雪の軌跡 作:玻璃
では、どうぞ。
時間は少し巻き戻る(ただし時空改変的な意味ではない)。
前日の公演を終えて一日フリーになったリーシャは、静かにその闘志を燃やしていた。
今日さえ乗り越えれば、欲しい情報が手に入る。
幼いころに3年ほど一緒に暮らしたかけがえのない友人の情報。
魔人に取り囲まれ、背中を切り裂かれて連れ去られた少女の行方を知ることが出来る。
自分でも彼女を助けられなくて、だからリーシャは彼女のために強くなろうと誓った。
そのためには失敗は許されず、必ず生きて戻らなければならなかった。
彼女は生きているのだ。
あの時、エルと名乗った少女は生きているとあの得体のしれない男は言った。
つまり、エルはあの男の手中にあると言っても良い。
いつか、取り戻す。
その誓いを胸に、リーシャは銀の装束を纏ってジオフロントへと潜った。
C区画、と呼ばれる場所に辿り着けば、そこには意外な人物たちがいた。
「お前達は…」
リーシャは銀としての口調と声色でそうつぶやいた。
そこにいた人間は、こう答えた。
「テメェが銀か?」
正体を知られているわけではなさそうだ。
ガタイの良い赤毛の大男は、そう言った。
そして、リーシャは彼が誰なのかを知っていた。
旧市街の不良、ヴァルド。
彼が何故ここにいるのか、彼女はつかめないでいた。
「…ああ。貴様は何故ここにいる?」
「ハッ、ワジの野郎がここにいりゃあ手ごたえのある馬鹿どもを狩れるって言うんでな。」
ヴァルドの答えに、リーシャはさらに混乱した。
あの男の背格好は、ワジのそれとは似ても似つかないのだ。
背丈も、声色も、口調も。
全てが彼とは当てはまらないでいた。
「…そうか。」
だから、彼女には曖昧に相槌を打つことしか出来なかった。
そんなリーシャにヴァルドはこう告げた。
「取り敢えず、テメェにはここで《黒月》とやらとのつながりを断ってもらう。さもなくば俺に排除されろ、だとよ。」
リーシャは覆面の下で目を見開いた。
そこまで求められているのか、と驚愕したのだ。
それでも、従うしかないのだ。
彼が誰の手下か見極めるまでは、従順でいなければならない。
「無論、彼らとのつながりは断つ気で来ている。心配するな。」
「なら良いけどな。」
それっきり、ヴァルドは黙り込んでしまった。
沈黙には慣れているのだが、この状況で無言は辛い。
何か聞こえないかと耳を澄ませたところで、リーシャははたと気づいた。
誰か、単独でここまで来ようとしている。
「…おい、誰か来るぞ。」
無意識のうちに、リーシャはそう警告を発していた。
しかし、ヴァルドはそれを意に介した風もなく聞き流した。
その様子を見たリーシャは、それが味方なのではないかと推測した。
そして、その答えは合っていたのだ。
そこに現れたのは、アッシュブロンドの剣士だった。
リーシャとしては非常に出会いたくなかった人物でもある。
特徴的な象牙色のコートこそ着ていないものの、リーシャは彼のことはよく知っていた。
《剣帝》。
それが、彼の二つ名だったはずだ。
彼がいつでもリーシャ達を斬れる範囲まで近づいた時、彼は口を開いた。
「…そろっているようで何よりだ。」
それを聞いてリーシャは一瞬耳を疑った。
このカオスのような状況を望んだものがいるのだ。
彼はその辺の説明は一切せずにこう言った。
「一応名乗っておこう。アルテリア代表の護衛、レオンハルト・アストレイだ。レオでもレオンでもレーヴェでも好きに呼ぶと良い。」
レオンハルトがそう告げた瞬間。
ヴァルド達一味が敬礼と共にこう言った。
「うぃっす、兄貴!」
「だ、誰が兄貴だ…」
「兄貴は兄貴っす!むしろ師匠と呼ばせてください!」
レオンハルトの人気にリーシャは驚きを隠しきれなかった。
何故ここまで慕われるようになったのだろう。
同じ裏の道を歩んでいたはずの男が、何故。
その思いが、そのまま言葉として出て来てしまっていた。
「…何故ここにいる、《剣帝》。」
「お前は…《銀》、か。」
しばし見つめ合う2人。
別にロマンスが発生するわけではない。
むしろ、殺伐とした雰囲気が漂っている。
「…まあ良い。兎に角、構えろ。じきにテロリスト共が流れて来るぞ。」
「腕が鳴るぜぃ~!」
レオンハルトに促され、リーシャは大剣を構えた。
そして。
その場に、共和国のテロリストが現れた。
「…なっ…!?」
「先手必勝!」
真っ先に突っ込んでいったのは、スラッシュだった。
そこからは混戦となったものの、リーシャは難なくテロリストを無力化していった。
同胞を手にかけていることは、自覚する気もなかった。
殺してはいないものの、いつもとは違う手ごたえに少しだけ嫌悪感を抱いて…
そんな自分に吐き気がした。
いつの間にか、こんなにも殺すことに対して忌避感がなくなっていた。
そんな内心も知らず、《剣帝》は蹂躙を続けていた。
そんな中、リーシャに襲い掛かってくるテロリスト。
咄嗟に、リーシャは爆雷符と呼ばれるクラフトを発動させていた。
「ガッ…!」
リーシャの目に、崩れ落ちる男の姿が焼きついた。
そして…
全員を蹂躙し終わり、捕縛し終えたところでアリオスとダドリー、アガットが現れた。
「これは、どういう状況だ…?」
その問いを発したのは、アリオスだった。
その問いに答えたのは、レオンハルトだった。
「久しいな、アガット。少しばかり嫌な予感がしたので待ち伏せてみた(ドヤァ」
壮大なドヤ顔を見せつけてそう告げるレオンハルト。
それにアガットは憮然としながら答えた。
「誰も殺してないだろうな?」
「当たり前だろう。俺は護衛だぞ。」
さも心外そうに言うレオンハルト。
他の面々もうんうんと頷いていた。
「…それで、何故ここに貴様がいる、銀。」
「答える必要はない。」
リーシャはこれ以上ここにいる意味もないと考え、そのまま姿を消した。
その後、《黒月》に接触することもなく彼らは引き上げることが出来た。
ただし時空改変的な意味ではない。
…フラグではありません。
だって、この話でこの表現使うともろに彼女のことを連想されちゃうんですもん。
では、また。