雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
次の日。
アルシェムは若干の筋肉痛を抱えつつも支援要請をこなすために階下へと降りた。
「おはよ、エリィ。」
「おはよう、アル。結構凄い模擬戦してたみたいだったけど…大丈夫?」
「若干筋肉痛だよ。何かイロイロ溜まってんじゃねーのあのおっさん。」
エリィの心配そうな言葉に、アルシェムは苦笑して応えた。
そんなアルシェムにつられてエリィも苦笑する。
そこに、端末の前に腰かけていたレンが声を掛けた。
「やっぱり起こさなかったのは正解だったのね。」
「別に良いんだけどね…で、レン。支援要請はどんなのが来てる?」
「今日もカオスよ?昨日の続きらしい不審商人の調査と、テーマパークのアルバイト。手配魔獣にカプアの人たちから誤配荷物の再配達の依頼。あと、結社の件でお爺さんのところに話を聞きに行ってほしいみたいね。」
レンが支援要請の内容を読み上げると、ロイドは少し考えてから顔を上げた。
全員を見回しつつ今日の分担を告げる。
「不審商人の調査は昨日と同じく俺とエリィ、ティオはレンと一緒にテーマパークのアルバイトに回って欲しい。ノエルとランディで手配魔獣にあたってもらって、誤配荷物の再配達はアルが向かってくれ。」
「お爺さんのところはどうするの?」
「終わり次第全員で行こうと思ってるけど…」
ロイドはレンにそう告げた。
この情報は全員で共有すべきだと思ったからである。
レンはロイドの言葉に顔をしかめてこう告げた。
「あんまりあそこに入り浸ると執行者と鉢合わせしちゃうかも知れないわよ?」
「したらしたで良いと思う。詳しく話も聞けるかも知れないしな。」
ある意味前向き過ぎるロイドの発言を、レンは止めなかった。
そう、とだけ零し、ティオを伴って支援要請へと向かう。
それに続いて、アルシェムも支援要請へと向かった。
クロスベル空港に入ると、見覚えのある気がする人物が立っている。
当然と言えば当然で、彼は元空賊の《カプア一家》の構成員だった。
「や、特務支援課です。」
「ああ、待って…って、うえええ!?」
「うるせーよ。今は特務支援課所属なの。…って、行っちゃった…」
アルシェムの顔を見るなり絶叫した男は、山猫号に逃げ込んでしまった。
そして、程なくして出て来たのはジョゼットだった。
「あーっ、アンタ、こんなとこで何してんのさ!アンタはお呼びじゃないんだよ、特務支援課をお願いしたのに…」
「特務支援課。」
物凄い顔でわめくジョゼットにアルシェムは警察手帳を突き付けた。
ジョゼットはそれをひったくってまじまじと見つめる。
「…げ、本物だし…ま、アンタならちょっと気が楽かな。少しだけ待っててよ。」
「あ、うん。」
ジョゼットは山猫号にとんぼ返りし、そして伝票を持って帰ってきた。
それを見て、アルシェムは彼女が一緒に行くつもりなのだと悟った。
「お待たせ。…あー、うん。やっぱり誤配だしさ。謝りに行かなくちゃいけないかなって。」
「ナルホド。じゃ、いこーか。まずはどこ?」
アルシェムがそう問うと、ジョゼットは伝票をめくり始めた。
そして、目当てのものに辿り着いたのかそれを見ながらこう告げる。
「えっとね、マインツとウルスラ医大と住宅街ってなってるんだけど…この順番に荷物が入れ替わっちゃっててさ。今持ってるのがマインツので、マインツにあるのがウルスラ医大ので、ウルスラ医大にあるのが住宅街のって…誰だよこんなミスした馬鹿!?」
ジョゼットが頭を抱えて絶叫する。
アルシェムは苦笑しながらロイドに連絡を入れた。
「あ、もしもしロイド?導力車、使うから。うん、交通法は守るから安心して?…じゃ、後で。」
「…便利になったもんだね。」
連絡を終えると、ジョゼットが目を丸くしながらそう零した。
クロスベルと帝国以外ではほぼ携帯型の通信機器などないだけに驚きも大きいのだろう。
アルシェムはそんなジョゼットを支援課ビルの前まで誘導した。
「うわ、これって導力車だよね!?」
「はい、乗ってー。」
「良いのっ!?」
目を輝かせながらそう告げるジョゼットを押し込んでアルシェムは導力車を発進させた。
人間は引かないように、しかし全速力で、である。
このことが何を意味するか。
「あ、あの、アルシェム…さん?」
「何今忙しー。」
「早過ぎるんだって!怖い怖い怖い怖い!?」
引き攣った顔のジョゼットが絶叫しながら必死で座席に捕まっている。
アルシェムは周囲に細心の注意を払いながら爆走させている、のだが。
交通法には引っかからないレベルで走っているとはいえ、最短距離を導力車で突っ切るのには無理があった。
そして、ジョゼットがダウンする直前。
「はい、到着。」
「あ、あはは、あははははは…」
マインツに、辿り着いてしまった。
ジョゼットは心の中で『もう二度と乗らない』と誓っているようだ。
『もう二度と』どころか最短でも三度乗らなければならないのだが。
「終わったらマインツの入り口で待っててね。ちょっと見回ってくるから。」
「あ、うん…」
傷心のジョゼットを放置して、アルシェムは変わったことがないか聞き込みを始めた。
話によると、どうやら宿屋に変わった客が来ているようだ。
アルシェムはざっとマインツを見て回ると、宿屋に入ってある客室をノックした。
「はい。…特務支援課の方、でしたよね。どうぞ。」
部屋の中からそう聞こえて、アルシェムは部屋の中へと入った。
そこにいたのはニールセンだった。
「ああ、お久し振りです。」
「お久し振りですね。今日はどーしてマインツに?」
「少し、市内の雰囲気から離れたくて。…宜しければ、私の話に付き合ってくれませんか?」
ニールセンが若干顔を曇らせているのは、今のクロスベルで独立するなど難しいと考えているからである。
それでも街の雰囲気は半々ほどで独立したいと考えているため、その雰囲気から逃れたかったというのもあるだろう。
「前回と同じく十五分だけね。今は…うん、下に人を待たせてるから。」
「分かりました。では、通商会議の日のテロ事件についてお聞きしたいんですが。」
ニールセンの顔に浮かぶのは、好奇心ではなく知識欲だった。
知らなければならない、よりも知りたいが勝っている。
「えーと、通商会議の日、反オズボーン派と反東方人派のテロリストが襲撃を掛けて来て一応わたしたちが撃退しました。」
「このタイミングで得をしたのは恐らくオズボーン宰相とロックスミス大統領でしょう。国内へのけん制になりましたから。それで…アルシェムさん。帝国と共和国の足並みがそろいすぎているとは思いませんでしたか…?」
ニールセンの顔には不安がよぎっていた。
言いたいことは分かるのだ。
だからこそ、アルシェムは彼を安心させるために言葉を吐いた。
「共和国と帝国は水面下では情報交換したと思うよ。でも、同盟だけは有り得ねー。だって、同盟を組んでしまえば敵が増えるんだもん。これ以上敵を増やしてしまえば均衡が崩れてしまう。だから、有り得ねー。」
アルシェムの宣言は、確かにニールセンに届いたようだった。
少し何かを考えるそぶりをした後、彼はこう零した。
「…そうですか。お付き合いいただき、ありがとうございました。」
「大したことじゃねーですから。じゃ、また。」
「ええ、また。」
アルシェムはその場を辞してジョゼットを回収した。
導力車が近づくにつれてジョゼットの顔が蒼くなっていったのは余談である。
マインツから出て道なき道を爆走する導力車は、女の絶叫で彩られていた。
「ちょっ…ま、無理!降ろして!降ろしてぇぇぇ!」
「ここ、じゃ…無理ィ!ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして、数十分後。
ウルスラ医大の前で止まった導力車の中から、ふらつくジョゼットが出て来た。
「も…も、やだ…」
「はっは、がんばれー。」
「何で他人事なんだよ!?」
ジョゼットは心配されつつ無事に荷物の交換を終えた。
後は住宅街のみである。
今度は必死のジョゼットの懇願により一般の道路を常識的な速度で走ることになった。
「もー、時間の無駄なのに…」
「ボクの精神のことも考えろったら!?」
ジョゼットは涙目でそう叫んだ。
言いたいことももっともである。
導力車を支援課ビルのガレージに戻し、住宅街の廃墟へと向かう。
「ね、ねえ、住所ここなんだけど…」
ジョゼットが言うのをためらうほどに、そこは廃墟だった。
アルシェムは苦笑しながら侵入した。
「あ、おい、待ってって!?」
ジョゼットはアルシェムを追って廃墟へと侵入する。
そして、中身の見事な廃墟っぷりに絶句した。
「だ、誰かきっと住所間違ってるんだってぇぇ…」
「…中身は多分アンティークドール、ってことは…イメルダさーん?」
アルシェムは背後に近づいて来ていた老婆に声を掛けた。
ジョゼットは首を傾げて背後を振り返った。
「何だい騒がしい。」
そこには因業大家がいた。
「ぎゃああっ!?も、もうっ!びっくりさせないでよっ!…じゃ、なくて!荷物の配達が遅れて申し訳ございませんでした!今後ないように細心の注意を払います!」
「ああ、早いって噂の割にはやけに遅いと思ったけど…ま、来たから問題ないさね。ご苦労さん。」
「本当に申し訳ございませんでした!…失礼します!」
アルシェムは苦笑しながらジョゼットの後を追った。
外に出ると、ロイド達がハロルドの家から出て来るのが見えた。
「あ、ロイド。そっちどー?」
「ああ、こっちは何とかなりそうだけど…ちょっと見てくれないか?」
そう言ってロイドはアルシェムに書類を差し出した。
アルシェムはその書類に目を通した。
「あーうん。どれどれ…って。」
そこに書いてあるのは、どこからどう見ても詐欺を行っている人間の所業。
それに、この手口はどこかで見たことがある気がした。
上手く言いくるめて土地を買い上げて、だまし取る。
「これって…」
その時、強い風が吹いた。
風にあおられて書類が飛んだ。
「わわっ…」
それを、ジョゼットも協力して拾い集めて…
彼女の目が変わった。
「…なあ、ロイドって言ったっけ。こいつ…リドナーって名前じゃない?」
「え…いや、ミンネスって名乗ってるけど…アル、彼女は?」
ロイドは困惑したようにジョゼットを見ていた。
その瞬間、アルシェムは思い出した。
確か、この手口はカプア男爵家でも使われた手だと。
「ジョゼット・カプア。今は飛空艇で宅配業をやってるんだけど…やっぱり証人は多いほーがいーね。ジョゼット、上の2人呼んできて。支援課ビルの前で落ち合おう。」
「分かった、ちゃんと待ってろよな!」
そう言ってジョゼットは駆けだした。
それを追うようにして支援課ビルに移動しながらアルシェムはロイドに告げた。
「一体、何なんだ?」
「あの子、似たような手口で一族代々の土地をだまし取られたことがあるんだ。」
「何だって!?」
ロイドが驚愕して立ち止まる。
アルシェムはロイドを引っ張って導力車の前まで移動した。
「ロイド、運転よろしく。」
「あ、ああ…」
ロイドとエリィが運転席と助手席に乗り込み、アルシェムと遅れて来たジョゼット達が後部座席に陣取る。
そして、導力車は発車した。
車内はとても静かだった。
ドルンが一言漏らすまでは。
「…何で今更見つかっちまうんだろうなぁ…」
「むしろ今で良かったじゃねえか、兄貴。取り返しのつかないことをしちまう前でさ。」
「…そうだな。」
その様子にロイドが何かを言いかけるが、アルシェムがバックミラーからロイドを見つめることで制した。
ジョゼット達の事情は、あまり他人に知られたいことではないと思っているからだ。
そうしているうちに導力車はアルモリカ村へと到着した。
「へえ…良い村だね。」
「ああ、こんな場所に住んでみてぇなあ…」
いい年をしたオッサンの発言ではない気もするが、今はそれを気にしている時間はなかった。
村長の息子とミンネスの話し合いの場は宿屋のようで、そちらに向かおうとした時だった。
「いやあ、良い話が出来ました。後はこれを会社に持っていくだけです。」
「ありがとうございます、ミンネスさん。」
宿屋から出て来る2人組の男。
片方は村長の息子で、もう片方は…
「…やっぱりリドナーじゃねえか!」
「ドルン兄ぃ、落ち着いて!」
かつてカプア男爵家を騙した男、リドナーその人だった。
ドルンの声に反応したミンネスは、ロイド達を見て目を見開いた。
そして…
「…やあ、また貴方達ですか。見知らぬ方もいらっしゃるようですが、これ、この通り、契約は終わっています。」
余裕綽々でそう告げた。
彼がそう告げた瞬間。
一陣の風が吹いた。
タイミングの良すぎる風。
それに乗じて、アルシェムはその書類をすり替えた。
もっとも、書類ではなく、ただの紙切れなのだが。
彼はそれに気付かぬまま拾い集めて村長に手渡した。
余裕が現れているとでも良いのだろうか。
ただし、そこに書かれているのは…
「…詐欺師ミンネス、またはリドナーについて…?」
「何をおっしゃっているんですか、そんなことが書かれているわけが…」
村長が読み上げた書類をひったくるように取り返して、ミンネスはそれを読み始め…
顔面を蒼白にした。
「なっ…馬鹿な、偽装がばれるわけが…!」
「…おい。」
思わずミンネスが口走った言葉に、ドルンがついに切れた。
引き留めるキールを振りほどき、ミンネスの前に仁王立ちする。
そして、ドでかい声で叫んだ。
「テメェ、どれだけの人間を不幸にしたら気が済むんだ!先祖代々の土地をだまし取って!それで借金だけを負わせて金を吸い上げんだろうが!テメェの手口はとっくの昔に割れてんだよ!」
その声に、アルモリカ村の住民が何事かと様子を伺いに家から出て来た。
その中には、土地を売るのだと既に決めてしまった人もいた。
まだ、売られてはいないのが幸いだが。
「テメェの負わせた借金のせいで、何人が裏に足を踏み入れざるを得なかったと思ってんだ!」
「ひ、人違いですよ…」
「この期に及んでしらばっくれる気か!こっちはな、毎晩毎晩最悪なテメェの顔を見ながら目に焼き付けてんだ!見間違えるわけがあるもんか!」
ミンネスは人当たりの良い笑みを浮かべて後ずさる。
そして、こっそりと懐から何かを取り出した。
「それで、どちらさまでしたっけ?」
人を食ったような笑みを浮かべながらミンネス…
否、リドナーは人差し指を唇にあててそう告げた。
リドナーはそのまま小さく息を吹き込み、この場から逃げ出すための戦力を呼び出した。
「なっ…!」
「こ、こんな場所で魔獣を!?何を考えているの…!?」
ロイドとエリィは驚愕したが、カプア一家もアルシェムも驚きはしなかった。
ドルンは背中に背負っていた背嚢からとあるものを取り出した。
そして、一言。
「んなもん出すってことはテメェ自身には戦闘の心得はないんだよなぁ…?」
後にロイドは語る。
この時のドルンの顔は極悪人のそれだったと。
そのドルンの脇をジョゼットとキールはすり抜けて村民と魔獣の間に立った。
「こっちは大丈夫だよ、ドルン兄ぃ!」
「もう少し下がっててくれよ、巻き添えを食うぞ?」
勝ち気そうな笑みでジョゼットが、苦笑しながらキールがそう告げる。
リドナーは舌打ちをして村の出口へと走り出した。
このままではどうしようもないと悟ったのだろう。
しかし、それを赦すドルンではなかった。
「逃がすと思ってんのか?」
導力車に乗りこもうとしたリドナーは、眼前で導力車が爆散するところを見る羽目になった。
ドルンも少しは考えているようで、家屋への被害はない。
アルシェムはジョゼットに目配せをすると魔獣を村の外へと追い立て始めた。
ジョゼットとキールもそれを見て追従する。
そこでようやく事態を呑みこめたロイドとエリィも魔獣を追い立てにかかった。
村から完全に魔獣が出たところで、ジョゼット達は嬉々として魔獣を狩り始めた。
「な、何であんなに手練れなんだ…?」
「さ、さあ…」
ロイド達も戸惑いつつ援護する。
リドナーはその隙に走って逃げようとしていた。
それを射抜いて止めようとしていたジョゼットを、アルシェムは声で制止した。
「ジョゼット、わたしが止める!ミンネスもしくはリドナー、止まらねーと撃つよ!」
「誰が止まると!?」
警告はした。
しかし、リドナーは従わなかった。
だから、アルシェムは彼の右足を撃ちぬいた。
「ぐ、ああっ!?」
「ロイド、リドナーを確保!魔獣は取り敢えず任せて!」
「了解!」
そうして。
《赤い星座》の資金源の確保のために動く秀才詐欺師リドナーは確保された。
連れていた軍用魔獣も全て制圧され、民間人には被害はなかった。
また、ドルン達は傷害罪で訴えられる可能性があった。
しかし、彼の被害者であったこと、昔は空賊団だったものの現在では更生していることを盾に厳重注意だけで釈放。
詐欺師を捕まえた英雄としてクロスベルでも有名になる。
順調に業務を拡大し、会社名を変えて《カプア航空》としてリベールに本社を置く。
十数年の間に、彼らは宅配だけでなく個人の輸送をも受け持ち、急ぎの用がある時にはかなり重宝されるようになる。
ただ、定期船だけは運行させることはなかった。
その理由を、名誉会長になったドルン・カプアは苦笑しながら取材してきた記者にこう告げた。
「昔のことでも罪ってもんはいつまでも忘れちゃいけないもんさ。儲かると分かっていようが、二度と定期船にだけは手は出さねえって誓ったから。」
記者には何のことかはわからなかったが、不思議に重みのある言葉として心に残ったという。
後悔はしていない(キリッ
では、また。