雪の軌跡   作:玻璃

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子牛が売られていくあれ。
残念ながら音楽の授業では習わなかったなあ。

では、どうぞ。


~インターミッションⅡ~
どなどなどーなーどーなー。


西ゼムリア通商会議が終わり、数日して。

市長令嬢マリアベル・クロイスより招待を受けた特務支援課と《S&T自警団》のツートップ、《アルカンシェル》の主役・準主役たち。

ついでにウルスラ病院の良心セシルと支援課オペレーターのフランもそこに加わって、ミシュラムはなかなかの混沌の様相を見せていた。

ホテルは最上階を貸切である。

金はあるところにはあるものだ。

そうつぶやいた輩がいたとかいなかったとか。

部屋割りはマリアベルが決定したようだ。

ロイド、ランディ、ワジ、ヴァルドが同室というなかなかの混沌部屋。

エリィ、ノエル、フラン、セシル、イリアというある意味巨乳部屋。

ティオ、キーア、レン、シュリという幼女部屋。

そして、アルシェムの部屋は何故かリーシャとの2人部屋だった。

余りもの、といえばいいのだろうが、何かしら作為を感じる気がしたのは気のせいではないだろう。

しいていうなれば、要注意人物を固めた形か。

与えられた部屋に荷物を置いたリーシャは、背後で荷解きをしているはずのアルシェムに向き直った。

すると、アルシェムは荷物をベッドの上においてため息をついていた。

「どうかしたんですか、アルシェムさん?」

それを見てリーシャは問いを発した。

アルシェムは苦々しい顔をしながら答えた。

「や、水着って嫌いなんだよね。」

事実、アルシェムはあまり露出のある服を好まなかった。

それは、自分のために好まないのではない。

傷だらけの体をさらせば不愉快にさせてしまうと理解しているからである。

特に、アルシェムの背中には無理やり引き裂いたような大きな切り傷があるためにさらすのはほぼ不可能となっていた。

「そう、なんですか?」

「…見たかったの?リーシャさんって、実はそーゆー趣味…」

「違いますよ!…確認したいことがあっただけ、です。」

最後の部分は小さくつぶやいたリーシャだったが、アルシェムはしっかり聞き取っていた。

リーシャが確認したいものが何かもわかっていた。

だからこそ、アルシェムは水着など着たくないのだが。

「せっかくなので楽しんだらどうですか?きっと誰も気にしないとは思いますよ?」

「んー…そーゆーレベルのナニカじゃねーんだよねー…」

ランディあたりまでならば許容範囲だろう。

しかし、おそらくネックとなるのは女性陣と子供。

そういう意味では、さらすのは不可能だった。

アルシェムはいつもの服のままで過ごすことにし、リーシャは水着を借りることにしたようだった。

ビーチへと向かうと、すでに全員水着に着替えて待っていた。

「あら、何でアルは水着じゃないの?」

その問いを発したのはエリィだった。

ロイドも不思議そうな顔で見ている。

それに、アルシェムはこの場に出てこなければよかったと後悔した。

ホテルの部屋にこもっていればよかったのだ。

こういう突込みをされるのはわかり切っていたはずなのに。

「水着、嫌いなんだ。」

「あら、こういう時こそ乗らなくちゃ!ほら、一緒に選んであげるわ。」

そういったのはイリア。

しかし、水着を選ばれたってアルシェムは着るつもりはないのだ。

「必要ねー。」

そう言って小さくため息をつき、アルシェムは更衣室へと向かおうとした。

しかし、何故か両脇をエリィとイリアにつかまれた。

「…エリィ?イリアさん?」

「良いから良いから。」

「良くねーですから。」

アルシェムはそのままイリアとエリィにドナドナされていった。

更衣室を抜け、貸水着の受付までたどり着いて。

「ほら、こんなのはどう?」

「こっちのほうがきっと似合うわ、イリアさん。」

女性特有の雰囲気に包まれながら。

アルシェムはこっそり抜け出してウエットスーツを探し出した。

それを持っていこうとしたところで、アルシェムは背後から妙な気配を感じて立ち止まらざるを得なくなった。

「アル?」

「それだけはないわねえ。」

振り向くと、威圧感のある笑みを浮かべたイリアたちが。

アルシェムはそっとウエットスーツをもとの場所に戻した。

「もっと真面目に探しましょう、ね?」

「イエス・マム…」

エリィとイリアの威圧感に耐え切れなくなる前に、アルシェムは逃走しようと試みた。

水着を選んでいるふりをして更衣室に入り、隠形で姿を隠す。

大人げない、と言ってはいけないのである。

そっと更衣室から抜け出し、敢えてビーチの方向へと抜けて建物を飛び越える。

まんまと逃げおおせたアルシェムは、ホテルの部屋に戻ると大きくため息をついた。

「何やってんだろ、わたし…」

ただのわがままなのはわかっていたし、大人げない行為だとも理解していた。

それでも、アルシェムはあの場から逃げなければならなかったのだ。

ロイドたちの心にしこりを残してしまったとしても。

その時、部屋の扉が叩かれた。

とっさに身構えるアルシェム。

しかし、扉の前の気配はエリィたちではなかった。

それどころか、もっと得体の知れない気配。

相手に予測がついて、アルシェムは扉をそっと開けた。

すると、そこにはゆったりとした服装のくせに妙に露出のある服を着た女性が立っていた。

「…何だ、ルシオラじゃねーの。」

相手は露出狂…

ではなく、ルシオラだった。

なぜか妙にあせっている。

とりあえず中に引き込むと、ルシオラは鬼気迫る表情でこう告げた。

「匿って頂戴、追われているの。」

理由をアルシェムは問おうとしたが、その必要もなさそうだった。

再び荒々しく扉が叩かれたからだ。

『ちょっと、ここにいるのは分かってるんだからね、ルシオラ姐さん!』

その声に、アルシェムは聞き覚えがあった。

それも、物凄く。

アルシェムはルシオラを気絶させると、扉を引きあけた。

「ルシオラ姉さん!…って、何でアンタがここにいるのよ!?」

そこにいたのは、銀髪の遊撃士。

シェラザード・ハーヴェイだった。

「見つけるの早かったね、シェラさん。」

「当然よ。エステルたちからアンタがクロスベルにいるって聞いたからルシオラ姉さんがいそうな場所をしらみつぶしに探ってたんだもの。」

その割には姿を見なかった気がしたのだが、最近は事後処理等で忙しかったからでもあろう。

アルシェムはそう現実逃避した。

「エステルェ…」

「…ま、どっちも元気そうで良かったわ。特にアンタはよく無茶するもの。」

「グハッ…」

シェラザードの視線がアルシェムに突き刺さった。

もろに急所に突き刺さった。

言い返すことは全くできなかった。

事実だからだ。

「…ごほん。取り敢えず、部屋一室借りてきなよ。それまで見張っててあげるから。」

「ありがと。」

シェラザードは残像を残して消えた。

どれだけ話したかったのだろうか。

まあ、どんな別れ方をしたかは知らないので予測のしようもないが。

シェラザードは、部屋を確保するとすぐに帰ってきてルシオラを運んで行った。

その後、階下の部屋からシェラザードの怒声が聞こえたのは気のせいに違いない。

アルシェムは溜息を吐くと、ミシュラムにいる旨の書置きを残して部屋を施錠した。

すると、そこでENIGMAが鳴った。

「…はい。」

『…アル、何がしたいのかは分かりましたし、説得もしておきます。なのでゆっくりしていてください。』

相手はティオ。

背後が騒がしいことから、キーアやシュリにまとわりつかれているのだろうと推測出来た。

「…ありがと、ティオ。ごめん、大人げなかった。」

『あの場で怒鳴られるよりはマシでしょう。…どうやら、昼食はこちらで取るようなのでアルは各自でお願いします。』

「りょーかい。」

アルシェムがティオにそう告げると、ティオはでは、と言って通話を終わらせた。

ホテルの最上階から階下へと向かうと、ふくれっ面をしたシェラザードとそれを必死に宥めているルシオラが。

「…もう、ルシオラ姉さんのバカ。」

「ゴメンナサイ、ほんっとうにゴメンナサイ…でも私…」

「言い訳なんて聞きたくない。…最後に残される方の気持ちにもなってよ…」

シェラザードの言葉ももっともである。

置いて死なれた側には、常に孤独が付きまとう。

シェラザードの隣にいた『ルシオラ』の分はルシオラにしか埋められないのだ。

例えブルブランが変装していたとしても、それはルシオラではないのだから。

シェラザードとルシオラは、人目をはばからず抱き合って泣いた。

それをしばらく見守り、泣きやんだルシオラは仕事があるからと去っていった。

シェラザードが引き留めなかったのは、もう逃げないと言質を取ったからである。

アルシェムはその様子を苦笑して見ていたのだがそれはさておき。

ずいぶん時間が経ってしまい、ロイド達がビーチから出る時間になってしまっていた。

まだ昼食もとっていないのに、何故かアルシェムはシェラザードをビーチに案内する羽目になっていた。

何でも、ビーチで遊んでみたいのだとか。

貸し切りの時間は既に終わっているはずなので、アルシェムはロイド達と鉢合わせしないように進んだ。

フロントに行き、水着を借りだそうとしたその時。

「私はこれにするわ。」

声がした方を振り向くと、ミシュラムワンダーランドにアルバイトしに行っているはずのルシオラが水着を指さしているではないか。

シェラザードは小声でルシオラを叱責した。

「姉さん!働きに行ったんじゃなかったの!?」

「…私もビーチで遊んでみたかったのよ。大丈夫、分身の仕事は完璧よ。」

少なくともドヤ顔で言うことではないだろう。

シェラザードは一つ溜息を吐いて水着を選び始めた。

なんだかんだ言って、シェラザードもルシオラと遊びたかったのだ。

年甲斐もなく。

そして、ルシオラとシェラザードは水着に着替えて出て行った。

それを見送ったアルシェムは、テーマパークに向かおうとして…

 

「うおおおおおおお!」

 

という何故か野太い悲鳴に立ち止まらざるを得なかった。

顔をひきつらせたアルシェムは、ビーチに出た。

すると…

「る、る、ルシオラ姉さん!ちょっとは隠してよ!」

「見られて困るようなものじゃないわよ。」

焦るシェラザードと、何故か全裸で堂々としているルシオラがいた。

何だこのカオスは。

アルシェムはそう思いながらバスタオルをルシオラに投げつけた。

「シェラさん、何が?」

「何か鳥っぽい魔獣よ!」

「分かった。シェラさん避難誘導お願いね。」

「分かってるわよ!」

貸し切りから解放されてそこそこ人の入っていたビーチは、シェラザードによって一掃された。

ついでにルシオラは別の水着に着替えていた。

まだ水着で遊ぶ気なのだろうか。

取り敢えず、アルシェムは棒術具でペングーを追い払い始めた。

この場で殺害しないのは、血まみれのビーチにしないためだ。

流石に血まみれビーチで遊びたい人間はいないだろう。

「加勢するわよ、アル!」

「打撃だけにしねーと血まみれになる!」

「分かってるわ、アーツしか使わないわよ!」

その日。

打撃音の響きまくったビーチで、ビーチバレーよろしく彼女らはペングーをひたすら沖合に飛ばしていた。

ルシオラは風圧で飛ばすだけにとどめていたようだが。

その数が、数十を越えようとした頃。

そこに、桁違いの大きさの影が現れた。

「あ、あんですってー!?」

「シェラさん、エステル化してるよ、エステル化…」

その魔獣の名は、ディバインペングー。

かつてアルシェムがツァイスで対峙し、退治したある意味因縁の相手でもあった。

「こんなのどうしろって言うのよ!?」

シェラザードの絶叫。

確かに、このままでは打つ手がない。

どうしようもないのは分かっていた。

「打撃力が足りねーんだよねー。」

「どうしたものかしら…」

アルシェムは若干考え込み、判断を下した。

行けるかどうかはやってみなければわからない。

賭けにはなるが、やるしかなかった。

あまり長引かせては営業妨害どころでは済まなくなるからだ。

「シェラさん、わたしにフォルテ重ねがけ。その後はスパークルでひたすら追撃してね。ルシオラはさっきと一緒。全力で吹き飛ばして。」

その言葉で、シェラザードもルシオラも理解した。

2人は大きく頷くと、ディバインペングーに向きなおった。

そして。

「フォルテ!」

「フォルテ!」

何故かシェラザードとルシオラは仲良くフォルテを唱え、アーツで攻撃を始めた。

こちらの方が効率が良いと踏んだのだろう。

アルシェムはその判断を尊重してその場から駆け出した。

小刻みにあたるアーツをものともせず、鳴きながら迫ってくるディバインペングー。

アルシェムはその腹に思いっきり棒術具を叩きつけた。

「くぇっ!?」

「シュトゥルムランツァー!」

無数の打撃とアーツによって押し出され、地面から浮き上がるディヴァインペングー。

それを見たアルシェムは思いっきり棒術具を跳ね上げ、その場に背中から倒れこむ。

その頭上を猛烈な風が吹き荒れて。

そして。

「くぁー!?」

無事に(?)ディバインペングーは遠方まで吹き飛ばされていった。

これに激怒したのが周囲を取り巻いていた普通のペングーたち。

しかし、攻撃は加えられなかった。

何故なら、ディバインペングーと共に吹き飛ばされたからだ。

この日、クロスベル各地で鳥の鳴く奇声が響き渡ったそうな。




何でこうなった。
いや、無自覚にペングー好きなのかも…

では、また。

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