雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
アルシェムとシェラザードはフロントに魔獣撃退の報告をした後、軽く昼食を取って別れた。
というのも、どちらもミシュラムワンダーランドに用はあったのだが、中での行き先が違ったのだ。
シェラザードはルシオラの様子を見に占いの館へ、アルシェムは疲れたので誰にも邪魔されず座れる場所に向かった。
因みに、観覧車のことである。
延々と1人で乗っていると、観覧車の受付の人に憐れまれてみーしぇストラップを貰ったのは内緒である。
チケットの最後の1枚で最後の観覧車に乗ろうとすると、レンに連行されて鏡の城に赴くことになった。
いつもの癖で内部構造をじっくり観察していると他の客から不審な目で見られたのは言うまでもない。
レンとの見物も終わり、何故か正装で夕食を奢られ、そして。
すっかり疲れ果てた一行は、眠りについていた。
アルシェムは逆に目がさえて眠れなかったが。
やはり、アルシェムが見せられたとおりに動くのだと。
それが理解出来てしまったから。
多少流れを変えたところで、どうしようもなかったのだと。
アルシェムは細心の注意を払って部屋から抜け出し、ホテルの屋上で一息ついた。
こんな場所だというのにクロスベル市よりも空気は綺麗で。
思わず深呼吸して地面に寝そべってしまうほど、アルシェムのテンションはおかしかった。
こんなところでやることではない。
それでも、アルシェムは頭上を見上げ続けた。
頭上には、見るのも眩しいくらいの満月。
このまま、朝まで見上げ続けていたい。
アルシェムはそう思った。
物理的には不可能なのだが。
そこに、小さな物音がした。
誰かが現れたのだ。
物音の方に首を向けると、そこには紫色の髪の女がいた。
レンではない。
レンならば、いつもの服を着ているはずだった。
例え目視していなかったとしても、アルシェムにはそれが誰だか分かっていた。
「…リーシャさん。どーしたの、こんなとこで。」
「それはこっちのセリフです。起きたらアルシェムさんがいなくて吃驚したんですから。」
いつもの快活さはない。
そこには、何かを迷っているかのようなリーシャがいた。
「あはは、ごめん。何か眠れなくて。月も綺麗だし、ちょっと眺めてたら眠くなるかなーと。」
「…アルシェムさん、は。」
リーシャは口をもごもごさせて次の言葉を紡ごうとした。
いつもならば、ここで止めていただろう。
だが、今日は違った。
一度言葉を呑みこんで、リーシャは言葉を紡いた。
「月は…お好きですか?」
「太陽よりは好きだよ?眩しすぎないし。」
ただし、リーシャの口から流れ出る言葉は言いたい言葉ではなかった。
もっと言いたいことがあるのに。
もっと聞きたいことがあるのに。
もどかしそうなリーシャに、アルシェムが告げる。
「何より、昔のあの子みたいだから。」
「昔のあの子、ですか…」
リーシャは目を見開いた。
もしかしたら、アルシェムから明かしてくれる気なのかと。
しかし、アルシェムはその期待を裏切った。
「…レンのことだよ。昔はずーっとああやって、誰かから望まれたことを映して期待に応えてた。」
本気で明かそうかとも思ったのだ。
それでも、今はダメだと。
アルシェムは自制した。
そして、落胆するリーシャを後目に話を続ける。
「今は違うけどね。…それでも、見てるのは辛かったかな。」
「…辛い、ですか?」
リーシャが問う。
アルシェムが答える。
その形式が出来上がりつつあった。
「自分のやりたいことをやってくれれば良かったのに、誰かの期待にこたえるだけでさ。」
「期待に応えるだけじゃダメなんですよね。でも…今のレンさんを見ているとそうは見えませんけど。」
リーシャは、既に会話の主導権を手放していた。
もう、このままアルシェムと話し続けられるだけで良いと思った。
どうせ、自分からは切り出せないのだから。
アルシェムの、答えが怖いから。
「まあ、レンもいろいろあったからね。…それより、リーシャさんは共和国から来てたんだよね?」
アルシェムはリーシャにそう問いかけた。
言わずもがな、知れたことだ。
しかし、アルシェムは敢えて問うた。
リーシャはそれを肯定し、次を促した。
「クロスベルに留まる気ってある?」
「え…」
リーシャにとって、アルシェムの問いは答えられないものだった。
確かに《アルカンシェル》にはいたい。
だが、リーシャはリーシャである以前に《銀》なのだ。
ヒトゴロシの自分が、このまま綺麗な世界に居続けることは出来ない。
リーシャはそう思っていた。
「…いえ、恐らく…共和国に帰らなければならないとは思います。家のこともありますし…」
「家業を継がなくちゃいけないんだ。それもある意味不便だよね。」
「いえ、最初から決まっていたことですから…」
そう。
最初から、期待などしてはいけなかったのだ。
最終的には《銀》とならなければならない以上は。
そう考えて、リーシャは目に見えて落ち込む。
それを見たアルシェムは、こう言い放った。
「やりたくない家業なら継ぐ必要はないよね?」
「えっ…」
「だって、リーシャさんの家業が何かは知らないけど代わりがいないわけじゃないでしょ?」
アルシェムは敢えて何も知らない体でそう告げた。
どう言い方を変えても結局のところは同じなのだが。
《銀》など存在しなくても問題はないのだ。
都市伝説のまま終わらせてしまえば良い。
やがて、その伝説すらも消えていくだろう。
リーシャは、それを聞いてショックを受けた。
確かに、代わりがいないわけではない。
リーシャである必要もないのだ。
ただ、名が悪用されるかもしれないという懸念を除けば。
「それは…」
声を震わせながら、リーシャはそう零した。
周りへの注意は散漫になっている。
アルシェムはその隙に分け身を作り、《LAYLA》を持たせて遠ざけた。
そして、リーシャに通話させようとした瞬間。
アルシェムのENIGMAが鳴った。
「はい、アルシェム。…え、あのクソガキがいねー?…りょーかい、今ちょっと特殊な場所にいるからすぐ行くよ。」
それは、ロイドからの連絡だった。
内容は、キーアの行方不明。
アルシェムはリーシャに向きなおった。
「ちょっとクソガキが迷子みてーだからさ、部屋に戻っててくれる?探してくるよ。」
「え、はい…」
アルシェムとリーシャは屋上から階下へと降り、ロイド達と合流した。
リーシャは我に返ってキーアの捜索に協力することにし、周囲を探し回っていた。
「見つかったか?」
「ダメ…キーアちゃん、どこに…」
都合よくミシュラムワンダーランド以外の場所の捜索を終えたころ。
それ以外の場所での目撃情報もないことからロイドはミシュラムワンダーランドの捜索に踏み切った。
一足踏み入れると、そこは幻術で出来たまやかしに包まれていた。
「…な、これは…」
絶句するロイド。
いつもは異常など気にすることもなくうろつくヴァルドやワジも警戒している。
「…チッ、胡散くせぇ…」
「同感だよ、ヴァルド。」
因みにワジの首筋には何故か痣がついているのだが、完全に余談なので放置する。
エリィやノエルは不安げに身を寄せ、ランディは既に武器を構えていた。
そんな中で。
目を閉じて静止していたレンは、突如大鎌を頭上に投げた。
「レンさん!?」
「…やっぱり駄目ね、人間じゃないのかしら本当に。」
レンの鎌が通過した場所には、何事もなかったかのように佇む緑髪の少年がいた。
それは、紛うことなく…
「あ、カンパン。」
「誰がカンパンなのかな!?カンパネルラだって言ってるじゃないか。」
「うっさいUMA。」
カンパネルラだった。
一端は塩にした気もするが、精神だけが逃げ出していたようなので無事だったようだ。
その事実にアルシェムは舌打ちをしたくなったが、聞こえない程度でとどめておいた。
「ね、ねえ君、どこの子?そこにいたら危ない…」
「ノエル、アレはそんな年じゃねーよ。ほら、自己紹介でもしたら?」
「邪魔したの君だよね!?」
カンパネルラはひとしきり突っ込みを入れた後、居住まいを正して名乗った。
「…こほん。初めまして、皆様。僕は《身喰らう蛇》所属、執行者No.0《道化師》カンパネルラ。以後お見知りおき願うよ。」
そう言って、慇懃無礼に礼をするカンパネルラ。
それを聞いて一向に緊張が走る。
「そんなに警戒しなくても良いのに。」
「しねーほーがおかしーんじゃねーの?」
「うふふ、それはそうかも知れない、ね!」
カンパネルラは、タキ○ード仮面よろしく薔薇の花を投擲して奥へと向かおうとしていたワジを止めた。
それを見て何故かヴァルドがカンパネルラを睨みつける。
「…テメェ、何してんだ。」
「…えっと、これ、僕どう反応して良いか分からないんだけど。」
ワジは頬を染めてそう言った。
ボソッと、出来てんのか、とランディが呟くとさらに赤面するワジ。
沈黙する一同。
そして。
「僕もどう反応すればいいのか分かんないんだけど…」
頬を掻くカンパネルラに向けて、文字通り一矢報いられた。
その矢はカンパネルラの頭上から放たれ、そして刺さった。
「ぎゃー、僕矢鴨状態!?誰…って、これ…!」
カンパネルラがそう言った瞬間。
突如吹き上がった炎の壁が、カンパネルラと特務支援課の視界を遮った。
「なっ…!」
「あの子が…!」
「…余計なお世話よ、あのバカ。」
レンがそう零すと同時に、炎の壁は消え去った。
焦げ跡はなく、まるで幻のような炎。
その炎は、カンパネルラを跡形もなく焼き尽くしたかのように見えた。
「…全く、大人しくしてて欲しかったわ。」
そこに現れたのはガムテープで全身を包んだ女。
妖艶な雰囲気の彼女は、溜息を吐いてこう言った。
「ああ、言っておくけれど…彼、逃げたから。安心できるかどうかは定かではないけど。」
「あ、貴女は…」
「早く行かないと貴方方のお姫様が待ちぼうけてるわよ?」
女がそう告げると、ロイド達は駆けだした。
足止めされたままのワジと、それを気遣うヴァルド。
それにレンとアルシェムを残して。
「ヴァルド、ちょっとごめん。」
「…あ?」
「…やっぱり影縫いだったか。」
地面に刺さった薔薇の花を引っこ抜くと、ワジは息を吐いた。
それを見たヴァルドは安心したようだ。
「…味方なんだろ、後は任せる。」
ヴァルドは女に背を向けてワジを抱え上げた。
…お姫様抱っこで。
「ヴァ、ヴァヴァヴァヴァヴァルド!?」
「大人しくしてろ、馬鹿。」
そう言いながら立ち去るヴァルドを、アルシェム達は複雑な顔で見送った。
後で散々からかわれる羽目になるのは目に見えているので今はそっとしておいてやろう。
アルシェムはそう思ったとか思わなかったとか。
ヴァルド達が去って、女は口を開いた。
「…決めたわ。」
「そう。この先はどーすんの、ルシオラ?」
アルシェムは女…
ルシオラにそう問うた。
「そうね…シェラザードと一緒に旅をするのも悪くないかもしれないわ。」
「吹っ切れたみたいで安心したわ、ルシオラ。レンも祝福してあげる。」
「ありがとう。」
そう言って、ルシオラはその場から消えた。
その後、ロイド達と合流したアルシェム達はホテルの部屋に戻り、次の日にはクロスベルに帰還したのだった。
近い、将来。
銀の髪と蒼い髪の2人の遊撃士の噂が広まることになる。
片方は言わずと知れた《銀閃》のシェラザード。
もう片方は、《夢幻》。
どんどん有名になり、彼女らはますます活躍していく。
お互いを支え、子供達に夢を与えて回る彼女らにつけられた新たな渾名。
その名も、《蒼銀螺旋》。
螺旋のように舞う彼女らは、いつしか遊撃士という枠を外れた。
遊撃士の資格を返上し、辿り着いた先はエレボニア帝国。
シェラザードはそこで宰相となったオリヴァルトと結婚し、彼の命令で新設された戦場慰問隊となる。
最期の時まで、シェラザードはルシオラに、ルシオラはシェラザードに寄り添っていたという。
…オリヴァルトに嫉妬されていたという逸話もあるくらいには、仲睦まじく過ごしていたそうだ。
これでインターミッションは終わりです。
では、また。