雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
ウルスラ医大にて(S.1204/12/05)
ロイドを回収して数日後。
ロイドの体調を完璧まで戻すのにそこまでの時間を要したために、少しだけロイドが焦ったのは余談である。
「さて、ロイド・バニングス。最初に降下できる地点はウルスラ間道だ。ここから情報を集めて行こうと思うのだが…」
ストレイはロイドにそう聞いた。
ロイドはそれに同意した。
「はい、お願いします。」
「では、行こうか…っと、カリン、通信のようだ。」
ストレイがメルカバを降下させようとしたとき、そこに通信が入った。
すぐさま映像が出される。
すると、そこには…
「ティオ!?」
ティオ・プラトーが映し出されていた。
『こちら、特務支援課所属、ティオ・プラトーです。応答願いま…って、え、ロイドさん!?どうしてそこに…』
「久方ぶりだな、ティオ・プラトー。息災のようで何よりだ。」
ストレイは自身の正体を知られないために先制でそう告げた。
ティオは何かしら言おうとしたもののそれを押しとどめてこういった。
『ストレイ卿、ですか。こちらは無事です。出来ればロイドさんと合流させてほしいんですが…』
門の前を国防軍が押さえていて逃げようにも逃げられないんです、と彼女は告げた。
それを聞いたストレイは黙考した。
ストレイとロイドだけでは突破できないのである。
そこでカリンが声を上げた。
「じゃあ、こうしましょう。私が認識阻害を掛けに出ます。それが終わればロイドさんと共にストレイ卿がウルスラ医大に潜入。貴女を救出して脱出する、という手筈です。」
『…分かりました。後で何故貴女がそこにいるのかも聞かせてほしいです、カリンさん。』
ティオのジト目を見ながらカリンは良いわよ、と答えた。
そして、カリンはロイドとストレイの前に立ち、ウルスラ間道へと降りたった。
ウルスラ医大方面は兎も角、クロスベル方面から部隊が来る様子はない。
ロイド達は慎重にウルスラ間道を進んだ。
やがてロイドはカリンに促されて止まった。
ウルスラ医大の門の前に、国防軍がいたのだ。
ご丁寧に戦車付きで。
カリンは小声でストレイにこう告げた。
「…お願いします。」
「ああ。」
ストレイは目を閉じて集中した。
足元の草はストレイに少しずつ力を分け与えていく。
そして。
「みししっ。」
何故かみっしぃの形になった幻獣は国防軍を襲い始めた。
「うわああああっ!」
「な、何でミシュラムのみっしぃが…!?」
「くそっ…!戦車が壊された!撤退、撤退―!」
戦車を叩き潰し、兵士達を蹂躙するみっしぃ。
国防軍の兵士達は物陰に隠れるロイド達に見向きもしないまま逃げ帰っていった。
「みっししぃ!」
みっしぃ型幻獣は戦車を持ったままその国防軍を追い始めた。
ある意味悪夢のような光景に、ロイドは現実逃避を余儀なくされた。
一体何故みっしぃ。
というかどうやってみっしぃ。
「いきますよ、ロイドさん。」
「あ、ああ…」
ロイドは呆然としながらカリンに引きずられていった。
そして、ウルスラ医大の門の前では。
「ああ、みっしぃ…」
オーバルカメラを手に落ち込んだティオが待っていた。
どうやら、オーバルカメラを持ったころにはみっしぃが移動を始めていたようだ。
雄姿をおさめられなくて残念、と言ったところだろうか。
ティオはオーバルカメラを懐にしまうと、ロイドに飛びついた。
「ぐえっ!?お、おいティオ!?」
「ご無事で何よりです、ロイドさん。拘置所から脱走するときに結構な無茶をしたそうですね…?」
「そ、それは…え、あ、あの、ティオ?ティオさーん!?」
ティオはハイライトを消した目でこういった。
「お仕置きです。」
ある意味両者ともに役得ではあるのだが、ティオの胸部装甲(金属)がロイドに甚大な被害を与えていた。
そのままたっぷり3分ティオの胸部装甲に抉られたロイドは疲れ果ててしまった。
「全く、だらしないですね…それで、ストレイ卿。どうしてここにいるんですか?」
「ああ、事情があってね。今のクロスベルはヤツとわたしが担当なんだ。」
ティオはストレイが変装している理由が知りたかったのだが、ストレイはそれに応えることはしなかった。
教えても良かったのだが、今はダメだ。
ロイド達のモチベーションの維持のためには、このままでいた方が良い。
ストレイはそう考えていた。
ティオはロイド達を中に引き入れ、アリオスからティオと警察関係者をそれとなく見張るように言われていたセシルに引き合わせた。
「ロイド…!無事で良かった…!本当に、本当に無事で良かった…!」
この後はティオと同じ。
その凶悪な胸部装甲(ただし金属でなく肉体)を十分に押し付けてロイドを困惑させた。
周囲の男性諸君は大いに羨んだとか。
ストレイはセシルに作り話を国防軍に伝えるように要請し、セシルもそれを受けた。
セシルも今のクロスベルは間違っていると思っていたからである。
セシルはその後マーサ師長とも話し合い、ティオ達警察関係者を一つの部屋に軟禁したことにして姿が見えなくても不審がられないようにした。
そして、もしもの場合の防衛はフランとドノバンに任せてティオだけを連れた一行はメルカバへと戻った。
「…それで、詳しい説明はして貰えるんですよね、ストレイ卿?」
ティオは笑顔でストレイを威圧した。
しかし、ストレイはそれに応えはしなかった。
というのも、この場にはまだロイドがいたからである。
「取り敢えずは特務支援課のメンバーを集めている。それ以上の説明をする気はない。」
「…そうですか。なら、いつか聞かせて貰いますよ?」
「ああ、機会があればな。」
そう言ってストレイは次に着陸できる地点を探し始めた。
ティオは溜息を吐きながらストレイの隣に座り、小声でいじっても良いですかと許可を取ってメルカバの機材を触り始めた。
そして、次の地点を見つけ出す。
そこはアルモリカ村にほど近い地点とマインツに近い地点だった。
「ロイドさん、どっちから行きますか?」
「そうだな…ストレイ卿は、何かこのあたりの情報はありますか?」
ロイドはストレイにそう問うた。
無意識だったのかもしれない。
だが、その光景はロイドがアルシェムに問いかけるときと非常に酷似していた。
「少しは自分で考えたらどうだ?ロイド・バニングス。わたしの発言を気に留める必要はない。」
だからこそ、ストレイはロイドにそう告げた。
ロイドは顔を曇らせて黙考した。
確かに、最近はなかったとはいえずっとアルシェムに頼ってきたのだ。
これからは、アルシェムに頼ることなく歩いて行かなければならなかった。
そして、ロイドは判断を下した。
「じゃあ、アルモリカ方面から先に行こう。もし誰もいなくても確認にはなるし。逆にマインツは少し準備してから行った方が良いのかもしれない。」
「了解。」
ストレイはメルカバをアルモリカ方面に向けた。
メルカバの速度ではほんの小休止しか取れないのが実情ではあるが、ウルスラ方面では全くと言っていいほどに体力を消耗していないので問題はない。
と言いたいところだが、ティオの救出とその隠ぺい工作のために既に夜になってしまっていた。
「取り敢えず、夜の闇に乗じて侵入するのはありだが…何が起こるか分からないのは困る。光学迷彩のみ発動し、今夜はここで待機だ。」
「そう、ですね。」
「焦りは禁物だ、ロイド。」
レオンハルトにも嗜められつつ、ロイドは仮眠室で横になった。
◆◇◆
ロイドが眠りについたのを確認したティオはストレイに詰め寄った。
「それで、ロイドさんは寝ちゃったのでもう話せますよね、アル?」
「今は、ストレイだ。それにアルシェム・シエルは死んだ。この先生き返ることはない。」
ストレイは淡々とした口調でティオにそう告げた。
今は守護騎士ストレイとして動いている。
そして、ストレイがアルシェム・シエルとして活動できることはもうない。
だからこそ、ストレイはティオにそう答えた。
ティオは納得できない様子でさらにストレイに詰め寄った。
「どうしてですか…?どうして、そこまでしてごまかさなくちゃいけないんですか!?」
「それがわたしの役目で、運命で、逃れえない呪縛だから。」
ストレイの口調はどこまでも平坦だった。
それが、ティオには何かを諦めているように見えて嫌だった。
故に、ティオはストレイを問いただそうとした。
「止めて頂戴、ティオさん。…ストレイ卿は、それを覚悟してこの場にいるんです。」
「カリン、そこまで言う必要はない。」
「いいえ、言います。ティオさんには最後まで残ってもらう必要がありますから。」
そうして、止めるストレイを後目にカリンは静かに話し始めた。
ストレイの目的と、その手段について。
そして、ストレイの正体も。
ロイドにはティオが騒ぎ出したころにレオンハルトがアーツで眠りを深めている。
なので、聞かれる心配はどこにもなかった。
全てを聞き終わった時、ティオは一言だけこうこぼした。
「…アルはバカです。」
そうして、ティオは決意した。
この先、何があろうともストレイについていくことを。
救出順は同じ…の、はず。
では、また。