雪の軌跡 作:玻璃
たぶんスコット氏とヴェンツェル氏の口調がおかしいと思います。
では、どうぞ。
「アリオスさん、そっちは任せました!」
「承知。」
スコットは何度目になるかもわからない絶叫をアリオスに投げた。
いきなり襲撃してきた猟兵に、スコットは最初どう対処していいか分からなかった。
市民を守らないと。
ただ、そう思って衝動的に動き出した。
幸い、A級遊撃士も一緒に戦ってくれている。
それでも、スコットの気は晴れなかった。
猟兵が強すぎるのである。
今までにも猟兵とやりあったことはあるが、ここまでの練度はなかった。
なかなか対処できない猟兵には、既に市内に抜けられてしまっている。
特務支援課に連絡してみても、つながらない。
今はただ目の前の敵に対処するするしかないと分かっていても、焦りは止められなかった。
このまま、猟兵が市民を蹂躙してしまったら。
自分の力が及ばないばかりに誰かが傷ついてしまったら。
それが、スコットの恐れることだった。
猟兵の相手をしていると、けが人の確保に動いているはずのヴェンツェルがスコットの背後を通り過ぎた。
「落ち着け、スコット。やれることをやるしかない。…分かるだろう。」
「ヴェンツェル…ああ!」
スコットはヴェンツェルの言葉に背を押されて歯を食いしばった。
そうだ。
ここで引くわけにはいかない。
ここで引いては、誰が市民を守るんだ。
そこからは、スコットは覚悟を決めた目で猟兵を無力化していった。
◆◇◆◇◆
そんなスコットを横目で見ながら、ヴェンツェルもまた自身が焦っていることに気が付いていた。
けが人の数が多すぎる。
どうすれば、良い。
歯を食いしばりながらヴェンツェルは1人、また1人とがれきの下から救い出していく。
それでは間に合わないと理解しているが、ヴェンツェルの手は2本しかないのだ。
「助けて…」
その声の方に向かおうとするも、崩れて来る瓦礫が邪魔をする。
ギリィッ、と音がするまで歯を食いしばったヴェンツェルは、がれきをぶち壊した。
その時だった。
「無事な方!出来れば怪我をしている方と共に遊撃士協会へ――!」
どこかで聞き覚えのある声が響いたのは。
「この声は…リンか!」
リンが、怪我を押して叫んでいてくれている。
遊撃士協会の中ではエオリアも同様に頑張っている。
ならば、五体満足のはずの自分が頑張らなくてどうするのだ。
ヴェンツェルは頬を叩いて気合を入れなおした。
そして、リンに連絡を入れる。
「リン、ヴェンツェルだ。そのまま叫んでいてくれないか?」
リンは息を詰まらせて沈黙した。
そして、こういった。
『ああ…出来る限りのことはしよう!』
そして通信が切れる。
ヴェンツェルは、気合を入れなおした勢いでけが人を救出していった。
途中、駆けつけてくれた青髪の少年が手伝ってくれなければ、ヴェンツェルの心は再び折れていたに違いない。
少年は《龍老飯店》の看板娘を救った後、遊撃士協会の扉の前で防衛を請け負ってくれていた。
ヴェンツェルは1人、また1人と彼にけが人を手渡していった。
◆◇◆◇◆
そのヴェンツェルに言われて叫んでいるリンは、遊撃士協会のベランダから外を伺った。
旧市街からも流入してくるけが人を遊撃士協会に運び込むヴェンツェル。
遊撃士協会の中では、エオリアが怪我を押してけが人の治療にあたっていた。
スコットとアリオスは、市民に被害が出ないように猟兵を食い止めている。
ここにいるべきもう1人の遊撃士は依頼主の意向によりこの場にはいない。
そのことに歯噛みしながらリンは声を張り上げて猟兵を引き付けていた。
無事な人間に語りかけるとともに、リンは敵に自らの位置を教えるという危険な策を取っていた。
既に満身創痍な自分が狙われても数日ほど怪我が治るのが遅くなるだけだ。
頭は防御しているし、心臓も狙われないようにしている。
けが人で戦えないリンにとって、これ以上のことは出来なかった。
それが猛烈に悔しかった。
自分だって遊撃士だ。
弱い人を助けるのが自分の仕事であり誇りだ。
なのに、この様は何だ。
何故、私はこんなところでくすぶっているのだ。
そんな思いがリンを揺さぶる。
しかし、同時に理解してもいた。
今は怪我をしていて動けない。
足手纏いになるだけだ。
だからこそ、私はこの場に留まるべきで。
ただの役立たずに成り下がっているのだ。
リンは胸を引き裂かれそうになりながらも声を張り上げた。
そこに、通信が入る。
『リン、市民の避難は終わった!エオリアの手伝いをしててくれ――!』
それは、ヴェンツェルからの通信。
その通信に、リンは何と答えたのか覚えてはいない。
気付けば、リンはたくさんの負傷者たちの血止めを手伝い、軽傷の人間には気で治療を施していた。
確かに、リンは誰かを助けるために泰斗の力を身に着けた。
だが、こんなふうに使う為ではなかった。
誰かを身を挺して護るために、この力を身に着けたのではなかったのか。
そんな葛藤がリンを苛んだ。
◆◇◆◇◆
そんなリンを見るエオリアもまた、苦悩の渦の中にいた。
この中で一番足手纏いなのはリンではなくエオリアだったからである。
猟兵にはエオリアのクラフトが全て通用しないのである。
エオリアには、覆面を被り、露出しているのが顔面だけの彼らに向けてナイフを投げる勇気はなかった。
それだけで殺してしまいそうだからである。
麻痺毒を塗っていてただ掠るだけならば問題ないだろう。
ただ、それが眼球に刺さってしまえば?
それよりも奥に貫通してしまえば?
エオリアには、人殺しになる勇気などなかった。
ただ、必死で手を動かすことでこの罪悪感から逃れていた。
誰かを救えれば、それだけで敵の意図を倒したことにつながるのだと信じて。
救いたい。
救いたい。
救いたい。
それが、エオリアの原初の願いだった。
医師では誰かを助けられなかったから、エオリアは遊撃士という道を志した。
最初は外科の医師だった。
でも、助けられない人間はたくさんいた。
そこで、患者を病院に運んできた遊撃士が零した言葉がエオリアを変えた。
『俺がもっとしっかりしていれば、この人は怪我なんてしなくて済んだのに!』
そうだ。
怪我を直せないのなら、怪我をさせないように誰かを守れば良い。
その考えは、甘くエオリアを支配した。
今ほどその言葉を後悔したことはない。
今の傷ついたこの身では、誰も救うことなど出来ないのではないか。
そんな恐怖にエオリアは囚われていた。
手が震える。
これではいけないのに。
このままでは、自分はダメになってしまう。
このままでは――!
エオリアの思考を遮ったのは、リンだった。
「エオリア!…落ち着いてくれ、助けられるものも助けられなくなってしまう…!」
その言葉で、エオリアは我に返った。
そうだ。
今ここで患者を助けられるのは自分しかいない。
今ここで、私は必要なんだ!
エオリアは自分に活を入れて終わりの見えない戦いに足を踏み出した。
――東通り、および旧市街の戦闘。
最終的に、けが人はいたものの死者もなくこの区域の戦闘は終わった。
途中から警備隊が合流し、猟兵達を戦闘不能にしたのも大きい。
しかし、やはり遊撃士たちの奮闘がこの結果を生んだ。
オリジナル要素が多分に入ってる気がしないでもない。
次回は《S&T自警団》こと不良軍団の回です。
では、また。