雪の軌跡   作:玻璃

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三日目は次話で終わります。

では、どうぞ。


三日目・ジオフロントD区画担当の動き

時間は再び巻き戻る(ただし時空改変的な意味ではない)。

通商会議が本格的に始まるこの日に、アルシェムは動かなければならなかった。

ロイドは支援要請をさっさと終わらせるべく全員に支援要請を割り振った。

なお、アルシェムが気づかないうちにティオが帰ってきていて驚いたのは余談である。

「今日は臨検と手配魔獣、それにマリアベルさんからの依頼と…シスターからの依頼があるみたいだ。臨検にはランディとエリィ、手配魔獣は俺とノエル、マリアベルさんからの依頼にはティオとレン、シスターからの依頼にはアルがあたってくれ。」

それぞれが了承して、依頼を完遂すべく動き始めた。

アルシェムはシスター…

もとい、カリンとともに《月の僧院》へと向かった。

特に何の障害もなく(アークデーモンは障害ではない)、調査を終えたアルシェム達は腹ごしらえを済ませた。

カリンは会議へ、こっそりついてきていたカリン・コンプレックス男はジオフロントへ、アルシェムはロイドたちと合流した。

「あ、そーだロイド。わたしちょっと気になることがあるからさ、市内にいてもいー?」

「ああ、構わないけど…何が気になるんだ?」

「あえてゆーなら、テロの警戒、かな。」

それを聞いたロイドは、顔を曇らせた。

そして、こう告げた。

「…わかった、頼むよ。」

「あいあい。何かあったらレンに連絡してもらって?」

「ああ。」

アルシェムはロイドたちに背を向けてクロスベル市内へと繰り出した。

ジオフロントに入り、D区画へ向けて慎重に進みだす。

ようやくたどり着いたそこには、既にリオとワジ一行がスタンバイしていた。

「…早かったね。」

「まーね。足止めもなかったし。…っと、隔壁のロック完了っと。」

アルシェムは端末を操作して奥へと続く道を静かにロックした。

この先には《赤い星座》の連中しかいない。

だからこそ、この隔壁を開けさせるわけにはいかなかった。

「僕たちも手伝うよ。…ヴァルド達もうまくやってると良いけど。」

「はは、だいじょーぶじゃねーの?」

ワジと軽口を叩きあいつつ、潜伏しているテロリストを見つけ出す。

空いた時間は、《帝国解放戦線》の装甲車の無力化に使う。

スタンバイしていたメンバーも(主にワジ達が)完全に無力化した。

あとは、テロリストが下りてくるのを待つだけだ。

そして。

その時は、ほどなくしてやってきた。

唐突に鳴るENIGMA。

レンからの連絡である。

「はいもしもし。…了解。誘導頼んだ。…うん、スタンバイできてるよ。」

連絡が終わると同時に、アルシェムは棒術具を組み立てた。

そして、気配を探った。

こちらに近づいてくる気配が十数人。

その中でも、一際強い気配を放つ男が《G》ことギデオンだろう。

ばたばたと足音を立てて近づいてくる連中にむけて、アルシェムとリオは不意打ちをかました。

…それも、全力で。

「とりあえず、寝てれば?」

「インフィニティ・ホーク!」

リオの法剣とアルシェムの棒術具に打ちのめされた連中は、そろって倒れ伏した。

攻撃範囲から漏れた人員は旧テスタメンツのメンバーが気絶させていく。

その中で、しぶとく起き上がってくる男がいた。

黒髪メガネのおっさんである。

顔は隠していたはずだったが、すでにその仮面は剥がれていた。

「まだだ…まだ、倒れるわけにはいかんのだ!あの男を討つまでは…!」

「…《帝国解放戦線》の《G》ことギデオンで間違いないかな?」

リオは法剣を隠しつつスタンハルバードを構えてそう聞いた。

そのおっさんは、こう答えた。

「答える必要はない…!」

「《鉄血宰相》を討ったところでたぶん帝国は止まらないと思うけど?」

「それでも!我々は歩みを止めるわけにはいかんのだ…!」

そう言って武器を構えるギデオン。

それを見たアルシェムは、とっさにその武器を撃って弾き飛ばした。

「なっ…!」

一瞬の隙。

それを見逃すリオではなかった。

一瞬で間を詰めたリオは、ギデオンを打ちのめして気絶させた。

「お疲れ。」

「アルもね。…さて、ロイド君達が来たみたいだけど、何て説明する気?」

「《赤い星座》をつけてきた。」

「…間違いじゃないのが何とも言えないよね…」

ふう、とリオはため息をついた。

そして。

再び足音がして、ロイドたちが現れた。

「待て!…って、アルにリオさんに…ワジ?」

「あ、ロイド。確保はできてるよ。連行しちゃわねーとね。」

軽くアルシェムはそう告げた。

ロイド達は唖然としつつも彼らを捕縛した。

「ロイド、ちょっと先に戻ってて?」

「…何でだ?」

「えっとねー…この先にとある集団がいてね?説明しねーといけねーんだ。」

軽く言っているが、説明ではなくいわゆるSETSUMEIであることは間違いではない。

もっとわかりやすく言うならば、OHANASHIである。

待ちぼうけを食らわされて、首を長くして待っているだろう。

せっかくのコロシを無駄にされた恨みを持たれる可能性がないわけでもない。

何せ、契約を完全に守らせなかったのだから。

ただし、アルシェムの望みはかなうことはなかった。

というのも、轟音を立てて壁が崩されたからである。

「…こりゃあ、どういう状況だ?」

「こっちがききてーですよ、シグムント・オルランド氏。何でこんな場所にいるんですか?」

そこに、赤毛の偉丈夫が現れた。

配下の人間はいら立ちを隠しすらしていない。

「噂の特務支援課とやらがテロに関わっているとはな…落ちたものだな、ランドルフ。」

「んだと…!」

シグムントは、この場で冤罪を作り出して契約を履行することにしたようだった。

戦斧を構えているシグムントに向けて、アルシェムはこう吐き出した。

「あー、シグムント氏?テロリストの捕縛に協力していただきありがとうございます。おかげでテロリストどもを無傷でとらえることができました。テロリストの身柄はこちらで責任を持って護送しますのでご安心ください。」

暗にアルシェムは協力されていれば犯人を皆殺しにされていたのがわかっていたので皮肉ったのだが、シグムントはそうは思わなかったようだった。

シグムントはおもむろに懐から一枚の紙を取り出し、アルシェムに突き付けていった。

「帝国からの委任状だ。依頼人の意向で、下手人どもは処刑するように言われているんだが?」

アルシェムはシグムントの突き出した委任状を読み込んだ。

そして、気づいた。

この委任状には穴があることに。

「どうも、皇族の署名がないよーですが…このことはユーゲント皇帝陛下や会議場にいらっしゃるオリヴァルト皇子殿下はご存じなんですか?」

そう。

この委任状には、ユーゲント・ライゼ・アルノールの署名もオリヴァルトの署名もないのだ。

だからこそ、その穴をついて引き下がらせられる。

そう思ったのだが。

「さあな。あくまでもこれは帝国政府から受けた依頼なんでね。」

シグムントは、あくまで引き下がらない姿勢を示した。

アルシェムは目を細めてシグムントを見て、そして告げた。

「では、会議場で事実確認をします。それまではテロリストどもを引き渡すことはできません。」

「属国風情が帝国に逆らうのか?」

「それをあなたが問う権利があるとは思いませんが。…失礼します。」

アルシェムはロイドを目線で促し、テロリストを連行しようとしたその瞬間。

乾いた音が、響き渡った。

同時に、甲高い金属音も。

銃弾を放ったのはシャーリィ。

弾き返したのは、ランディだった。

「…おい、シャーリィ。」

「何?ランディ兄。」

シャーリィは、チェシャ猫のように笑った。

裏の読めない邪悪な笑み、とでも呼べばいいだろうか。

確かにシャーリィのブレードライフルからはかすかに煙が出ていたし、ランディのスタンハルバードには銃弾が食い込んでいた。

「今の軌道、頭狙ってやがったな…?」

「だから何?ランディ兄。それが依頼なんだから、達成しなくちゃね?」

それが、引き金だった。

事態を察したエリィとノエルがロイド達をせかしてせめて銃弾を防げる場所にまで撤退しようとした。

ティオは何事か詠唱を始めた。

次の瞬間。

《赤い星座》のブレードライフルすべてが火を噴いた。

と、同時にティオのSクラフトが発動する。

「ゼロ・フィールド!」

「ナイス、ティオ!」

アルシェムは、絶叫しながら味方にあたる銃弾だけをはじき始めた。

ランディも、レンも同様である。

ノエルは少し遅れてクラフトを発動させた。

「SグレネードⅡ!」

生憎、《赤い星座》には睡眠効果が発揮されることはなかったのだが、目くらましにはなったようである。

素早くテロリストの数名を壁の裏側に放り込むノエルとワジ達。

そして、ランディもポケットからとあるものを取り出した。

「…喰らっとけ、クラッシュボム!」

周囲に満ちる黒煙。

それに乗じてロイドはテロリストたちの避難を完了させた。

「撤退しましょう!」

エリィの掛け声で、エリィとノエル以外の全員がテロリストを抱えて走り始めた。

幸い、深追いはしてこなかった。

ジオフロントの合流地点まで行くと、アリオスとダドリー、それにアガットとヴァルド達旧サーベルバイパーのメンバーまでもがテロリストを抱えて戻ってきていた。

「…む、そちらも確保できたのか。」

憮然としながらそう言ったのは、アリオスだった。

想定外だったらしい。

「そちらも誰か待ち伏せていたのか?」

アリオスはそう問うた。

その問いに疑問を感じたのか、ロイドはこう返した。

「こっちはアルと警備隊のリオさんと何故かワジ達がいましたけど…そちらはどなたかいらっしゃったんですか?」

「…ああ。」

アリオスはものすごく複雑そうな顔をしてこう告げた。

「旧市街の不良と、何故か《銀》と死んだと噂されていたはずの男が、な…」

疲れているようだ。

実力差でも見せつけられたのだろうか。

「それって、後ろの方ですか?」

ロイドはアリオスの背後を指差した。

そこには、アッシュブロンドの男がいた。

「うひょえあ!?」

アリオスは珍妙な声を出した。

アッシュブロンドの男は呆れたようにこう言った。

「ここまで驚かれると逆に傷つくのだが。」

「おい、そろそろやめてやれよ…」

「あれー?レオン兄?」

アルシェムは白々しくレオンハルトにそう言った。

無論、いるのが分かっていて敢えて指摘しなかったのである。

レオンハルトはアルシェムにこう答えた。

「…アルシェムか。息災そうで何よりだ。」

「…もう誰と知り合いでも驚かないわ…」

エリィが愕然とした顔でそうつぶやくのを後目に、アルシェムは敢えてレオンハルトに問いかけた。

「何でここに?あ、もしかして奥さん関係?」

「ああ。念のため、と見回りに行かされてな。それでこちらの自警団諸君と会って協力させて貰った。」

そこで全員の視線はヴァルドに向いた。

皆の疑問を代表してロイドがヴァルドに問う。

「ええっと…どうしてここに?」

「…フン。」

「こらこら。まあ、とにかく事態も収拾できたわけだし、報告に上がらない?いつまでもここに放置するわけにもいかないしね。」

不機嫌そうに鼻を鳴らしたヴァルドをワジは窘めてロイドにそう提案した。

ロイドは不本意そうに答え、テロリストを警備隊の控室に放り込んでから会議場へと向かった。

「ロイド、報告はまかせてくれねーかな?」

「構わないけど…何か企んでたのか?」

「それは後でのお楽しみ。」

アルシェムはそう言いつつ会議場へと足を踏み入れた。

ワジ達自警団とレオンハルトは会議場の外で待機している。

会議場の中は、不安な空気に満ちていた。

そんな中で報告を待ちかねていただろうディーターが、ロイドに問いを投げかけた。

「テロリスト共はどうなったのかね、特務支援課の諸君。」

それに、アルシェムが答えた。

「テロリストは帝国と共和国の関係者の協力により全員捕獲されました。」

嘘は言っていない。

ただし、言っていないことがあるだけだ。

それでも、共和国のロックスミス大統領は引っかかった。

「おお、彼らは役に立ったかね!」

この場合、ロックスミスが告げた彼らとは《黒月》のことである。

しかし、アルシェムは明言されなかったことを良いことに揚げ足を取った。

「ええ、協力者の方々には大変お世話になりました。」

それを聞いた帝国のオズボーン宰相は笑みを深めた。

クローディアとオリヴァルトは複雑な顔をしている。

それを見越してなのか、オズボーンはアルシェムにこう告げた。

「それは重畳。彼らは私の個人的な友人でね。念のためと向かわせたのが良かったようだ。」

「全くですな。彼らがいなければ我々は危うかったでしょうなあ。うわっはっは!」

上機嫌に嗤うロックスミスとオズボーン。

アルシェムは無表情で彼らに問うた。

「認識の齟齬があってはいけないのでお伺いしたいのですが、協力者のお名前をお聞かせ願えませんか?彼らは名乗ってくれませんでしたので。」

「何を言っているんだね。無論、私の友人である《黒月》の名を知らないわけではないだろう?かの《教団》ごときにしていいようにやられた警備隊とは違って優秀な連中だ。」

「同感ですな。クロスベルの警備隊は信用ならない。その代わりに彼らを派遣したというのに…まさか、《赤い星座》も知らぬとはクロスベルの警察の質も知れているな。」

それを聞いたロイド達は顔をしかめて考え始めた。

一体、どういうことだったのかを。

そして。

アルシェムは最後通牒を突き付けた。

「その言葉に偽りはありませんね?」

「無論。」

「当たり前じゃないか。何が言いたいんだね?」

憮然とした表情でそう告げるロックスミスとオズボーン。

アルシェムは、漸く表情を出してこう告げた。

 

「残念ながら、認識の齟齬があるようです。」

 

アルシェムの顔には、あくどい笑みが浮かんでいた。




いやね、次の話と合わせると10000字超えちゃったんです。
だから、2つに分けました。

では、また。

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