雪の軌跡   作:玻璃

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いや、遅れてはきませんけど。
アルシェムとリーシャが頑張るの回。

では、どうぞ。


クロスベル市防衛線・歓楽街

「…何てーか。」

アルシェムは猟兵の四肢を撃ちぬきながらそうつぶやいた。

最初は避難誘導から始めたが、皆半信半疑で従ってくれる人間が少なかった。

しかも、運の悪いことに《アルカンシェル》の公演が始まってしまっていたのだ。

流石に公演の最中では避難に従ってくれそうもない。

仕方がないので、アルシェムはそこらを歩いている住民を全てホテルに放り込んだ。

露店の店員にはホテル内での営業を何とか認めさせるという荒業まで使って移動させたのである。

住民を全て避難させ終わる前に、猟兵は攻めて来たのだ。

それを見ればもはや疑う者はいなかったが。

ホテルに住民が避難するところを見られたおかげで、ホテルが重点的に狙われるようになってしまったことを除けばおおむね順調だった。

 

最初は、導力銃で近づいてくる猟兵の四肢を撃ちぬくだけで良かった。

しかし、次第に猟兵の侵攻の勢いが激しくなったことと空中から猟兵が補充されたのも手伝って、アルシェムは苦戦を強いられていた。

回復のためのアーツは暫く使えないのも相まって、である。

 

何故回復のためのアーツは使えないのか?

その理由の1つは、分け身にあった。

アルシェムの分け身はクラフトではなく、アーツによるものだったからである。

限界まで分け身を使って各地の状況や人目のつかないところの人命救助に当たっていた結果、アルシェム自身にはENIGMAでの回復しか残されていないことになる。

しかし、アルシェムはENIGMAでの回復も見込めなかった。

理由は簡単。

数人のかすり傷を回復しているときに、アルシェムのENIGMAは猟兵に撃ちぬかれて破壊されてしまったのである。

 

幸い、住民にけがはなかったものの、アルシェムはジリ貧に追い込まれた。

「…ま、回復できねーってのもいー経験になるんだろーけどさ。」

アルシェムの今の武装は、導力銃だけである。

他の装備は、全て分け身に持たせてしまった。

それだけで、アルシェムはこの様である。

相手の防御はアーツで上げられてしまって、あまり攻撃の意味をなさない。

アーツの効果切れを狙ってアルシェムは猟兵を撃っていた。

 

そうして――

粗方猟兵が片付いたころ。

その場に新たな一派が現れた。

それは。

 

「何でここに来るの…」

「あーっ、お姉さんだ!ね、一緒に遊ぼう?」

 

《鮮血のシャーリィ》率いる精鋭たち。

アルシェムは彼らを制圧すべく動き出した。

 

数十発の銃弾が猟兵を襲う。

猟兵達はそれを例外なく首を傾げて見送る羽目になった。

どこにもあたっていないのに、確かに衝撃だけはある。

それを疑問に思いながら、ライフルを構えた。

そして。

 

「それ、撃ったら死ぬかもだけど、撃つ?」

 

双剣を首に突き付けた銀髪の女に静止させられた。

猟兵は混乱した。

何故ならば、ここに彼女がいるはずがないからである。

目の前にいる女は、銃弾を放った女とは別の人物のはずだったのだ。

それなのに、眼前の女と銃弾を放った女とは姿、形、気配までも同じ人間だった。

 

そして生まれる一瞬の隙。

 

その隙を逃すほど、アルシェムは甘くはなかった。

アルシェムはその一瞬でシャーリィを除く猟兵を無力化して見せた。

「ひゅー、やるねえ。」

賞賛を送るシャーリィ。

しかし、その視線の先には銃弾を放ったアルシェムは存在しなかった。

本能で眼前の双剣持ちが本体であると判断したのである。

そして、本当に楽しそうに笑いながらシャーリィは告げた。

「じゃ、いっくよー?」

言葉と共に振り上げられるブレードライフル。

双剣持ちアルシェムが懐に飛び込もうとする。

しかし、シャーリィは双剣持ちアルシェムと遜色ない速度で後ろに飛び退りながらブレードライフルを振り下ろした。

双剣持ちアルシェムはギリギリでそれを避けつつ双剣を横薙ぎにふるう。

それぞれの得物は互いにかすり傷をつけただけで終わった。

不敵に笑うシャーリィと無表情にそれを睨む双剣持ちアルシェム。

そして、両者は再び激突した。

 

その攻防の内に、導力銃持ちアルシェムは《アルカンシェル》内に侵入を果たしていた。

未だに敵襲に気付いてない支配人に襲撃の旨を伝え、混乱が起きないように対処するよう依頼する。

すると、支配人は怯えた顔をしながら快諾してくれた。

それを終えてアルシェムは外に出ようとして…

気付いた。

先程まで戦っていたはずの分け身が消えてしまっていることに。

 

そして、紅い突風が吹いた。

 

狂ったように笑いながら、シャーリィはホールへと飛び込んだ。

アルシェムは遅れてそれを追う。

舞台上では、シュリが困惑したようにシャーリィを見ていた。

それを舞台袖で見ていたリーシャは、厳しい顔でシャーリィを睨んでいた。

瞬く間にシャーリィは舞台上に上がり、シャンデリアの上に立った。

その瞬間。

 

アルシェムの身体が、独りでに動き始めた。

 

限界を超えた動きで、猛スピードで駆け出す身体。

シュリを突き飛ばし、シュリに向かって駆け出そうとしていたイリアをも突き飛ばす。

 

そこで体の自由を取り戻したアルシェムは、その場から飛び退こうとして、出来なかった。

無理に動かされた反動が来てしまったのである。

「あ…」

思わず、アルシェムの口から声が漏れる。

 

それでも、アルシェムは出来る限りのことをした。

迫りくるシャンデリアに、押しつぶされるのはご免だ。

シャンデリアの外周と内周のリングの間に体を滑り込ませた瞬間。

轟音がして、アルシェムはシャンデリアに呑みこまれた。

 

◆◇◆◇◆

 

リーシャは眼前が真っ暗になった。

目の前で、アルシェムがシャンデリアの下敷きになってしまったからである。

驚くべき速さでシュリとイリアを救ってくれたまでは良かった。

リーシャの方に飛ばされたシュリはリーシャが受け止めたし、イリアもなんとかバランスは取って尻餅をついただけにとどまってくれた。

しかし、アルシェムは違った。

その後はそれまでの速さはなんだったのか、シャンデリアの下から抜け出せずにいたようだった。

そして、この結果である。

 

イリアは即座に立ち上がってシャンデリアの方へと駆けだした。

それを見て、他の劇団員たちもそこに駆け付けた。

リーシャもそこに駆け付けてシャンデリアを引き上げる。

シャンデリアの下には、気を失ったアルシェムがいた。

血は出ていないようだが、それでもリーシャはアルシェムの状況を悲観せざるを得なかった。

 

また、守れないのか。

 

リーシャの頭の中をその言葉が駆け巡る。

その時だった。

「…ぬおー…痛い…」

まぬけな声を上げて、シャンデリアの下から引き出されたアルシェムがゆっくりと起き上ったのは。

その顔には苦悶の色が浮かんでいる。

「アルシェムさん…だい、じょうぶなんですか…?」

リーシャは震える声でそう問うた。

すると、アルシェムは苦虫を踏みつぶしたかのような顔をして答えた。

「骨とか内臓とかは無事っぽいけど…多分アレには対抗できねーかな…やり過ぎだっての、まったく…」

最後は掠れて聞こえなかったが、それでも死ぬような状況ではなさそうだった。

そのことにリーシャは安堵する。

次いで、怒りがわき起こってきた。

リーシャは怒りに震える声でイリア達にこう告げた。

「…イリアさん、シュリちゃん、避難誘導をお願いします。」

「リーシャ姉っ…」

「…リーシャ、無茶だけはしないでよ。アンタ以外に《月の姫》が出来る子なんていないんだから。」

イリアもリーシャが何をするのか察したようで、シュリの言葉を封殺した。

そして、アルシェムを抱え上げる。

「ホテルに向かって下さい。そこにこの辺の住民は全員避難させましたから。」

アルシェムは顔をしかめたままそう告げた。

イリアはそれに頷き、避難誘導を行いながらアルシェムをホテルまで運んだ。

リーシャはその様子を横目で見ながらシャーリィを睨みつけていた。

シャーリィは含みのある笑みでそれを見送った。

次いで、リーシャに向けて《銀》の得物を投げつける。

そして、こう告げた。

「これで、本気で来てくれるでしょ?」

先程までの含みのある笑みではなく、無邪気な笑みで。

それを見て、リーシャは悟った。

「…貴女は…そのためだけにこんなことを…?」

それが、答え。

シャーリィは笑みを深くしてリーシャに襲いかかった。

 

そして。

2人は数時間もの間戦い続け、シャーリィが時間だと宣言するまで一進一退の攻防を続けていた。

 

――歓楽街の戦闘。

 

軽傷数人。

死者0人。

アルシェムは、ホテルに運び込まれた後一室で寝かされていた。

しかし、イリアがふと様子を見に行った時にはその場から消えていたという。

 




ふと思った疑問。
猟兵って、真っ先にENIGMAとか狙うんじゃないかと。
身体能力を向上させるものを銃弾一発で破壊できたら御の字なわけだし。

次回、特務支援課の巻…には、ならないかもなあ。
では、また。

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