雪の軌跡   作:玻璃

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ここにたどり着くまで、忘れていた。
あの人を助けるって決めたことで、ここにゆがみが出ることなんて。
そうだ、あの人はここで動いたんだ。
でも、これがないと予定調和が狂ってしまう。
新たな犠牲者を作らなきゃ。
…ああ、あの人なら、適任だよね?

では、どうぞ。


想定外の事故

ミンネス改めリドナーを確保したロイド達は、ジョゼット達と別れて支援課ビルへと戻った。

すると、ロイド達が最後だったようで昼食が用意されていた。

「ただいま、ごめん、遅くなって。」

「いろいろあったのよ…」

「大丈夫です、今さっき出来たばかりですから。」

平謝りに謝るロイド達に、ティオはそう告げた。

そして、昼食をとり終わった一行は導力車に乗り、人形工房を目指した。

導力車を分岐において、ローゼンベルク工房の前へと歩む一行。

「…にしても、あの爺さんって今ちゃんといるのか?」

ランディがポツリとそう漏らした。

それにレンがこう答えた。

「あら、《アルカンシェル》に行ってなければ確実にいるわよ?」

「えっと、《結社》の用事でいないって可能性はないのかしら?」

レンの答えにエリィが疑問を突き付ける。

ちょうどそこで、ローゼンベルク工房に辿り着いた。

「…だいじょーぶ、いるみたい。」

アルシェムが気配を探ってそう言うと、ヨルグから反応があった。

小さい人形が出て来てこう告げたのだ。

『何だ、騒がしいと思えば…おぬしらか。何用だ?』

因みに、可愛らしい少女人形である。

そこから爺の声がするため、違和感しかなかった。

「事情聴取?」

『…分かった。その子についてくると良い。くれぐれも彼女を見失ったり別の部屋に入ろうとはしないことだな。』

そう言って、ヨルグの声は途絶えた。

同時に少女人形が動き出す。

そして、扉の前で止まってじっとこちらを窺っていた。

ロイドは苦笑しながらこう言った。

「と、取り敢えず皆、行こうか。」

少女人形は色々なところを迂回してロイド達を案内した。

本当はレンとアルシェムには案内など必要なかったのだが、ロイド達に道を覚えさせるわけにはいかなかったのでこういう形になっている。

数十分ほど歩き、漸くヨルグの下へとたどり着いた一行は息を吐いた。

「…聞きたいことが出来たので来ました。」

「…フン、何でも聞くが良い。ただし…」

ヨルグはそこでレンに目配せをした。

レンは周囲の気配を探って突如大鎌を構えて何もない空間を薙いだ。

「レン!?」

その瞬間。

空間が歪み、そこに現れたのは…

「久しぶり、でもないわね。何をやっているのかしら、ブルブラン?」

「いきなり何をするのかね!?」

変態紳士、ことブルブランだった。

彼はその場から飛び退って薔薇の花を構える。

ヨルグの目もそちらにとられていたので、アルシェムはこっそりヨルグの呑むコーヒーに弱い自白剤を混ぜておいた。

「何って、まさかお爺さんの監視じゃないでしょうね?もしそうだとしたら…」

そこで奥の空間にいた《パテル=マテル》が目を光らせた。

レンは瞳孔をカッ開いたままにっこり笑ってこう告げた。

「切り落とすわよ?」

「何を!?」

「くすくす…さあ、ナニかしら?」

ブルブランは顔をひきつらせてこの場から立ち去っていった。

因みに数度道に迷って妖精型の人形に追い立てられ、ボロボロになって追い出されたのだが、それはさておき。

ヨルグは溜息を吐いてこう言った。

「済まんが、あまり時間は取れん。どこぞの誰かがノバルティスを消したお蔭でこちらにまでしわ寄せが来ているのでな。」

心なしかアルシェムが睨まれていた気がするが、気のせいだとロイドは判断した。

ロイドは居住まいを正してヨルグに問いかけた。

「では、お聞きします。…今、クロスベルにいる《身喰らう蛇》関係者について教えてください。」

「…今いる《使徒》は《鋼の聖女》だけだ。どこぞのお節介が《博士》を消したおかげでな。《執行者》はさっきの《怪盗紳士》と《幻惑の鈴》、《道化師》、それにレンとアルシェムだけだ。…ああ、《剣帝》もいたか。」

ヨルグの情報をロイドは脳内で整理し始める。

しかし、アルシェムはそこで言葉を付け加えた。

「あ、おじーちゃん。《幻惑の鈴》はもー執行者辞めるって。何か吹っ切れたみてー。」

「…そうか。」

ヨルグは内心で胸をなでおろした。

関わらなければならない自分は別だが、そうでない人物が結社に関わり続けるのもどうかと思っているからだ。

整理を終えたらしいロイドはヨルグに次の質問をした。

「では、その《使徒》達がクロスベルに何をしに来ているか教えて貰えますか?」

「…儂も全容は知らん。ただ、《幻焔計画》という名の計画であることだけは知らされている。」

《幻焔計画》。

ロイドは舌の上でその言葉を転がした。

一体何を意味する言葉なのかをロイドが知るのはずっと後のことになる。

しかし、アルシェムは分かっていた。

《幻焔計画》の幻は□□□=□□□□□□。

そして、焔は帝国にある何かを指すのだろうと。

そこでティオが口を挟んだ。

「…あの、貴男はその計画に関わっているんですか…?」

「是ともいえるし否ともいえる。ただ…先程から言っているように《博士》が消えたからな。その分の仕事を終わらせる必要がある、とだけは言っておく。」

ヨルグは心なしか哀愁を漂わせながらそう言った。

アルシェムはそれを聞いて内心で謝罪した。

こうなったのはアルシェムのせいなのだから。

そんなアルシェムの心も知らず、ヨルグはわめき始めた。

「…何がアイオーンだ。何がゴルディアス級最高傑作だ。儂は人形が作れればそれで良いというか、ぶっちゃけアルカンシェルの舞台装置だけ作っていたいー!人形を大切にしてくれる人万歳!」

ちなみにこれ、本音らしい。

いきなりの豹変っぷりにロイド達は引いていた。

ドン引きだった。

その様子を見てヨルグは我に返ったようだ。

「…ゴホン。も、もう良いだろう。そろそろ時間も押してきている。」

「す、済みません。」

「帰りも人形に案内させる。くれぐれも寄り道をしようなどとは考えるな。」

厳格な顔をしてヨルグはそう言うが、既に色々と台無しである。

ロイド達は苦笑しながらローゼンベルク工房を出た。

導力車の元まで戻ると、ロイドのENIGMAに通信が入った。

「はい、ロイド・バニングス…ええっ!?…分かった。すぐに向かう。」

ロイドは蒼い顔をしてノエルに導力車を出すように指示した。

クロスベル市を経由し、西クロスベル街道へ向かう最中、何台もの緊急車両が特務支援課の導力車を追い抜かしていった。

「…ロイド、一体何があったの…?」

「…列車が脱線したらしい。」

「なっ…!?」

全員の顔が驚愕に染まる。

ノエルも驚いたものの、ハンドル操作を誤ることだけはしなかった。

程なくして、導力車は現場に辿り着く。

そこには、落石とは思えない状況で横転させられた列車があった。

「これは…」

「酷い…」

目の前には、惨状が広がっていた。

散らばった列車の壁の破片。

砕けた岩。

それに、うめく人々。

幸い、漏れ聞こえる声によると死者はいないらしい。

ついでに、さっさと列車をどけて通行できるようにしなければならないという事実も分かった。

現場指揮をしていたソーニャにロイドは話しかけた。

「司令、これは…」

「見ての通りよ。…交通の面でも、今は微妙な時期だから出来るだけ早く動かさないといけないの。」

そして、ソーニャは歯噛みしながらロイドにこう告げた。

現場検証をしている時間はない、と。

ロイドはその場に撤去用の機材が来ていないことを盾に機材が来るまでの現場検証の時間を引き出した。

出来得る限りでロイドは証言と現場の状況を確認した。

その結果、乗客・乗務員の証言や列車の傷を鑑みて、これは落石事故ではないという結論に至った。

「…つまり、大型の魔獣的な何かが、故意に列車を脱線させたんだと思う。」

「…魔獣にそんな知能があるかどうかは別にして、そうね。」

エリィはロイドの結論にそう付け加えた。

勿論、全員がその結論に至ったわけではない。

ランディはシグムントの関係を疑っていた。

しかし、この時期にそんなことをするメリットはない。

だからこそ、ランディは頭を悩ませていた。

「兎に角、どこに行ったかだけでも確認しないと…」

ロイドの言葉も素通りしている。

アルシェムはそんなランディの足をさり気なく踏みながらこう告げた。

「多分、気配的にはあっちなんだけど…何か妙なんだよね。」

「妙って…どんなふうに?」

「この気配さ、人間でも魔獣でもねー気がするんだ。」

それを聞いてロイドは顔をしかめた。

しかし、すぐにそれを追う決意をした。

放置しておくわけにはいかないからだ。

そして、ロイド達はアルシェムの指し示した方角に向かって走り始めた。

目的地はノックスの樹海。

そこには、何かを薙ぎ倒したかのような跡が散見出来、また何かが暴れるような音がした。

その音を追ってロイド達は奥へ、奥へと進んでゆく。

「何だか、嫌な予感がします…」

「そう?レンはちょっと嬉しい予感がするのだけど…」

ティオとレンの会話が終わったその時だった。

眼前に、巨人が見えた。

「なっ…!?」

「あれが、犯人…人?のようですね!」

ノエルはそれを見て導力銃を構えた。

そして、巨人の立つ開けた場所へとたどり着くと…

「あれは…」

「…眠っておけ。」

アッシュブロンドの剣士が生き生きしながら巨人を狩っていた。

袈裟懸けに切り裂かれた巨人はたたらを踏む。

そして、座り込んだ。

「…特務支援課か。存外、早かったな。」

「あら、レーヴェ。こんなところでどうしたの?」

レンは剣士…

レオンハルトにそう声を掛けた。

「何、鍛錬をしていたら彼奴が襲撃してきたのでな。これ幸いと狩っていたわけだ。」

「何をしてるんですか、レオンハルトさん…」

ロイドは頭を抱えたくなった。

こんな場所に鍛錬というだけで人間がいるはずがないのだ。

「それで…コイツがどうかしたのか?」

「列車を脱線させた犯人がソレなんです。出来たら引き渡していただけるとありがたいのですが。」

ノエルは堅い口調でそう告げた。

すると、レオンハルトは呆れたようにこう告げた。

「どうお持ち帰りする気なんだ?ノエル・シーカー。」

無論、この場にレッカー車などという気の利いたものはない。

歩いて連行して貰おうにも目立ちすぎる。

八方ふさがりと言えば八方ふさがりだった。

「そ、それは…」

「…や、多分連行は出来るよ。アレ、多分元人間だし。」

困り果てたノエルにアルシェムが助け舟を出した。

すると、ノエルは勢いよくアルシェムの方を向いた。

「本当ですか!?」

「何で分かるのよ?」

ついでにエリィも質問を重ねる。

それに応えたのは、先ほどから地味に解析を始めていたティオだった。

「…恐らく、魔人化した人間なんだと思います。でも、一体誰が…」

解析の結果、ティオの知らない人間だったようだ。

ロイドは黙考し、彼(?)をどう対処するかを決めた。

「…取り敢えず、魔人化が解けるまでダメージを与えないといけないんじゃないかな…」

そうロイドが言った瞬間。

彼の魔人化が解けた。

そこに残されていたのは、刑務所にいるはずのルバーチェの一員だった。

何故分かったかというと、特徴的なスーツと帽子をかぶっていたからである。

ロイドは複雑な顔をして男に手錠をかけ、連行するのだった。




後悔はしない。
もう決めた。
前だけを見て生きるって、決めたんだから。
私は…
もう、後ろなんて向かないって決めたんだから!

…というわけで、予定調和を狂わせないようにしたらしい彼女の独白でした。
ぶっちゃけ、詭弁なんですけどねえ。

では、また。

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