雪の軌跡   作:玻璃

235 / 269
どこかの小説にありそうなタイトル。
内容は知らん。

では、どうぞ。


これは支援要請ですか?いいえ、演技指導です。

列車事故の処理を終えた次の日。

ロイド達はいつものように起き、いつものように朝食をとり、いつものように端末を見た。

そして、ロイドは支援要請を振り分ける。

暴走車の追跡にはノエルとエリィ、それにレン。

手配魔獣にはロイドとランディとティオ。

アルシェムは市内を巡回することになった。

いつものように解散し、アルシェムはどこへともなく巡回を始めた。

異変がないか、困っている人はいないか。

西通りから住宅街へ。

住宅街から一度中央広場に戻って東通りへ。

東通りから旧市街へ。

旧市街から再び東通りを抜けて中央広場へ。

中央広場から港湾区へ。

港湾区から行政区へ。

そして、行政区から歓楽街へ。

建物の中も見るのを忘れなかったおかげで、アルシェムはシュリに声を掛けられた。

「…えっと、支援課の人…だよな。」

「うん。あんまり接点なかったけど、シュリさんだよね?」

「…うん。…アンタでも良いや、ちょっと付き合ってくれ。」

シュリは何かを焦った様子でアルシェムにそう告げた。

アルシェムは首肯してそれについて行った。

そこで始まったのは、シュリの演技だった。

着地の瞬間に鈴を鳴らすという荒業を頼んできてはいたものの、目の追いつく速度だったためにアルシェムはそれを完璧にやり終えた。

演技が終わったシュリは、アルシェムに向けてこう聞いた。

「…今の演技、どう思った?」

「うーん…焦ってる、かな?テンポはきっと合ってるんだけど…何だろーね、わたしだからそう見えちゃうだけなのかも。」

シュリはその言葉に首を傾げた。

焦っているのは自覚している。

ただ、それを見透かされるほど甘い演技をしたつもりはない。

なのに、アルシェムは焦っていることを言い当てた。

その理由をシュリは問うた。

「焦ってるのは分かってる。でも…何で、そんな変な言い回しなんだよ?」

「昔、色々あってさ。まー、今はどーでもいーことなわけだけど。…踊ってて楽しー?」

アルシェムの言い訳じみた言葉に反論しようとしたシュリは、最後の言葉に過剰に反応した。

そんな当たり前の話をされる筋合いはないと思っていたからだ。

「当たり前だろ!楽しくなきゃやってられるか!」

「でも、巧く出来なくてもどかしい、と。」

「…ぐ、そ、そうだよ。」

アルシェムは黙考して、ある結論を出した。

シュリを舞台からおろし、自身は舞台を汚さないように靴下を脱いで舞台に上がる。

「今から2パターン見せるよ。…その時の感想を素直に答えて。」

「あ、ああ…」

戸惑うシュリの前で。

アルシェムはまず、シュリと同じ動きを見せつけるようにして踊った。

それを見たシュリは息を呑んだ。

まさか、初見でここまで真似されるとは思っていなかったのだ。

しかし、すぐにシュリは気付いた。

えもいわれぬ気持ち悪さに。

そこには、シュリの動きをそっくりそのままトレースする機械のような女がいた。

そして、舞踏が終わる。

終わった瞬間、シュリはアルシェムにこう告げた。

「何ていうか…ここは、アンタの居場所じゃないだろって思った。何か、立ちすぎてるってか…うーん…」

「素直な感想ありがとう。んじゃ、次ね。」

アルシェムは息を整えてから再び踊り始めた。

今度は控えめに、《星の姫》の背景を思い出しながら。

 

微細な動きが違った。

それがどうした。

 

まっすぐに伸ばすべき腕は緩やかに伸びただけだった。

それがどうした。

 

しなやかに。

たおやかに。

ただ、争いが終わることだけを望んで。

 

シュリは息を呑んだ。

これが、欲しい。

この、演技力が欲しい。

そう、渇望した。

同時に嫉妬した。

こんな演技力がありながら、アルシェムはイリアの誘いを蹴ったのだ。

何故。

何故、アルシェムにあって自分にないのか。

その思いは、シュリの心の奥底にたまっていく。

踊りは終盤に近づいていき、そして…

唐突に、それは終わった。

いきなりアルシェムが蹲ったからだ。

「お、おい…!どうしたんだよ!?」

「…表情筋攣った…ぬおおおおお…」

微妙に間抜けな声でアルシェムはそう漏らした。

シュリは肩を落として息を吐いた。

「だ、大丈夫かよ…?」

「…最近表情筋使ってなかったから痛い…多分そのうち治るから、感想聞かせて…いててててて…」

妙に気の抜けたシュリは、大きく溜息を吐いた。

そして、こう言った。

「…良かったよ。…何でアンタが《アルカンシェル》にいないんだって思うくらいに。」

アルシェムはシュリの言葉を聞いてこう返した。

未だ引き攣っている頬をさすりながら。

「じゃー、さっきとは何が違った?」

「何がって…さっきのは何か自己主張しすぎだったけど、今のは本当に《星の姫》がいるみたいだった。」

心底悔しそうにそう漏らすシュリ。

それを聞いたアルシェムは、シュリを真っ直ぐ見つめながらこう告げた。

「何で、今のは《星の姫》っぽくなったんだと思う?」

「…動きが全然違った。踊りじゃなくて、動きが。踊り自体は変わらないはずなのに…そう直せば、巧くなれるのか?」

シュリの最後の言葉は、縋るような響きが籠っていた。

しかし、アルシェムはその縋られた意志を切り落とした。

そんなものに意味がないからだ。

「きっとシュリがこー直しても同じよーにはならねーよ。」

「何でだよ!?」

「そこに意志がないから。」

アルシェムの言葉に、シュリは硬直した。

意志がない。

それは、イリアに言われたことと同じだった。

アルシェムは更に言葉をつづけた。

「さっきのの違いの答え、教えてあげよーか。…最初のは、『《星の姫》の演技をしている自分』を演技してた。」

「…え?」

「次のは『《星の姫》である自分』として踊ってた。この違い、分かる?」

シュリはアルシェムの言葉を細かく噛み砕いて考えた。

違うのは分かる。

言葉の文言自体が違うのだから。

だが、自分は本当にそれを理解しながら踊っていたか…?

どこかで、『自分が今ここで演技している』と思っていなかったか…?

考え込むシュリに、アルシェムはこう告げた。

「ま、素人の考えだけどね。答え合わせはイリアさんとやって。…じゃ。」

シュリはその言葉に反応することなく、その場で呆然と立っていた。

後日、アルシェムは何故かイリアにいたく感謝され、再び熱烈な勧誘を受けることになるのだが、それは余談である。

《アルカンシェル》を出たアルシェムは、見回りを再開した。

と、そこでENIGMAが鳴った。

「はい、アルシェム・シエル。…え、見てませんけど。…ふーん、そーですか。手掛かりはナシ、と…うーん、今の情勢を考えると連絡なしってのは怖いので、先に探し始めます。ロイド達にも連絡お願いできますか?…はい、じゃー。」

通話の相手はミシェル。

遊撃士のリンとエオリアが行方不明のため行方を聞いてみたらしい。

無論、アルシェムは見ていないので否定。

他に誰も見ていないという時点で何かに巻き込まれたと判断した。

通話を終えたアルシェムは、支援課ビルの屋上に上がって気配を探った。

その結果わかったのは、市内にはいないという事実だけだった。

流石にそれ以上の範囲で探るのは難しい。

アルシェムは自室に戻ると手早く機材を弄ってとあるものを作り出した。

小型カメラ内蔵の、空飛ぶアレである。

ドローン、と言えば分かりやすいだろうか。

数十分でそれを作り終えたアルシェムは、屋上から十六体ものドローンを人気のない場所へ向けて飛ばした。

映像はアルシェム自身の端末に表示されるようにしている。

「マインツ…は、いねー。アルモリカ村もタングラム、ベルガード両門方面にもいねー…ウルスラ医大もいねー…」

痕跡が見つからなかった場所はすぐに近くのドローンに合流させる。

そして…

「…今まで見たことあるとこには、いねーか。」

クロスベルでアルシェムが足を運んだことがある場所にいないことが、確認できた。

念のために山の中や樹海の中も精査したが結果は同じである。

そして、アルシェムがドローンを未だ行ったことのない場所…

つまり、南の湿地帯に向かわせたときにENIGMAが鳴った。

「はい、アルシェム・シエル。…あ、ロイド。ちょっとずるっこして探してるけど、どーも南のほーにいそーなんだよね。そっちは何か分かった?…あ、なるほど。じゃ、もしかしたら徒労に終わるかもだけど先に南の湿地帯のほーに行ってるよ。…はいはい、気を付ける。じゃ。」

相手はロイド。

2人が所持しているENIGMAのビーコンをたどることを伝えたかったようだ。

アルシェムは端末を閉じて港湾区でボートを借り、湿地帯へと向かった。




次話とまとめるとえらい文字数になるので分割。

では、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。