雪の軌跡   作:玻璃

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独自解釈が多分に含まれます。
ご注意をば。

では、どうぞ。


三日目・追い込みと恨み

「残念ながら、認識の齟齬があるようです。」

アルシェムのその言葉に、オズボーンとロックスミスは露骨に眉をひそめた。

ロックスミスがアルシェムに疑問をぶつける。

「どういう意味だね?」

アルシェムはその問いに正面からは答えなかった。

後ろを向き、扉に向けて声を掛ける。

「どうぞ、お入りください。」

そこから現れたのは、レオンハルトとワジ達自警団、それにリオだった。

それを見てロックスミスはこう聞いた。

「…テロリストの一員かね?」

「帝国南部の《ハーメル》出身でアルテリア代表の護衛、レオンハルト・アストレイという。以後お見知りおき願おう。」

ロックスミスの問いに答えたのは、レオンハルトだった。

レオンハルトの言葉を聞いて、オズボーンは顔をしかめる。

同時に、オリヴァルトが引き攣った笑みを浮かべた。

「僕は《S&T自警団》共同代表のワジ。以後お見知りおき願うよ、オズボーン閣下。」

「あたしは警備隊のリオ・コルティア軍曹です。」

ワジとリオが簡潔に自己紹介を済ませると、ロックスミスは顔をしかめた。

そして、こう告げた。

「共和国の協力者とやらがいないようだが?」

「それはロイド・バニングスです。共和国には親戚がいるという関係があります。」

「…詭弁だな。」

オズボーンは冷えた目でアルシェムを見つめた。

しかし、堪えることはない。

話はここからなのだ。

「…で、何故彼らはここに?よもや、彼らが協力者だとでも言うつもりかね?」

「ええ、彼らが今回の逮捕劇に関する協力者です。」

アルシェムは、会議場を見回して告げた。

巧妙に事実を隠しつつ。

「昨日のことですが、両国からテロリストがお二方を狙ってやってくるという情報を小耳にはさみました。幸い、狙いがはっきりしていましたので警備隊の彼女と自警団の連中に逃走経路の妨害をお願いし、クロスベル警察と警備隊本体には会議場の警護をお願いいたしました。何事も無ければよかったのですが、どうもきな臭かったので。それで、こういう事態に陥ったわけです。」

「では、テロリストの介入自体を防ぐ気はなかったということですかな?」

その問いは、オズボーンからの問いだった。

それに、アルシェムはこう答えた。

「いや、まさかあなた方が自国のテロリストの動向に気を使っていないとは思いもよりませんでしたので。仮にも属国だとおっしゃるならば、事前に報告があってしかるべきでしょう?…クロイス市長、そういう話はありましたか?」

「いや、心当たりはありませんな。」

ディーターは想定外の事態ながらも内心ではほくそえんでいた。

このままいければ、帝国と共和国の介入を減らせるかもしれないと踏んだからである。

それに、オズボーンはこう反応した。

「連中が動いている話は知っていた。しかし、国内でやるとばかり思っていたものでね。」

「そうですか。得てしてテロリストというものは突拍子もないことをやらかす集団です。警戒してしかるべきだったとは思いますが。」

「宰相殿、ここは我々の分が悪い。…それに、《赤い星座》とやらの話は聞いていないな。納得のいく説明がほしいとは思うのだが?」

ここで、オリヴァルトが動いた。

ここで叩けばオズボーンの力を削げると思っていたのだろう。

しかし、オズボーンはオリヴァルトにこう返した。

「いや、わざわざ皇子殿下の手を煩わせるわけにはいかないと思ったまでのことです。他意はありませんな。」

そして、カリンも動いた。

今動けば、帝国の力を削げると分かっていたからである。

この機会を逃すわけにはいかなかった。

「あら、先ほどからお伺いしている《赤い星座》というのは私の記憶違いでなければ外法認定直前までいったあの猟兵団のことではありませんか?」

「…何?」

オズボーンは顔をひきつらせた。

そんな情報は彼の耳には入ってきていなかったからである。

「つい最近のことなのですが、彼らはアーティファクトの引き渡しを拒否しまして。大人しく渡してくだされば見逃しましたのに…次に非道な行いを致しましたら外法認定すると担当の者が宣言していたはずなのですが。」

「…ほう?他国のものを害するとおっしゃるのかね、アルテリアのシスター・カリン・アストレイ代表?」

大仰にオズボーンはそう問うた。

カリンはそれを肯定した。

「それがゼムリア大陸に住む皆さんの害となるならば。」

「聞き捨てなりませんな。それではアルテリアの聖職者はアーティファクト漁りの犬と同義となりましょう?」

オズボーンは舌戦を仕掛ける気のようだ。

カリンはその言葉に簡潔に答えた。

「各国との条約でアーティファクトはアルテリアに引き渡すよう決められているはずです。」

「…そうでしたな。」

失念していた、とでもいうようにそうつぶやいたオズボーン。

無論、失念などしていなかった。

分かっていて、敢えてアルテリアのイメージダウンを図ったのだ。

カリンはそれが分かったので、矛先を変えた。

「そう言えば先ほど、オズボーン宰相閣下とロックスミス大統領閣下は面白いことを言っていらっしゃいましたね?確か、かの《教団》とやらもどうにかできないような属国の警備など信用ならない、とかなんとか。」

「ああ、事実だろう?」

ロックスミスはそう告げ、オズボーンはそれに便乗した。

その言葉を聞いてカリンは笑みを深めた。

そして、言葉を吐き出す。

「では、そのままお返しいたしますわ。共和国のアルタイル市に最大の拠点を置いていたかの《教団》を潰せなかった貴国にその言葉を言う資格はありませんわ。それに、《教団》の拠点について《楽園》で買収された帝国も同様です。ひざ元の犯罪をも見逃し、あまつさえ幼女という名の賄賂を受け取ってまで隠ぺいしようとした罪は重いとは思われませんか?」

ここまで、彼女は一息で言い切った。

ロイド達は漸く事態に追いついて来れたようだ。

口こそ挟まないものの、冷静にこの場を見極めようとしていた。

ロックスミスもオズボーンも苦い顔をして黙り込んでいる。

そこに、カリンはさらに追い打ちをかけた。

「ああ、そうそう。共和国には児童連続誘拐事件も防げなかったという負い目もありましたね。」

「あれは、《教団》が…!」

「ええ、優秀な遊撃士が揃っていたにもかかわらず防げませんでしたよね。それに、かなり前からかの《教団》に関する情報は流れていたはずです。…圧力がかかっていて動けなかったという事実もあるようですね?」

ここは分が悪いと踏んだのか、ロックスミスは黙り込んだ。

カリンは、そんなロックスミスにこう宣言した。

「そんな貴国にクロスベルがどうこうという権利はありません。アルタイル市のロッジを制圧したのがクロスベルの警察官だったという事実をお忘れですか?」

「ぐ、む…」

ロックスミスは轟沈した。

そんなロックスミスをレミフェリア代表のアルバート大公は冷ややかな目で見ていた。

そこでカリンは矛先をオズボーンに変えた。

「そして、オズボーン閣下。閣下は《ハーメル》という土地をご存知ですか?」

「その件についてはもう解決しているのではないかね、クローディア殿下?」

「ええ。ですが、恐らくカリン代表が仰りたいのはそこではないと考えています。」

クローディアは予測できる事実についてほのめかした。

リベールと帝国間にあった遺恨のことを言いたいわけではないのだと、クローディアにも分かっていた。

カリンは先ほどから露骨にレミフェリアとリベールについて触れていないのである。

だからこその答え。

そして、その推測は当たっていた。

「あの事件の際、近くには領邦軍がいたという証言があります。」

「…初耳ですな。」

オズボーンは責任を逃れるべくそう発言した。

しかし、カリンは追及の手を止めなかった。

「その証言は、アルテリアの要人からの証言でした。その方がいなければ、私はここにはいません。何故なら…」

息を呑み、そしてカリンは目を閉じた。

そして。

震える声で、こう吐きだした。

「私はハーメル出身で、その場にいて、そして彼らは私を殺そうとしていたからです。」

その言葉に、アルシェムも息を呑んだ。

そこまでの事実は、カリンから聞いてはいなかったからである。

オズボーンは目を見開いて大仰に驚いてみせた。

「おお、よくぞご無事でいらっしゃった。しかし、何故帝国政府に生き残りとして申し出なかったのですかな?」

「それは…」

カリンの言葉を遮って発言したのは、これまで沈黙を続けていたレオンハルトだった。

「それは、カリン代表が生き残っていると申し出れば消されるという情報を得たからだ。」

「いきなり何だね、君。失礼ではないか?」

レオンハルトを非難したのはディーターだった。

しかし、レオンハルトは意に介した様子もなくこう発言した。

「カリン代表が…否、俺の妻が今も生きていられるのは、彼女がアルテリアの庇護下にあったからだ。」

その発言に、会議場がざわついた。

姓が同じなのに、誰も気づいてはいなかったのだ。

カリンとレオンハルトの関係に。

「先ほども言ったとは思うが、俺も《ハーメル》出身だ。俺が生き延びられたのは、ただの幸運と剣の才があったからだが。」

「それは…」

「私の夫の言う通りですわ、閣下。そう言う意味では、帝国も信用なりません。自国民を消そうとする国など、誰が信用しましょうか?」

カリンは凄絶に笑ってそう告げた。

更にカリンは追い打ちをかける。

「ああ、そうそう。《リベールの異変》の際にも貴方はリベールに向けて導力式ではない戦車を送り込もうとしていらっしゃいましたね?」

「あれは、同盟国に対して事態の解決に協力すべく…」

「もう黙っていたまえ、宰相殿。これ以上は聞くに堪えん。貴殿が我々皇族に断りもなく軍をリベールに向けて動かしたのは事実であるし、カリン殿が止めなければ不戦条約は破られていたに違いないのだから。」

オリヴァルトにいさめられ、オズボーンは彼を睨みつけた。

オリヴァルトはその視線を真っ向から受け止めた。

「しかし、殿下…」

「アレに私が付いて行ったのは、帝国としての協力の意志と攻め込むつもりはないという意味での人質だったのだと言わなければわからないのか、宰相殿。」

厳しい目で、オリヴァルトはそう告げた。

ある意味で《リベールの異変》における帝国介入を防いだ立役者でもあるオリヴァルトに、リベールが賛同した。

「オリヴァルト殿下にはとても感謝しています。あの時殿下がいらっしゃらなければ、確実に我が国は国土を蹂躙されていたでしょう。」

それは、クローディアだけの言葉ではなかった。

アリシア女王の意向もそこには含まれていたのである。

オリヴァルトが自ら進んで人質として《アルセイユ》に乗り込んだからこそ、リベールは平穏を取り戻せたのだ。

「そう言っていただけで幸いだよ、クローディア殿下。今回もクロスベルに対してそうしないという保証はないからこそこの話になったのだろうが、カリン代表。オリヴァルト・ライゼ・アルノール個人としてはクロスベルに介入せしめる意志はないと表明させて頂こう。」

「殿下、何をバカなことを…!」

激昂するオズボーン。

しかし、彼に同調する人間はいなかった。

「ありがとうございます、オリヴァルト皇子殿下。そう言って頂けて何よりです。」

オリヴァルトに感謝する人間はいたが。

無論、ディーターである。

そうして。

会議はカリン主導のもと進んだ。

ロックスミスもオズボーンも、取り立てて主張することは出来なかった。

発言するたびに各国の代表から冷ややかな目を浴びせられていたからだ。

会議は順調に進み、そして。

一番最後に、ディーターはこう宣言した。

 

「カリン代表が仰られたように、共和国、帝国の両国に信が置けないのは明らかです。よって、私は…ここに、クロスベルの独立を宣言したいと思います!」

 

その発言は、様々な波紋を呼んだ。

しかし、ロックスミスとオズボーンの意のままにはならなかった。

本来ならば、彼らはここでタングラム・ベルガード両門にそれぞれの軍を置くという提案をしようとしていたのだ。

そこから芋づる式にクロスベルの利権を奪い取る。

そんな予定だった。

所詮、予定は予定。

上手くはいかないものである。

ロックスミス・オズボーン両名は発言を赦されぬ空気のまま西ゼムリア通商会議は終わった。




カリンさんに頑張ってもらいました。
ある意味、わたしが突っ込みたかったことを代弁してもらった形です。

では、また。

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