雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
湿地帯から帰還した特務支援課を待っていたのは、マインツが襲撃されたという凶報だった。
同時に、《赤い星座》がクロスベル市内から消えていることも確認され、犯行グループはほぼ《赤い星座》であると特定されていた。
その知らせに内心舌打ちをしたのは、ランディだけではなかった。
アルシェムもまた、その知らせに気を揉んでいた。
その理由は言わずもがな、ランディが荒れることが予測できたからである。
兎に角支援課に戻って休むことになった一行ではあったが、それぞれが明日に備えて寝ているかと言われればそうではなかった。
二時間ほど仮眠を取ったランディは静かに起き上がり、気配を消して支援課を抜け出したのである。
正面玄関から出たランディは、外で空を見上げているアルシェムを見つけた。
「…何で起きてんだよ。」
思わず漏らしたうめき声は、アルシェムにしっかりと届いていた。
アルシェムは苦笑しながらランディにこう告げた。
「最近眠れないんだ。…行くの、ランディ?」
「…ああ。」
「…気持ちは分からなくもないから、止めはしないけど。…確認しても良い?」
月明かりに照らされて、アルシェムはランディに向き直った。
ランディはアルシェムの顔を真っ直ぐ見ることが出来なかった。
「…何だよ。」
そっぽを向きながらランディはそう言った。
そんなランディにアルシェムはこう聞いた。
「…死ににいくんじゃ、ないよね?」
「…出来たら、死にたくはねえなあ。でも…それ以外に止める道がないならやるしかねえだろ。アレは、俺が止めないといけないからな。」
ランディはアルシェムの言葉に無邪気に笑いながらそう告げた。
それは、どこまでも透明で…
引き込まれてしまう笑顔。
だからこそ、アルシェムはその笑顔に楔を打ち込んだ。
「ランディが死んだら、わたしは消えちゃうかもしれないよ。」
「…何?」
アルシェムの望み通り、ランディの笑顔にひびが入る。
真剣な顔でランディはアルシェムに問うた。
「どういう意味だよ?」
「文字通りの意味だよ。…その意味をランディが正確に理解したいんだったら何が何でも生き抜いてね。…そうしたら、きっと…」
消えないで済むかもしれないんだから。
アルシェムはそう続けた。
ランディはその真意を探ろうとして、出来なかった。
時間が来たのだ。
これ以上この場に足止めされるわけにはいかない。
「…もう、行くぞ。」
「…行ってらっしゃい。これは帰りを待ってるって意味だからね。ちゃんと、待ってるから。」
「善処する。」
ランディはそのまま足早に去っていった。
これは、アルシェムにとっても賭けだった。
このままランディが先に進めるようならば、生還できるのだろう。
そうでなければ、力ずくででも止めさせられていたのだろうから。
「…変わらない未来も、変えられない運命も、大嫌いだよ。…ランディのバーカ。」
アルシェムはそう呟いて自室へと戻った。
そして、夜が明けて。
アルシェムはロイド達がランディの姿が見えないことに困惑している様を目の当たりにした。
「ああ、おはよう、アル。ランディがどこにいるか知らないか?」
「うん、知ってるけど。口止めするの忘れるなんて馬鹿だよねー、ランディ。」
あっさり答えたアルシェムにロイドは一瞬硬直した。
そして、レンを除いた全員がアルシェムに詰め寄った。
「ランディはどこにいるんだ!?」
「ランディさんはどこにいるんですか?」
「ランディはどこなの!?」
「ランディ先輩はどこですか!?」
四者四様の反応に、アルシェムは思わず一歩引いた。
それでもにじり寄ってくる一同にアルシェムはこう返した。
「未明くらいに出てったよ。多分最終目的地はマインツなんだけど。…その前の行先は流石に知らねーかなー。」
「何で止めなかったんですか!?アルさんだったら止めるのは簡単ですよね!?」
アルシェムに詰め寄るノエル。
アルシェムはそんなノエルを思わず冷たい目で見た。
その目を見てたじろぐノエル。
アルシェムは溜息を吐いてこうこぼした。
「あのさ、わたしが万能みてーに言うのはやめてくれる?」
「で、でも…」
「確かにわたしはランディを止めなかったよ?でも、ランディがどーしよーがランディの勝手でしょ?それでもランディを連れ戻すんだっていうなら…」
アルシェムはランディの残したENIGMAに触れた。
ランディはリンとエオリアのように追跡される可能性を危惧してこれを置いて行った。
ただ、それでも愛着はあったようで…
そこについていたストラップが、外されていた。
それを確認してアルシェムは続けた。
「ランディの全てを上回って、受け入れてあげてよ。…わたし達が頼りないから、ランディは相談もなく置いていったんだから。」
アルシェムとしては、ランディを止めるつもりはあった。
人手が足りなくなる可能性が高いために、特務支援課にはクロスベル市内にいてほしかった。
恐らくそれは適わないだろうということも理解していた。
全てを鑑みて、それでもランディを引き留めたかったから引き留めた。
結果は散々。
ランディはそのまま行ってしまったし、恐らく特務支援課もクロスベル市内からは離れるだろう。
アルシェムは、□□□を猛烈に呪いたくなった。
「…分かった。…アルは、行くのか?」
「いや、待ってるって宣言したから。ロイド達は万全の準備をして…あ、そーだ。」
「どうかしたのか?」
ロイドはアルシェムが途中で言葉を切ったことに疑問を抱いた。
アルシェムはロイドに手持ちの地図を出すように要請すると、出された地図にバツ印を付けた。
「…これは?」
「抜け道。多分、この辺から行ってると思うよ。…こないだ支援要請受けた時に確かめたんだ。この辺の横穴から旧鉱山につながってる。」
それを聞いたロイドは目を見開いてその場所を見た。
そして、入れ違いにならないよう一端情報収集をしよう、と宣言していったん解散した。
そんな時間は、ないというのに。
数十分で全員が戻ってきて、既にランディが立ってしまった後だと確認したロイドはアルシェムとレンを置いてマインツ方面へと向かった。
それをキーアとともに見送ったアルシェムは、ランディの部屋に向かった。
珍しいことに、キーアも一緒である。
実際はキーアが付いて行っているだけでアルシェムに連れ立っているという認識はないが。
ランディの部屋で、アルシェムはこうこぼした。
「…バーカ。」
「ねえ、アル…ランディ、帰ってくるよね?大丈夫だよね…?」
キーアは涙目でそうアルシェムに問うた。
アルシェムはそれを見て言葉を吐いた。
「わたしなんかに聞かなくても分かるでしょーに。」
「…え?」
キーアは顔を硬直させた。
確かにキーアはランディが五体満足で帰ってくることを知っていた。
だが、本来ならば知らないはずなのだ。
だからこそ、確定しない真実の中でキーアは迷っていた。
そこに、アルシェムのその言葉。
キーアはアルシェムが何かを知っている気がしてならなかった。
「アルは、何を知ってるの…?」
実際に、キーアはアルシェムにそう問うた。
しかし、アルシェムから答えがあるわけでもなく、ただ目線が厳しくなっていくだけ。
やがて、アルシェムはふっとキーアから目を離すとランディの部屋から出た。
アルシェムの自室へと戻り、装備を整えていく。
「アル…?何、してるの?」
キーアもそれについて行ったのだが、アルシェムの装備はキーアから見ても異常だった。
二振りの剣。
組み立て式の棒術具。
その穂先と思しきモノ。
導力銃に、導力ライフル。
閃光弾に、手榴弾。
それらの予備を持てるだけ持ったアルシェムは、小さく呟いた。
「思い通りになんか、させてやるもんか。」
それを聞いたキーアは息を呑んだ。
これから起こることを、アルシェムは知っているのかもしれない。
そう思った。
そんなはずがないと思っていても、否定しきれるものではなかった。
アルシェムはセルゲイに《赤い星座》対策として最大限の警戒を促すと、レンと共に支援課ビルから飛び出した。
因みに、レンの装備も似たようなものである。
これから戦争でもおっぱじめるのかという様相に、誰も気を留めることはなかった。
レンはアルシェムにこう告げた。
「アル、目一杯やっちゃって良いわよね?」
「うん。東通りは旧市街含めて遊撃士たちがどうにかするだろうし、中央広場と裏通りはワジ達に頼むよ。行政区はレオン兄に頼むし、港湾区はアガット達に頼む。だからレンは住宅街をお願い。」
「…アルは歓楽街ね?…くれぐれも、気を付けて。」
「レンもね。」
そう言って、アルシェム達は別れた。
アルシェムからもたらされた情報に、あるものは装備を整え直し、あるものは気合を入れなおした。
そして。
運命の時が、やってきた。
本来なら次回はこの章の中に入れるべきですが、結構中途半端な分け方をされてしまっていたのでここでこの章は終わりです。
次回、クロスベル市防衛線。
約5回に分けて、少し書き方を変えながらお送りします。
書き方が変わるのはクロスベル市防衛線と銘打ったタイトルのみです。
(いや、初期と比べれば今も結構変わってるはずだけど。)
では、また。