加わりたいと言ったために、三交代ではなく四交代になった寝ずの番。
その寝ずの番が、ストレイの番になった時だった。
アガットと交代したストレイの下に、ランディが現れた。
他の面々は眠りについている中で、ランディはストレイに近づいてこういった。
「…おい、何であんなことをした。」
「何のことやらさっぱりだが、ランドルフ・オルランド。」
厳しい顔をしているランディを放置して、ストレイはランディから目を逸らした。
きっと気づかれている。
そのことを理解していたストレイはランディに明かす気はなかったためだ。
しかし、ランディはストレイに向きなおって告げた。
「どれだけ俺達が心配したと思ってんだ。」
激昂するわけでもなく、ただ諭すように言うランディ。
そのあたりは大人だ、とストレイは見当違いなことを考えた。
「答えろよ…アル。」
ランディがその名前を口にした時だった。
ストレイはランディに向き直ってこう宣言した。
「アルシェム・シエルは死んだ。ここにはもういない。」
「嘘だな。アルは俺が帰って来なければ消えるかもしれないとは言った。だが、帰ってこれば消えるとは一言も言わなかった。」
ランディの眼には確信が浮かんでいた。
しかし、ストレイはそれに応えることは出来ない。
何故ならば、『アルシェム・シエルは死んだ』のだから。
「明日の保証など誰がしてくれるというのだ、ランドルフ・オルランド。お前とてそう言った世界で生きていただろう?」
「はぐらかすな。確かにアルは俺達の前で死んだ。だがな、本当にアルが死んでたんならあの子はあの場から逃げたりはしなかったはずだ。」
「…レンのことか。彼女はこちらの陣営でね。何が起きようともあの場からは逃げるように指示してあった。」
ストレイは冷静に言い訳を続ける。
ストレイ本人には言い訳のつもりはなかったのだが、ランディには言い訳にしか聞こえなかった。
「それに、アルシェム・シエルはどの道長くはなかった。マリアベル・クロイスに殺されるか、キーアと名乗る小娘の犠牲になるか、もしくはアリオス・マクレインに殺されるか。どの道、アルシェム・シエルに生き延びられる道などなかった。だからこそ、彼女はあの場で死を選んだ。…お前たちはその犠牲を無駄にしたようだがな。」
「…何で、そこまで必死になって隠すんだよ?」
ランディはストレイにそう問うた。
言い訳している様がまるで泣いている子供のようで見ていられなかったから。
ストレイは溜息を吐いてランディにこう応えた。
「隠してなどいないさ。わたしはアルシェム・シエルなどではなくただのストレイだから。」
そして、ストレイはその場から立ち上がった。
それに追いすがるかのようにランディが立ちあがる。
「おい、話は…」
「交代の時間だ。とっとと寝ろ、ランドルフ・オルランド。」
そして、交代で入ってきたレオンハルトと入れ違うようにストレイは去っていった。
残されたランディは、レオンハルトに追い出されてしぶしぶ仮眠室へと戻った。
書いてたら勝手に増えた。
何こいつら。
「みししっ。」
…案外好きだったのかもしれん、みっしぃ。
では、また。