雪の軌跡   作:玻璃

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今作中一番忙しいキャラが登場。
異名をあてに仕事を任されまくった彼女は疲労困憊です。

では、どうぞ。


身、喰らい合う蛇

湿地帯へたどり着くと、アルシェムは顔をしかめた。

そこらじゅうにプレロマ草が群生していたからだ。

ボートを止めたアルシェムはもう一艘ボートがあることに気づき、そこで2人が来ていることを確信する。

もし来ていなかったとしても、問題はないのだ。

この場所に誰かがいる。

それだけで、職務質問できるのだから。

そして、アルシェムはその場から足を踏み出そうとして…

気付いた。

他に誰かがいる。

その独特な気配の消し方に、アルシェムは溜息を吐いてこう告げた。

「あのさ、気配消してても分かるから。出てきたら?レオン兄と《銀》。」

そのアルシェムの言葉に、2人は顕著に反応した。

「…何故貴様がここにいる。」

「それはこちらのセリフなんだが。」

…といっても、お互いに牽制しあっていたが。

アルシェムなど眼中にはないのである。

アルシェムはそんな2人を置いて歩き始めた。

「おい、待てアルシェム。この先は…」

「もー見て来てたの?でも一応捜査しねーとだから。」

レオンハルトの制止もアルシェムは聞かなかった。

この先には、恐らく遊撃士だけがいるわけではない。

それを把握したからこそ、アルシェムは先に進もうとした。

しかし。

「…ちょっとやり過ぎたから見るなと言いたかったんだが。」

少し奥に進んだだけで、アルシェムはレオンハルトの言いたいことを把握してしまった。

何とレオンハルト、この場にいた魔獣を全て殲滅してしまった後のようである。

アルシェムの眼前には、割とグロい光景が繰り広げられていた。

因みに、足元にはリンとエオリアが真っ青な顔で気絶していた。

外傷はあまりない、というよりも治療後のように見える。

つまり、何故彼女らが気絶しているかというと…

「レオン兄さ、何で女子の前でグロイ殺し方してんの…」

魔獣がグロく殺されていたからである。

いくら手配魔獣を狩っていようが、流石にこれは正視できなかったのだろう。

詳しく描写するのは避けるが、いわゆる綺麗に切れすぎてあまりにも生々しく断面が見えている状態である。

アルシェムはレオンハルトをキッと睨みつけてこう告げた。

「レオン兄、後で特務支援課来るから全部燃やしといてね。」

「今からやろうとしていた。」

しれっとそう言うレオンハルトだが、そういう気遣いは忘れていたようだった。

あからさまに顔を逸らし、口笛まで吹いている。

ただ、アーツの狙いだけは外さず、全ての魔獣の亡骸は火葬された。

《銀》はその光景をじっと見つめていた。

「さて、俺の用事はもう終わったが…お前はここを見ていくのか?」

「うん。奥の人らに宣戦布告がてらね。」

「…そうか。なら、《銀》。彼女を護衛してやってくれないか?」

あくまでもレオンハルトは《銀》がアルシェムの正体を知らない前提で話している。

だからこそ、本来は必要ないはずの護衛などと嘯けるのだ。

「…分かった。」

そして、《銀》にはそれを断る理由はなかった。

彼女が最も求めてやまなかった少女がアルシェムであると、既に聞かされていたのだから。

前回護り切れなかった彼女を、今度こそ自分が護るのだと、彼女は誓っていた。

アルシェムと《銀》は、奥へ向かって進んでいった。

因みにレオンハルトはリンとエオリアをボートに乗せ、後から来るはずのロイド達に伝言を託してからクロスベル市に戻ることにした。

奥へ、奥へと進むアルシェム。

彼女の目的を、《銀》は…

リーシャは、まだ知らない。

そして、随分奥の方に進んだとリーシャが感じたその時だった。

「…あーあ、マジでいるし。…《銀》、ちょっとだけ手伝ってよね。」

「…ああ。」

アルシェムが感じたように、リーシャもまた感じていた。

この奥には、強者が待ち構えている。

それも、複数人。

リーシャは覚悟を決めて先へと進んだ。

「…あれ、想定外なんだけど…何で君たちが一緒に来るの?」

奥の開けた場所で、待ち構えていた緑髪の少年は困惑したようにそう告げた。

アルシェムがそれに応えることはなく、いきなり彼に向かって発砲した。

「おお、怖い怖い。いきなり何すんのさ?」

「何って。どーせ死なないんだから挨拶代わり?」

「どんな挨拶なの!?僕だって死ぬときは死ぬよ!?」

撃たれた少年は死ぬどころか、傷すらついた様子もなく飄々と立っていた。

飄々としていたのは立ち姿だけだが。

アルシェムはそこで隣にいた人物に目を移した。

そこには時代錯誤な鎧に身を包んだ女性がいた。

女性とわかる理由は胸部装甲にある。

隠しきれていないソレが、彼女が彼女であることを雄弁に語っていた。

「…久し振り、リアン師匠。」

「久しいですね、シエル。…いえ、今はアルシェムというのでしたか。」

兜の中からは、澄んだ声が響いた。

しかし、リーシャがそれを気にしている余裕はなかった。

アルシェムが彼女を師匠と呼んだからである。

どう考えても怪しい人物と、アルシェムは知り合っている。

あの後彼女がどんな人生を送ったのか…

リーシャには、皆目見当もつかなかった。

そんなリーシャを放置して事態は進む。

「師匠、そんなとこにいないで表に戻ってきません?」

「それは無理です。私は、表にいられるような人間ではありませんから。」

「…でもさ、師匠。師匠が表に出ないと《鉄騎隊》の皆も表に戻れないままだよ?いくら師匠に忠誠を誓っててもさ…このままだと、道連れになっちゃうよ?」

道連れ、という言葉に全身鎧の女…

《鋼の聖女》アリアンロードはわずかに身じろぎをした。

その言葉で、弟子が何かをやらかそうとしているのが分かったからだ。

「…何を…するつもりですか、アルシェム。」

「さーね。さて、師匠。…こんなとこで何やってるの?」

「計画の最終確認です。それと…個人的な用事で。」

アリアンロードは淡々と答えた。

そこに、《道化師》カンパネルラが口を挟んだ。

「あれ、貴女が私情を挟むなんて珍しいね。やっぱり弟子が気になってたの?」

「その答えは是であると告げておきましょう。…アルシェム。いいえ、シエル。…戻ってくる気は、ありませんか?」

その言葉を聞いて、アルシェムは瞠目した。

まさか、アリアンロードからそんな言葉が吐き出されるとは思っても見なかったからだ。

「珍しいね、師匠。師匠なら『どの道を選ぶも貴女の自由。自らの望みのままにお行きなさい。』とかいーそーなもんだけど。」

アルシェムの言葉に、アリアンロードは兜の中で苦笑した。

確かに、いつもの自分らしくない。

彼女がどこかに誰かを縛り付けるだなんて、アリアンロードという名を定めた時以来久しくしていなかったというのに。

ふと、そんな考えがアリアンロードの頭に去来した。

それでも、その考えは消えてはくれなかった。

その理由を考えて、そして納得した。

それをアリアンロードはそのまま言葉に変えた。

「今の貴女は酷く辛そうに見えます。悲壮な覚悟を固めて、そのまま破滅へと突き進むかのような…そんな、覚悟を決めているように見受けられます。」

それを聞いたアルシェムは、ふっと表情を消した。

そして、まっすぐにアリアンロードを見つめて告げた。

「だから戻って来いって?無理無理。辛いことから逃げたって何にも解決しねーんだよ師匠。…わたしはこのまま突き進む。たとえ、矢折れ、力尽き果てたとしてもね。」

アルシェムの顔を見たアリアンロードは息を呑んだ。

昔、必死に技を盗み力をつけて行った小さな弟子に、こんな表情が出来たとは知らなかった。

能面。

それが、今のアルシェムの表情を表すのにふさわしい言葉だった。

「…それが、貴女の答えですか。」

「勿論。わたしはね、師匠。アルシェム・シエルで在らなくてはならないんだよ。」

吐き捨てるようにそうアルシェムが零したその時だった。

リーシャは背後から複数人が近づいてくるのを感じた。

その気配は知っている気配。

特務支援課の一行の気配だった。

「それは、どういう…」

アリアンロードの声が不自然に途切れた。

そこに、特務支援課の一行が駆け付けたからだ。

一番最初に口を開いたのは、レンだった。

「あら、まだ生きてたの?カンパネルラ。それに…珍しいわね、貴女がこんなところにいるだなんて。」

「…《殲滅天使》、ですか。」

「レンはそんな名前じゃないわ。貴女がアリアンロードっていう名前じゃないみたいにね。」

既に、レンは心を決めていた。

この場にいる結社の人間は、今のところ敵である。

いつでも彼らを殺せるように、レンは構えた。

それを見て進み出て来たのは、空気同然だった《鉄騎隊》の女である。

「お黙りなさいな。貴女がどんな道を行こうが自由ですけれども、アリアンロード様の邪魔をするのは赦しませんわよ。」

《神速》のデュバリィ。

恐らく作中で一番忙しい女である。

それはさておき、デュバリィはそれに、と言葉をつづけた。

「一体誰がやらかしたのかは知りませんけれど、《博士》を殺してくれたおかげでこちらはかなり忙しいのですわ。あまり手間を掛けさせないでほしいですわね。」

ノバルティスが死んだお蔭で他の執行者はその穴埋めに動かざるを得なくなった。

そのおかげでデュバリィは帝国とクロスベルを忙しく動き回る羽目になったのである。

文字通り《神速》で動かなければ任務を遂行できないほどに。

デュバリィはこの計画が終わったら一週間ほど有給休暇を申請しようと本気で考えていた。

…実際にその制度があるかどうかは別にして。

レンはそれを聞いて鼻で笑った。

「なら、どちらかに関わらなければ良い話だと思うわ、レン。」

「それが出来ないから困っているのですわ!全く…どこの誰だか存じ上げませんけれど、引き抜きだなんて余計なことをしてくれやがりまして…」

負のオーラを放ちながらデュバリィは呟いた。

因みに殺気を振りまいているので特務支援課の一行は後ずさっていた。

それを見たアリアンロードは溜息を吐いてデュバリィを嗜めた。

「落ち着きなさい、デュバリィ。」

「はい、アリアンロード様。」

アリアンロードの一言でデュバリィは心に平穏を取り戻した。

何とも現金、いや単純な女である。

それを見たロイド達は毒気を抜かれてしまった。

警戒しなければならないのに、である。

そこで、カンパネルラがまぬけな声を上げた。

「あれ、ちょっと長居しすぎちゃったかな?」

その声に呼応するかのように、真横から幻獣が現れた。

どことなく亀に似た幻獣だ。

それが出現した、その瞬間。

「話の邪魔よ。ダブルバスターキャノン!」

頭上からビームが降り注いだ。

どうやら、レンが《パテル=マテル》を呼び出していたらしい。

幻獣はあっという間に消え去った。

「…容赦ないね、レン。」

「当たり前でしょう、カンパネルラ。レンは暇じゃないの。とっとと投降してくれるとレン、とっても助かるのだけど。」

レンが冷ややかに笑ってそう告げる。

それにロイドが追従した。

「出来ればここに来た経緯から教えて頂けると助かります。貴方方が先ほどの幻獣を嗾けたっていう疑いもあるので。」

「あら、ロイド。それを言うとこの間からの幻獣騒ぎはこの人たちのせいかもしれないことになるわよ?」

エリィも漸く事態を把握したようで、カンパネルラを追い詰めにかかる。

ノエルとランディは無言で武器を構えていた。

因みにティオはこの場にはいない。

ボートの確保をしているからである。

「いやあ、これは…」

「…大人しく引くべきでしょう、カンパネルラ。私達にも遊んでいる暇はありません。」

アリアンロードはカンパネルラにそう告げると、先に転移して消えた。

ついでに《鉄騎隊》も一緒に消えている。

カンパネルラは苦笑して消えた。

そして…

 

一筋の剣閃が、とある人物を襲った。

 

彼女はそれに対応することが出来なかった。

それは、アリアンロード相手に最大限に警戒していたからである。

剣閃を放った人物は、己の刀が引き起こした事態を厳しい目で見ていた。

その剣閃は。

 

過たず《銀》の覆面を切り裂いていたからである。

 

「お前は…リーシャ・マオ、か?」

「なっ…」

駆け付けたアリオスはリーシャに向けてそう告げた。

その言葉に、ロイド達が《銀》だった人物に顔を向ける。

果たして、そこにはロイド達の知るリーシャ・マオがいた。

「…コスプレというのは、案外難しいものですね。」

リーシャはそう言った。

全員に聞こえるように。

誰かに聞かせるように。

特定の誰かは、その言葉を白い目を向けて聞いていた。

それが事実ではないと分かっていたからである。

そうして、リーシャはその場から消えた。

その場には、呆然とたたずむロイド達が残された。




生き残らせて一番都合のいいキャラ→誰にも正式な名前で呼んでもらえない彼。
公式チートだし。
そのうちカシウス氏の出番もあればいいなぁ。

では、また。

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