雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
国民意識投票が行われ、そして開示された。
その結果は、見なくともアルシェムには分かっていた。
変わるはずのない未来。
変えなければならない、未来。
アルシェムは冷めた目で端末の中の演説するディーター・クロイスを見つめていた。
すると、ロイドのENIGMAに通信が入った。
相手はレクター・アランドール。
どうやらロイドたちと話をしたいようだった。
その直後にセシルが訪ねてきて、アリオスがシズクを引き取っていったと告げた。
それを聞いて、ロイドたちは事実を確認すべくクロスベル市の中を回ってみるようだ。
アルシェムはレンにとあることを依頼し、静かに特務支援課の中で待った。
すると、キーアがアルシェムに話しかけてきた。
「…アル、どうして…」
その眼には、困惑の色が色濃く浮かんでいた。
どうやら、全員が出かけるものと思い込んでいたらしい。
キーアにとっては、そうでなくては困るのだ。
アルシェムにとってはそうであってもらっては困るだけに。
「あんたにわかんねーならどーでもいーことなんじゃねーの?」
アルシェムは冷たい目でキーアを見据えた。
キーアはそれにたじろぐ。
そんな目で見られるとは、露ほども思っていなかったようだ。
今反応しただけでも感謝してほしい、とアルシェムは思った。
そして。
時は、来た。
「キーアはいるか?」
それは、ここにいるはずのない声。
先ほど国防長官として任命されたはずのお忙しい御仁。
「いるけど、今、あんたが、アレにかかわる意味が分からない。」
アルシェムは何も知らない体でそういった。
すると、アリオスはまるでアルシェムが見えていないかのようにキーアを見つけて抱き上げた。
「…いくらアリオス氏でも、誘拐だよ?」
「合意の上ならば問題あるまい。それとも、邪魔をする気か?」
アリオスは腰の刀に手を伸ばした。
アルシェムはアリオスを止めることをあきらめた。
どうせ、まだまだ彼らを止める機会はあるのだ。
ただし、楔は打ち込むが。
「いーや。でも、本物があるのに偽物を持っていこーとするのはどーかと思うな。」
アリオスは眉根をひそめただけで踵を返した。
そこにセシルが追いすがる。
「待って、アリオスさん、キーアちゃんを連れてどこに…!」
しかし、アリオスはその声に応えることはなかった。
そのままセシルに背を向けたまま、アリオスは港湾区へと向かった。
アルシェムは行き先が分かっていたのでセシルに伝言を頼んだ。
「セシルさん。たぶんアリオス氏はミシュラムに行くと思う。…ロイドたちに連絡よろしく。」
そう言い残して、アルシェムもまた支援課ビルから飛び出した。
ENIGMAでとある人物たちに連絡を取り、メルカバをスタンバイさせる。
ミシュラムには分け身を向かわせ、アルシェム自身はメルカバに乗り込む。
そして、こう告げた。
「…では、作戦を開始する。総員、配置につこう。…これが、星杯騎士として最後の仕事になる。」
それに、その場にいた全員が大きくうなずいた。
◆◇◆
ロイドたちは焦っていた。
レクター、キリカ両名から聞いたクロスベル侵攻の知らせよりも何よりも、大切なこと。
キーアがアリオスに連れていかれた。
アルシェムもまた、それを追って出て行った。
その事実が何を意味するのかを、ロイドたちはまだ知らない。
市内の空気はどんどん悪くなっていく。
それを後目に、ロイドたちはミシュラムへと乗り込んだ。
行き先がどこか、はっきりとはわかっていない。
くるりと周囲を見回した時だった。
「ロイド、こっち。」
アルシェムが手を振っていたのは。
ロイドは何の疑いもなくそれに従った。
ただし、レンだけは一瞬目を鋭くしてアルシェムを見た。
そして、ひとことこう告げた。
「…名演技、期待してるわ。」
「ありがと、レン。」
アルシェムはレンにそう告げて《鏡の城》へとロイドたちを案内した。
場所が場所だけに、エリィはかなり複雑そうな顔をしていたが。
そして、ロイドたちはたどり着いた。
「キーアっ!」
謎の機械の上に座るキーアと、おかしな仮装をしたマリアベルのもとへと。
「ロイド…皆…」
キーアはさも悲しいことでもあったかのようにそうつぶやいた。
ロイドはそれを見てキーアに駆け寄ろうとした。
しかし、アリオスが前に立ちはだかる。
「退いてください、アリオスさん…!」
「退くわけにはいかない。」
睨み合うアリオスとロイド。
それを見つつ、レンは彼に指示を出していた。
アルシェムはというと、じっとマリアベルをにらみつけていた。
「どうして…どうしてそこにいるの、ベル…!」
エリィの悲痛な言葉に応えたのは、やはりマリアベルだった。
何も知らない子供に教え諭すように、マリアベルはその真意を語った。
失われた幻の至宝。
それを守護する立場だったクロイス家。
失われたものを生み出そうと、開発されたのがキーアだった。
そして、この力を以てクロスベルを独立国家にするのだと。
そう、語った。
「…もっとも、幻の至宝には幼生体がいたようですけれど。それも足取りはつかめずじまいでしたし、きっともう死滅しているのではないかしら。」
マリアベルは心底残念そうな顔でそう告げた。
アルシェムの我慢の限界も、ここまでだった。
「だから人間を造って至宝にするって?ばっかじゃねーの、クロイス家。阿呆の極みだよね、まったく。」
それを聞いて、マリアベルは眉を吊り上げた。
キーアはなぜか複雑な顔をしている。
そして、アルシェムは告げた。
「ね、キーア。」
初めてキーアの名を呼んで。
「何でここにわたしがいるのか、知ってる?」
空虚な笑みを浮かべて、アルシェムは告げる。
ずっとずっと、心の中に秘めていた言葉を。
「キーアが呼んだから、わたしはここにいるんだよ?」
その言葉の意味を正しく読み取ったのはレンだけだった。
そして、アルシェムは双剣を抜く。
それに反応したアリオスもまた刀を抜き、そして。
甲高い音が、響いた。
一瞬で切り結んだアリオスとアルシェム。
押しているのはアルシェムである。
そして、それを見たロイドたちも遅れて動き始めた。
一斉にキーアを取り戻すべく、アリオスに襲い掛かる。
しかし。
その拮抗は、すぐに崩れた。
それは…
「邪魔ですわよ、アルシェムさん。」
マリアベルが、闇色の杭をアルシェムに突き刺していたから。
それでも、アルシェムはアリオスに一矢報いようとして再び闇色の杭に縫いとめられる。
しかし、キーアには見えていない。
キーアから見えないようにうまくマリアベルが調節しているのだから。
そして、アリオスは全員を鎮圧し終えた。
「き、キーア…」
膝をつく特務支援課。
そして、アリオスは問うた。
「帝国と共和国からの進行を、お前たちに止められるのか?」
瞬間、マリアベルによって映し出される光景。
発射寸前の列車砲に、侵攻中の共和国の戦車。
「さあ、キーアさん。」
「うん、ベル。私は、もう迷わない…!」
それを見せて、マリアベルはキーアに促した。
新たなる至宝となることを。
そして。
三機のアイオーンは、クロスベルに仇なすものをすべて打ち砕いた。
それを見て唖然とする特務支援課。
背後から迫りくる国防軍。
そして。
ノエルを筆頭に、国防軍はロイドたちを確保した。
「…往生際が悪くあがいてみようかしらね。」
即座に逃げ出したレンを除いて。
そして、国防軍によりアルシェム・シエルの死亡が確認された。
はい、次から断章です。
では、また。